蜂に刺されたら?

 先日、知り合いの人のフェイスブックで、蜂に3か所も刺されて腫れあがったので、お医者さんに行ったけれど、何の処置もしてくれずお薬も出してもらえなかったとの事でしたが、また別の高齢男性が同じように蜂に刺され、3日で腕がはれ上がっている、というのを見せてもらいました。
 私の知識では、蜂に刺されたらアンモニア水を塗る、というのが処置なのですが、後の方の男性の話によると、アンモニア水では効かないそうで、救急車を呼んでもよいくらいなのだとか。本当でしょうか。
スズメバチのような恐ろしい蜂はともかく、普通の?アシナガバチとかミツバチなどでもやっぱりアンモニア水では駄目なのでしょうか?

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# by kurashiki-keiko | 2017-07-26 01:07 | ニュース | Comments(0)

気づけば20年。

 先日の友の会の7月例会当番の読書感想の中に、家族新聞を20年作っていると言ったのですが、改めて創刊号を見返してみると、1997年の7月7日、と手書きの文字で書いてありました。そうそう、当時は元毎日新聞の記者で岡山理科大学の教授だった小林宏行先生の家族新聞講座を受講して、勢いでコピー用紙のマス目を頼りに手書きにしたのです。娘が就職し企業研修を終えた時、長男は大阪で、次男が18才、娘と次男がまだ家にいたころでした。
 手書きで写真が入らないのでイラストを娘に頼んで描いてもらい、したがって文字数も結構多くて内容は充実していたようです。近頃のは孫たちの様子が主体でしかもパソコン編集になってからは写真が多く入るので、文字数が少なくしたがって内容が薄くなってきたように感じます。お嫁さんの実家に送るには写真が多いほうがよく見えてよいようですが、痛しかゆし。
 武田鉄矢さんではないけれど、思えば遠くへ来たもんだ、という感慨があります。
写真は創刊から2012年までの抜粋です。左上のは、昭和61年(1986年)2月に、当時子育て真っ最中で上の子2人が小学生だった時代に1号だけ作って挫折した幻の家族新聞です。いつかは作りたいとずっと思っていたのがやっと20年前に実現、以来細々とA4片面だけ、という少ない紙面にしたので続いたのかもしれません。継続した自分をほめたいと思います。126.png
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# by kurashiki-keiko | 2017-07-21 02:38 | 家族新聞 | Comments(2)

家族新聞「あじさい通信」243号が出来ました。

 今月号は先月末に開いた6月生まれの3人のための誕生会がトップ記事でした。娘婿が13日、次男が8日、次男のところの孫が29日と、身内に6月生まれが3人いるので、子供たち3人の家族をLINEで集めて焼肉店へ。
所が、娘がそれを「LINEはいつもおかあさんのしょーもない写真がいっぱい送られてくるので」ついつい見逃していたそうで、娘一家は大遅刻。やっと最後の30分で間に合って肉を食べまくり(笑)ました。
 その他、孫たちのためにそれぞれお出かけの様子が主体での紙面構成。
 もう少し孫たちが大きくなってくると話題が乏しく紙面も淋しくなるのかなあ、いや、それに私も老いぼれて自然に終刊を迎えるのかなあ、などと頭の隅で考えないでもないですが、地道にコツコツと積み重ねていく所存ではあります。
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# by kurashiki-keiko | 2017-07-20 10:53 | Comments(0)

