夜の立ち話から―今は昔?四通八達の家

 我が家の町内では、ゴミ収集日は火・金曜日。で、その前の晩8時にお当番がゴミステーションの小屋のカギを開けることになっています。4日(月)の晩、ゴミ捨てに行くと、ちょうどお向かいの奥さんがやってきて「扉閉めないで」と声がかかり、一緒に帰りながら、ちょうどご近所で完成間近な住宅2軒を夜陰に乗じてこっそりと敷地内から見物。どちらもとても個性的な建物なので、興味津々だったのです。
 南側のお宅はちょうど道の角に面しているため、敷地いっぱいに建てられたその外壁南側にはなんと窓がありません。
 南に窓がないなんて。風通しのことは考えていないのね。エアコン頼り、ということか。近頃のレースのカーテンは中に灯をつけても夜に見通せないように優秀なんだけど。いくら道路がすぐそばだからと言って、びっくりです。何となく城塞みたいに、「つ」の字に曲がったその建物は、中に面してだけ広い窓があり、そちらから光ははいるようになっています。通りすがりにご近所同士話しかける、ということもなさそう。
 もう一軒は、なんでも整骨院併設だとかで、高齢者の多い住宅地では歓迎されそう。住宅の方は二世帯住宅なんだそうで、こちらは敷地に対して床面積をできるだけ多く取るためにそびえたつような総2階建て。工事中の幕に覆われた段階では、一体どんな住み方をする家なんだろうと、お向かいさんともども興味津々だったものですから、「こっちが整骨院に使われて、こっちが本宅かしらん。親世帯が1階で若い人が2階に住むのじゃない?」などと想像をめぐらしつつ、しばらく寒くて暗い中をお互いに日ごろ忙しくて会うことがないものだから結構長い時間立ち話してしまいました。
 どちらの家も、外に向かっての窓が外壁部分にはほとんどなくて、ご近所に住むものとしてはなんともちょっと寂しいね、という話。庭仕事でもしていればやあやあ、と話もできるでしょうが、庭らしい庭という面積も残っておらず。昔のような縁側に腰掛けて、というのどかな時代ではないことはわかるけれど、内にうちに向かう家の作り、寂しいものです。
 
 我が家の庭はフェンスなのですぐそばの道から丸見えですから、花を作ると見てもらえるという励みになりますし、道行く人とご挨拶もできたり、近くの保育園児のお散歩のときに庭仕事をしていると、子供たちからかわいいご挨拶をしてもらえることもあります。やっぱりその方が私は好きです。

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by kurashiki-keiko | 2017-12-04 23:45 | 地域社会 | Comments(0)

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