ANA国内線【PR】

カテゴリ:感動したこと

  • 金環日食、見ました
    [ 2012-05-21 23:18 ]
  • 「スイーツ甲子園」
    [ 2011-10-16 22:18 ]
  • 映画「神様のカルテ」を見て
    [ 2011-08-28 00:19 ]
  • 今の日本、英雄たちがたくさんいる
    [ 2011-03-25 17:02 ]
  • 大反響、「アンパンマン」の歌
    [ 2011-03-17 00:50 ]
  • ラジオ深夜便「覚めた目と温かい心」 渡辺和子先生
    [ 2011-02-23 10:54 ]
  • 村木厚子さんの話に感動
    [ 2011-02-20 09:17 ]
  • 医者のトレーニング
    [ 2011-02-10 13:53 ]
  • ドラマ「「私は屈しない~特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日・…」を見て
    [ 2011-02-01 18:30 ]
  • 委員会に出席して
    [ 2010-12-22 05:52 ]

金環日食、見ました


生協カタログにあったので、2週間前に予約して手に入りました。お嫁さんもネットで探したけれど売り切れだったとかで、2個注文していて1個上げるつもりだったのでちょうどよかった。こちら、980円でした。紙製かと思った枠はしっかりしたプラスチック製で、見るところは特殊ガラス製とのこと。おかげで太陽をしっかり見ることが出来ました。

こちらは7時38分の木漏れ日の映像です。カメラで直接捉えることはできず、こういう手法にしました。

7時41分の映像です。3分の差ではあまり変化がないように見えます。

7時52分の映像です。日食も終わりかけているのがこちらではわかると思います。
自分の肉眼で見る太陽は小さかったけれども「本物」をこの目で見た、というレベルでとても感動しました。
そのほか、テレビでは

金環日食の境目のところだけでみられる

ベイリービーズという現象について報じられていましたが、岡山に近い香川県さぬき市でもその境目にあたるので観測していたけれど、雲がでて短時間しか見られず、観測は不十分だった、との別の局のニュースでありました。

by kurashiki-keiko | 2012-05-21 23:18 | 感動したこと | Trackback | Comments(4)

「スイーツ甲子園」

昨夜のこと、たまたま見ていたテレビで、高校生による、高校生活と言うテーマでの「スイーツ甲子園」と言う番組、高校生がお菓子を作っているその真剣さに打たれるようで、ずっと見ていたら、なんと、というか友の会にはとても近い東京の自由学園男子部の生徒が関東Aブロック代表に選ばれていたのでした。

高校生3人一組で作ったケーキ、どれも工夫を凝らしていて凝っていて、おいしそう、その中で、全く製菓には縁のなさそうな男子部の生徒たちが作った物。

この生徒たちが暮らす東天寮の様子、乾布摩擦を服でしている様子だとか、生徒が自分たちの食べる昼食を作っている様子だとかが写されていて、おおっ、と言う感じでした。
このドーム型のケーキは、学園の山登りの様子だそうで、学友たちが山に取りついている様子をチョコレートの板を人型にくりぬいたもので表現したそうです。
 本番の決勝では、このチョコを板にするのが温度管理がとても難しくて苦戦、3度目の挑戦でやっとこさ板にできて、時間切れとなってからこの人型のチョコを飾っていました。ケーキの中身は3層になっていて中心はマグマみたいなピンクのゼリー状の物(詳しくは忘れました)でした。
 日焼けした男子3人、残念ながら優勝とはいかなかったけれど、家庭科の先生のご指導で何度も練習し、その先生が入院されたことで、より一層頑張って作らなければ、と思ったそうでした。スタジオにはその先生も来られていて、生徒たちの努力に涙しておられ、元気が出た様子でした。お菓子作りには縁のなかった子たちのようなのに、やはりいろんな生活技術を高める趣旨の自由学園だからこそ取り組めたことかもしれないなと納得したことでした。

by kurashiki-keiko | 2011-10-16 22:18 | 感動したこと | Trackback | Comments(0)

