「そんな時間」を大事にしたい ということ

 先日ちょっと書いた、2月16日(月)に倉敷市民会館で講演会のある海原純子先生(心療内科医)のご著書『大人の生き方 大人の死に方』にこんな箇所があるのに出会った。
 子供がサッカーに熱中しているのを見てお母さんが「そんな時間があったら勉強してほしいわ」と嘆く。
(中略)「そんな時間」にはそんな無駄な時間、という思考が含まれている。
 私も医療のほかに原稿を書いたり大学で教えたり、歌を歌ったりしている。(略)
 「そんな時間」は人間すべてにとって必要なものではないかと思っている。
 医師として、書き手として使うのは脳のごく一部である。そこだけ使っていると肩こりと同じで脳のこりを生むと思う。(略)
 静と動、硬直さとしなやかさ、そのバランスは人間が生きて行くうえで必要なのではないか。お金にもならず、一見無駄に見える時間が活性化してくれる物について見直してほしいと思う。


・・・そうだそうだ。私がTの会の会議で疲れていてもとにかく合唱団の練習には出かけるのは、腹筋を使って声を出すことに、そして仲間の人と他愛のない話をすることに、私がいかにリフレッシュできるか、という事なのだと思います。
 そうそう、家庭の中だけにこもっていては暗くなりがち、収入にはならなくともTの会で友とワイワイ交わり、楽しいことだけではなくて自分の能力いっぱいいっぱいの事も多々あるけれど、やっぱりそんな時間があったら家のお掃除でもした方が、と思いがちではあるけれど、無能と思われる私にも居場所があるってありがたいことと思えます。そんな時間、こんな時間、大切にしたい私の時間です。
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by kurashiki-keiko | 2015-01-28 14:03 | うれしかったこと | Comments(2)

Commented by mmkk1114 at 2015-01-29 02:35 x
こんばんは!
私も、そんな時間、こんな時間を大切に向き合って行こうと、思っています。
一度余命を告げられてから、生き方が少しずつ分かり始めました。

日脚伸ぶそんなこんなの時重ね
生きざまはこれでいいのだ目刺し食ふ

ありがとうございます。
Commented by kurashiki-keiko at 2015-01-29 11:52
mmkk1114様、コメントありがとうございます。人から見たら非生産的ではないかと思われる時間が、本人にとっては大切なリフレッシュの時間、という事は読んでいてとてもよくわかります。が、本業がそれによってより活発になれる、というものであること、本筋を見失わないように、ともとれるので、そうだそうだと同意しつつ襟を正されるような思いもありました。
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