福山市鞆の浦を歩く


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広島県福山市の鞆の浦を訪ねて来ました。
写真は海岸沿いにつるされているさよりの干物です。帰りに見ると、この3倍くらいに増えていました。

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出発は鞆鉄道の観光センターから。倉敷を出るときに、ボランティアガイドをお願いしていました。各所の拝観料こみで1人900円です。

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右側が奥様ガイドの宮本さん、まばたきをしていました。残念。
左は観光案内所の人です。

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小烏(こがらす)神社。鍛治屋さんの神様だそうで、鳥居の中央の扁額が鋳物でした。

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沼名前(ぬなくま)神社。「隈」というのは裏側だというので、その字を嫌って、「前」とかいて「くま」と読ませるそうです。

d0031853_23432719.jpg保命酒のお店。この重厚な建物は、元は福山城の長屋門だったものを、明治の頃に売りに出たものを当時の当主が買い取って移築したものだそうです。

店内のお酒を造る備前焼の大甕とものすごい彫り物の看板と、ご当主。d0031853_23452763.jpgd0031853_2345454.jpg

実はこの保命酒というのはあの「養命酒」より古く、元となったものだそうで、もち米から作ったお酒に生薬を溶け込ませて作った、甘口でまったりして健康にもよいお酒です。この福山藩主、水野氏が、黒船来航の折にペリーに献上したのだそうで、店内のショーケースの中には、ペリーの子孫にこのご主人が保命酒をプレゼントしている写真がありました。
 また、NHKの「ひるどき日本列島」で舞の海が来たときに、ガイドの宮本さんとこのご主人とが一緒に写った写真もありました。

こちらは保命酒を作っている4軒の酒屋さんのうちの1つ。広壮なお屋敷で、裏手に酒蔵がありました。d0031853_23573033.jpg
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d0031853_23584131.jpgたくさんの使用人のためでしょう、大きな鍋やお釜のかかった「おくど」がありましたが、たき口が半分地下に掘り込んであるのが珍しく、訳を聞くと、焚口の外は海側のすきまがあり、海からの風で火がよく燃えるのだそうでした。生活の知恵ですね


鞆の港のそばには、倉庫を改造した建物が。ここは、最近特番であったそうですが、ここの沖に沈んでいた、坂本龍馬が仕立てて長崎から堺へ鉄砲を運んでいたいろは丸らしい船から引き上げられた品を展示しているそうです。d0031853_235526.jpg
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道幅の狭い道端の小さな海産物屋さん。ここで「ちーちー」(ちいさなイカ)の干して加工したものと、いりこを買いました。

真言宗のお寺、福禅寺の、朝鮮通信使が泊まったという「対潮楼」からの眺めは「日東第一形勝」であると通信使が絶賛したそうです。この鞆の浦は、国立公園法が出来たときに雲仙・霧島と共に日本で最初に国立公園に指定されたとのことです。
 また、「鞆の浦」の由来は、この向かって右端の島に神功皇后が立ち寄られたときに、弓を射るときに左手を保護するための鹿皮で手首からひじまで覆う「鞆」を神社に納められたことからきているのだそうです。
20人ばかりの神戸から来たという中学生の団体と共に宮本さんのガイドを聞きました。d0031853_0123864.jpgd0031853_0125553.jpg
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by kurashiki-keiko | 2007-01-15 00:01 | おでかけ | Comments(4)

Commented by yassy127 at 2007-01-15 06:51
数年前訪れたところですのでなつかしく思い起こすことができました。
ガイドさんの案内があると数倍詳しく知ることができますね。
昨日は天気もよく暖かで、瀬戸内の海はのたりのたりと穏かだったことでしょう。
Commented by neko_pen at 2007-01-15 22:06
山陽、山陰には、歴史的な場所が多く、楽しみですね。
それに四季折々の行事などもきちんとしてらして、こういう
ことがずっと、受け継がれていくといいですね。
パエリアは、そのうち、参考にさせていただいて、是非作って
みます。私はフライパンや、炊飯器で作ったことはありますが、
ホットプレートで、真似してみたいです(^-^)
Commented by kurashiki-keiko at 2007-01-16 16:09
YASSY様、そうでした。yassyさんの記事を探してトラックバックさせてもらって置けばよかったと思いました。ガイドつきだとこんなにも深く物事を知ることが出来るものかと、本当にうれしかったです。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-01-16 16:11
neko_pen様、朝鮮通信使が鞆の浦の次に立ち寄ったのは、岡山県の牛窓だそうで、海の交通を知り、鞆の浦がもっと身近に感じられました。
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