カテゴリ:老いということ( 86 )

奥さんはえらいんだぞ!

 先日スーパーで出会った人。
ギョーザを作ろうかと、ミンチの売り場に行くと、そこにいらした70代後半から80代くらいと思しき男性に「サイズはいろいろあるんでしょうか?」とギョーザの皮のことについて尋ねられました。「いいえ、枚数は違うけれども大きさは大体同じみたいですよ」。 すると次に、シキビの束を「これ、仏さん用でいいですよね」。「そうですね、神様用の榊とは葉っぱが違いますからね」とお答えしました。
 見ていると、携帯でお家の方と相談しながらの慣れないお買い物のようでした。普段来たことのないスーパーでのお買い物、きっと大変なんだろうなあ、と思いつつ、レジを終えて帰りました。奥さんが急病だとかで日頃しないお買い物だったのでしょうね。
 数少ないけれども、仕事帰りらしいネクタイをした男性も、お惣菜などあれこれ買っていらっしゃる様子に、単身赴任かなあ、とか思って見ています。
 また、先日倒れたという夫のお友達も、離婚して一人暮らしだったと聞きます。

 夫に近頃は威張って言っています。「あなたがなんとかここまで生きてこられたのは私のおかげよ」。
 料理が決して上手というわけではないので、若いころは夫の満足するような分量や材料に偏った食生活やお付き合いのおかげで生活習慣病にしてしまったのかもしれないけれど、以来気を付けてバランスよい食事を作ってきたからこそなんとか今まで生きてこられたのだと実感するこの頃なのです。手抜きをしないでごはんを作る奥さんがいるのとそこら辺の物を適当に食べる暮しとでは、絶対に健康にかかわってくるはず。
 食生活は健康の源。お金を稼ぐのも大切かもしれませんが、そのために食事作りをおろそかにして健康を損ねては、何のために働いているのかわかりません。
 そして野菜をたくさん食べるには少し手間がかかるけれど、それこそが健康を作る食事ではないかと思います。
 
 男女ともに、そんなわけで食事作りと、もっともっと生活の仕方を親から教わったり、また家庭科をしっかり習って身につけるべき、と、先日の『正しいパンツのたたみ方』の本をまだ読めていませんが、ぜひ読みたいと思う今日この頃です。




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by kurashiki-keiko | 2017-09-21 22:55 | 老いということ | Comments(0)

この頃気づく老化現象

 あんまり年齢がこうだからと思いたくはありませんが、近頃気づくこと。
 以前は台所の天袋の物を取るのに、丸椅子の上にひょいと乗って取っていたのですが、近頃股関節が固くなっているのか、足をあげるのにヨッコラショ、になってきたこと。どうかするとその丸椅子に上がる前に低い万能台を足元に置いて2段階にして上がったりします。
 つい先日もレースのカーテンを洗おうと、高いカーテンレールにとりつくためにそのように2段階の踏み台を作りました。

 また、昨年10月から、右膝に水がたまりだし、整形外科で水を抜いてもらってコンドロイチンだかの注射をしてもらうこと3回ほど、続いて筋膜なんとかの治療院に春まで行ってみましたが、だいぶ良くなってきて中止、しかしそれ以来正座することはできていません。もうちょっとのところまでは行くのですが、関節が曲がらず。法事とか、座る場面では椅子をお借りしています。

もう一つ気づいたことがありました。先日出かける前のこと、「行ってきます」とドア一つ向こうの隣の息子に声を掛けたら「え、何それ?」というので私の胸元を見ると、先ほど顔を洗ったときに水がかかったらしく服がぬれていました。
 そういえば、だいぶ前、夫が顔を洗った後には洗面台の下がびしょびしょにぬれていると文句を言っていたことがありました。
 つまり、洗面台に向かって腰をかがめるという動作ができにくくなっており、曲げ方が悪くなっているのではないか、とハタと気づいたわけでした。

 もともと運動は好きでなく、学校時代にも運動会だとか体育祭などの場合には全員参加の種目だけにいやいや参加していたような運動音痴、だけど基本的に生活する部分に不自由が出来ると、そこはかとない老いを感じる今日この頃です。
 起きられた時には6時半のラジオ体操をできるだけする事、在宅日には3時前のNHKのテレビ体操(たった5分)をする事を心がけるようにしています。
 
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by kurashiki-keiko | 2017-09-13 09:29 | 老いということ | Comments(0)

