<   2007年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

母の老い支度

 あれほど熱心にしていた写真のパネル、「いるのがあったら持って帰って」と言われたのは、3年前の年始に行ったときのことだったと思います。父の退職後の住まいのマンションに行くと、かつては父の愛読書だったミステリーの本棚2個分が消えたり、母の撮影によるアルバムの本棚が無くなったりしていました。そして半年ほど前には「着物、いる?」。着る技術も着ていく場もない私は、嫁入りの着物もたんすの肥やし、1人だけいる娘は成人式にも結婚式にも着物は着なかったので、「いらない」と言うと、知り合いの看護師さんに半幅帯を上げていたと人づてに聞きました。
 そしてこのたびもらった手紙には、ポケットカメラだけ残して一眼レフのカメラとレンズをセットで売った、とありました。カメラバッグと三脚を持って屋久島までも撮影旅行するほどバイタリティあふれる母が、78歳となる今年、カメラを店じまいしたと言うことです。全部でたったの1万円だったので「泣けた」とのこと。

 それと言うのも、先年撮影の最中にあとずさりしていてしりもちをついたことから腰骨を骨折、入院したことに対するショックも尾を引いていたようです。
 40代には舅・姑の介護、その後64歳で夫の看病と看取りをしたので、母が元気で好きなことをしていてくれると言うのは、子供の立場にしてみればとてもうれしいことでした。田舎で先祖からの家を守ってくれる上の弟夫婦との同居もせず、一人父の赴任先だった地のマンション住まいの飛んでる母は、これから先の体力や決断力の衰えを予想して、さっさと身の回りを片付けにかかっているようです。
 子供としては見上げた心がけだと感心、感謝するばかりです。それも老人介護やらその後に田舎の家の古い家具や道具を整理した経験から来ることも私にはよく分かります。整理とか片付けの苦手な私には、あなたのようにきっぱりと思い切ることができるかどうか。

 こざっぱり暮らすのは大賛成、でもこの世との未練も無くさないよう、後は弟と私で何とか片付けるから、もっともっと楽しんでもらいたいと願っています。 お正月しか行かない不肖の娘より。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-31 15:43 | 老いということ | Comments(6)

介護され上手の心得とは

 5月31日付朝日新聞(大阪本社版)24面に、「あなたの安心」というコラムがあり、今回のは「オトコの老い支度④」というタイトルでした。
 ちょうど実家の母の老い支度を知った後だったので興味を持ちました。

 記事抜粋・・・・
 人生の最後には、自力だけでは生きられない時間が待っている。夫が妻を介護するとき、自分が介護されるとき、心得ておくべきことは何か。(中略)
 妻は夫を介護するより、夫から介護されるほうが大変。男性の介護は「仕事」になりがち。頑張って、食事や散歩をスケジュール通りにこなそうとして、体調が合わない妻を憂鬱にさせる。「我慢してやっている」という態度が言葉や表情に出てしまい、妻をさらに落ち込ませる。予定通りに行かなくても、イライラしないこと。(中略)
 定年後からでも、料理や洗濯などの身の回りのことで妻を支える生活に慣れておくのが大切。
 男性が介護される身になったら。弱い自分を受け入れられないから、人に当たってしまう。自分の心と体を分けて考えると、楽になる。
 この体の面倒をどうみるか。どこまで自分でやって、どこを人に任せれば、みんな幸せか。合理的に考えたほうが、男性は受け入れやすいかも知れない。
 感謝の言葉は、介護する人の心を癒す力になる。最初は棒読みでもいいから『ありがとう』といい続ける。そのうち、自分の気持ちがこもった一言がついてくる。今日は気持ちよかった、おいしかったと言ってもらえるだけで、介護する人は本当にうれしい。
 子供に迷惑はかけたくないとぎりぎりまで頑張って倒れると、周りの家族は心の準備も出来ずにかえって困る。
 「老いと死を子供に見せて、しっかりと生きるバトンを渡す。かっこいいことだと思いませんか」と、30年間に祖父母、父母、義母の5人を介護した経験のあるエッセイスト羽成幸子さん(58才)の言葉。

 かつてあの聖路加国際病院の日野原重明先生の講演を聞かせていただいたとき、「老人の大切な役割は、老いて死ぬとはどういうことかを次世代に見せること」、と言う意味のことを言われたことを思い出します。生き様、死に様を子や孫たちに見せ、人間老いるとこうなる、いずれはこうなるんだから人生を大切に生きるんだよ、と自らの体で示せ、と言う意味だと思います。 

