衣替え~衣服管理

 4月になりました。季節の変わり目なのと、雨のために参加予定の屋外行事が中止となり、衣服の入れ替えをしました。
 私の弱点?は、生協カタログなどを見るとつい手が出ること。最近では(遅い)それを悟って衣服管理ももっとしなくてはと思うのですが、思うばかりでなかなか処分に至りません。
2007年ごろに、写真で管理しようと思い立って、新規購入の物はファイル名に買った年月日、材質、値段、買った店などを付け直してパソコンに衣服管理フォルダを作っています。が、結構それまでの物が落ちていたり、二重に入れていたりして全部は把握できていません。

これらはそのうちのセーターやシャツの分類の所です。
ある時期は黄色が好きで黄色ばっかりという事がありましたが、ネットで私に似合う色合いを調べたら、ピンクやブルーグリーンが似合うという診断が出たので、それ以後ブルー系統とピンク系統、それにモノトーンのグレーなどが多くなり、黄色や茶色はまず持っていません。
 それと、柄物はほとんど着ません。 それと、寒がりなので冬場は大体タートルネックを下に着て、上にカーディガン、というスタイルがほとんど、というこだわりがあります。
 なので、そのスタイルを維持しつつ、冬場は赤っぽいのを中に着る、春になると白とかピンクに替える、くらいなのですけれど、それにしても多すぎます。赤のセーターにしても、ウール100%のものやらアクリル70%の物やら、それはそれで真冬に着るか、秋口か、色合いも朱赤のはいつ、と自分の中でこだわりがあるものですから。
 こんまりさんの「ときめくか、ときめかないか」「着るつもりがあるか、ないか」など、処分の基準もある程度わかってはいるのですが。
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# by kurashiki-keiko | 2015-04-01 11:53 | 日常 | Trackback | Comments(1)

中国勝山 のれんの町並みを歩く


岡山県の北部、真庭市の中の中国勝山に出かけてきました。
ここは、uターンしてきた染色家の女性により、草木染の暖簾をお店や普通のお家にもかけているので近頃有名になっている町です。以前にも何度か訪ねましたが、久々にまた行ってみました。

桜のつぼみはこちらはまだ固い、文化センター横の駐車場からスタート。

通りの横をきれいな流れが。この手前に小さなお店があって、以前は丸一のみかんを買ったことがあったのですが、そこのおばあさんは今は亡くなったのか、建物の中はがらんとしていました。

暖簾の数々には、教会の入り口にまであって、ちょっとびっくり。それにしても、のれんだけを見るのではなく、のれんをかかげる建物との調和が素晴らしいとおもいながら見て歩きました。大変な数ですので、以下その一部をまとめてみました。

いかがでしょうか。自転車屋さんには自転車の絵柄、などなど、面白くて見飽きません。
中の「鬼の住処」は、おじいさんの残した絵をモチーフにされていると、先日のテレビ番組で拝見しました。

「御前酒」のレストラン西蔵。何度も訪れているのにそのたびに満席で涙を呑んで?いたので、今回は空席があってやったー。

高い天井。

先付は向うが安納芋の寄せ物、こちらがたこ(とっても柔らかかった)、右がタイのてまり寿司。向うの飲み物がアルコールは運転しているのでダメでゆずジュース。

メイン。お魚が銀鱈の粕漬け、炊き合わせ、味噌汁、香の物。炊き合わせの中に花形のがんもどき。

デザートは白玉入りぜんざいでした。2,380円。メニューはそのほかに三食丼とかいろいろ。
データ⇒ 岡山県真庭市勝山116 TEL0867-44-5300  FAX 0867-44-5308
       http://www.nishikura.co.jp/inner/inner_top.html

この地は『男はつらいよ』の最後、第48作の「寅次郎紅の花」のロケ地でした。

たまーに観光客らしい車が通る位で、ゆったりと歩けます。

「鬼のすみか」の前の道の様子。

ふと、見上げた建物に「電話(右から横書き)弐〇番」だって。電話がまだ通信手段として発達してない時代の物ですね。多分電話機は木製の箱型で、筒型レシーバーを左手に持って耳に当てて、右手でハンドルを回し、かけると交換手の女性が「何番へ?」と聞いてくれ、箱についた送話用のラッパの前で声を出していたた時代の物だったのでしょう。。。。

のどかな、中国勝山の町並み、あなたも歩いてみてはいかがでしょうか?
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# by kurashiki-keiko | 2015-03-29 16:43 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

