鹿児島県の旅 その5 鹿児島から鉄砲伝来の種子島へ

2008年10月20日(月)、鹿児島観光の続きです。


d0031853_1616658.jpgだんだん時間がなくなり、港に先に行って荷物を預けてから、篤姫館というのに行くことにしました。昼食を食べている時間がもったいないので船で食べようとお弁当を購入。篤姫館の入場料500円。これは大河ドラマの宣伝でしたが、前日に入った維新ふるさと館と加えてあまり詳しくない江戸末期の歴史を知る上ではとてもよい勉強になりました。入るといきなり江戸城大奥への「お鈴廊下」。公方様の気分で通り過ぎると、徳川と島津、「篤姫」の時代背景の解説、篤姫実家の庭の様子、出演者の語るビデオコーナー、大奥での御台所の日課表など。。


d0031853_16163820.jpg篤姫館を出て徒歩5分ほどの港へ急ぐと、出港間際とあって待合室は一杯の人でした。13時に種子島行きが、13時10分に屋久島行きが出るのでした。13時、ジェットフォイル・トッピーは出港。

d0031853_16174475.jpg指定券を買うときに「景色の好い方」とお願いしたらその通り、最初は桜島が身近に見え、
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ついで大隈半島が長い間みえていて、本州最南端の端っこが見え、ついに外海へ出たと思ったらさすがに波が荒く、結構ゆれました。座席にシートベルトがあるわけがわかりました。1時間ちょっとで種子島の西表(にしおもて)の港へ到着。

レンタカーを借りるとそこで島内の観光地をざっと聞き、近くの種子島開発総合センター(鉄砲館)へ。大人420円。入ってすぐのところのビデオコーナーで島の歴史の紹介ビデオを見学。種子島は古くは日本で最初に稲作が伝わったこと、多くの難破船が漂着し、その中に天文12年(1543年)、島の南端、門倉岬にポルトガル人を乗せた明の船があって、彼らの持っていた2丁の火縄銃を時の領主種子島時尭が買い取り、島の刀鍛治八板金兵衛に作らせたというのが伝来の最初だったそうです。私がこの島へ来た目的の一つは、日本史で学んだその鉄砲やキリスト教伝来の地を訪ねることでした。ここで大きな誤解をしていたことに気づきました。ここは鉄砲伝来の地であって、ザビエルが最初に上陸したのはそれより8年?ほど後、鹿児島であったことです。何も予習もせず、鹿児島のその史跡を訪ねそこなったことに気づき大ショックでした。赤っ恥。


d0031853_16225575.jpgその日の宿の近くの島の南端、門倉岬が鉄砲伝来の時の上陸地点と知り、行くことにしました。右手に海岸を見ながら走っていると、雄龍・雌龍の岩という名所がありました。ごつごつした大きな岩が2つ向かい合って荒波に立ち向かうように海岸に立っており、しめ縄で結ばれていて、その向こうに傾いた夕日がまぶしく輝いていました。

d0031853_16231447.jpg側の売店に入ってみると、真っ青で小さなバナナの房が枝ごと並んでいたり、マンゴーやパパイヤまであり、さすがと珍しく見せてもらいました。バナナは、「10日くらいすれば食べられるかなあ」と側の人。
門倉岬にはなかなか着きませんでした。カーナビの通りに行くと、とんでもなく遠回りの旧道だったらしく、やっと太い道に出た、と思ったらもっと通りやすい道が実はあったのでした。がっくり。

d0031853_16241448.jpgやっとたどり着いた門倉岬には、16世紀にこの地に来たポルトガル人を記念して1983年にポルトガル海軍が建てたという石碑がありました。

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また、1543年[天文12年]8月25日に漂着者があったという経緯を詳しく書かれた看板も。

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近くには船を模したコンクリートの展望台があり、上って太平洋の大海原を見ることができました。あの海のかなたからある日この浜に漂着した者がもたらした鉄砲がその後の日本の歴史を変えたといっても過言でなく、感動を覚えました。
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 その日の宿は種子島いわさきホテルで、そこから11kmほど。ロケット発射場には車で2,3分だそうでした。(写真は翌朝の散歩中に撮ったもの)

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部屋まで案内されるときに浜を見たら、薄暗いのに何人かのサーファーがまだいて、時々白い航跡を残しながら波に乗っているのが見えました。リゾートホテルらしくテラスからは浜が一望でき、窓を開けると激しい太平洋の波のとどろく音が大きく聞こえました。

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団体客は別室だったためか、食堂にはほかに2組しかお客の姿はなく寂しいものでした。献立には地元産のきびなごのから揚げやら同じくピーナッツを使ってのピーナッツ豆腐にトビウオの卵が乗ったもの、もずく、地元産の白身魚の煎り出しなど。トビウオもよく取れるものだそうです。乗ってきた船の愛称「トッピー」はトビウオのことでした。

 売店の横に掲示してあったロケット発射場の見学ツアーの第1便で見学することにし、この日は終わりました。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-24 16:36 | | Comments(0)

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