「ラジオ深夜便」FMウオークin倉敷 アンコール編


d0031853_77397.jpg3月にもあったのですが、前回が好評だったそうで、きょう2度目があることになったそうです。ラジオで報道されたので、即申し込み、めでたく第1グループになりました。
 前回は夫が仕事の日だったので友の会のお友達夫妻をお誘いしましたが、きょうは夫が休みのため夫と共に歩きます。
 10時出発、FMラジオを持って、NHKのラジオ深夜便のアンカーのアナウンサーと、美観地区のボランティアガイドさんとの話をFMのミニ発信機から飛ばすのをイヤホンで聞きながらの半日の散策です。前回は日曜担当の明石勇さんとご一緒のグループだったので、その後ラジオを聞くととても親しみを覚えるようになりました。
 ツーデーマーチはある種競歩みたいにスピードが出て大変なのですが、こちらはのんびり、トークが主ですのでぶらぶら歩きです。
 前回は小雨の中でしたが、今回も天候はあまりよろしくなさそうです。しかも予想最高気温は昨日の予想では30℃。ということで私も日よけの綿のシャツの下はタンクトップでなるべく涼しく。どうなりますことやら。
 最後の倉敷公民館でのトークショーも楽しみ。
 では行ってきます。

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JR倉敷駅北口に集まったのは、予想通り老若、ではない老男女(が大多数)。応募はがきを示し、FMラジオの周波数を聞いてそれにあわせます。私たちに同行して下さるのは、ラジオ深夜便のアンカーの中での一番の美人、須磨佳津江さんと、ウエルカム観光ガイドの菅野光明さん。それにFM発信機を背負った黒いTシャツのスタッフの女性。


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駅から南へ、歩道橋を降り、メインストリートを南下、みつはた陶器店の横を通って商店街を抜けます。ここでは、メインストリートのすぐ西脇にある「フラワーポッケ」の土地は東京?の資本でビルが建つはずだったのを、その空中権まで倉敷市が買い取って、ミニ公園にして美観地区の風景を壊さないようにしたなどと言う話。倉敷市民としてそれまで知らなかったことも菅野さんの詳しいガイドにうなずくことしきり。


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商店街から、阿智神社へと登ります。ここがコースで唯一の登り。くちなしの大きな花の香りが漂っていました。見晴らしの良い場所に出ると、はるか遠くの福山を指し、あそこが福山の合戦があった場所で、足利尊氏が湊川の合戦の前に戦った場所だとかいうガイド。そうだったんだ、知らなかった。(以前鞆の浦へ行ったときのガイドさんの言葉に、以前は鞆の浦に足利幕府があった時代があったとのこと、その後にこの福山合戦だったのかな?と思う)。


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阿智神社の山の裏手の曙藤を見上げます。たった1本の木がこのようなすごい藤棚を作っていることの見事さ。樹木医さんの手により見事に復活したのです。

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阿智神社の正殿正面と、向って左手の磐座(いわくら)を説明している菅野さん。亀の形に見えるとのこと。

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阿智神社は空から三人の女神、宗像三女神(むなかたさんにょしん)が降臨してきたのが最初とのことですが、なぜか屋根の鴟尾(しび)は縦にカットされた男の神様の形だそうです。言われるまで気がつかなかったです。

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絵馬殿から見下ろしながらの説明。芸文館は演劇のために客席を800席にしたとか、そのそばにあるのが倉敷出身の将棋の大山康治名人を記念する大山名人記念館で女流名人の倉敷藤花戦があるところだとか。須磨さんは家並みの屋根の美しさに感嘆。

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右手の建物は昔は宮司さんの住まいだった?斎館。倉敷で最も古い民家の井上家が寄付したのだそうで、裏手には水琴窟があるそうです。

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阿智神社の石段。今回は大人数のため、ここからは降りませんでした。米寿の88段など、数があるそうですが、教えてもらったのに忘れました・・・。

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森田酒造の前で。この奥には倉敷でも最も古いお庭があり、そばの破流知庵(ばるちあん)の2階から一般の人も眺めることができます、と言う説明。ここは車も時々通るので、同行の青い制服のガードマンさんたちが一同に脇に寄るようにと呼びかけて指示します。


d0031853_214198.jpgこの左手は昔は掘割だったところです。(テレビのニュースを撮っているようです。この後の夕方6時45分からのNHKローカルのニュースで少し出ました)


d0031853_235051.jpgちょうど「かな泉」のうどん屋さんでうどんを打っているところ。ここで菅野さん、民話の「手打ちにするか、半殺し(ぼた餅)にするか」と相談する夫婦の話。にぎやかに、ずっとしゃべりっぱなしです。


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ホテルアイビースクエアに入ってきました。ここは元代官所でしたが、火災で焼けた後寂れていたのを、有力な町民の大原さんが買い取って紡績工場にしたそうです。今回はつたの話がなくて残念でしたが、このつたは工場を西日の暑さから守るために植えられたと前回聞いています。屋根の形は工場の当時のままです。工場に光を取り入れるためのもので、レンガはイギリス積みといわれる縦横に積む形式だそうです。

d0031853_2113239.jpgアイビースクエアの真ん中の広場(スクエア)で。休憩するはずが、菅野さん、相変わらずしゃべりっぱなし。この下の敷石になっているレンガは、工場の壁だったものの再利用だそうです。また、御影石がところどころにあるのは、元の紡績機械を置いてあった土台にしていたそうで、機械のあった列の通りに今も並んでいるそうです。ビヤガーデンやいろんな催しがありますが、そんないわれがあるとは知りませんでした。また、この広場を作ったときに、地面からBGMが聞こえるようにと金網の部分の下にはスピーカーが設置されているとか。そばまで行って耳を澄ませば、あら、クラシックがかすかに流れていました。大原さんの粋な計らい、かな。暑いのに、アンカーの須磨さん、きちんと耳を傾けていらっしゃいました。