「演奏力とは『聴く技術』」

 7月5日付朝日新聞のコラムに、担当者が4人で交代するのがあって、水曜日は「後藤正文の朝からロック」というものです。
たまたまそこを見ていたら、「演奏力とは『聴く技術』」というのが目に留まりました。
以下。

 (前略)「複数の人が集まって合奏する場合、それぞれの演奏がどのように絡みあっているのかということが、全体の美醜におおきく関わる。
 だから、ミュージシャンは個人練習だけでなく、合奏のリハーサルも頻繁に行って、集合した演奏のクオリティーを高めている。(中略)正しい場所に音符を置くためには、周囲との調和を聴き取る技術が必要だ。(中略)全体のズレや揺らぎに合わせられなければ、演奏の良さにはつながらないのだ。
 さらに言えば、音の良しあしを聴き取れなければ、自分の演奏の良しあしも判断できない。つまり、演奏力とは『聴く技術』だ。」
 
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毎週練習に行っていますが、お互いのパートの音、隣の人の音を聞き分けたりその音と同じ調子で歌ったり、メロディーのパートを立てたりと、周囲との調和が本当に必要で大切だと毎回感じますので、なるほど、と思いました。

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by kurashiki-keiko | 2017-07-05 15:16 | 老いということ | Comments(0)

眼鏡が、ない!

 昨日の朝のこと、いつものように枕もとの巾着袋の眼鏡を探すと・・・

あれ?   ない。
眼鏡ケースが、入ってない。

そんな・・・・

いつぞや地震情報が携帯から発信されたらしいのに、2階で寝ていて携帯は1階に置いてあったことがありました。
それをきっかけに、最低限の物は枕もとに常備しようと、赤い巾着袋を自由学園明日館のショップで見つけて購入。
中身は
携帯電話・携帯充電器・首から下げるLEDの懐中電灯・飴玉少々・手ぬぐい(包帯・マフラー替わりなどいろいろに)・濡れティッシュ・車のキー
など、最小限思いつく限りの物を入れて寝るようにしていました。

それで、近頃は気温に合わせて下着などを調節するので、目覚めると携帯のお天気情報を見て気温を確かめているのですが、眼鏡がないとよく見えない・・・

ベッドの周りを探して見たけれど。ない。
1階の昨夜の仕事していたあたりを探したけれど、ケースも眼鏡も、ない。

仕方がないので一つ古いのを現在かけていて、大差はないものの、
せっかく作った最新の、軽くて周囲も見やすい気に入りの眼鏡が、いまだに見つかりません。
え?という自分のうっかりと、ついにここまで老化したかというがっかり。
まさか異次元空間に落ち込んだなんてことはないだろうし。

いつかは絶対に我が家のどこかから出てくるはずなのですが。
ここはその時に「なーんだ」となることを期待しています。

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by kurashiki-keiko | 2017-02-05 09:18 | 老いということ | Comments(0)

ケアされ上手

 婦人之友社の雑誌「明日の友」の225 冬号を読んでいたら、樋口恵子さんの「人生百年学のすすめ」というシリーズ記事の今号の記事の「ケアされ上手でありたい」という文章が目に留まりました。
 全国から公募した介護体験記を選者として読む機会があって、つくづく「創ってよかった介護保険」ということを思ったことと、読むほどに樋口先生は現在84歳になられて、介護される方の立場を思ったとのこと。その体験記の最優秀賞を取られた人は、106歳で亡くなった母上を介護された86歳の長女の方の話だったそうです。同居してからの15年間、「命令しない」「反対しない」「不足言わない」「小言言わない」「怒らない」という、娘の目から見ても「予想外」の母、それでいて自尊心は高く、周りの人にも一目置かれる存在で、院長先生からも「素晴らしいご高齢の方にご縁を頂き有難うございました」と言われたとのこと。
 「ありがとう」という感謝の言葉と、どこかにユーモアがあることが全体に共通しているとのこと。高齢者の側が外部サービス利用を嫌がらないことが「ケアされ上手」の基本だと書かれていました。
 私も長い間義父母の介護をして経験はありますが、夫と私の両親を送り、そろそろ自分の番が近づいてきていることを思うと、なるほど、ケアされ上手になることも考えていなければ、ということを教えられた一文でした。

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by kurashiki-keiko | 2017-01-16 22:06 | 老いということ | Comments(2)

