小学生の下校時 親がいてやれなかったら

 夕食の支度の最中、携帯に着信記録があったので娘に電話すると、1年生になった孫は学校から帰ると向こうのお母さんが見ていてくれるとのこと、
 それにつけて、かつて娘が小学1年生のときに記録させていた留守番ノートが出てきて、それを見直しているのだそうでした。そうそう、娘が小学1年生に上がったころは田舎に住んでいて、長男を生活団5歳組(幼稚園でいうと年中組)に通わせていたり、岡山友の会の集まりに行ったりで車で片道3,40分かかるのでどうしても長女の帰宅時には家にいない事が多かったのです。そこでノートを作り、帰ってからそのノートに帰った時刻に時計を書いて針を書かせるとか、学校であった事を質問したりあれこれ工夫していましたっけ。
・・・たまたま4月23日(木)と、その日と曜日まで同じ日付のがあったので見ていたそうでした。それによると、「お母さんは私をほっといてよく出ていて、そのノートに最初の頃は質問形式でていねいにしたことを書くようにと書いていて、そのうち書くことがめんどうになったのか『ピアノに行きなさい』とか『硬筆に行きなさい』とか書いてあったわ。」
私、((^^;; ヒヤアセ   ・・・今だったら危なくて女の子1人留守番なんて余り考えられませんが、当時住んでいた田舎は谷になっていて車の通りもまれなほどで、よそ者が入ってきたらすぐ分かるような場所、近隣の人の目が行き届いていてありがたかったことを説明。それにしても娘もけなげだったし、私ものんきだったのかも。
「最初の頃はちゃんと答えていたけど、そのうち黒く丸々に鉛筆で塗っていたこともあった」・・・不満がたまっていたのかな。当時の自分の気持ちを振り返っている様子でした。いてやれなかった事、ごめんね。
もっと言いたい事があったのかも知れませんが、筑前煮の仕上げがまだだったのでそのままに。

 ちゃんと親が職業を持っていたら今では学童保育があるようですが、私は専業主婦だったし当時は学童保育もなく、両方の祖母に来てもらうにはちょっと離れていたし、留守番ノートは窮余の一策だったのですが、子供の立場からはどう思っていたのやらです。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-24 00:59 | 日常 | Comments(2)

Commented by 3reiko3 at 2009-04-25 09:10
>危なくて女の子1人留守番なんて余り考えられません
そんな世の中になってしまいましたね。
小さな子どものいるお宅では、keikoさんのようにいろいろと工夫しながら頑張って子育てをしているのでしょうね。

子育て中に、「母はこんな時どうしていたっけ」と記憶をたどりながら対処法を考えたりしたものです。
お嬢さんもきっとそうなのでしょうね。
Commented by kurashiki-keiko at 2009-04-25 11:57
reiko様、子供を心ならずも留守番させることになって、当時は必死で考えてそうしたのだと思います。おっしゃるように、私も困ったときは「こんなときに自分の親はどう対処していたか」と思い出していたものです。うちの娘もそうなのかもしれません。幸い向こうのお母さんがいるので頼れますから恵まれている反面、自分の思い通りにはならないというじれったさもあるみたいです。

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