 最後に、この記事のまとめとしての箇条書きにはこうありました。
介護され上手の心得は?
➀暴言には気をつけて
➁心と体を分けて考える
③ありがとうと言おう


➁について、読んで最初は理解しにくかったのですが、
かつて実の父が大学病院のICUに入ったときのこと、医師から
「病気を治すのは医師や看護師の仕事です。
家族の人は患者の心を安心させるのが役割です。
だから髪振り乱して来たりしないで、着物でも何でも着て来られたほうがむしろいいのです。
やつれた格好をしていたら、『自分の病気は家族にそんなに負担をかけるほど悪いのか』
と思われますから。」
と言われたことを思い出します。
救急車で搬送されたICUの見舞いに行くとき、母は父とよく一緒に外出するときに着ていた
和服で出かけたため、「こんな非常時に」と弟から言われたのを耳にされたのでしょう。
介護はそれとは少し違うかもしれません。しかし介護者も心に余裕がなけれ
相手の心に沿った介護はできないと思います。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-31 14:51 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

トマトの値段


d0031853_23334844.jpg『トマトの値段』というドラマがありました。大型トレーラー一杯にトマトを積み込んだ運転手、早く運べば高く売れる、とかいうので運んでいるときのドラマだったような気が・・・調べてみると、ドラマの筋は、道で妊婦を乗せたところ、途中で産気づいてしまったため、トマトを犠牲にして病院へ運ぶ。ちなみにこれで「刑事コロンボ」で有名になる前のピーター・フォークがエミー賞主演賞を獲得したそうです。ディック・パウエルシリーズの第1作だったそうです。それで私の遠い記憶にも印象深かったのかもしれません
 きょうは「お出かけ日記」に書けるような内容のお出かけはしなかったのですが、帰りに灘崎町のファーマーズマーケット・サウスビレッジに寄ってまた産直野菜を購入・・・それはいいのですが、夫がなにを勘違いしたか、「昔は山盛りのトマトを買ってきてよくかじったもんだ」と言って、トマトを1箱買いました。がっ、時期が・・・・これ、ハウス物ですよ、しかもⅬサイズ、片手に余るほどの大きいもの。なんと1,800円。高っ。
 帰宅するなり、1個むしゃむしゃと。
 冷蔵庫にも他の野菜が一杯なので仕方なく晩御飯に2個ばかり無造作に切って出しましたよ。だんな様っ、思い出の時期はたぶん夏休みに入ったばかりの7月ごろのはず。もう・・・ぶつぶつ。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-27 23:39 | 日常 | Comments(10)

ビデオで運動会を見る


26日(土)は孫の通っている保育園の運動会があったそうです。都合で行けなかったら、娘がビデオを持って見せに来てくれました。
ビデオの最初は、先日の孫の誕生日の様子。向こうのおじいちゃん、おばあちゃん、伯母さんにプレゼントをもらっている様子。おじいちゃんからは保育園で使うコップと箸箱、おばあちゃんからは遠足のためのリュック、伯母さんからはハンバーガー屋さんごっこのおもちゃ。
 あまりたくさん物を一時にもらいすぎみたいなのはどうかと思ったので、こちらからは本人によさそうなものを見つけた時に贈ることにしました。
体育館での運動会なのでビデオの色も外ほどきれいに発色していません。
孫はかけっこ、ダンス、玉いれなどに出場。

d0031853_2363472.jpg1回目は勝ち、2回目は負け。うまいことできてるものです。別に意図した操作も無いのに。

d0031853_2374853.jpg帰りの車に乗ったところでカメラを向けると、プイと横を向いてしまいました。「もうモデルも飽きたわ」と言う感じ。意識するまでに成長した証し、かもしれません。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-27 23:17 | | Comments(0)

思えば遠くへ来たもんだ・・・・うれしいコメントをいただいて

このところ山形の人と、香港の人からコメントをいただき、ブログで友の会のことを書いてきてよかったなあと舞い上がっております。
 私は、かといってどっぷりと友の会というわけではなくて、会員暦だけは長いのに介護や子育てで実際に活動したのは三分の一くらい。
 「幼児生活団」にお世話になっていたころはよく託児していただいて縫い物や各種講習会に参加していました。最寄会などのお話は半分聞けるかどうか、という時期もありました。
 介護の足掛け9年は年2回くらい最寄会に出るのがせいぜい、という会費だけの会員だった時期もあり、その間は「ご飯食べにだけおいでよ、気晴らしになるよ」と声をかけていただき、申し訳なく思いながらもずうずうしく顔出しさせてもらったり、おせち料理のメンバーに入っていても作れずいただくだけだったときもあり、どんなに有難かったか分かりません。
 やっと自由に活動できるようになり、恩返しのつもりで色々な役割をさせていただきました。自分が小さい子を持っていた時代、まぶしく見上げるような先輩会員は大体50代以上だったと思いますが、気づけばなんと自分がその年代に差し掛かって、同年輩の人は皆総リーダー経験者だったり会の主要な役割を果たしている中、リーダーシップもあまりなく、縫い物や家事全般教えるような能力もなく、私にできることがあるだろうかと情けなく思っておりました。
 パソコンに出会ったのがちょうどそのころ。夫が大病して入院したため、役目を下ろしてもらった間に、習い始めて、はまりました。もともと書くことやら写真をうつすことやらは好きだったのと、高校時代に英文タイプを独学で練習し、タッチタイピングができていたことが幸いし、ワープロ検定を受験したら受かって、それがますます入り込みました。
 幸い友の会では印刷物がたくさん必要で、そのための書類作り、また中国部25友の会(だったかな?)の家計集計のまとめも覚えたてのExcelの知識を総動員してその年1人でこなしました。洗剤の係になったら仕入れやら売り上げの表をこしらえたり、託児の係になったら子どもたちの名簿の作成、など、役立つのがうれしくてどんどん活用。