高齢ドライバーの困ったさんに遭遇

 11月28日(月)、2時半ごろ、「そうだ、月末の通帳記帳と振り込みに行かなくちゃ、生活費も下ろさなくちゃ」と思い出し、急いで地元銀行の駅前支店へと車を出しました。
 近道の細い路地を抜けようとする直前にむこうから入ろうとする軽四が。こっちはその路地を通過する寸前だし、車1台がやっとの路地。入るの無理無理!とばかりに警笛を鳴らすと、慌てたように通りへ後ずさり。こっちがいるのを確認しないで突っ込んで来ようとしていました。たぶん70歳代以上と思しき女性の運転。
 やれやれ、と、駅前交差点を左折して銀行のある通りに入ると、なんと、交差点から7,8mの歩道寄りの路上に停車している軽トラが。その向こうが銀行の駐車場入り口なんです。思わずカーッとなってクラクションをブーブー強めに鳴らすと、やっとそろそろと前進してくれ、入ることができましたが。駅前の目抜き通り、駅から数メートルのところで路上駐車するなんて。
 と、歩道を横切り銀行の駐車場へ入れると、月末の事でほぼ満車で、一番奥の向かい合わせが空いていました。そのうち右手には高齢のご夫婦運転の車がなんとか押し込もうと悪戦苦闘中。私はもう一方の一番奥のスペースに頭から入れました。

 で、銀行の用事を済ませて戻ってみると、先ほどの高齢のご主人が、車が出なくて、奥様がタイヤのかかり具合を下の方にしゃがんで見ていました。よく見ると、駐車場のタイヤ止めの板の動きを操作するこんもり高くなった機械の部分にタイヤが乗り上げたような形になって動きが取れなくなっていた模様。あー。・・・というのを横目で、こちらも次々に入ってきたい車がいるので早々に出てゆきました。
 
 私は今のところは大丈夫ですが、他人ごとではありません、あと10年以内くらいにこんな風になるかも?自動車メーカー様、どうか高齢ドライバーでも無事に運転できる制御つきの車をこしらえてくださることを願います。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-28 19:53 | 老いということ | Comments(0)

青天の霹靂

 2月22日はにゃんにゃんにゃん、で、猫の日なんだそうですが、夫の出勤した後はお掃除、布団干し、孫娘のおひな様を出したり、買い物に、おかずのまとめ作りにと家事に奮闘。買い物に手間取ったのと、おかずのまとめ作りのため夕食が7時頃になり、食器洗いを終えたところで弟からの電話。
 「お母さんが今日は家の電話にも携帯にも出ないしメールも返信がないので来てみたら、ドアにチェーンがかかっていて、これはと思って救急車を呼んで、やっとチェーンを外して中に入ってもらったら、心肺停止だって、病院に運んでも蘇生する見込みがないんだって」
 「えー!!!!」
 こういうのをまさしく青天の霹靂と言うのでしょう。そういえば、私の家族新聞、日曜に本局で投函したら月曜には届くはずで、たいていすぐにお礼のメールが来るのに今日は来なかった…
 わー。
 とる物とりあえず、夫と夜道を車を飛ばしました。
 母は賃貸マンションの8階に父を亡くしてから20年以上1人暮らしをしていました。最近では弟が一緒に住まないか、と言ったそうですが、まだ一人でやれる、と断ったと聞いていました。
 着くと、マンションの入り口横の部屋で弟夫婦が警察官の事情聴取の最中で、居間に母が倒れていて、というか枕をして横になった体がドアのガラス越しに見えました。どうやらばったりと倒れたのではなくて、自分から横になっていたようです。よく見る刑事ドラマみたいに警察官が3人くらい、足にポリ袋のようなものを履いて現場検証の最中。
 弟夫婦によると、母は金曜日に微熱があって病院を受診し、胃に負担になるからと言うので座薬をもらって、日曜日には治まった様子で、弟夫婦とうどんを食べに行っておしゃべりをして、月曜にまた10時半に病院の予約があるからと言っていた、と言うのです。
 なので夕方弟嫁が様子を聞こうと電話してもメールしても返事がない、と言うので、仕事帰りの弟と二人で様子を見に着たら、ドアチェーンがかかったままになっていて、中は暗く、大声で呼んでも出て来ないので、救急に連絡、するとレスキュー隊が来て、ドアチェーンを切ろうとしたが切らずに外すことができたそうです。が、そのまま入らずにまずはガス漏れ検知をしてから、弟たちは入れてもらえず、彼らが入ったら心肺停止、蘇生の見込みなし、とのことで病院に搬送されることもなく、あとは警察に連絡された、との事。
 警察の検視があるので居間には入れず、しばらく弟夫婦が警察官に昨日の様子などを聞きとられていました。警察としては不審死扱いなので、「悩みがなかったか」つまり自殺の線がないかと言うおたずねまであり、弟が「高齢者の自動車教習を受けるかどうか、とは言っていた」。母に悩み事がありそうには到底思えませんでしたが。

