カテゴリ:感動したこと( 83 )

幼稚園の運動会

 10月8日(日)、前々日の雨のため土曜日の予定が順延になり、地元の幼稚園の運動会がありました。
もともとの土曜日だと私は募金活動のため欠席予定でしたが、幼稚園から延期のお知らせと再度出欠のお尋ねがあったので、出席しますとお返事しました。
 というわけで、正面のテントの下の敬老席ではない来賓席で見せて頂くことになりました。面はゆいような変な気分でした。顔見知りの地元市会議員の三村さんもいらして、自分は背が高いので後ろの方に行くから前の方へどうぞ、などと言われ、空いていた最前列へ。ご近所のKさんのお隣でした。
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年長組1クラス、年少組1クラスのこじんまりとした運動会です。この学年はあと少しのところで2クラスになれなくて1クラスになったようです。始まったころは金曜日の雨の名残の曇り空でしたが、お昼近くになるとお日様も顔を出して暑くなりました。かわいい園児たちの体操や競走やダンスなど、大変楽しませてもらいました。忍者の修行、として障害物競走をしたり、体操を忍者のようなコスチュームでしたりと、園児が楽しんでやる気を出せるように工夫されていました。
そしてこちら
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未就園児のプログラムで孫が出場しました。
むこうで園児がプレゼントのハート形の色画用紙で作った手提げを持っているのをもらって帰る、というかけっこでした。走っていくときは1番ではなかったのでしたが、早く走っていった子たちがもらうことをもたもたしている間にさっともらって一番に母親の方へ走っているところです。やったね。
 正午まで、様々なプログラムでかわいい園児たちが一生懸命練習してきた成果が見え、暑かったけれどとても楽しく見せてもらいました。



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by kurashiki-keiko | 2017-10-09 01:23 | 感動したこと | Comments(0)

病院見学ー川崎医科大学付属総合医療センター

 12月1日に開院という、岡山市内の川崎医科大学付属総合医療センターの見学会が20日、21日にあるというので、21日昼前に行ってきました。大勢の見学者で、受付でパンフレットと記念品のボールペンの入った袋をいただき、いざ、救急窓口やら救急車の入る口、さらに手術室や最新の医療機器、病室、屋上庭園など、それからDVDで川崎病院の歴史についての説明を見せていただくなどして、約1時間の見学コースを終えました。面白く興味深く見せていただきました。
 昭和25年だったかに焼け跡に開院したこちらの最初の建物を私は子供の頃に見ていました。なんでも、患者さん本位に、いつでも24時間対応で受け付けます、というのが始まりで、のちに准看護婦の学校を作ったり、看護学校を作ったり、また旭川荘という障碍者のための大きな施設を作ったり、また医者の卵たちが医学以外に人としての心がけをちゃんと教育しなくては、という思いから医科大学の設立まで、川崎宣祐さんという創始者の思いは素晴らしいものがあったと思います。その創始者の思想は、大学や病院の職員にちゃんと受け継がれているものと思い、大変期待しています。

 
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こちら、救急部の待合あたり、お祝いの胡蝶蘭がずらーり。院内お祝いのお花だらけ。救急車が到着する入り口から緊急の手術室などが1階のこの奥に並んでいました。

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こちら、こんなことでもないと決してお目にかかれない、手術ロボットの「ダビンチ」。左の方に操作するところがあり、見学者が操作して細かいピンセットで何やら模型をつまみあげていました。

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こちら、その操作席。

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ダビンチの威力はすごいらしい。一体お値段はいくらくらいするのかしら。

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こちらMRI(?)。全部で12室もある手術室。同時にいろんな手術が行われるのでしょうね。

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こちら、一番豪華(らしい)病室。バスタブも備わった浴室や、ミニキッチン、応接セットまでついていて、噂によると?1泊3万円(見学者の話なのであまりあてになりませんが)。

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屋上庭園。

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もと深柢(シンテイ)小学校の校地だった名残をとどめる?地下駐車場の入り口付近。280台分だそうです。岡山市街地の中心部だし、市電の電停や天満屋バスステーションにもほど近いので、なるべく公共交通機関利用のほうがよいけれど。


