ふぐ料理と平家の末路を下関で知る

大阪で独身のころ勤めていて、キタやミナミでは「てっさ」「てっちり」という看板があり、いつかはふぐを堪能してみたいものだと思いながらこの年まで来ました。
 まだそのふぐ料理をお店で食べたことがない、というと、夫の学生時代の親友が下関出身で、「春帆楼」がいいと教えてくれたのだそうです。で、まさかと思ったのにその老舗に夫が連れて行ってくれ、お大尽気分を味わうことが出来ました。以下そのてんまつです。・・・・



新幹線で下関まで約2時間半。d0031853_1331141.jpgd0031853_1332841.jpg

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タクシーの窓から関門橋が見えました。そして、その道の左手、山側にちょっと上ったところが目指す春帆楼でした。下関駅前から乗ったタクシーには「春帆楼!」と言っただけでちゃんと行ったあたりはやっぱり有名なんですね。

こちらが春帆楼の遠景と、玄関です。和服姿の仲居さんがお部屋まで案内してくれました。三階の角部屋。d0031853_1363784.jpgd0031853_1372030.jpg

窓の向こうは関門海峡、そして床の間にある木の札には「皇太子殿下御座所」・・・なぬ、今の天皇陛下が皇太子時代にこの部屋にお泊りになったのだそうで。その場所でのお食事とはなんともおそれ多い。この右手は次の間というかツインのベッドルーム、御影石?のお風呂場もありました。d0031853_1384354.jpgd0031853_1385766.jpg

ふぐ刺しには鴨頭葱(こうとうねぎ)という針のように細い繊細なねぎを巻いて食べるとおいしいのだそうで。とても高価な葱なのだそうです。私は魚の皮が好き(鮭の塩焼きの皮など)なので、刺身の身のほうもさることながら横についていたコリコリした食感の皮のほうが気に入りました。
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ふぐちりは、煮すぎると身が固くなるので、と、仲居さんがきれいに大ぶりのおわんによそってくれて、それをポン酢でいただきました。盛り付けながらの話に、皇太子様(現在の天皇陛下)がお泊りになったときは全館貸切、でもふぐは解毒剤がないため召し上がれず、お付の人が食べたのでとても残念がっておられたそうです。
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 また、平家が壇ノ浦の合戦で破れたとき、海に身を投げ、引き上げられた女性たちのうち都へ送られた建礼門院徳子ら以外は、この地で生きるために漁師の妻になったり、遊女に身を落としたりしたので、その遊女をしのんで?、おいらん道中があるそうです。また、漁師の妻になった者たちは身分が高いのでずいぶん偉そうな言葉遣いで魚を売って歩いたのだそうです。
 とても言葉遣いのいい仲居さんで、全国のお城を見る旅が趣味なのだそうでした。
ふぐちりのあとのだし汁で味噌汁を作ってくれました。味噌はお客様の居住地によって、味を加減するそうです。こまやかな心遣い。最後のお雑炊はさらさらしていて、お腹一杯でも食べられますよとのこと、なるほど、おいしいおだしでポン酢をちょっと入れて食べると又おいしい。
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・・・・これだけのコース、いくらだと思います?一生一度の経験だわ、と思いました。


d0031853_1574167.jpgお食事を終えてお腹一杯になり、ロビーに下りると、結婚式の団体が玄関に集まっており、これから隣の赤間神宮へ向かうところ。ついて行くことにしました。

d0031853_159732.jpgこれは春帆楼の玄関の向かいにあり、日清講和条約の交わされたところの記念館なのだそうです。春帆楼はそんな歴史的建造物だったんです。
で、この左手を通っていくと直ぐ隣が赤間神宮でした。

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先ほど食事した部屋を見上げたところ。

d0031853_213032.jpg赤間神宮の鳥居です。昔はもっと海が近かったことでしょう。

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思わぬ結婚式風景に、観光客もカメラを向けて盛んにシャッターを押していました。

d0031853_232899.jpg・・・赤間神宮の横手の資料室にあった安徳天皇像です。(撮影禁止とは書いてなかったので・・・いけなかったかしら)
「主上ことしは八歳にならせ給へども、御年の程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりも照り輝くばかりなり。(中略)『尼ぜ、われをばいづちへ具してゆかんとするぞ』と仰せければ(中略)『浪のしたにも都のさぶらうぞ』となぐさめ奉って、千尋の底へぞ入り給ふ」(「平家物語 下」岩波書店)

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平知盛像。平清盛の四男。壇ノ浦では大きな働きをして、「見るべきものは見つ」という言葉と共に碇を背負って入水したそうです。大河ドラマ「義経」では阿部寛さんがこの役をしましたね。

平家琵琶と、平家一門の墓の前にあるお堂の中の「耳なし芳市」の像。d0031853_212983.jpgd0031853_2123184.jpg

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高浜虚子の句碑です。
「七盛の 墓 包み降る 椎の露」

「自然石で墓を作ると子孫が絶える」とか祖父から聞いた記憶がありますが、このお墓の主たちもここで絶え、子孫はいないはず。山かげにまるで亡霊のような姿で建っていた墓碑でした。d0031853_2275869.jpgd0031853_2281716.jpg

d0031853_2331176.jpg平家の墓へ入る手前にはまだこんな鮮やかな紅葉がありました。

d0031853_23474.jpg「海の中にも都がございます」と言って安徳天皇と共に沈んだ二位の尼のことがしのばれるような、竜宮城のような山門です。で、本殿では・・・

