倉敷市玉島の旧柚木家住宅・西爽亭と羽黒神社


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4月10日(日)午後、玉島の町を少し歩きました。最初に行ったのが湾の奥の樋門の所。説明板がありました。こういうのを見るとその町の歴史、成り立ちがよく分かります。

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かつて新島襄も泊まったことがあるという西爽亭という所を見学することにしました。

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ウオーキングの会が定期的にあるようです。

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説明板です。近頃「天空の城」としてにわかに有名になっている備中松山城の主の領地の港として栄えたのですね。

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御成門から入ったお殿様専用の玄関の間です。ここで、受付窓口で聞くと、無料で見せていただけるとの事で、黄色いパンフレットをいただき、ガイドもしっかりしていただけました。右の床の間風の台は、お殿様の持ち物の置き場だったそうです。

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立派なお庭です。奥の方に向かって高くなっていて、塀の向こうは山の方になっています。右手奥はお茶室、その右手はお殿様専用の手前からお風呂場、便所(小)と(大)。お風呂場は板敷で、かつてはそこに風呂おけが置いてあり、沸かしたお湯を下働きの物が桶で運び込んだもののようです。
また、便所は「小」の方は朝顔型のが設置してあり、「大」の方は畳2畳分の部屋に木のおまるのようなものが置いてありました。多分江戸城の事でもちょっと聞きかじりましたが、お殿様の「大」の方は健康状態をご典医が確認しやすくするためにおまるのようになっていたようです。下世話な話ですが、復元とはいえ実物を見たのは初めてでした。

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西爽亭の受付奥で黄色のジャンバーを着た熟年?男性2人がいると思ったら、ボランティアガイドさんでしたので、30分くらいだけガイドしていただくことにしました。こちら映画「三丁目の夕日」のロケ地にもなった樋門のあった場所にあった説明板です。

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かつては小さな島だったところが羽黒神社になっていて、そこを中心に土手が出来て干拓地が増えて行ったようです。三丁目の夕日に出てきた樋門も、流れを妨げるようになったそうで、取り壊されたそうです。

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羽黒神社への石段。岩山ですね。

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立派な彫刻の本殿です。

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羽黒山といえば山伏で有名でしたか?。屋根の上には珍しいカラス天狗の像がしつらえてありました。また、

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こんな巻物が屋根の上にあるのも見たことがありません。

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こちらは、備中松山城主が、鳥羽伏見の戦いで幕府方に着いたために、岡山藩の物に取り囲まれ、他の人の助命嘆願のために自分は切腹して果てたという、家老の熊田恰(あたか)を祀ったお社です。

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上った側は石段でしたが、こちらの正面の方は、石段をつぶしてスロープにしていました。
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by kurashiki-keiko | 2016-04-11 01:20 | おでかけ | Comments(0)

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