そして、銀色の寝袋のようなものに包まれて、すぐ近くの市民病院に検死に運ばれて行きました。1時間くらいかかるが、その間に帰ってきたら顔に掛ける白い布を用意しておくように、と言われました。白い布、と言ったって普段一緒でないので勝手がわからず、24時間スーパーに行ってハンカチを買い、ついでに夕食も食べてないらしい弟夫婦にサンドイッチを買って。
 台所の流しには朝食の食器が洗い桶に入っていて、どうやら朝食を済ませ、これから病院へ、というところで様子がおかしくなり、枕をして横になって休んでそれっきり、と言う感じだったことがわかりました。
 玄関横の部屋のデスクには、金曜日からの病院受診にかかった費用を書いた家計簿のページが広げてあり、座薬をいつ入れたか書き込んでありました。お薬手帖は、と警察の人に言われて、それはなかったけれど、処方されたお薬の説明書が家計簿にはさんでありました。
家計簿、最後まできちんとつけていたのです。

 私は夫の両親を送った経験があるので、写真があるか聞くと、弟の家にあるそうなので一安心。そうだ、お棺に入れる時に、気に入りの着物がないかしら、と探すと、ほとんどをすでに処分してあったので、数はなかった中に、真新しいような不祝儀着がありました。本当は喪服でない気に入りの着物が着せたかったけれど、それが真新しかったので、襦袢やら帯やらも一通り袋に入れて、弟嫁には着物の事がさっぱりわからないので助かった、と言われました。夫の伯母が老人ホームに入るに当たり、我が家にそういう着物の一揃いと新しい足袋やら夫の遺影やら、女学校の卒業証書やらお花の免状やらを預けて行ったことがあったので、そこまでは行かなくても母も準備していたのかしら、と思いました。
 ほどなく警察官4人ほどに抱えられて遺体が帰ってきました。北向きに布団を敷いた上に寝かせてもらい、掛布団をかけてもらったところでちょうど葬祭業者さんの人がやってきてくれました。
 ストレッチャーをエレベーターにのせるためには奥側の所を広げる扉を開ける鍵が必要なのだそうですが、夜になって管理人さんは帰宅しているし、連絡方法がわからない、となって、やはり不織布のような布製の運搬用のものに包んでみんなで持ち上げて下まで下しました。弟夫婦の暮らす田舎の家近くの葬儀場へと運ばれて行きました。
 弟夫婦はそれを追って行き、私たちは帰宅。
 あまりの非日常の世界でまだ興奮冷めやらず、というか実母が亡くなったのにびっくりの方が先に立って、泣くことも忘れています。本当に先日まで元気だったものですから。死因は急性心筋梗塞とのこと。帰宅の車中で、そうだ、葬儀には本人が使っていたお茶碗にご飯を盛ってお箸を立てるのだった、そしてこの世に返って来ないようにと葬列が出たらお茶碗を割る、と言うのがあった、と思いだし、私が持って行くことになりました。
 弟との話によると、母は「エンディングノート」をすでに弟に託していて、葬儀で流す曲も書いてあったとのこと。クラシック好きな母の事だから、それはぜひかなえてあげよう、と話しています。母の終活、ずっと前から頑張って見事に終末を迎えました。

 知らせる範囲が、母の交遊関係がわからない…と言っていたら、そうだ、年賀状が来たばっかり、と言うのに気づき、そのファイルを私がもって帰ってリストアップすることになりました。母は父を送ってから活発に色々と交遊関係があったものですから、いったいいつのどういうお付き合いなのかが私には見当がつかないのが困ります。こういうのも終活の中に入れておくことが必要かもしれません。

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by kurashiki-keiko | 2016-02-23 06:45 | 老いということ | Comments(2)