巫女さんが舞を舞う中、三々九度の杯が交わされるところのようでした。いいなあ、こんな結婚式も。d0031853_2353261.jpgd0031853_2355370.jpg

d0031853_238920.jpgここは先ほど春帆楼の敷地で横を通った、日清講和条約の締結の舞台となった部屋の再現されたものです。調度品は当時のものだそうです。こちら側が清の全権大使の李鴻章がいた側だそうです。向こう側には伊藤博文。

d0031853_2415222.jpg海岸に出ました。関門橋と関門海峡。まるで川みたいに流れが速いこと。壇ノ浦の合戦もこの海の流れが源氏方に勝利をもたらしたようです。
釣り人に「巌流島はどこですか?」と聞くと、この写真とは反対側で、見えないそうでした。後で知ると、武蔵がこの近くから船出したそうです。碑があったかもしれませんが、見逃して残念。

唐戸市場のにぎわい。1かん100円の新鮮な握り寿司屋さんが一杯あって、好きに選んでパクつくお客さん。皮をむいたふぐの身やらふぐ刺しやら、うちわエビという変わったエビや、くじら、サザエなども。d0031853_2451294.jpgd0031853_2453572.jpg

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見上げるお宮の境内に「世界一のふくの像」。ま、よそでふぐを銅像にするところはなさそうでしょう。

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下関の歴史的建造物らしい建物が右手に見えてきました。ふぐと壇ノ浦の合戦ばかりでなく、貿易港としての下関の歴史を物語る古い建物。

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夫がトイレに行きたくなり、公衆トイレに行こうとして通った歩道橋から見たらこんなレトロな建物も。

d0031853_259075.jpg先ほどの建物にはイギリス国旗が飾られ、重要文化財の旧下関英国領事館でした。
ここは明治39年(1906年)、アーネスト・サトウの助言により開かれた領事館で、英国人技師による設計による下関唯一の建物だそうです。

家具調度は、神戸の北野の異人館を思い出すような異国情緒たっぷりのものでした。d0031853_324388.jpgd0031853_33179.jpg

d0031853_34520.jpg敷地内の中庭をはさんでコーヒーショップがあり、ここのマスターは数少ないカフェオレマスターという資格?を持つ人で、1日限定10杯だけ出すのだそうです。私は普通のブレンドコーヒーを頼みましたが、これが735円!。。。

d0031853_364716.jpgタクシーで新下関まで、1,920円。在来線の電車だともうちょっと早めに行かないと。15時過ぎの新幹線で帰ってきました。
日帰り旅でしたが、中身の濃い1日でした。


この記事は、メールマガジンWeekly KURASHIKI 週刊くらしきタウン情報に連載中の「Keikoのお出かけ日記(289)として掲載の予定です。
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by kurashiki-keiko | 2007-12-02 01:43 | おでかけ | Comments(6)

Commented by neko_pen at 2007-12-02 22:32
ご無沙汰しました。パソコン環境が変わって、慣れないのやら、
難しくなったのやらで、パソコンの前から遠ざかっておりました。
ついでにカメラも変えたのですが、これもまだ箱の中(^^;
時間ばかりが、早送りのように過ぎていきます。

こちらのブログを拝見するたび、いつも「正しい日本の主婦の
日々」という気がするのですが、時にユーモアもあり、おいしい
ものもよく登場して楽しみです。
またちょくちょくお邪魔させていただきます^^
Commented by miyakeoriibu at 2007-12-03 19:40
ふぐ料理を食べに行かれたのですね。
お優しい旦那様ですね。
keiko様がよく尽くされるからだとは思いますが。
本場のふぐ料理は最高だったでしょうね。
赤間神宮には職員旅行で行ったことがあります。
ふぐ刺しは倉敷の「ひさご」で大皿に盛ったのを食べたことがあります。薄くて透き通っていて美味しかったのを覚えています。
Commented by myobento at 2007-12-03 21:42
ををを!豪華なふぐのコースですね。しかも、春帆楼とは!さぞやおいしかったことでしょう。いや、うらやましいです。日頃お姑さんのお世話に心を尽くしてらっしゃるので、旦那様も感謝の気持ちを伝えたかったのではないでしょうか。

ところで。ふぐの銅像(?)ですが、東京上野の不忍池にあります。ふぐの供養塔なんです。確かにこの像より小さめです。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-12-03 23:43
neko_pen様、「正しい日本の主婦」はどこかにもっとふさわしい方がいらっしゃるはずでしょう。私は実は気の弱いグータラ主婦だったりして。どうぞ時々のぞいてください。なんでもありのブログです。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-12-03 23:46
miyakeoriibu様、誕生日にもなにもなかったので、その代わりかもしれませんね。あまりにも高級な場所だったものでドキドキでした。仲居さんの言葉遣いがとてもていねいでさすが名店、と思いました。お刺身もちり鍋もヤッパリあの場所だからよかったのかもしれません。
Commented by kurashiki-keiko at 2007-12-03 23:47
myobento様、物言わぬ夫の態度で示す感謝の気持ちなのでしょうかね。春帆楼、ご存知でしたか。
まさかと思うふぐの銅像、東京にもあったんですね、びっくりです。
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