人によりそう

14日も、午前中は友の会の家事家計講習会のための表作りをし、11時ごろから、民生委員の担当地域の機になる人を訪ねて行きました。
詳しくは書けませんが、市役所の生活福祉課に相談もしたりした結果、福祉の方からは手を差し伸べるだけの理由が見つからなくて、私のように地域の者が時々見回って様子を観察していることが必要だということはわかりました。独居老人だとかはっきり障碍者だとかだと福祉の手は差し伸べられようがあるのですが、そうでない人なので、どうしようもなかったのでした。

 午後、買い物などの用事を済ませて帰宅すると、すぐご近所の、これまでたびたび救急車を呼ばれていて気になっていたお宅の奥さんから、町内の当番のお役の人の電話番号を聞かれる電話がありました。「どうかされましたか?」と聞くと、14日未明にご主人が亡くなられたとのこと。その朝も救急車が来ていたので気になってはいたのですが、あまり野次馬みたいに見物しても、と遠慮していたら、すでに亡くなられていたのでした。
 その後町内会の役員の人が来られて、「役目なのでお香典もって行って来たら、家族葬みたいにするそうで、町内の離れたお宅には知らせなくていいと言われた」というのです。しかし我が家はすぐのご近所なので、ぐるりのごく近い人だけでも付き合い程度のお香典を持って行っては、と思っていたところへお向かいの若い人がやってきました。成り行き上私が取りまとめをすることになり、ぐるりの家で夜7時にうかがうことにしましょう、と決めて、7時前、夫も行くわ、と黒服を着てきました。
 雨の中でしたが、すぐのご近所の人が集まり、代表として私がピンポンと鳴らして訪問。ご挨拶も私が。お悔やみの言葉などうまく言えなかったけれども、「この10数年ご一緒にここで暮らしたものとしては、気持ちだけでもお悔やみを言わせてください、お通夜もお葬式も列席しなくていいようなので、ここで」と、その場に来られていたごくご近所の人たちで囲んでご挨拶をしました。日頃実はその奥さんはとても付き合いが悪くて道であっても知らん顔をするような人だったのですけれども、みんなの中に顔を出されて、気持ちを受け取ってくださいました。
暗がりの雨の中、家の外ではありましたし、めったにみんなで顔を合わせることのないご近所同士ではありましたが、一応の意義を正した服装をして夫婦で出た家も3組あり、その場には厳粛な中にもなんだか温かい気持ちが漂うようで、よかったかなと思いました。
そして、何時の間にやら、自分がそんなご近所の取りまとめ役?と言うことに驚いてもいました。ずっと(若手)だと思って人のあとについていたのに、年月とはおそろしいものです。
そんなわけで、朝から忙しく過ごした14日(金)はご近所のおくやみで暮れたのでした。
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by kurashiki-keiko | 2011-10-15 05:45 | 日常 | Comments(0)

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