参考:岡山市立深柢(しんてい)小学校⇒http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/kenmin/omoidenomanabiya/okayama-sinteisyo.htm

川崎医科大学付属総合診療センターのホームページはこちら⇒https://g.kawasaki-m.ac.jp/teaser/
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by kurashiki-keiko | 2016-11-21 17:15 | 感動したこと | Comments(0)

桜咲く―尾道・千光寺へ


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わが家の近くの倉敷中央病院では、2日午前、紅白の幕が引きまわされていて、院内お花見会がある模様。私達出かける途中に見かけて息子たちに電話したら、みんなで徒歩で行って見たらしいのですが、せっかく歩いて行ったのにまだ準備中で、飲み物や食べ物の露店はまだ。で、子供たちも2往復するほどの体力もなく、本当に見ただけ、で帰ってきたらしいです。
私達ジジババ夫婦は、夫の鶴の一声で尾道へ。


11時20分ごろの到着で、いつもの和食の小さなお店はほんのちょっと開店までに間があったので、前で並んでいたら、なんと、おばーちゃんたちの団体さんが予約でぞろぞろと目の前で入り、その後2組が入ったら満員になってしまいました。がーっくり。
で、仕方なくこちら。

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尾道ラーメンの有名店はたいてい10m位の行列がいつもあって、とてもせっかちな夫の入れるところではありませんので。珍しく行列の無いお店。(ってどうなのよ)

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こちらねぎラーメン。味、やや濃いめ。ねぎたっぷり。分量、やや少な目。
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こちら、大好きな「鉄腕DASH」の尾道の坂道を利用したそうめん流しの回に協力したそうな。

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商店街に入り・・・
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目を引く元お風呂屋さんのお店。

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2年越しくらいに念願のデコポンジュースにありつけました。こちら、2年くらい前にいただいて、あまりのおいしさに感動。夫が「季節外だってば」というのにその後やってきてないと言われがっくり、という事もありまして、今回は「ちょうど今が旬です」といわれ、ヤッター。・・・んまい。100%フレッシュですもん。

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で、めざす千光寺へといくロープウエイには長蛇の列が高架下をくぐってさらに・・・
夫「歩いて登ろう」いえいえ、足腰が弱っているあなた様、この所転んでばかりいるのに、登れるとはとても思えませぬ。いさぎよく待つのを覚悟でさっさと列の後ろへ。

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時々ピンクのウインドブレーカーを着た会社の人が行列を詰めるように、とか言ってやってきますが、「切符を買ってからお並びください」と言っていたので、夫に番を確保してもらってから切符を買いに行きました。往復で大人500円。後で考えたら帰りもこの長さの列に並ぶよりは、歩いて降りる選択の方がよかったです。
乗れたのは45分後でした。せっかちな夫をなだめるのにほんと骨が折れました。尾道へ行こうと言ったのは夫の方なのに。

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やっぱり片道だけでもロープウエイに乗ってよかった。何しろこの景色ですもの。

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尾道水道が一望、ほんとにきれい。

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山の上には「恋人たちの聖地」だって、ハート形の南京錠をフェンスにくっつけて。何でも客寄せなんでしょうね。

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ご当地ソフトクリームとして、みかんと、桜ソフト。私たちもこの列の向こうに陣取って、コンクリの地べたに腰を下ろしてはるか瀬戸内海を見下ろしつつ、温かな日差しを足に感じつつソフトクリームをいただきました。

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下りはロープウエイの券を無駄にしましたが、やっぱり歩いて。大勢ぞろぞろと登って来る人とすれ違いました。中国人らしい団体も。そりゃこの美しい日本の桜を見に来るというのはとてもわかります。

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こーんなにきれいに斜面にせり出している所も。あーきれい。

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大きな岩の上にも人。絶景。

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千光寺の下の所まで下りてきました。夫、くたびれて千光寺のおまいりにはいかずベンチで休憩。

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あら、琵琶を奏でる石仏も。

・・・・ということで、下まで降りて高架下を通り、商店街に入り、「もめんく」という瀬戸物屋さんで欠けた湯飲み茶わんの代わりを探して、有田のと多治見の頃合のを2個購入し、同じ商店街の八百屋さんで6個350円の八朔を見つけて購入して帰途につきました。尾道は商店街をぶらつくのがこの頃の楽しみでしたが、足を延ばして有名な千光寺公園のお花見ができて良かったです。
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by kurashiki-keiko | 2016-04-03 03:09 | 感動したこと | Comments(2)

どこから始めよう?

