「温もりへのいとおしさ」―関口知宏さんの鉄道の旅

友の会の会報5月号の編集をしながら、夫が見ていたBSの関口知宏さんの鉄道の旅を所々一緒に見ました。
 今回も飽きずに見ました。映像はまた、「日本の緑って、こんなにきれいだったの?」という再発見でもありました。新緑の頃、梅雨の雨など、緑が輝くようで、たとえば中東諸国などから見ればまるで天国のように見えるのではないかと思います。
 関口知宏さんは、絵がとてもうまくて、いく先々の絵日記を描かれるのが、構図や輪郭の線がとてもしっかりしていて色合いなどがあったかい。性格を現しているようで心が和む絵です。時には若者らしい迷いなど心の中を絵にしたりして、とても分かりやすい。(関口知宏さんの絵日記よりお借りしました)
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 人との出会いには彼の素直な性格はよく合っていたのではないでしょうか。
 行く先々で子供とはすぐ仲良しになり、好かれている。お年寄りともじきに話ができてよい出会いがあります。旅とはそんな出会いと別れの繰り返し。日本国中、ヨーロッパや中国にまで、彼と一緒に旅をさせてもらったあの番組は、何度でも再放送を見たくなる。どこへも出なかった休日ではあったけれど、世界を旅したような1日でした。
彼のコメントを貼り付けさせていただきました。
中国を旅してみて、何が有ったかは視聴者も皆知っています。素朴な人に出会った。おじいちゃんおばあちゃんがいい感じだった。子供が可愛かった。中国らしい絶景があった。中華料理が色々あった。お茶が美味しかった。素敵な少数民族の村落があった。 ところが、何が無かったかとなると、それは見ているだけではわからない。しかし実は、この“無かったもの”の方が大切であり、驚きであり、事件だった。この旅は、そういう旅でした。
 例えば、僕たち日本人は、自分に謙虚で他人にやさしいことが良いことだという価値観があるので、自慢は嫌い。それでも自慢したい人は、「大したものではありませんが」とか、「つまらないものですが」と、逆の意味の言葉を前置きしたりする。
 ところが聞いている側は、それでも「この人自慢してるな」とわかっちゃうので、その場は当たり障りなく応対し、後で他の人に悪口を言う。それでは結局仲良くなれないし、謙虚さの意味も主客転倒なんだけど、我々の日常には頻繁に起きていることです。 実は中国の人々には、そういう下らない心理ゲームは無い。変な自慢もなければ、他人に謙虚さを要求する気持ちも無い。この“無い”を発見するのが、実に大変なんです。まさか無いわけが無いと思い込んでいるからです。でも本当に無い。

 変な言い方だけど、中国を旅してみると、実に色々なものが“無い”。中国5000年の歴史を自慢げに語る人が何人いたでしょうか。0です。何かの専門家でも無い限り、知識をひけらかそうとする人が何人いたでしょうか。0です。僕が中国語を喋れない外国人だとわかった瞬間に話しかけるのをやめた人が何人いたでしょうか。0です。きっと生活は大変だろうに、他人の幸せを僻む人が何人いたでしょうか。0です。長時間混雑する硬座に座っているというのに、話してみて笑顔の無い人が何人いたでしょうか。0です。何かをしてくれた後に、恩着せがましく見返りを求める人が何人いたでしょうか。0です。

 0なのです。無いのです。それがわかった時、中国の人々が投げかけて来る友情に、心から愛おしさを覚え、見習いたくなることがたくさん出て来る。実はそこが、この旅のもう一つのゴールでした。その道のりは、我々自身の色々な価値観が起こす様々な錯覚を、一つ一つ取り払ってゆく道のりだったのです。
 そしてそのゴールは確かに、この旅のテーマ音楽の題名そのもの、“光あるもの”でした。中国というと、我々の日本に比べて何もかもが巨大な気がしてしまうけれど、いざ旅をしてみれば、そこにはただ出会いを喜んでくれる人々がいただけでした。その彼らの素朴な気持ちは、素朴という言葉も正確ではないと思えるほど、温もりのあるものでした。。生きることに真正面から向き合っている彼らだからこその温もりでした。
“光あるもの”とは、その温もりへの愛おしさのことだったのです。   2007年6月10日

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by kurashiki-keiko | 2009-05-03 04:29 | 感動したこと | Comments(0)

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