映画「神様のカルテ」を見て

 MOVIX倉敷で8月27日から封切りの「神様のカルテ」、映画館で予告編を見たり、またテレビCMでも何度か見たりして、小説もちょうど読み終えて、いさんでネットで予約し、12時40分からの分を見てきました。


 なんといっても、医者の、特に地域の拠点となり24時間365日救急患者を受け入れてくれる病院の勤務医の勤務実態のすさまじさをちゃんと描いていることは、著者が現役の医師だからとてもリアルで、撮影場所もそういった病院をロケ地にたぶん使っているであろうことは見て取れ、とても好感が持てました。
 患者としては昼間受診すればよいことをコンビニ受診みたいに受診して医師や看護師を疲れさせては病院の存続すら危ぶまれることになることを知るべきだと思いました。
 疲れ果てて朝を迎えてもさらに外来患者が押し寄せてくるのです。

受け持ち患者の2つの死が取り上げられていました。
 最初の人は、身内にまだ到着していない人に生きているうちに合わせたいというので、心臓マッサージをしてとにかく生かしておく、と言う選択をされた人。患者本人ではなく家族の意思によって無理やり生かされたその人は肋骨が全部折れて親族に臨終に立ち会ってもらったのでした。
 もう一人は、安曇さんと言う身寄りのないおばあさん。この人は大学病院では死を待つばかりの人は受け入れてもらえないそうで、カルテを書いた主人公の医師を探して探してやってきたのでした。
 
 食べたいものを買ってきたり、昔の懐かしい場所を見せたりと気遣いのある看護や医療をし、最後の最後に幸せだったと言われる、そういう地域医療の方を大学病院で先端の医療を学ぶ道と比べて選び取るという選択は、出世や名誉や収入と言ったことからは遠いけれども、本当に患者たち望まれる医師の姿ではないだろうかと思いました。
 一止(いちと)という主人公の名前には、合わせると正しいという字になるという親の遊び心だったと小説にはあったけれども、映画では安曇さん(加賀まりこ)にセリフとして語らせる手法でとても味わい深いセリフでした。
 小説の中にはなかったエピソードとして、大学病院でたまたま安曇さんを最初に主人公が研修中に診て詳しくカルテに手書きしたものを、安曇さんが紹介状かなにかの封を切って読んで、その詳しさに、ぜひともこの先生に最期を見てもらいたいと、そこに記されていた医師の名前を探して電話帳で病院をしらみつぶしに調べて探す、という回想場面がありました。そして、その丁寧に記されたカルテこそが安曇さんにとっての「神様のカルテ」でした、と、タイトルの説明がここでされていました。小説にはなかったのでしたけれど。

 また、音楽にはバン・クライバーンコンテストで優勝した全盲のピアニスト辻井伸行さんの即興演奏がバックに流れる場面があり、ホームページで見ていたので、ああ、この場面が、と聞くことが出来ました。
 宮崎あおいさん扮する奥さんの榛名(ハル)は小説のイメージ通りの感じで、透明感がありさりげなく、奥さんでありながら自立している感じがよく出ていました。
 それから主人公が住む、元旅館の下宿屋「御嶽荘」のセット、亀の甲型の窓枠だとか、古い電燈の笠だとか、昔の祖父母の家みたいでとても郷愁がわいて、よくまあできたこと、とちょっと感動でした。

 久しぶりに、「おくりびと」以来の感動を味わった映画でした。

by kurashiki-keiko | 2011-08-28 00:19 | 感動したこと | Trackback | Comments(0)

今の日本、英雄たちがたくさんいる

ブログ友達のyassyさんのブログにリンクが張られていたのを見て、感動で泣いてしまいました。
このごろ泣けることがとても多くなっているのですが、
日本にはこんなにも小さな英雄がたくさんいて、彼らの献身的な努力できっと立ち直れる、
と思え、胸が熱くなりました。

by kurashiki-keiko | 2011-03-25 17:02 | 感動したこと | Trackback | Comments(4)

大反響、「アンパンマン」の歌

そろそろ夕食作りに取り掛かるという時刻、いつものようにNHKのラジオ「つながるラジオ」を聞いていると、元気の出る曲というのでリクエスト曲がかかりました。
こちら。


アンパンマンのマーチ    【作詞】やなせたかし 【作曲】三木たかし

1.そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて そんなのは いやだ!