 若いお母さんたちと子どもたちの集まりで、上手に片づけているお宅見学に写真係という名目でついて行って、びっくりしたり感心したりしてきました。4人のお子さんがいるご家庭(一番下が小学2年生)なのに、まず食卓の上とカウンターの上に何も乗っていないのにびっくり。PTAなどのお役が色々あるので、やりかけの仕事は箱に納めているのできれい。食器棚の食器も少ない。リサイクルショップの家具を上手に活用して、たとえば台所の鍋類などの棚は、お習字の塾で昔使っていたような木製の長机を2段重ね、長すぎる部分は切って。
子供部屋も机の上がきれい。おもちゃもその子なりの片づけ方で戸棚に。子供が多いのでまだ次の子に着られる前の衣類はサイズ別に衣装ケースに。観音開きの物入れにはずらーりと同じ大きさの細長い箱にラベルをつけて「レターセット」「学校書類(子ども別)」「取扱説明書」などなど3段くらいに入っていました。お掃除道具の箒や塵取りは台所からの通路の壁に一つずつ置き場を決めたフックに。カレンダーは手製で縦に日付、横に家族の人数分の欄が作ってあり、それぞれの予定を書き込めるようになっていて、なるほどな、と思いました。
 10数人で見学させてもらい、皆一様にびっくり、感動、自宅で出来ることを見つけて来ようと目標を持って見学に行ったのですが、私も年代は違いますが片付は後回しの口でさっぱり片づける時間が取れないのでひどいものです。
 みんな「ビフォーアフター」の写真を撮ってくること、と若い人達の宿題になったので、私も、と早速帰宅後の写真を撮りましたが、日頃実際に暮らしているのにいざ写真に撮るとひどいもの。いったいこの物たちをどこへ退散させられるの?年末大掃除もごろごろしている夫のせいにして本棚をほんの少し片づけただけの私。
 気を取り直して調理台の上を片づけました。ほんと、日頃いかに一つ一つを片づけて行っていないかがよくわかります。

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by kurashiki-keiko | 2016-01-16 04:19 | 感動したこと | Comments(0)

子供への贈り物

 11月17日、倉敷市民会館で倉敷友の会の家事家計講習会(5か所で開かれる内の3か所目)がありました。家計にも大きな長い目で見通しを持っておくことが大切、という話や、教育費にこんなにかかります、という話、忙しい中で献立に工夫をしている話、などありましたが、長い家計簿記帳歴を持つ人のこれまでの家計の話の最後の方に、こんな言葉があり、私にとっては一番深く印象に残りました。
それは
「イギリスの作家の言葉に『成人した子供への最大の贈り物は、親が自立していること』というのがあります」という意味のことを言われたことでした。
 実家の母はまさに自立してくれているおかげで、子供としてはどれほど助かっているか。経済的にも、体力的にも、精神的にも母は立派に自立してくれています。86歳なのでもうそろそろ限界に近づきつつあるとは思うのですけれども。