日野原重明先生の訃報に接して

 日野原重明先生が105才で天寿を全うされたそうですね。
先生の講演は岡山で2度聞くことが出来ました。たぶん80歳代と、90代の初め頃だったと思います。
いずれもオーバーヘッドプロジェクターを使いこなされ、縦横にステージを歩き回られ、まだそのころは御髪も黒々としていらして、今でいう後期高齢者とはとても信じがたいようなお元気さ、しかも講演の筋立てというかテーマもしっかりはっきりしていて、前向きで明るいのには感嘆しつつ拝聴させていただきました。
 かつて90代の森光子さんに10年日記をプレゼントされたとか聞いたことがあります。当時の森光子さんはあの放浪記を何とかして続けたいと思っておられた時期で、そのためにスクワットだとかエアロバイクなどを日課にしていたようですが、日野原先生から10年日記をもらわれ、さらに先を目指すつもりになったのではないでしょうか。
 医師の先生は、報道によると初めて民間病院で人間ドックを開設されたり、看護師含むチーム医療の重要性に着目されていたり、当時成人病と呼ばれていた病気を、生活習慣が原因だからと「習慣病」と名付けの親になられたとか。
 また、改築の際に広々ともうけられた聖路加国際病院の広い玄関ロビーが、地下鉄サリン事件の患者さん640人もを受け入れられる野戦病院のようになったとか。戦争経験がその原点になったようです。なんと広い視野、積極性の持ち主なのでしょう。
 ここではとてもとても書き尽くせません。瀬戸内寂聴さんが、先生は死なない気がしていた、とNHKの電話取材でおっしゃっていましたが、まさにそんな感じでした。お会いしてお姿を見るだけでもありがたいと思える存在でした。世の中の高齢者に希望を与えてくださってありがとうございました。

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# by kurashiki-keiko | 2017-07-19 21:32 | しみじみしたこと | Comments(2)

サマーコンサート

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倉敷市児島下の町のケアハウスロイヤルウイングにて、混声合唱団ジョイ・エコーのコンサートがありました。
こちらは広い敷地に様々な福祉施設の建物があり、その一つでした。
集まったお年寄りの中には地元ですので団員の知り合いの人もおられたようです。
事前に市民活動センターで印刷した、できる限り文字の大きい、全曲の歌詞を印刷したプログラムをお配りしたことと、懐かしい親しみ深い曲目ばかりだったので、皆さん口ずさんでおられる様子が見てとれました。
 なんといっても聞くばっかりよりご自身で歌うほうがずっといいと思います。
曲目は「夏は来ぬ」「椰子の実」「海・われは海の子」「夏の思い出」
間でピアノ伴奏つきでみんなで歌おうコーナーでは「みかんの花咲く丘」「ドレミの歌」。
そしてわらべ歌の「通りゃんせ」「ずいずいずっころばし」「あんたがたどこさ」、民謡「五木の子守歌」
職員さんに事前に頼んで?「アンコール」の声にお応えしてのアンコール曲は、近頃シリーズになっているauの桃太郎、金太郎、浦島太郎、一寸法師の歌を合わせてアレンジした指揮者オリジナルの「太郎物語」でした。




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# by kurashiki-keiko | 2017-07-19 01:46 | パソコン講座 | Comments(0)

岡山の桃を食べてください

 今年も、桃の季節になりました。
そして今年も、以前メーリングリストで知り合ったHiroさんにお願いして、岡山県出身で遠方に住んでいるお友達や義兄に送ってもらいました。
デパートの進物用の品は1玉1,000円もする高級品ですが、こちらはそれより数を楽しんで食べてもらいたいと思っています。
さっそく横浜在住の旧友からお礼の電話がありました。彼女は早くにお父様を亡くした人で、とてもやさしくて優秀な人で尊敬しています。高校教師を定年まで勤めて、今はいろいろと趣味を楽しんでいる様子です。なかなか会えないけれど、岡山の桃の味で故郷を思いだしてほしいなと思っています。
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# by kurashiki-keiko | 2017-07-19 01:28 | しみじみしたこと | Comments(0)

グリーンカーテン

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4本のか弱い苗から、このように繁ってくれました。
やはり日よけには最適、ゴーヤー。本当は朝顔の花やかわいらしいフーセンかずらも好きなのですが、なかなかここまで育ってはくれません。
人工的なシートより何より、蒸散作用により涼しいはず。
実の方はあんまり・・・ですが、無駄にしないようにとゴーヤーチャンプルーも2回しました。和え物も2回。バナナと一緒に作るジュースも試してみました。あとは佃煮を試してみるつもりです。



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# by kurashiki-keiko | 2017-07-15 08:49 | 日常 | Comments(0)