 その間に「メールマガジンにコーナーを持ったらメールアドレスあげます」というパソコンの先生の発信するメールマガジンにあったので、「では何か書くからアドレスください」と、連載を始めました。子どものころから作文が好きだった私、ついに連載を抱える売れっ子???作家に。 また「教えてみないか」との先生に声をかけられ、アシスタントから初めて初心者クラスの講師に。まったく初めて、の人しか教えられない程度の私を使っていただくなんて有難いことでした。
 おかげさまで、気づけばメールマガジンも今週の原稿で今の「お出かけ日記」が249回となりました。講師のほうは七転八倒?で内容を考えプリントを作成、週1こまだけですがシニア初級クラスの(現在8人)生徒さんに楽しんでいただこうと思って努力しています。実力があまり無いのでへまばかりしています。
 
 毎日家の中で舅の介護をしながら、横の道をテニスのラケットを持った人が行くのを見て、あー私にも自由がほしい、と望んでいたあのころを思うと、なんと自由なそして忙しい日々なのだろうと思います。姑が87歳、「もうだいぶだめになってきたわ」と言いながらも元気で自立してくれているので私もこうしていられることに感謝しています。
 全国で、そして香港で、イギリスからも、私のブログを見にアクセスしてくださる皆様に、本当に感謝の言葉を述べたい思いでいっぱいになりました。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-26 03:22 | 感動したこと | Comments(7)

友の会の全国大会で、倉敷の発表が感動を呼んだらしいこと


羽仁もと子が創刊した雑誌『婦人之友』の愛読者の集まり、「全国友の会」は、毎年この時期に全国の会員の代表が集まって東京で大会を開いています。d0031853_1034798.jpgそして今年、倉敷友の会の小学生の子どもについての取り組みが注目されているそうです。
 係の人は都合で行けなかったので、代わりに昨年の総リーダーが原稿を読んでの発表をしたそうですが、新しい友の家に荷物を入れる前のお掃除の日、自分たちで縫ってきた雑巾を手にして拭き掃除をする子どもたちの写真を映し出したところ、深い感動を呼んだらしいのです。
 実はこの写真、私が掃除の日に写していたものだったので、うれしくなりました。
 そして、さっき帰ってきたその参加者の1人からお電話をいだだき、「山形友の会の人が、あなたのブログをいつも見ています」と話しかけてこられたのよ、あなたのことをとてもよく知っているのでびっくりしたわ」・・・
 あらら。それは大感激、と同時にあること無いこと、ではなくてあることあること、どんどんこのブログに書いちゃってるものだから、たぶん倉敷友の会のネットを見てない人よりはよほどご存知だったかも・・・と恥ずかしくなりました。^_^;

d0031853_10144281.jpgこちらの写真はこの春の新入生歓迎会で、子どもたちが友の家の調理室でフルーツポンチ(と、ねぎとミンチの入ったラーメンも)を作っているところですが、とてもうれしそうに活発に作っていました。
 倉敷友の会の子ども係のKさんは、ご自身のお子さんも小学生で、そのため子どものことをとてもよく考えてくださっていて、自立できる子どもに、といろんな活動をさせてくれています。ご自宅が持つ畑を提供して大豆やサツマイモを世話して収穫したり、それを使っての黄な粉やサツマイモケーキ作り、またそれら収穫物を使ったお菓子を友の会の友愛セールで自分たちで50円で販売するなど、流れとして子どもたち自らにさせることで考える、自立した子どもを育てることを狙っての活動、骨の折れる、一朝一夕にはできない活動です。
 だから子どもたちも喜んで参加しますし、若い親たちも活発です。
 今度の29日には乳幼児を持つお母さんたちが自らの手で講習会を開きますが、それを託児などでサポートする熟年会員の協力もあってすでに満杯になったそうです。
 本当に今の倉敷友の会は誇れる集まりだなあと思います。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-24 10:21 | 感動したこと | Comments(6)

