津和野―SL二重連、源氏巻、マリア聖堂


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13時4分、津和野駅に着くと、ホームに2台の蒸気機関車が止まっており、マニアが一杯。
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私も野次馬ですからついでに横断陸橋などから撮影しました。
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鞄をコインロッカーに預けると、観光案内所があったのでそこにいた黄色いジャンパーを着たガイドさんに夫が案内をお願いし、乙女峠と森鴎外の墓所へ行きたいというと、
d0031853_605165.jpg気安く道案内をしてくださいました。小山さんという70代くらいの人で、津和野のボランティアガイドはまだ始まって5年とのこと。
歩き始めて間もなく「高岡通り」へ。高岡というのはゆかりのある人名だそうでした。

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少し行くと右手に津和野名物の「源氏巻」の実演をガラス越しにやっているお店があり、しばし見物。薄皮のカステラ?みたいな生地を薄く出てくる金属製の容器でさーっと流していくと、幅15㎝くらい、長さ40㎝くらいの四角い皮がきれいにでき、それが2枚、焼ける間に横に山にしていたあんを用意し、巻きずしの具みたいに上手に手前に細長く伸ばすと、こんどはくるくるおと巻き込み、サイズに合わせた板でちょっと押さえると、焼きあがった皮のきつね色のところが表に出て、長い源氏巻が1本出来上がり。


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ちょうど駅からは裏手になるところに登り口がありました。

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川に沿った狭くて急な山坂をしばらく上ると、

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石垣の上に、小さな聖堂が立っていました。ずっと憧れて目指していたマリア聖堂。
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左右にわずか3列の長椅子があるだけのこじんまりとした聖堂でした。

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d0031853_684879.jpgこの地に送られてきた長崎・浦上のキリシタンたちは冬のさなかに池の中に入れられたり、わずか三尺四方の檻の中に入れられて立ち上がることも横になることも許されずに外に置いておかれるとかいう過酷な条件の中で棄教を迫られたそうです。その結果送られてきた153人のうち36人が殉教したそうです。(このことは遠藤周作の『女の一生』に書かれて朝日新聞に連載されていました) 毎年5月3日にはカトリック信徒が約2500人ほど集まってミサが行われているとのことでした。そのため、この地の整備はカトリック信者によってされているそうで、草取りをしていた老婦人に挨拶すると胸に小さな木の十字架のバッジをつけておられました。

津和野町
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by kurashiki-keiko | 2010-10-19 06:13 | | Comments(2)

Commented by iwa at 2010-10-20 20:44 x
いいところへ行っていい写真を撮っていろいろ勉強されましたね。
こちらも読んで勉強になりますが、記憶には収まりません。
歌の歌詞も同じです。憶える気が足りない???
Commented by kurashiki-keiko at 2010-10-23 02:11
iwa様、一緒に旅行しても夫はちっとも物事を覚えていません。私のほうは写真を編集しブログに載せ、メールマガジンの記事も同時に書いているので、しっかり記憶に残ります。
歌詞のほうは私もちっとも覚えられていません。練習不足?

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