桜がちらほら、備中国分寺

春らしい陽気になった土曜日午後、久しぶりに備中国分寺へ出かけてみました。

このあたりは民家を建てないようにしてこの風景を守っているようです。五重塔を望むこの広々とした田園風景は「吉備路」の象徴でしょう。

ベビーカーを押す若い夫婦だとか子どもたちと一緒の家族が三々五々歩いていました。外苑の広場には敷物を敷いて早いお花見をかねてピクニック中のグループもいくつか見られました。気温21℃、風はあったものの寒くはなく、心地よく、春本番といったところ。

お寺の境内に入ると、この写真右手の方に茶店があり、地元産の素朴なお菓子なども売っています。

こちらは古代米の赤米を使った甘酒、310円。

国分寺というのは天平時代に建てられたものでしたが、その後途絶えて、江戸時代に再建された物が今の建物だそうです。

お寺の塀の東側に広がる草地にはピクニックの家族。桜が2,3分咲きという所でしょうか。

こののびやかに枝を広げる木の種類は知りませんが、そばのベンチも含めて好きな風景です。

国分尼寺跡の方に行くところの風景です。ここの景色も私は大好き。

白梅が盛りでした。

こちらの手前にある石碑は、ここが平山郁夫画伯がスケッチをするのに選んだ地点だったという事です。なるほど。

最後は駐車場の横の道の駅?売店でソフトクリーム300円、バニラ、イチゴ、チョコ(のトッピング)。ほっとしたひとときでした。
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# by kurashiki-keiko | 2015-03-29 02:23 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

私の家族新聞への思い その2

 私がこの家族新聞を始めたのは、昨年結婚した末っ子が高校3年生の頃で、数えてみるともう18年目にもなるのかと自分でも驚いています。
 そもそもの「家族新聞」というものとの出会いは、私の小学校4年生頃の学校の宿題だったと思います。わら半紙に鉛筆で記事を書くうちに、家族のなんでもない日常の中に、とどめておきたい事柄が転がっていることに気が付きました。しかし、母はそんな私の意欲を「まあ、やっちもない(岡山弁で、しょうもない、つまらないという意味かな?)」と摘んでしまい、2号くらいは作ったと思うのですが、あえなく中止。
 また、中学の頃にやはり歴史の時間の宿題に「奈良時代新聞」というのを作るというのがあり、これも面白くて、トップ記事に大仏建立のこと、奈良時代のファッションのこと等色々と挿絵つきで編集しました。

 その後時代は流れ、結婚すると、義父がそんなことが好きらしく、私に夫の兄妹の分も含めてみんなの新聞を作っては、と言っていたのですが、子供が3人次々に生まれるとそれどころではなく、長い時間がさらに経ち、義兄の一家が楽しげに家族が記事を分担して書いた家族新聞を一時期作っていたのをうらやましく思っていましたが、我が家の状況はとても無理でした。義父の介護も終末期に入ったころ、たまたま受講した「家族新聞講座」というので再び目覚め、やっとこの新聞発刊にたどり着いた、というわけです。創刊号のトップ記事は長女の就職、で、マス目を鉛筆で埋めて紙面を作りました。受講生の中で実際に家族新聞を作ったのは私一人だったので、講師の先生が喜んでくださって大阪で買い求めた新聞用のマス目のコピー用紙を3冊くらいくださいました。
下は、創刊から2012年までの一部です。

 最初の頃は手書きでしたが、パソコンに出会ってからはWordで編集、その技術も最初はつたないものでしたが、少しずつ上達し、写真を取り込んだり囲み記事もシリーズ化したりして楽しんできました。
どんなに忙しくても20日前後をめどに、時には明け方までかかってもとにかく続けてこれたのは、ひとえにこれが楽しい作業だったからだと思います。

 思えば小学4年生頃に母に「やっちもない」と言われたことに納得できず、「いつかは必ず」と思ってきたことがその原動力だったのかもしれません。
「願えば、かなう」ということかなあ、と今にして思います。

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# by kurashiki-keiko | 2015-03-29 02:02 | 家族新聞 | Trackback | Comments(0)