 今を生きる ことで 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ ほほえんで

 そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

2.なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる そんなのは いやだ!

 忘れないで 夢を こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ どこまでも

 そうだ おそれないで みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

3.時は はやく すぎる 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ ほほえんで

 そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

・・・大反響がありました。
テレビではどこをつけても大震災のぐちゃぐちゃになった街や原発のニュースばかり、子供番組がなかったので、子供たちも一緒に歌った、これを見ていた幸せな時期を思い出したなど。
これほどまでにアンパンマンが元気をくれるとは思わなかった。
友の会で託児当番になったら、紙芝居を図書館に借りに行くのですが、一つは必ずこのアンパンマンの紙芝居を入れておくと、子供たちに大人気間違いないのです。
単純でわかりやすいストーリー、明るいキャラクター。
そうだ、元気出さなくちゃ、と思わせてくれる。
ありがとう、ありがとう、アンパンマン。

by kurashiki-keiko | 2011-03-17 00:50 | 感動したこと | Trackback | Comments(2)

ラジオ深夜便「覚めた目と温かい心」 渡辺和子先生

 ラジオ深夜便の時間にはよいお話がいろいろあるのですが、4時台に起きていることはさすがにまれです。
 昨夜は、合唱の練習から帰宅し10時からの教育テレビのパソコン教室を興味深くメモしつつ見ているうちに寝入ってしまい、気が付くと1時。…ラジオで4時台にノートルダム清心学園理事長渡辺和子先生のお話があるとの予告。


まさか4時台ではねえ…と思いつつ起きてると、話が始まってしまい、よく知られている、2・2・6事件でお父様が青年将校によって射殺されたくだりなどが本人の言葉で生で聞けたものですから、ついつい最後まで聞き、5時に就寝でした。
 
 渡辺和子先生は1936年2月26日から2月29日にかけておきたクーデター未遂事件である二・二六事件において犠牲になった陸軍教育総監 渡辺錠太郎氏の娘さんです。
 お母さま44歳、お父様53歳?だったかの子供で、陸軍の旭川師団長だった時に旭川で生まれたそうです。師団長に孫が生まれることはあっても、子供が生まれたことはなかったそうで、お母さまはとても恥ずかしいと言われると、お父様が「なーに、男が生むのなら珍しいけれど、女が生むのだから少しも恥ずかしいことはない」と、なんともユーモラスな機知にとんだ言い方で、生まれることが出来たそうです。上のお姉さんは22歳年が離れており、その子を妊娠しており、孫と子がおなじ年に生まれたそうです。
 お父様は小学校4年までしか行っていなかったそうですが、非常な努力家で、学費のいらない陸軍士官学校へ行き、優秀だったのでしょう、陸軍大将にまで上り詰めたのです。
 お母さまも学歴のない人だったそうですが、夫の出世に伴い、それに見合う人間になろうとこれまた非常に努力をなさったそうです。
 お父様は、外国へ出て世界情勢を知るにつけ、日本が諸外国を相手に戦争をして勝てないことを悟り、軍部が戦争に向かうことに反対していたそうで、そのために旭川師団に転勤させられたそうです。その後は故郷に帰って農業をするつもりだったようですが、情勢が変わったのか、また東京勤務、そして邪魔になった青年将校の凶弾に倒れたのです。
 この時殺されていなかったら、戦争に駆り出され、結果として戦後に戦犯として裁判に掛けられただろうから、少しでも戦争を阻止する立場として亡くなったことはよかったのかもしれない、とおっしゃっていました。
 年を取ってからの4人目の末っ子だった和子先生は、長く親と一緒にいられないからと非常にかわいがられ、川の字になって寝ていたそうです。その朝も、お母さまが支度のため早く起きてお父様と寝ていると、青年将校たちがトラックで乗り付けて門を怖し入り込んできたとき、お母さまは気丈にも「土足で入るとは何事」と立ちはだかったそうですが、それも一時、お父様は和子先生に「お母さまのところへ行きなさい」と言われたものの、お母さまがどこにいるのかわからず、また寝室に戻ると、お父様は困った顔で、目顔で立てかけてあった座卓の陰に隠れるようにと言われたそうです。
この時点で、和子さんはもう一度お父様に命を助けられた、とおっしゃっています。
 その後でふすまが小さく開いて、銃口がのぞき、狙撃されて、何発かは応戦したようですが、もちろん多勢に無勢、亡くなられたそうです。お母さますらもいらっしゃらなかったお父様の死を、家族の中でただ一人目の当たりにされたのです。片足は形がなくなるほどの撃たれようで、その後はお母さまが「あちらへ行ってらっしゃい」と言われ、最後に包帯だらけの姿と対面したそうですが、あとで聞けば40数発の弾が入っていたそうです。
 9歳の時にそういう修羅場を体験され、現在83歳、生涯忘れないと言われています。

