10円不足に気づいて
2015年 08月 29日
帰宅していつものようにお財布の中身を出して現金を家計簿のその日の残高欄に記入して、買い物額を記入して行くと、差引10円足りません。あれ?と思うと、印刷代の190円に対しておつりを…あっ、取っていなかったことに気づきました。そこでセンターに電話して料金箱から10円取り忘れたかもしれないのですが、というと、係の人が調べてくださり、「ありました」との事で預かってくださることになりました。
翌日午後取りに行きました。たったの10円でしたが、「多分財布の中身が10円足りないと言って気づく人は少ないのでは」というと、本当に驚かれていたようでした。
しかし家計簿をつけていたからわかったということはこの10円のことだけではありません。
たまたまこの日の話の中でMさんが言っていたことが、家計簿をつける意味を教えてくれました。それは、お母さんが家計簿をつける姿を見て大きくなったけれども、年を取ってきたので年金だとかの「収入はいくらあるの?」と聞いても「さあ?」。「いくらで暮らせているの?」と聞いても「わからない」と言われた、というのです。
家計簿はその日の買物だとか出費をつけるだけではつけているうちに入りません。いったい年間いくらの収入があって、いくらで暮らしていけるのか、そこのところが把握できていないと意味がない、という事をこのことから改めて教えられました。
by kurashiki-keiko | 2015-08-29 03:07 | うれしかったこと | Comments(3)
たかが10円、されど10円~です。
銀行の毎日毎日のケジメは、機械化されても変わりません。
10円が合わずして徹夜した遠い日が思い出されます。
違算金探しあぐねし夜長かな
新入行員も支店長も残ります。女子は夜8時まで。
機械化 電算化されても、収支は人間がやること~間違いはあります。
10円を軽ろんじれば、必ず10円に泣きます。国の予算も
ありがとうございます。
私の家計などはこの日はたまたま使ったところが分かっていたので良かったのですが、不明金だらけです。ですが年間にどのくらいの額があれば暮らせるかとかの大きな流れが出ればよしとしたいと思います。