<   2007年 02月 ( 43 )   > この月の画像一覧

古い写真を見つけて

居間の壁紙が焼けてすすけてきたので、昨日、朝から夕方までかかって張り替えをしてもらいました。パソコンは居間に置いている物ですから、昨日はパソコンがいじれませんでした。

 邪魔なものをあらかじめ動かしていたら、本棚の最上段にほこりをかぶったとある箱が置いてありました。 介護の間に整理がすっかりたまってしまっていた、写真が入った箱でした。
 

d0031853_15163224.jpg 昨日1日で張替えが終わったため、移動したものを元に戻していたらその写真の箱が目に付いて開けたら・・・すっかりその処理で1日かかってしまいました。
 めぼしいものをより分け、スキャンしてパソコンに入れたのです。
 1988年から2000年くらいのものでした。子供が小学生くらい。舅や姑もまだ若くて笑っている写真。小学生の息子が剣道の試合をしている写真。ご近所のお友達と撮った写真。墓参りをして一生懸命お墓にたわしをかけている写真。瀬戸大橋が開通した頃、私の両親が孫たちを連れて行ってくれたときの在りし日の実父の写っている写真。
 あらまあ。
 それにしても、子供も可愛かったし私も若かった。やっぱり子供が小学生の時代が親も若いし、子ども会の世話なども一所懸命したのがよい思い出です。スポーツ少年団の剣道も、あの頃は学校で50人くらいの団員がいてとても盛んでした。
子育てのあの頃が人生で一番楽しい時期だったかもしれませんね。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-27 15:22 | しみじみしたこと | Comments(6)

お琴の演奏「倉敷物語」です。

昨年の11月、児島文化祭の一環として行なわれたギャラリーコンサートで、倉敷在住のお琴の演奏家、六ツ森ケイ子さんの演奏とともにパストラーレの女声が歌わせてもらいました。六ツ森ケイ子作詞作曲「倉敷物語」。
そのときの録音を元に、これまで3年にわたって撮り溜めていた写真を映像にまとめてみました。
本当はお琴の演奏部分がもっと長かったのですが、長すぎるとここにアップするのが大変なので前奏部分をだいぶカットしてしまって六ツ森さんにはごめんなさいデス
「倉敷物語」     作詞 ムツモリケイ子/補作詞 ヒライタケシ
             作曲 ムツモリケイ子/編曲 ムツモリケイ子

1 思い出は 胸の中 懐かしき 通り雨
  待ち合いし 白壁も濡れている 頬なでる 柳風
  セレナーデ 優しく包み ふたり時を越えて
  微笑みし 君の面影 灯りに 揺れている

  ゆらゆら かげろうゆれる きらめく汐入り川よ
  いつかは逢えるね きっと 「そう」信じていたい

3 夕焼けが ふたりを染めて 歩く石の小道
  いつまでも 淡き影絵が 灯りに 揺れている

  ゆらゆら かげろうゆれる さよなら 懐かしの街
  いつかは逢えるね きっと さよなら 汐入り川
  さよなら 思い出浮かぶ さよなら 懐かしの街
  いつかは逢えるね きっと 「そう」君想う街
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by kurashiki-keiko | 2007-02-26 03:28 | うれしかったこと | Comments(7)

アイスクリーム作り


d0031853_544835.jpg孫と久しぶりに会いました。「アイスクリームを作るの」というのでへー、と思っていると、娘が「広告のチラシとティッシュと、はさみとテープがいる」と言うので??
こういうことでした。

家族新聞が出来たので、私の実母と祖母、新聞作り講座の恩師に郵送するのを持ってポストまでお散歩、そしてそのそばにある町内の小さな児童公園で遊んで帰りました。d0031853_562845.jpgd0031853_564458.jpg
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by kurashiki-keiko | 2007-02-25 05:08 | | Comments(4)

大根を土に埋めました


d0031853_504233.jpg昨年教えてもらって、トウがたつ前に大根を抜き、葉っぱを落として、穴を掘って埋めたのですが、今年は例年より1ヶ月くらい暖かいようなので、早めに地面に埋めることにしました。
埋めた途端、娘がやってきて、お舅さんが作ったという巨大な白菜とキャベツ、ねぎ、それに太い大根を2本頂きました。どこも暖かくて野菜が育ちすぎている様子です。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-25 05:03 | 菜園 | Comments(4)

家族新聞「あじさい通信」118号が出来ました。


d0031853_4575260.jpg今月号はもちろん沖縄旅行がトップ記事です。
そのほかは全部ブログから種を拾いました。
こういうときにはブログの記録は便利です。
孫ネタがいつも和ませてくれます。
パンチは敷物を旅行中にご主人様がいないストレスなのか、半分くらい食いちぎってしまいました。息子がトイレ掃除もえさやりもしてくれ、死なない程度に??世話してくれていたようですのに。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-25 04:56 | 家族新聞 | Comments(0)

旅の終盤、やっとであった沖縄風「ぜんざい」


d0031853_23153457.jpgひめゆりの塔を見てから那覇へ帰る途中に食べた「沖縄そば」です。おおきならふてぃ(皮付き豚肉の煮たの)が乗っています。ほんとうは2切れなのですが夫が脂肪がよくないとこちらに1切れくれたので3切れになっています。そばというより細めのうどんとラーメンを足して2で割ったような、かといって出しはうどんでもそばでもなくラーメンとも違うような・・・

d0031853_23182834.jpg沖縄に滞在中にぜひ食べてみようと思っていたのに、とうとう空港のレストランまで持ち越してやっと出会った沖縄風ぜんざい!!。(630円、高っ)
なんだ、普通の「ミル金」じゃない?と言うなかれ、下にあるのはあずきではなくて金時豆の甘煮です。細かいカキ氷がたっぷり乗り、練乳をかけて食べます。脇に、甘味が足りなかったらかけて下さい、と、練乳の容器を置いてくれています。沖縄ではぜんざいはこれなのだそうです。
この時期、食べきれるか心配でしたが、完食できました。

d0031853_2323258.jpg機内から見えたしまなみ海道の今治あたり。

d0031853_23234495.jpg3泊4日の沖縄の旅も終わり、高梁川河口付近が見えてきました。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-22 23:24 | | Comments(7)