 お父様を亡くされて、旧軍人に恩給もなく、つましい暮らしとなったので、お母さまは、子供に残せるのは学歴だけだと言われて、和子さんにも当時の聖心女子の国文学の専門学校を卒業したところで戦後の教育改革で女子大となり、これからは英語の時代だから、と、新制大学の1期生として英文学部に入りなおすようにと言われて大学を出してくださったそうです。
 子供のころから「1番になりなさい」などとても厳しいお母さまだったそうです。

 後半は現在の学生に対する教育のことでしたが、以前私がこのブログにも書いた「置かれた場所で咲きなさい。花が咲けないときは、下へ根っこを伸ばしなさい」
という言葉などがあったのですが、眠気があったのか、後半のところはあまりよく覚えていません。
ただ「先生方にご挨拶するときは手袋やマフラーを取りなさい」とか当たり前と思われることも言っている、ということや、相手に対してすべて信頼してしまうのではなくて、98%の信頼をする、残り2%の部分はなんとか・・・・(半分眠かったのかそこのところを覚えていなくて残念です。聞いた時にはいいなあ、と思えたのに)

こちら、講和集が発売になっているそうです。

by kurashiki-keiko | 2011-02-23 10:54 | 感動したこと | Trackback | Comments(0)

村木厚子さんの話に感動



 ラジオ党の私、今朝8時前だったか、先日テレビでドラマ化されていた、例の厚生省の村木厚子さんにインタビューしていたのを聞きました。
 約半年に及んだ無実の罪での拘置所生活、2畳ほどの空間でどのように過ごしていたか、という質問に、
「私はもともと本好きでした。事情聴取されるために東京の自宅から大阪地検に出向くときにも何冊かの本を持参していて、そのまま逮捕、拘留されることになって、本は検査があるものの持ち込みが出来たので、それを読み、のちに家族が差し入れできるようになってからは、宮部みゆきさんとか好きな作家を家族は知っていましたので差し入れしてくれ、大体150冊くらい読みました。友人知人からも差し入れがあり、普段自分が読まない著者のものもあって、新しい刺激もありました。小説の中のセリフに力をもらうこともありました。」
 
