与那国島2日目-その1

 ホテルをチェックアウトしていざ、レンタカーで出発、先日は時計回りでしたが、この日は逆時計回りに島を回り、ホテルのお向かいにあるスタンドでガソリンを給油してから空港で車を返すという手筈でした。
 途中の海岸に立ち寄ったりして、目指すのはやはり日本最西端の岬の西崎(いりざき)です。

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日本全国晴れのこの日、あいにくこちらは小雨もぱらついて、台湾はとうとう見えずじまいでした。

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こちら最西端の碑の裏側に距離が示したリストがありました。この碑は地元の中学の卒業生たちによって建てられたものだそうでした。

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前日はもう一本内陸のほうの道路を通ったので、この海岸沿いの道路は初めてでした。馬が…

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悠々と歩いています。何しろここは島の東西南北に牧場があり、私たちはその中を通らせていただいているという感じで、馬や牛はのんびりと草をはみ、落下物がいっぱいでした。そして牧場エリアの前後にはこんな仕掛けが。
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足がはまり込むのを恐れて、動物はここから出ないのです。テキサスゲートというそうです。確かに、このゲートから外には落下物はありませんでした。

比川集落のはずれの、前日行った「Dr.コトー診療所」ロケセットにも行ってみたのですが、ガラスドアの向こうにカーテンが引かれていて閉まっている様子でした。朝だったからかもしれません。
で、そこの近くの海岸沿いにこんな場所がありました。
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塩を作っているそうです。
・・・実は私は、塩田のある倉敷市児島で育ちました。
昭和30年代には「流下式」という製塩法が盛んで、広大な海岸沿いの土地には、高さ5~6m位、幅20m位?の竹ぼうきを逆さにしたものがずらりと並んだような装置がずらりと並んでいて、濃い塩水をその上から落として蒸発させて、塩を作っていたのです。その一つは1周2㎞位で、中学のマラソン大会の練習によく走ったものです。昭和40年代に入るとイオン交換法というのに変わったそうで、徐々になくなって、今では商業地区になっています。
・・・というわけで、この素朴な製塩法は・・・

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女性2人がいて、なんでも島の廃材を燃やしてこちらの釜で煮詰めて作っているのだそうです。

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酒の友としてつまみ代わりにというのやら、いろんな形の塩。私も土産に30g入りの小袋を購入。ミネラル分がしっかり残っていてうまみ成分がありそうでした。

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名所の立神岩。

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東のはずれの岬の遠望。

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東崎の先まで行ってみました。前日は牛だったのに、この日はなぜか馬ばかりでした。

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風力発電2基のうち1基は止まっていて、
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人が・・・高い所にいました。
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by kurashiki-keiko | 2013-03-16 06:09 | | Comments(0)

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