 ところで近頃「老後破産」なる言葉が目につきます。2,3000万円もの貯金があるから安心と思っていたらどっこい、年金だけでは暮らせず、貯金を取り崩していたり、安易に子供へ援助していたら、ひどい窮乏に陥るとのこと。やっぱり最後まで家計に見通しが必要なのでしょう。
 また、子供が結婚したらあとは老後の蓄えに、という前提が、40歳になっても結婚できないでいる子供を抱える親は私のまわりにも多くいらっしゃいます。結婚したくてもできない40歳台の子供世代、正社員でないので見通しが立たないから、とも聞きます。しかし、選り好みしている場合ではなく、なるべく、そこそこのお相手を見繕って早く結婚すべき、と私は思います。花の独身だの、自由を満喫だの言っている場合ではありません。結婚生活に不自由はつきものではありますけれども、そこにはやっぱり人間としての成長も伴うと思います。不幸にしてお相手に問題があったり、死別したりすることも途中ではもちろんあることと思いますが、パートナーを持つことは大切と思います。そして、次世代の子供を育てること。子供を育てるのは苦しいこともあるけれど自分が試される場面がたくさんあって子供の成長は自分の成長でもあります。
 子どもへの贈り物は、自立した子供になることと同時に親もまた、自立した親であること。このたびそのことを学びました。
 年寄の介護をした経験から思うと、その独身の子供たちに将来親の介護がかかって来るであろうし、その子供世代の老後は一体どうなるのだろう、と心配になります。施設に入れば、とも思いますが、施設に入るにしても保証人が必要なことを思うと、やっぱり次世代の子供がいないというのは困る現実が遠い将来あるのでは、と思います。

 日頃自分の意見を持たない、言えない私ですが、こんなことを考えました。

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by kurashiki-keiko | 2015-11-18 11:41 | 感動したこと | Comments(0)

困った時のお互い様?

 公民館祭の展示物を片づけ、片づけたものを元の場所に運び込み片づけ終わると夕方5時過ぎ、帰途に就くときには大降りになっていました。夜の雨の運転というのは前が見えにくくてとても気を遣うものです。
 大きい道から自宅近くの狭い、右手が農業用水の、ガードレールもない道に入ったところ、カーブで前から来る車に気付かず、鉢合わせしてしまい、右は用水、左は深い溝だったのですが、その側溝にふたがあるところと思って左に寄ってゆずろう、とハンドルを切ったところ、ガクン、と左前輪が脱輪して、車体が傾いてしまいました。
 すっかり傾いてどうすることもできず、車1台くらいの道幅だったので、前から来た方の車はさっさと引き返して手近なところから向うへ行ってしまいました。すぐ後ろから来ていた車はなんと、知り合いのご主人で、「困りましたなあ」と同情心から見てくださいました。私は自宅に連絡したり、かねて入っているJAFの連絡先をスマホで検索して救援要請をすると、50分くらいかかる、との事。夕食は鍋にすることにしていたのですが、50分もかかるとは。でも覚悟を決めて待つつもりでいると、自宅から長男と夫が駆けつけて来てくれました。自宅から100m位のところだったので助かりました。
 しかし脱輪した車の様子を見て、揺すったりしても完全に落ちていてどうしようもないなあ、などと眺めていました。後続車は幸いすぐ後ろに枝道があったので、知り合いのご主人はそちらから帰られてよかったのでしたが、別のやってきた車の若い男性ものぞいてくださって、息子たちと、私が乗り込んでうんと左にハンドルを切ってバックすれば脱出できるかもしれない、と話しあって、前に夫と息子とその男性が取りかかって押して、私は運転席で左にハンドルを切りつつバックしてみました。すると、無事脱出することができました。
 やれやれ。見ず知らずの若い男性にお礼を言って、道をふさいではいけないのでそのまま我が家の駐車場まで走りました。
先に私のすぐ後ろにいらした知り合いのご主人に、何とか脱出できました、ご迷惑・ご心配をおかけして、と電話したところ、ついこの前もその場所で脱輪した車があったそうで、農業用のポンプを入れる場所だから蓋が出来ないと言われたけれど、ポンプを入れる場所とは離れているようだから蓋をするように交対協に連絡しましょう、と言っておられました。
 夕食作りを急ぐ夕方の時間帯でとんだことで家族にも心配をかけてしまいましたが、幸い家の近くで夫と息子が出て来てくれたことと、見ず知らずの人が助けてくれたことが大変心強くありがたかったことでした。

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by kurashiki-keiko | 2015-11-09 01:42 | 感動したこと | Comments(0)

