鳴門市ー捕虜収容所跡地とBANDOロケ村とドイツ館

d0031853_0331823.jpgこの6月から「バルトの楽園」と言う映画が公開されていました。実は私は映画は見ていないのですが、徳島県へ行って鳴門市の西のほうの坂東と言うところのドイツ館という博物館で、第一次大戦のとき、中国の青島で捕虜となったドイツ兵の収容所が日本各地に出来たこと、そしてこの坂東の収容所はとても特異で、捕虜の生活を大切にし、印刷所、パン工房、お風呂やさん、酒保(酒場)、音楽、演劇なども許され、地元住民にお菓子やパンの作り方教室を開くなど文化交流もあったとかを数年前に見て、かなり感動を覚えていました。
もともと音楽家だった人を中心に出来た楽団が、日本を去るに当たって、第九を日本で初演したのだそうです。
 その実話に基づいた映画が出来、ロケセットが公開中と聞いて、ぜひ見てみたいと思って出かけました。


収容所跡地へ曲がらずにまっすぐ行った道沿いにあったうどん屋さんでお昼。讃岐うどんにはよくあるセルフの店。うどんのサイズも大・中・小とあり、肉やらわかめやらきつねやらのほかに、天ぷら類のトッピングやらいなり寿司やらおにぎりやらがあり、最後に何を乗せたかを見て会計。
d0031853_0354230.jpg
d0031853_0364916.jpgd0031853_037965.jpg


「ドイツ村公園」となっている、元の本物の捕虜収容所跡地。門はたぶん復元されたものでしょう。見張りの塔みたいなのが、育って巨大になった木の間にありました。
d0031853_0405487.jpgd0031853_04198.jpg


日本で亡くなった捕虜の慰霊碑。手前が後から作られた高さ4mくらいのもので、奥のが最初に作られたものらしいです。この慰霊碑を守っていた高橋夫妻が、ドイツ人に非常に感謝されたそうです。
d0031853_043471.jpgd0031853_0463654.jpg


先ほど朽ち果てたような収容所跡地を見てきたので、こちらはロケセットのほうの収容所入り口の門と、見張り台?。
d0031853_0475086.jpgd0031853_048969.jpg


d0031853_0501718.jpg日本には静岡や久留米、丸亀など各地に収容所があった中で、この坂東は、各棟のベッドの間に仕切り壁もあり、プライバシーをある程度守れるように出来ていたそうです。


d0031853_0523642.jpg印刷所のセットの内部。その時代を表す小道具が揃っていて細かい。実際の収容所では、日本製の謄写版で音楽会のプログラムが多色刷りの見事なデザインで作られたり、「ディ・バラッケ」という新聞が発行されたりしたそうです。


パン工房もありました。   鶏も飼っていたようです。     ミルツさんの浴場、マッサージも。
d0031853_056099.jpgd0031853_0562611.jpgd0031853_056531.jpg


建物の前の荷物がリアル。    印刷所の建物です。     木製の長い洗面台です。
d0031853_0585541.jpgd0031853_0592837.jpgd0031853_10092.jpg






捕虜たちを虐待せず、それまでの職業を生かして生活に役立たせた所長が偉かったのだと思います。


ドイツ館の手前は道の駅になっています。     ドイツ館の建物です。収容所の
捕虜収容所の建物を模しています。         全体の模型や暮らしの様子が
ご当地シャーベットや農産品なども。         よくわかるのでロケセットと合わせ
                                ぜひ見ていただけたらと思います
d0031853_125344.jpgd0031853_131132.jpg







d0031853_14503087.gif

[PR]

by kurashiki-keiko | 2006-10-01 00:34 | おでかけ | Comments(2)

Commented by macky_work at 2006-10-01 16:23
最近、疎いなー私。
「バルトの楽園」という映画の情報、まだ知りませんでした。
kurashiki-keikoさんの記事を拝見して、私もロケセットを見に行きたく
なったし、当時の捕虜の話も、ちょっと本などで読んでみたい気分です。

今、「出口のない海」を読み始めたところだから、それが終わったら考え
ようかな。読書の秋、ですしね。
Commented by myobento at 2006-10-03 17:58
keikoさんは徳島へ行ってらしたんですね。
徳島は青空でうらやましい。私は旅先で雨に降られました。
第一次大戦の際のこの収容所のことはなにかで読んだことがありました。あるいはNHKのドキュメンタリーだったかもしれません。パン製造の技術なども伝えられたそうですね。このときの紳士的な態度に比べて、第二次大戦のときは酷かったですね。なぜなんでしょう。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< 今の高校教育を憂えて―友からの手紙 母の手紙を代筆して >>