私の家族新聞への思い

3月28日付朝日新聞家庭欄の読者投稿欄「ひととき」に、私の投稿が掲載されました。
地元紙にはこれまでも半年に一度くらいのペースで掲載していただけていたのですが、全国紙となるとさすがに応募者の数も多いのでこれまで掲載されたことがなく、何度か挑戦してみて最近はあきらめておりました。
たまたま、連載中の林真理子氏の小説の一文が目に留まり、そうそう、「書く」という行為はこういう事なのよ、と心に響くところがあって、そこから私の家族新聞のことに思いをはせて、すぐに書き上げてメールで投稿しました。
 すると2,3日してでしょうか、新聞社から電話取材で、文章の背景を色々と尋ねられました。そしてこの週に掲載する予定だとの予告。わーい、という事でだいぶ舞い上がりました。
そして。
ドキドキしながら朝刊を見ました。
母からと恩師から、メールでお祝いをもらいました。その後母から、千葉在住の母の従姉妹からも読んだよ、というメールが来たとのこと。あれまあ、大阪本社版だけと思っていたら、東京本社の版でも掲載されたようです。それなら、と、岐阜と横浜在住の同級生にもメールで知らせ(なんて大げさな、新聞に載ったくらいで)と思いつつ、うれしさで一杯。
 でもまあ、記事そのものは、先日の地元紙に掲載していただいた物の方が深みがあって練れていたような気がしますが。

(続く)
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# by kurashiki-keiko | 2015-03-29 01:44 | 家族新聞 | Trackback | Comments(2)

両手でお絵かき


孫のゆうくんの幼稚園の終業式の日、お母さんがお迎えに行くというので、1歳5か月の下の孫を預かりました。
膝にだっこして絵本を読んでやろうとすると、興味はほかにあるようなので、積み木を出してやると、一つ一つ出してテーブルに並べて、積むのをやって見せるのですが、まだそこまでいかず、また箱に入れだして、結局出して入れるという事に。
 次はクレパス。水拭きで消せるというクレパスはお兄ちゃんが使ったので巻いてあった紙もはがれています。それに描いているノートは、この子の父親が小学校時代に1,2ページだけ書いてもったいないので残してあった漢字練習帳です。。。両手でがしがしとなぐりがきでした。
 それにしても、興味の赴くままに遊ばせましたが、自分の意思がはっきりしてきたなあ、と思ったことでした。
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# by kurashiki-keiko | 2015-03-29 01:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)

夫がたまの外食、主婦は?

今夜は夫が旧友と会って外食してくる、との事。
こういう場合、世の主婦はどんな晩ごはんにするのかなあ。

私の場合は・・・予定によるとかねて作っているコーヒーチキン(新潟の人に教えていただいた)とサニーレタスとグリーンアスパラと大根のサラダと、ポタージュなど、のはずだったのですが、せっかく忙しい日(今日は外出日だった)のための準備のおそうざいを使うのはもったいない、ということで、冷凍庫の煮込みうどんかレトルトカレー?という手抜き案もむくむくと・・・。それか、かねて取り込んでいる大根の葉っぱを刻んで冷凍にしたものをなんとか消化するべく、冷凍していたご飯と一緒に炒めてチャーハンとか?どっちにしてもささやかな晩ごはんになることは間違いなし。。。
 朝食の種のストックもなくなるので、そういうのを作っていたら、夫の外食時間などはあっという間に過ぎていくのですが。
 「亭主達者で留守がよい」と言いますが、本当ですね。。。


・・・といいつつ、ふと、日曜日に皆で食べるのに、ホットプレートで作るビビンバ、というのに興味があって、コチジャンやテンメンジャンを買っていたのを思い出し、「そうだ、1人で試作してみるのもいいな」と思い直し、作ってみました。

献立とも言えませんが、ほかに油揚げと大根とこんにゃくのお味噌汁、冷凍の既製品のレバーの佃煮?、もらい物の明太子、自家製レモン大根。
ホットプレートではなくて一人なのでフライパンで試作したビビンバ。
レシピはこちら⇒http://cookpad.com/recipe/1458679
ニラは買ってあったのですが、かねて冷凍保存の大根葉を青味には使い、玉ねぎ、人参、もやし、豚の三枚肉を使いました。味は、とろけるスライスチーズを中に入れたのでしたが、まずまず。具の野菜が大きいので野菜嫌いの孫が上手く食べてくれるか?ちょっとわかりませんが、みんなでワイワイというにはよいかも。
実験、試食ができて良かった、亭主元気で留守の晩ごはんでした。
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# by kurashiki-keiko | 2015-03-27 17:07 | 日常 | Trackback | Comments(1)