大野教会、出津(しず)教会、旧出津救助院、ド・ロ神父記念館


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西彼杵(にしそのぎ)半島の海岸沿いに出ました。大村のほうは平地が多く農地もあり豊かなのに比べて、こちらは断崖絶壁が多く、農地はほとんどありません。それだけ貧しく、キリシタンたちが追われてこちらに逃げ込んできたのでしょう。

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急なまがりくねった道を山側に。運転手さん泣かせの細い道をバスで登って、さらに徒歩で少し登りました。大野教会です。

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こちら「ドロ壁」。ド・ロ神父様がこのように地元産の材料を使って風雨に強い壁を考えて指導されたそうです。海からの風が強いので高い塔は作らず平屋。

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マルコ・マリ・ド・ロ神父の小路は、人が2人やっと並べるくらいの小路で、緩やかに上り下りしながら教会堂や救助院などを結んでいました。

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こちらは保存修理された救助院、ド・ロ神父記念館。内部は撮影していません。素麺を作る作業場があったり、織物をする場所、炊事場があったり、麹をつくる室があったり、鰯網を作る作業場があったり。フランス貴族に生まれた神父様は、没落していく貴族の生き延びる道として、親から様々な技術を取得するように教育されたため、ありとあらゆる生活・産業の知識をキリシタンたちに教えてくださったり、畑を開いて様々な作物を育てたりしたそうです。

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こちら出津(しづ)教会。

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遠いフランスから日本の貧しい信者のために一生を捧げて尽くしてくださった神父様に感謝。


(時間がある時にこの旅行記は加筆するつもりです)
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 09:55 | | Comments(0)

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