平泉

メールマガジンWeekly KURASHIKIに連載中の「Keikoのお出かけ日記」の記事の続きを書きました。後ほど「お出かけ日記(228)駆け足東北旅行その2―平泉」として掲載の予定です。
その文章に沿っての写真をこちらでお見せします。


d0031853_1136506.jpg中尊寺に続く月見坂です。杉の巨木、急傾斜の坂道です。ここもすごい人出で、途切れることのない人波の中をフーフーいいながら上りました。


d0031853_11383579.jpg坂の途中の左手にある「弁慶堂」です。この中には、「勧進帳」に出てくる義経主従が背負った「笈(おい)」があるそうです。


d0031853_11394615.jpgこの旅のハイライトの1つ、中尊寺金色堂(覆堂)です。金箔を貼り付けただけではなく、螺鈿(らでん)細工などの工芸がすばらしくて、お堂全体がガラスケースのように保護されていたのにも、心無い人のいたずらや盗難防止の観点からは当然かな、と思えました。


d0031853_11431059.jpg金色堂の傍らに、解体移築された旧鞘堂がありました。大仏殿みたいに折上げの屋根構造になっていて、中には記念の角柱が立てられていました。
「五月雨の降り残してや光堂」(芭蕉)


d0031853_11455083.jpgもみじの中尊寺を期待したのですが、残念ながらこちらは岩手でも暖かいそうで、まだまだのようでした。(2006年10月22日現在)


d0031853_11464370.jpg月見坂を降りていったあたりにある小さな公園のような場所には、あの弁慶の墓があったのです。たまたま隣り合ったバスの団体にガイドさんが解説したのを聞いて行ってみました。
倉敷の天城小学校のすぐ隣にある「経ヶ島」という、藤戸の合戦を弔うためにお経が納められたという小山の上にある五輪の塔と同じくらいの大きさ、年代もほぼ同じくらいでしょう。


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(参考)倉敷市藤戸にある、源平の藤戸の合戦後にお経を納めたという経ヶ島、遠景







d0031853_11494370.jpg中尊寺から徒歩8分くらい、という、義経を祀った義経堂です。中には彩色された、鎧かぶとをつけた義経像が安置されていました。彩色はきれいで、ガラスの奥に保存されているので状態がよいのでしょう。義経終焉の地としてこの北上川のほとりの地はふさわしかったのでしょう。合掌。


d0031853_11521224.jpg義経堂の近くの土手の上にある芭蕉句碑です。
「夏草や 兵(つわもの)どもが夢の跡」


義経堂から見た北上川の風景。たっぷりと流れていました。
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by kurashiki-keiko | 2006-10-25 11:54 | | Comments(4)

Commented by ち~ちゃん at 2006-10-25 20:31 x
そうそう こんな感じでしたね。
25年前(もうすぐ 26年目だ)に
 新婚旅行で行ったとき…。
2月だったので 観光客は誰も居ませんでしたよ。(笑)
私たちだけが 雪の積もった道を登りました。
Commented by neko_pen at 2006-10-25 23:11
もみじはまだなんですね。
北上川の何とのんびりした感じ・・・
大きいのですね、の~んびり、ゆったり・・・
いい風景を拝見しました。旅気分です。
有難うございました。
Commented by kurashiki-keiko at 2006-10-27 17:25
ち~ちゃん様、新婚旅行で行かれたのですか。私も結婚が2月ですが、寒いのは苦手なほうなので、暖かいほうへと行きました。誰もいない中尊寺もいい物でしたでしょうね。
Commented by kurashiki-keiko at 2006-10-27 17:26
neko_pen様、大河はやっぱり心が大きくなりますね。

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