片付(8) マンションの片づけ完了。

 3月12日(土)、環境センター、つまりゴミの処理施設が日曜は休みで土曜日なら午後2時まで開いていること、しかも母のマンションから車でわずか5分の所にあることがわかったので、弟がこの日は会社のトラックを借りて片づけに行くと言っていました。
 私と夫も、少しは役に立つかと10時に行って見ると、すでにトラックには家具類がぎっしりと積まれていました。
夫は力仕事も片づけもからっきしダメで、ごろごろするばかり。(昼食時のスポンサー?)
 私は大物を運び出す弟と甥の作業効率を上げるために、まだ残っている様々な物を分類、仕分けしてゴミ袋に入れる役目を担う事にしました。
 ベランダの鉢は陶器のものとプラスチックのに分けて土を大きいプランターに移して重ねる。様々な金属類やら陶器の物を仕分け。持ち出した家具の後のほこりを掃除機で掃除する、などなど。
 弟と甥は私の小学生時代に買って2段の内1段にして使っていた食器棚やら同じく半分にしていた和箪笥、デスク、鏡台、書棚、こたつなどどんどん運び出していきました。環境センターには捨てに来た車が行列していたそうですが、ほとんどが少量を運ぶ乗用車で、トラックの持ち込みは自分たちだけだったそうです。
 最後に絨毯と物干し竿、絨毯もただ丸めただけでは長すぎてエレベーターに入らないと気づき、回転ずしで昼食を済ませてからホームセンターでカッターナイフを買う事にしました。
 食事に行って話した事、甥が「あのケーキ、おいしくてみんなで奪い合って食べました」との事。私の作のフルーツケーキ、母に食べさせてあげてなかった事、今更ながらに残念でした。

 食後、ホームセンターで鋏がいいかカッターナイフがいいかと4人で議論になりました。絨毯切り用の鋏と言うのまで売っていたのですが、甥が「一生のうちで絨毯を切る場面がどれほどある?」と言うのでなるほど、と思い、結果的にはカッターナイフが役立ち、弟があっという間に切り刻んで絨毯を持ちだしました。
 シーツだのカーテンだのは布として資源ごみ、布団は燃やせるゴミに、とゴミの処理については同じ市内に住む主婦の私が仕分けにとても役に立ってよかった。

 最後に弟宅に持ち帰るエアコンだの天井灯だの下駄箱だのを運び出して、がらんどうになりました。台所の床を拭いたり調理台の油汚れを取ったり流し台に貼り付けていた銀色のテープをはがしたり、トイレ掃除をしました。
 後の引き渡しは弟に頼むことにしてマンションを後にしました。わずか20日ほどの事でこんなことになるなんて。

 帰宅してからふと持ち帰った物を見ると、父が盛んだったころに昭和46年ごろから51年ごろまで、ギターマンドリンクラブの編曲者兼コンサートマスターみたいなことをやっていて、その定期演奏会の簡単なプログラムが出てきました。母もこれは思い出に取っておいたものと見えます。
 紙を二つ折りにしただけの簡単なプログラムでしたけれど、父の名前が印刷されているのを見てほろりとなりました。
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by kurashiki-keiko | 2016-03-12 17:09 | しみじみしたこと | Comments(0)

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