 逮捕され、長期の拘留にも耐えられたのは、「ダメなものは3分であきらめる、ということは仕事をしながら子育てをする過程で培われた自分の特技?で、できないことをするのではなく、この境遇でこれならできるということに向かっていく訓練が出来ていたと思う。もっと若いころにこういうことになったら持たなかったかもしれないけれども、幸い50も半ばなので、そういうことに耐える能力があって、オバサンになるのも悪くないと思った」
「逮捕されて失ったもの、得たものを考えてみたら、仕事とか失ったようではあるけれど、自分にはこんなにも支援してくれる家族や友人があったのだという発見があった。知り合いの弁護士さんにも真実は強い、と言われて無罪を確信し、失うものはないと思った」
という風な意味のことを言われていた。
 「私は見かけほど強くない、むしろ弱い人間なんです」
とも言っていたけれども、村木さんの人柄と生き抜く知恵に満ちた言葉に、とても感動を覚えました。

by kurashiki-keiko | 2011-02-20 09:17 | 感動したこと | Trackback | Comments(2)

医者のトレーニング

 2か月に一度、夫の定期受診があり、妻の立場で付き添っているのは、夫の健康状態の把握のためと、栄養指導の栄養士の先生にお会いするのが大きな目的です。

 待合室での楽しみは、日頃読書量が少ない私、本が読めること。本日の読書はこれ。NHKの「プロジェクトX]を手掛けたプロデューサーの著書で、有名・無名の職業人たちの立派な行いとか言葉が胸にしみるようでした。かくも大変な中でくじけずに部下に慕われるような仕事をやりぬいてきた人の言葉は決して雄弁ではなくとつとつと語る人が多かったそうですが、すべて現場から学んだことだから強い、とか書かれていました。

 夫は最近昼休みのウオーキングをまじめにやっていることと、週2回ジム通いをしてエアロバイクと、足に負荷をかける運動をしているのでいい結果が出そうだと期待していました。診療のほうは善玉コレステロール値が上がったというのでしたり顔をしていざ栄養指導に。
 いつものように最近の食事の写真をまとめてプリントして出しました。
私の楽しみはここで先生に褒めていただくことと、はっきりと夫を叱っていただくこと。会社ででは偉そうにしている?のかもしれませんが、この先生に叱られるときは子供みたいに神妙にしているのがおかしい。
 夫は自信満々だったのですが…。「早食いはいけません、血糖値が急激に上がって血管を痛めます」。その通り。夫は物の5分か10分で食べ終わってしまいます。筋肉量を計ってみましょうか、というので機械にかかってみるとなんとまあ、自信の鼻はへし折られ、散々な結果でした特に足の筋力が弱いとのこと。「週2回ジムに行くよりも毎日足に重りをつけて歩くとかのほうが効果があります。週2回では維持するのがやっとです。」とのことで、あのプロスキーヤー三浦雄一郎さんのことを引き合いに出されました。

 その時に聞いた話では、この病院の外科の先生は、長時間の手術に耐えられる体力をつけるために、極力階段を使うこと、お隣の大学の体育館に自分用のマシンを用意していてしょっちゅうトレーニングに励んでいらっしゃるとのこと。さすがというか、立って長時間の手術をされるのには相当な体力、忍耐力、集中力がいることだろうし、それに備えて体力をつける努力をなさっているというのは聞くからに頼もしい。「贅肉はなくて締まっていらっしゃいますよ」とのこと。医師としてのプロ意識、尊敬します。

 そして、宿題として、1日おきくらいに朝からの運動の様子を記録するようにと言われました。友の会では分単位で1日1,440分、1週間の主婦の生活時間調べを5年おきにしますけれど、それに比べればおよその時間だろうし楽なもの。手帳にでも記録しましょうか。
Tags:# 

by kurashiki-keiko | 2011-02-10 13:53 | 感動したこと | Trackback | Comments(2)