新聞紙で遊ぶ

自由学園明日館と全国友の家での「おさなご発見U6ひろば」、たくさんのお部屋でいろんな時間帯に催しが3日間にわたってあるので私が見られるのは一部ですが、23日に見て一番面白かったのは、友の家1階研修室の「親子体操」でした。
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途中から見たのですが、新聞紙を使って、穴を開けてくぐる、体の前に当てて走る(あら不思議?落ちない)、子どもを新聞紙に乗せて親が引っ張る、どんどん破いて山のようにしてわーっと紙吹雪のようにかき混ぜたり投げ上げたり、それをどう収拾するのかな?、と見ていると、丸めてボールを作り45リットルのゴミ袋に投げ込んで玉入れ遊びでおしまい。子どもたち、ずっときゃっきゃと楽しそうに体を使って遊んでいました。
続いて「言うこと一緒、やること反対」と先生が「上」と手を上に上げると?、「上」と言いながら手は下に、などの遊び。
最後に、「遊びだったら楽しいので失敗しても何度でもやれる」と言われたこと、つまりは遊びだと強制されることなく、失敗を恐れることなく何度でも楽しくやれる、やろうと思ってやれる、そして上達するのだな、という事と、20歳と同じ神経になるのが10歳。つまり10歳になってからいざ始めようというのでは遅い、6歳までにものすごい発達をする、そんな発達をするのは生涯のうちにない、6歳までに神経をのばすいろんなことをさせてください、という事。このところ聞いているラジオ深夜便の辻井伸行さんのお母さんのいつ子さんの話と重なって、押し付けでない、子どもをよく見て伸ばす育児のあり方を教えられた思い。

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by kurashiki-keiko | 2015-07-24 00:47 | 感動したこと | Comments(4)

全盲の子をプロのピアニストに―ラジオ深夜便から

このところラジオ深夜便のアンコール放送として、4日にわたって全盲のピアニスト辻井伸行さんの母いつ子さんのお話が大変興味深くて聞き入っています。
 誰しもわが子が障碍を持って生まれたと知ったら落ち込むだろうと思います。どうして育てて行ったらいいものやら、迷うと思います。彼女もそんな一人でした。
 全盲なので発達もかなり遅かったそうですが、見えなくてもお花見に連れて行き、桜の花の様子を話してやりさわらせてやると、ずっとお花見が大好きになって今年はいつ行くのか、と聞くようになるなど、工夫した子育てがあったようです。その才能の芽を見つけたのは、CDを買って聞かせたら、ショパンの英雄ポロネーズが大好きで、ブーニンの演奏を聴き分けたというのです。ほかの演奏家のCDを聞かせたら反応が違っていて、ブーニンの演奏だと足をバタバタさせて?喜んだそうです。
たまたまおもちゃのピアノを買い与えて、クリスマスに彼女がジングルベルか何かを鼻歌で歌いながら台所をしていたら、彼がそのメロディーを再現した、というのです。何度もそんなことがあって、おもちゃのピアノが壊れてしまい、今度は本物を買い与えたことと、ピアノの先生に来てもらって演奏をして聞かせてもらうという事から入ったそうです。
そして、旅行先のサイパンで自動演奏のピアノを聞いて、自分に演奏させてもらいたいと願い出て、小さい子どもが「渚のアデリーヌ」を弾いたというのでやんやの喝采をしてもらい、ピアノが大好きになったとの事。
 並外れた音感があったこと、お母さんはピアノを弾けなくて「今日の演奏はどうのこうの」と文句を言わずに「きらきらしていてよかったわ」と褒めたことにより伸びたのではないか、ということなど、一つ一つ、結果的に彼をピアノ嫌いにさせずに、ピアニストにしようとは思っていなかったのにその道に進むことになったようです。
 そしてやはり経済的に豊かな家庭であったから、というのもその一つではあったかと思いました。しかし経済が豊かな家庭だからというのは一つの要素であって、お母さんが厳しい人だったら途中で挫折があったかもしれないけれど、やさしくおおらかで彼をよく見てほめていろんな体験をさせながら好きなことをさせてやろうとのんびり育てたというのが一番大きなことだったのだろうと思わされました。
 障碍がある子なのだから、親が先に死んでも手に職をつけさせて1人で生きて行けるようにしなければ、というおとうさんの考え方も納得ではありますが、たまたまその手に職というのがピアニストになろうとは、お母さん自身も最初は考えもしていなかったというのが面白いことでした。