ひめゆりの塔ほか

10:55、首里城を出て、本島南部戦跡を目指しました。
まずは平和祈念堂へ。行程は18km。
南風原町(はえばるちょう)というのは聞いたことがありましたが、道路標識に「東風平」。菅原道真が読んだ歌に東風はあるから「こち」とはわかりますが、(こちんだ)とは読めませんね。
平和祈念堂はしかし、観光バスも余り行ってないと思ったら、付近は公園化するためにか工事中で、おまけに塔の内部は大きなホールになっていて絵が展示してあり、中央に大きな仏像。入場料を払って入ったものの、誰もいず、蝶々の飛ぶと言う温室をちょっとのぞいて引き上げました。

d0031853_2321574.jpg有名なひめゆりの塔です。手前に花束を売るところがあったので買っていくと、祭壇には沢山供えてありました。

d0031853_2332670.jpg塔の手前には深い自然の穴が開いていて、そこは乙女たちが多数亡くなったという沖縄陸軍病院第三外科壕跡だと言うことです。
碑の奥に、資料館が建っていて、入ると亡くなった女学校、師範学校の生徒たちの遺影がずらりと展示されており、1枚1枚に名前と、いつ、どこで亡くなったかが書かれていました。
また、生き残った人たち、今は70代後半の女性たちが当時の思い出を語っているビデオが上映されており、釘付けになりました。
毎日何十人もの兵隊の手術が行なわれ、それも手足を切断することが多く、彼女たちがその兵隊の手足を持っている係で、その手順もすっかり覚えてしまったこと、切り離された足はずっしりと重くなり、それを洞窟の外まで運び出すのは引きずっていくほど重かったという話など、まだ十代で医療の教育など受けていなかった彼女たち、顔も洗う暇もないほど連日負傷兵の手当てに明け暮れたそうです。
日本中でここ沖縄だけは、非戦闘員の彼女たちが戦火に直接さらされたのでした。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-22 23:11 | しみじみしたこと | Comments(2)

首里城


d0031853_22344083.jpg2月20日(火)いよいよ旅も最終日となりました。朝9時に恩納村のホテルを出発、首里城を目指します。行程は38km、石川インターチェンジから那覇インターまで高速道路、600円。
琉球王朝の都、首里城の駐車場は朝からハイペ-スで入っていると入口の係員が言っていました。おなじみの「守礼門」です。作られた年代は日本の戦国時代らしいです。

d0031853_22435655.jpgいくつかの石の門や石組の立派なこと、さすが、一つの王朝だと思いました。琉球王国のグスク群とその関連諸遺跡は世界遺産になっているそうです。

d0031853_22425380.jpg復元された正殿です。この赤と白の縞模様の敷石は、儀式のときなどに家臣群が敷物を敷いて座る位置を示しているようです。
 建物は木造3階建て、1階は「下庫理(しちゃぐい)」と呼ばれ国王自ら政治や儀式を行なった場、2回は国王と親族・女官が儀式を行なう場、3階は通風のための屋根裏だったそうです。
  それにしても撮影禁止のはずの室内、王宮の儀式の模型にフラッシュをたく人が多数いたのにはがっかりしました。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-20 15:44 | Comments(5)

恩名村のリゾートホテルにて



d0031853_22253613.jpg海辺のホテルはリゾ-ト客で一杯。2階通路にこんな写真が。中日ドラゴンズのキャンプの宿だったのでした。「サインをねだらないようにお願い」の貼紙も。
 道理で、エレベーターに日焼けして見上げるようながっちりした体格の若者グループが乗ってくることがありました。
 満室だったのは、追っかけの名古屋方面からのお客が多かったせいもあったようです。

d0031853_2226436.jpg 夕食は予約してなかったので「寿司バ-」で天ぷらと握り寿司。なるべく当地ならではのネタを選んで注文しようと品書きを見ると、なんと「ままかり」が!?沖縄にも取れるんでしょうか、それとも岡山から?
ご当地産の魚の名前は忘れましたがくらげと海ぶどうは覚えています。歯ごたえがよかった。

d0031853_3205271.jpg食後浜辺を散歩、ホテルの明かりがきれい。海に突き出た円筒形の島の海鮮焼きのレストランには入口に作り物の竜が1対お出迎えしていました。こっちで食べればよかったとちょっと後悔。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-20 08:39 | | Comments(0)

琉球村


d0031853_17312484.jpg恩納村の琉球村へ到着した5時、受付で聞くと「アトラクションは終わっていますが5時半に出れば入場はできます」とのこと。

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園内は屋島の「四国村」みたいに古民家を移築した村で、違うのはそこにモデルの人が生活の様子や沖縄の歌や踊りを見せてくれるところでした。おばあさんが縁側でおてだまを作っていて、「沢山あったのに、みんな売切れてしまいました」。

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d0031853_17295979.jpg砂糖きびを水牛がまわり石臼で引いたり。水牛はつながれ石臼の掃除をしていました。四国村でもそんな円筒形の小屋があったので興味深くみましたが、こちらのほうが半径が大きいようでした。牛の引いた砂糖きびの汁から作った黒砂糖も売っていました。これこそ製造直売。
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by kurashiki-keiko | 2007-02-20 07:00 | Comments(2)