ドラマ「「私は屈しない~特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日・…」を見て

1月31日、TBSの月曜ゴールデン特別企画「私は屈しない~特捜検察と戦った女性官僚と家族の465日・お母さん負けないからね!」と言うドラマがあり、原案がずっと取材をしていたらしい江川紹子さんというので、興味を持って見ました。
 主人公は国家公務員としての仕事に誇りを持って誠実に勤めていたのに、ある日公文書偽造の疑いをかけられて事情聴取されるために東京から大阪地検へ。
 検事の取り調べは最初からストーリーを組み立てていてそれにうまく合致するような言質を取り付けるためにのみ勧められていく。主人公はその調書は自分の言ったこととニュアンスが違うというと、大筋そうでしょうとか押されていく。当事者だった部下のほうも、自分がやったと言っているのに、この主人公のかかわったかのような証言にねじ曲げられた調書をつくられていったことが裁判で判明。
 長いながい拘置所生活、「13番」と言う番号で呼ばれ、布団と便器のあるだけの室内で過ごす。そして差し入れてもらった関係書類から、証拠の矛盾点を探り当てる。
 家族との生活も描かれており、忙しい官僚だった主人公は、「第1主婦は上の娘、第2主婦は夫、そして自分は第3主婦」と称しており、日頃から家族が協力し合って家事をこなしていたのが幸いして、彼女が逮捕された後も家族が協力して彼女を支えていく。
 やがて公判となり、元部下の証言から、部下一人の仕業だったにもかかわらず彼女が命令したかのように調書が作られていったこと、それに彼女に書類作りを依頼したという国会議員のアリバイが手帳によって崩され、無実と言うことが分かる。

…あらましこんなことでした。
 検察ストーリーにはめられていく怖さと共に、彼女の「第1主婦、第2主婦」と言う家庭での家族の協力の姿がとても印象に残りました。キャリアウーマンがうまく仕事と家庭を両立するためには、こうした協力が不可欠だし、そのおかげで立派な仕事ができたのだなあと、羽仁もと子のいうところの「一家総動員」がここにあるなあと感動したのでした。

by kurashiki-keiko | 2011-02-01 18:30 | 感動したこと | Trackback | Comments(2)

委員会に出席して

 21日、久しぶりに友の会の委員会に出席することができました。義母をデイサービスのお迎えの人に渡してから出かけたので、読書感想は終わって、議事の会員数の報告などのところからでした。
 友の会の運営にかかわる会議が午後2時まで。その中で、友の会まつりが講習会係の主導から、内容リーダーとして生活係がすることになり、相棒のWさんが運営方法などの意見を取りまとめました。それぞれの最寄からできること、やりたいことが列挙された中で、食に関することが7つ、衣に関することが3つ、住に関することが2つの最寄から提案され、どの事例をどの場所でいつするかということになって行っています。
 本番は来年3月4日(金)と5日(土)ですので、時間がそれほどありません。機会をできるだけ設けて話し合い、準備に取り掛からなくてはなりません。前準備も含め3日間の働きです。
 委員会に出ていると、てきぱきとした本気な話し合いや働きの渦の中にいると感じられてとても元気をもらえました。私のお休み中のことなどについて聞いてくださる人もいて、やっぱり人は家庭内だけに閉じこもっていてはだめだ、特にこのような本音で、本気で話し合える団体はありがたいなと感じました。
 さらに、午後2時からは、1階の大掃除にみんなでとりかかりました。私は託児室の割り当てになったので数人で押入れから託児関係の物を引っ張り出し、これまでの乳幼児や小学生のための講習会などで使われた図表の点検。世間ではやっている?断捨離(だんしゃり)ではありませんが、必要残すものと、もう取っておく値打ちがないものとに仕分けをして模造紙の表が4分の1くらいになりました。おもちゃも点検しました。押入れの中を掃除し、置き場を合理的に変更しました。
 若い最寄リーダーYさんはそういう様子を見てとても勉強になった、と話していました。私もです。思い切って捨てること、年末にはやりやすいかと思います。ずーっと何気なく取っておいて、死蔵しているものが数多くあるので、この際…、と言うものが家じゅうにあふれている気がします。よい刺激になりました。
Tags:# 

by kurashiki-keiko | 2010-12-22 05:52 | 感動したこと | Trackback | Comments(0)