母のメル友

 実家の母は今年85歳になりましたが、携帯で時折写メールをよこします。運転免許は52歳で取得、70代まではカメラが趣味でカメラバッグやら三脚を持ってバスで撮影ツアーに出かけるなど元気。
 以前にも何度かこのブログに取り上げてきましたが、老い支度といいますか、カメラもあるときにセットを手放し、展覧会に出していた写真パネルやらアルバムの入った本棚も整理。和服も一人娘の私が着ないというと、さっさと古着屋に売り払い、亡夫の専門書や趣味のミステリーの本棚2,3個分の本も処分、2段あった食器棚も1段分を減らし、どんどんと老い支度をしているところは偉いと思っています。
 さて、その母が最近嘆くことは、写メールのメル友が近頃どうも認知症が始まったのか、反応が鈍くなったり、時ならぬ時にメールをよこしてきたりするのだそうです。
 うーん、そればっかりは本人の努力とか注意の範囲ではないしなあ・・・。せめて私に来た日記のような写メールには返信を早めにしてあげなければとおもう今日この頃。
 今日の写メールには、このところブログにちなんで母の日に贈っていたあじさいの鉢植え、弟の家の庭に下ろしていて、それがたくさん咲いたと、弟夫婦が切花にして持ってきてくれた、と言って喜んであじさいの写真がありました。弟夫婦のところに行っていたとは知らなかったけれど。
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by kurashiki-keiko | 2014-06-12 17:12 | 老いということ | Comments(0)

老人施設でブラスのコンサート

 22日(土)、夫の母の入居する施設を訪ねると、にぎやかな音楽が流れていました。いつものフロアには義母はおらず、「今ちょうどコンサートの最中なのでそっちへいらっしゃいますよ」とのことで、2階に行ってみると・・・
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大音響で、ブラスバンドの演奏会の最中でした。「そりすべり」?だとかにぎやかなクリスマスメロディーの演奏があり、乳酸飲料の容器で作ったマラカスを入居者のお年寄りたちはじゃらじゃらシャンシャンと振ってリズムを取っていました。何しろ演奏の音が大きいので少々の音をみんなで出しても全く響かず、にぎやかで楽しそう。15人ほどのブラスバンドは、フルートだのクラリネット、トランペットなどのおなじみの楽器のほか重低音を響かせる重そうな楽器と、ドラムスの15人ほどの編成で、男女比はおよそ半々と言ったところ。私自身も先日合唱団でのこういったコンサートを行ったばかりだったので興味津々。
 園内にあったポスターも撮影してきました。

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これはバンドの人ではなくて施設の方で用意したポスターのようでした。
 いつもの静かな雰囲気からにぎやかで楽しそうな様子になっていて、やっぱり時折こうした催し物があると気分が晴れるな、と思ったことでした。
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by kurashiki-keiko | 2012-12-25 15:27 | 老いということ | Comments(0)

義母のひとこと

 31日(金)、予約していた病院の検査に母を連れ出すため、入居中の施設へ。車椅子に乗せてもらってテレビの前で待機してくれていました。私の車の助手席に義母を乗せ、ハッチバックを開いてちょっと重かったけれど車椅子をなんとか抱え上げて後部へ乗せて出発。
 義母とのドライブ、このごろはいつも病院受診の日。病院玄関に着き、車椅子を取り出していると、今回はピンクの制服を着た看護助手さん?がついてくださり、私が駐車場に車を移動させている間に検査室へ義母を案内してくれていました。帰りも同じように会計のところで見つけて下さり、私が車を取りに行っている間、義母に付き添っていて下さり、とても助かりました。今まで何度もこの病院には行っているのですが、こんなこと初めて。
 で、施設に義母を送り届けて結果を報告して帰ろうとしていると、職員さんが寄ってきて、
「昨夜のおかずに大根とイカの煮物が出たのを、おいしいと言って食べておられて、『KEIKOの作ったのはもっとおいしい』と言っておられましたよ」・・・
思わずウルっとなってしまいました。
 イカは私はあまり得意ではなく、イカと大根の炊き合わせよりは厚揚げかなにかの方が多かったかもしれないのですが・・・それに他人に私のことをKEIKOというのも初めてだったので、本当にKEIKOと言ったのですか?と聞くとそうだそうで。
 これまでも嫁のわたしのことを他人によいヨメだよいヨメだと言ってくれていたので気恥ずかしい思いがしていたのですが、なんとも申し訳ないような嬉しいような心持でした。
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by kurashiki-keiko | 2012-08-31 19:41 | 老いということ | Comments(0)