道央の旅 その6 ニッカウヰスキー余市蒸留所

 8月3日、朝8時半ごろホテルを出発。目指すはかつてNHKの朝のドラマ「マッサン」でその夫婦の様子を描かれていたニッカウヰスキーの醸造所です。
 以前私は竹原の竹鶴酒造の建物を見学したこともあり、ニッカウヰスキーの創業者の家だといたこともあったのに、あのドラマを見るまでは奥さんがスコットランドの出身者だったことは知りませんでしたし、竹鶴政孝さんの功績も知りませんでした。ドラマを見て、遠い異国の地で結ばれてその夫一人を頼ってはるばるやってきたリタという奥さんのことをもっと知りたいと思って楽しみにしていました。
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こちら、醸造所の広々とした敷地の案内図です。スコットランドの地に似た気候で、泥炭が取れること、そして多分広い土地が手に入ったことがニッカウヰスキーの操業にかかわっていたようです。入口近くのウヰスキー博物館には、ウヰスキーの製造工程やら歴史、それに最後のほうにリタの生い立ちと竹鶴と出会った時のこと、結婚生活まで、ちょうど「マッサン」のドラマのもとになったドラマチックな出来事が説明されていました。スコットランドにウヰスキーの勉強に行った竹鶴さんがリタの弟に柔道を教えるようになったのがきっかけで、クリスマスプディングの中に入っていた1ペンス銀貨?を彼が、そして指ぬきが入っていたのを彼女が食べたので、将来結婚するといわれていた習わしとして囃し立てられたそうです。偶然といえば偶然、ドラマのような始まりでした。

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こちらはリタの生まれた家の玄関を模して造られたリタと竹鶴政孝さんとの家の復元されたものだそうです。玄関ホールを入ると和風の引き戸、内側には両側に和風の棚が作りつけられてありましたが、全体は洋風。和室もありましたが、リビングルームは洋風のようでした。リタの料理は完璧で、イカの塩辛や、お正月には竹鶴家の家風なのかぶりと大根の入ったお雑煮まで作ったのだそうです。また、当時は外国人は大変珍しかった時代でしたが周囲の人と仲良くなろうと大変交際にも力を入れたようです。余市で本格的にウヰスキーを作るようになってからは、スキーやゴルフにも興じるなどスポーツも好きだったようです。たった一人日本に来て、どれほど心細い中で竹鶴さんを愛し慕い、健康に気を遣い料理を作り、日本人に溶け込むように努力したことか、その人生を思うとドラマ以上に感動しました。
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広々とした構内。
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 熟成のために置かれた樽。ここで夏も冬も過ごし、湿気の多くて寒い冬には樽の木が縮み、夏場には膨張し、とかいう時を経て黄金色になっていくのでしょう。
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by kurashiki-keiko | 2017-08-04 04:45 | しみじみしたこと | Comments(0)

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