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美観地区を倉敷川に沿って南下。ちょうど柳の剪定作業中の人たちと出会いました。その向こうはまだ選定されてないので、長い枝が顔の前に来てうっとうしかったです。やっぱり剪定は必要。


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倉敷市立西小学校(右手の建物)へ。(この左手はやはり大原孫三郎さんが立てた倉敷労働科学研究所が元になった岡山大学農学部の資源生物科学研究所があります。)


d0031853_2244236.jpg体育館でお弁当を食べた後、「お楽しみ??抽選会」が。ここで倉敷名物のいぐさのコースターやらミニ畳、倉敷帆布のトートバッグや旅行かばん、それからNHKキャラクターのどーも君のボールペンやらキーチェーンなどなどが当たります。。。が、旅行かばんをピークに、キャラクターのボールペンをもらったって・・・と盛り下がる・・・でもさすがプロのNHKアナ、なんとか皆を盛り上がらせようと頑張って?くださいました。左から須磨佳津江(すま かつえ)、水野節彦(みずの さだひこ)、榊 寿之(さかき としゆき)アンカー。ちなみにわれら夫婦はいぐさコースター2点とアンカーのサイン寄せ書きの色紙が当たりました。

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再び美観地区。左の中橋の下の石は1本ものだそうで、これまたよく見るとそうだったのです。見慣れた風景なのに、説明にそうかと新発見したよう。下を通る観光川舟のお客は菅笠をかぶっていました。右の写真、旅館鶴形の庭の松は樹齢400年と言われているそうです。倉敷の歴史を見てきた松です。

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大原さんの庭園、新渓園の横の入り口から美術館の庭へ入り、モネの庭から株分けされた睡蓮の花を見ます。

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大原美術館を後に、写真左の黄色の塀は大原家別邸有隣荘、右は今も大原孫三郎の孫に当たる謙一郎氏の住む大原家です。
右の写真は旧倉敷銀行、今は中国銀行倉敷本町出張所。ここも大原さんの息のかかった銀行です。

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ゴールの倉敷公民館です。ここのホールでアンカーのトークショー。私たちは第1グループだったので、開場まで入り口で待つときにも前から4,5番目だったため、かぶりつき一番前の席に。右の写真は須磨佳津江さんと水野節彦(さだひこ)さんのトーク、説明されながら倉敷を歩くと、大原さんの功績の偉大さが良くわかったと言う話に一同うなずきました。ただのお金持ちではなく、美術館、病院、労働科学研究所、など、人々のためになる事業を多く起こしていることに私たちも改めて感銘を受けました。
それから、須磨さんはかつて「アンノン族」だった学生時代、倉敷に来るはずが岡山止まりの電車に乗ってきて駅員さんからコーヒーを飲ませてもらったり、早朝の倉敷の町でおなかをすかせていたら開店前なのにお店に入れてくれてお茶漬けを食べさせてもらったと言うエピソード。岡山人の暖かさにふれたそうです。また、水野さんはお便りに「あなたは木炭自動車など知らないだろうと言われたが、自分はその木炭自動車を押した経験がある」と披露。昭和22年に小学校入学だそうです。

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最後は、アンカー榊寿之(さかき としゆき)さんとフォークシンガーなぎら健壱さんのトークと、生バンドによる演奏。
なぎらさんはローカル番組出演のためもう200回も岡山に来ているそうで、前日も岡山でのコンサートがあったそう。出身は東京のそれも銀座だそうで、銀座といっても築地に近いしもた屋の街だそうです。ここで「歌えるのは自分と小沢昭一さんだけ、もうじき自分だけになる」と笑わせて古い演歌(政治を演ずる歌だそう)を披露。それにラジオ深夜便の歌「遥かな町」。


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左が抽選で当たったアンカーのサイン色紙と、いぐさのコースター。右が参加者全員にもらったミニうちわ、記念品のミニろうそくと入浴剤のお塩、記念のカードなど。
この日の最高気温は31℃だったそうです。
蒸し暑くて、汗はだらだら、非常に疲れました。
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by kurashiki-keiko | 2007-06-23 07:12 | おでかけ | Comments(4)

Commented by yassy127 at 2007-06-24 06:22
詳しい報告ありがとうございました。
この応募の放送があったとき、考えたのですが、行けばよかったと思いました。須磨さんはながいこと「趣味の園芸」を担当していたので、とてもよく知っています。
倉敷再発見が沢山あって有益でしたね。
ご苦労様でした。
Commented by yochy.1962 at 2007-06-24 22:23
倉敷は仕事で一度行ったきりですが、観光らしいこともできず(当たり前ですが)、残念だった思い出があります。
素晴らしい景色がたくさんあるのですね。ゆっくり堪能したくなりました。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-06-25 14:02
yassy様もご一緒だったらよかったです。須磨さん、趣味の園芸担当だったとは。とても美しい上に感じのいい人でした。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-06-25 14:03
yochy様、またゆっくり(できる日が来るといいですね)倉敷観光にお越しくださいね。連絡くださればご案内いたします。

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