辻井伸行 国立競技場ファイナル 英雄ポロネーズ

 
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by kurashiki-keiko | 2015-07-23 00:41 | 感動したこと | Comments(0)

孫が生まれました


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29日(月)夕方4時頃、前夜から陣痛で入院していたという次男のお嫁さんが男の子を出産。
末っ子の次男もついにオヤジさんになりました。
これで命のバトンを受け継ぐ者が出来たという感慨とありがたさで一杯です。

エコーでは2800gくらいと言われていたそうですが、生まれてみると2645gだったそうです。
16時間もかかったそうですが、いざ生まれるとなると分娩室に移動する間がもたなくて陣痛室でそのまま生まれたそうです。
当日は経過観察とかで見せてもらえず、翌日午後行った時に写真を撮らせてもらいました。かわいい足も撮りたくて出してもらいました。ずっと気持ちよさそうに寝ていました。
名前は3つばかり考えているそうですが、まだ2人で決めかねているそうです。
書きやすく、声に出して読みやすく、字面も安定感のあるのがいいね、と言っておきました。どんな名前がつくのかな?
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by kurashiki-keiko | 2015-07-01 03:33 | 感動したこと | Comments(2)

1歳児にも五分のたましい

 このところ長男のところの下の子、1才7カ月になる女の子が食欲がない、とお嫁さんが心配していました。咳も鼻水も熱もないのに機嫌がよくなく、食べないのだそうです。
 たまたま、2日続けてお嫁さんが上の子のことで用事が出来て半日その下の子を預かることになりました。まだ言葉が話せないけれど、私の言うことはほぼ理解できてるみたいですし、「絵本を読もうか?」と言うと、どの本を読んでほしいか態度で示します。私の膝で読んでやろうとすると、ひざには座りたがりません。読み始めるとすぐに気が散って別の本を指さします。かと思えば別の本を読んでやるとお絵かきのクレパスの方に興味は移ってしまっていますでも「これがしたいのね」と聞くとそうだというように自分の気持ちは伝わってきます。そのうち私は自分のしたいパソコンの作業をしつつ、その子をそれとなく見たり相手をしたりすることにしました。すると時々近寄ってきては、部屋の中のゴミを拾って見せに来たり、私の外付けハードディスクをスマホみたいな感じで持って遊んだり。そのたびにギューっと抱きしめて「大好き大好き」と言ってやります。などなど遊んでみて、この子は内面にしっかり自我が芽生えていることを感じました。
 食欲がないというだけではお医者に見せても病気の診断がつかないね、と言っていたけれど、これはどうも第一次反抗期かもしれないと思うようになりました。お嫁さんに言うと、まだ2才も来ないのに反抗期ですか?と驚いたように言っていましたが、まだ小さいからと感情もないかのように、親の付属物のような扱いをすると反発したりいう事を聞かなくなるのではないかと思いました。「あなたのことを大事に思っているよ」と言う態度で丁寧に接すると、向うさんもそのことがわかって穏やかな気持ちになるように感じました。
 夕方になってぐずりだすようだったので、こちらに来させて、向うのいう事はわからないけれど、彼女の気持ちをなるべく汲むようにと気を付けました。。お嫁さんに子どもの気持ちをしっかり汲んでやるといいようよ、とアドバイスしておきました。
こちらにとてもよい説明とアドバイスがあり、勉強になりました。⇒http://allabout.co.jp/gm/gc/440560/
先日もたまたま見たあるお子さんがちょっとしたことでかなりプライドを傷つけられたようで、言葉ではうまく表現できないこのくらいの年齢で、いっそうその後大人がわかっているよ、というフォローが必要だったことがわかったばかりだったので、もしやうちの孫も、と思ったようなわけでした。
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by kurashiki-keiko | 2015-05-22 01:00 | 感動したこと | Comments(4)