戦没画学生の絵画展

岡山駅西口の岡山デジタルミュージアムの企画展、「未完の夢 無言館展 ―戦没画学生が遺した愛と絵ー」に行ってきました。ちらしです。
d0031853_194415.jpg表の絵は、中学を出てから兄弟で独学で絵を勉強していた2人の合作だそうです。2人とも応召して戦死したとか。24と22だったか。この絵はまだ幼い感じがしますが、その両親を描いたと思われる大きな絵もあり、本当に立派な絵を残しています。


d0031853_1123030.jpgチラシの裏側です。一番上の屏風絵は、岡山出身の日本画家、小野竹喬の長男春男さんの絵です。すばらしい描写力のナスの絵。

 会場内は戦争体験のありそうな高年の人を中心に大勢の人でした。
古くて絵の具が剥落した絵も中には見受けられたり、まだ発展途上の絵もあったりしましたが、それぞれの人の出身や、出征に当たってのエピソード、送り出した親兄弟の思いも合わせて展示されていて、戦死の年齢が20歳そここから30歳代半ばくらいまでの本当に惜しい、若い人たちです。
 小野竹喬さんはじめ高名な画家の子息もいれば、家族から財産を売り払ってでも学費を捻出してやるからと期待されて画学校へ入ったばかりの人もいました。
 若い妻や妹、姉をモデルに描いた絵、故郷のなつかしい風景などの絵。両親に当てた戦時郵便。遺された絵の具箱や岩絵の具。卒業証書や戦死の証明書。学資を出してくれた姉に宛てた病院で描かれたハンカチの芍薬の絵。
 どれもこれも胸を打つものがありました。画家の父は、亡くなった息子のことは一言も言わなかったとか、仲良かった姉は、弟の絵を大切に守って独身で通したとか、エピソードの一つ一つが重く、その後の家族の人生が迫ってきます。
 見つめる皆さん無言で見て回っています。
 帰るころにすれ違った家族連れは、足を引きずり杖を突く母を連れた人たち。
あまりにも重い、惜しい人たちの「死にたくなかった、もっと芸術を極めたかった」と言う魂の叫びが聞こえるようでした。

 そして、その会場の脇に、岡山空襲の記録展がありました。焼けた地域の地図や、大画面に拡大された、天満屋デパートなどのビルを残して焼け野原となった岡山の街。
私は戦後生まれですが、親達から話にだけは聞いていた世代なので、こんな様子だったのか、と目の当たりにして改めて人のそれまで築いてきた営みを灰にしてしまう空襲、戦争のむごさを思い知るようでした。 
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by kurashiki-keiko | 2006-06-12 01:34 | おでかけ | Comments(2)

Commented by yassy127 at 2006-06-12 07:25
偶然にも昨日通りがかりに寄ってくださった方からこの無言館展へ行ってきた感想をきいたばかりです。
ぜひ一度見に行くようにとその人も行っていました。
先日江田島の資料館で戦没した若者の遺書や遺品を見たところですので、その人たちの無念さがよくわかります。
だんだん戦争の記憶が遠くなった行き、自衛隊が戦地へ赴く気配が濃くなってきている感じがしています。
孫たちにあの惨めな体験はして欲しくないのです。
Commented by kurashiki-keiko at 2006-06-12 15:51
 私は戦後生まれのため、「あの惨めな体験」は親達から聞いている世代です。しかし、わが子や孫にもこういう悲惨なことがあったことに関心を持って欲しいと思います。
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