家族新聞あじさい通信121号ができました


d0031853_542025.jpg淡々と、とはいえ今回は日程が混みあっていてやっとこさできました。連休中、どうだったかなあ・・・・過ぎてみるとつい忘れがちなのでブログやら写真のフォルダやらを見ながら記事を構成。
こういうことで、後から、「あっ、あれもあったわ」と思い出すんだわ。
今回も息子がマスカットスタジアムへ広島ー阪神戦を見に行って、広島ファンの息子が見ている中初めて広島が勝った、といって喜んでいたというトピックスを拾ってメモしていたのにうっかり忘れて刷り上げてしまいました。
「今ならまだ間に合う」と、刷り上げたものは紙がもったいないけどやり直し。
「へぼ編集長」はまだまだ修行が足りませんね。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-24 05:05 | 家族新聞 | Comments(2)

健康診断


年に一度の健康診断に行ってきました。倉敷中央病院総合保健管理センター
朝8時半ごろに着くように、近いので自転車で出発。夫は心配してくれてか(自分の世話する妻が病気になったら大変とおもうだけなのかも?)『検査してもらうことは全部してもらえよ』と言って出かけました。
 その言葉が残っていたので、言われたとおり、医師がほんのちょっと気になるようなことを言われたからと早速オプションでエコー検査も希望したり、胃のレントゲンではなく胃カメラを志願。
 そしたら胃カメラはこの保健センターではなく、病院のほうへ行かないといけないというので、全部の検査を「至急」で回してくれ、検査着から私服に着替えて病院へ。胃カメラは以前開業医でしたのは全身麻酔だったのに、ここはのどの麻酔だけで大変な目にあいました。終わった後で1時間の安静。
 その後また保健センターへ帰ると、朝から絶食の後の昼食にやっとありつけたのです。でも胃カメラのあとなのでもらった券は「うどん」・・・なんだ、楽しみのお膳はうどん1杯だけか・・・と思ってレストランに行ったら・・・・d0031853_21152961.jpgd0031853_21155130.jpg

d0031853_21301088.jpg「よもぎうどん」とは、さすがヘルシーメニュー。煮物の中には何か芯の野菜を高野豆腐とさらにかんぴょうで巻いたものやら冬瓜やら色々と入っていて手が込んでいて、感心。うどんというからうどんだけと思ったけど。普通のうどん屋さんでこんなメニューはありえないわな、コストが大変だし、と思いながらおいしくいただきました。

 それにしても、この後エコーがあったので、終わると2時ごろ。
検査も3階や5階を行ったりきたり、エレベーターは運動にならないからと最初のころは元気に階段を登ったり降りたりしていたのですが・・・、病院までの往復などもあって、どっと疲れが押し寄せてきて、「元気でないと検査にもこられないかも」なんて思った半日でした。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-21 21:46 | がんばったなあ | Comments(8)

ソーラーカーだん吉、岡山県を走り抜ける

毎週楽しみに見ている番組があります。
日曜午後7時からのTOKIOの出てくる「鉄腕ダッシュ」。
特にダッシュ村の自然と、ソーラーカー・ダン吉の日本一周一筆書きの旅
前回と今回は、ついに岡山県を走り抜けました。
前回は、瀬戸大橋の主塔の上に上ったり、
日本で最初にジーンズを売り出した倉敷市児島の町で、オーダーのジーンズを作ってもらったり。
児島は私が育った町なので特に興味を持ちました。
リーダー城島さんはベルボトム、山口さんはストレートのジーンズを注文。
児島の人、見てましたか?

それから今回は、玉野の渋川の日本一長い藤棚を見たり、
旭川河口で四手網の小屋を見つけ、時間が無いので30分くらい?で引き上げたら
獲物はほとんど無く、漁師さんが前夜仕掛けていたというのでベイカを頂戴して
刺身で食べたり、
長船ではかなり内陸に入って、刀鍛治で槌を打たせてもらったり、
日生漁港ではさわらを見せてもらい、お刺身でいただいたり・・・・
あー、あそこだ、と知っている景色を堪能。
地元の人しか分からない景色だったりしたかもしれませんが、
少しは全国に向って宣伝できたのでしょうか?
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by kurashiki-keiko | 2007-05-21 03:15 | 新聞・テレビから思う | Comments(4)

今夜は春巻き SpringRoll


今夜は春巻きでした。これ、実はレシピの2倍の具が入っている「太巻」?です。
レシピは以前『婦人之友』に掲載されたものをノートに書き取っていたものです。おいしいので時々します。たまたま娘が荷物を取りに来たので一切れやると、「おいしー、お店で食べるみたい」と賛辞をくれたので気をよくして。なんといっても揚げたてが一番。
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by kurashiki-keiko | 2007-05-20 00:45 | 外食 | Comments(4)