上五島の教会めぐり 午後 その2 と、帰途


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桐教会。建物はそれほど古い感じではありません。昭和33年に改築されたものだそうです。高いところにあって、撮影するのにちょっと離れたところ、と思っても地面がない・・・。

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若松大橋を渡った若松島から見た桐教会遠望。海の向こうの山の上に建つ白い教会はなかなか絵になる風景です。

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土井ノ浦教会。木造の旧大曽教会を譲り受けて移築したものが元になって、その後改築されたものだそうです。この教会の信徒は慶長年間には180戸いたそうですが島原の乱の時に出て行ってだれも帰ってこなかったそうで、その後大村から移り住んだ人の子孫が現在いるそうです。

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土井ノ浦教会のルルド

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上五島と若松島を結ぶ若松島大橋。このあたりの海は穏やかなせいか、養殖が盛んで、ハマチ養殖に関しては日本の先駆けだったそうです。しかし海岸の小さな入り江を網で仕切って初めのころはしていたら、潮の干満によりその面積が増減するため魚にとってはよくないということで、沖のほうでぐるりと網を張っての養殖にと移っていったそうです。今はマグロの養殖もしているのだそうですが、何しろ輸送のコストがかかるのでだんだん衰退しているようです。
 この橋なかった頃に学校に通っていた、案内のタクシーの運転手さんは、船で通っていて、学校も海辺にあったのでちょっと授業が進むとすぐに海に行っていたとか。

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土井ノ浦教会遠望

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泊まったのは若松島の港の近くにある清水荘という民宿でした。夜、散歩に出ると、信号に出合いました。子供たちの教育のために作られて信号だそうです。が、そばの小学校はすでに廃校になり、子供たちは遠くの学校へ通っているそうです。
 運転手さんによると、ものすごく遠い山の中に40軒ほどの集落があり、そこにたった一人の小学生の女の子がいて、地元行政の補助によって乗合タクシー通学しているそうです。

民宿での一夜が明け、9時55分出航の船に乗るために9時10分にタクシーに迎えに来てもらい、思いのほか遠い道を奈良尾の港まで行ってもらい、帰りの船に乗りました。
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行きは朝鮮半島へ抜けた台風12号の余波でずいぶん揺れたのでしたが、帰りは幸い穏やかで、夫はぐうぐう眠っていました。


長崎駅に着き、軽く昼食を食べていざ、改札口へ行くと、様子が変。なんと集中豪雨のため列魔が遅れており、前の2本がまだ駅にとどまっていたのでした。その次のかもめ22号が私たちの乗る予定の列車ですがそれだと乗り継ぎのさくら558号に乗り換えできないかも!
切符を持って駅員さんに相談すると、「ホームに止まっているのにすぐ乗って下さい!」
あわててホームを走り、ターミナル駅で横断陸橋もなく平面だったのでなんとか最後尾のドアから乗り込むことが出来ました。せっかくの指定席がふいになり、いくつも車両を歩いてやっと空席を見つけられてほっとしました。
 かもめの運転士さんは次のさくらの接続に間に合うように気を遣ったのか、途中の直線部分ではずいぶんスピードが上がっているように感じました。カーブ区間はなかったのでよかったのですが。幸い新鳥栖での乗り継ぎでは、予定にない列車に乗ったためか機械の改札を通さず、駅員さんに切符を見せて通過、無事乗り継ぎの予定通りのさくらに乗ることができました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-05 12:29 | | Comments(0)

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