<   2008年 04月 ( 34 )   > この月の画像一覧

「ドクター脳」茂木健一郎氏の脳活用法スペシャル

 NHKの火曜夜10時からの「プロフェッショナル仕事の流儀」はとても楽しみにしている番組のひとつです。4月29日は司会者の、東京工業大学の脳科学者茂木健一郎先生による「脳活用法SP」でした。忘れないためにメモしたものを元にここに書いておきます。

例1.研究者で学生の質問などで集中がとぎれ、仕事がはかどらない人、どうすればよいか。
 答え:いつでもどこでも短時間を活用する癖をつける。
◆黙読よりも音読と言う風に、具体的な行動をしたほうが脳に入りやすい。
◆細切れでも時間を有効に。
◆やろうと思ったらいきなり始める。(○○をしてから、などと考えないで)
◆哲学の道のように、いつも歩いている道で考えるのが一番いい。
◆持続時間は「引き込み現象」と言うのが起きている間何時間でも集中が続くが、それよりも現代は細切れになりやすいので、わずかな時間を見つけてすぐ始め、集中できるように心がける。

例2.子育てやしつけ、職場の部下や学生を育てるためには
 答え:褒め方のアスリートになる
◆いい所を見たらタイミングを逃さずすぐにほめる。相手をよく見てないとほめられない。
◆ほめられると快感に関するドーパミンが出る。ほめられた直前にしていたことをすぐ返したくなる
◆具体的なあることをさせないために叱るのは有効。何をしたらよいのかわからないような叱り方はしない。
◆どんなkとでもいいからいいところをみつける。そこをほめる。ほめられると育つ。

スタジオの100人からの質問
Q1.家に帰っても仕事モードで奥さんからのたわいない話を受け止められなくて・・・
A.何か動作をすると、リラックスのスイッチが入る、着替えとかお風呂とか→犬と遊ぶ(その人の場合)→脳には新しい環境に適応する能力がある

Q2.新しい仕事を任された時、人を巻き込み成功させるには?
A.リーダーは、「成功する」と言う信念を持って引っ張ること。
  未知な仕事は不安だがリーダーが成功を確信していることを示すと安心して伸びる。

Q3.飽きずに新鮮な気持ちを持ち続けるには?(3年もすると恋人にも飽きてしまう)
A.どんな人でも本人も気づかない奥行きがあるので、そこを見つける。自分が変われば人の別の面を見つけることが出来る。人生が2倍3倍楽しくなる。
  人間だけが常に新しい刺激を求められる。与えられるのを待つのではなく、脳は変わることが出来る。自分の人生を決め付けない。自分の正体はいつまでもわからないと思わないともったいない。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-30 04:19 | 新聞・テレビから思う | Comments(2)

片付け物をしていて

 連休とはいえ、いろいろと行事の多い今回、私の台所の隅のコーナーを片付けしていました。出るわ出るわ、この10年と言うものパソコンにすっかりはまって片付けていなかったので、古い書類やら本やら切抜きやらの山、また山。
 パソコン関連のためし刷りの紙を突っ込んでいたのを束ねて資源ごみに。
 大事に取っていたファイルの友の会の私の記事が載った昭和60年9月号の会報には、なんと長男が小3、長女が小5のときの夏休み、友の会の料理教室に子どもだけでバスに乗っていったときの感想が書かれていました。
 子どもの作文によると、メニューは三色おにぎりと卵焼きと、きゅうりとトマトとピーマンとイカのサラダ、それにわらびもちだったようです。
 長男はお米をとぎ、わらびもちを作り、野菜を切り、ゴマをすり、おにぎりを握ったそうです。そしてバスの方向を間違って、途中で降りて私に電話して迎えを頼んだのでした。そうそう、そんなことがあったわ。
 私の方の記事によると、なんでもサラダや卵焼きや、おにぎりを三角にする要領、わらびもちを長女に特訓した成果があって、全品練習して行ったのは長女だけだったので「卵焼きは5つの班の中でオネエチャンがいちばんじょうずでした。」とか、小さい子にわらびもちを練らしてあげた、と長女が言っていたそうで。
 子どもにして見れば当時バスで町の公民館へ出かけ、違う学校の子達と協力して料理すること、また帰りのバスを乗り間違えた経験すらも、知恵を働かせるよい経験だったなあと思います。

 そしてもうひとつ。たまたま「お付き合い」ノートが出てきて、いろんな人の慶弔の記録があり、4月29日は長男の小学校時代の仲良しのMくんが16歳で白血病で亡くなった、という記載があるのを見つけました。そうそう、あの時は、進路は違ってもいろんな高校へ通っている元の同級生が大勢お葬式に参列して、同級生の早すぎる死を悼んだのでした。元気で高校へ入学したばかりの時期だったのに。今、立派な?大人に成長した息子を見るにつけ、無事に何とか成長してくれてありがたいと本当に思いました。

 その本人、午前中は家具を運び込む作業を業者さんと一緒にしたらしく、午後も4時ごろになってから足の踏み場もない自室を片付けにかかっていました。私が「まるで大草原の開拓者ね」というと「いや、違うな。炭鉱の発掘者だ。」とまじめに言っておりました。・・・
 親に似て片付けはとても不得意な息子です。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-29 16:30 | しみじみしたこと | Comments(4)

蒜山の遅い春は山菜が一杯


d0031853_3131897.jpg4月28日(月)カレンダーでは平日ですが、夫が休みだったので、「北へ行ってみよう」と、岡山道を北へ。蒜山へ向かう途中は山桜が満開。桜の季節は終わったと報道されていましたが、それはソメイヨシノの桜の名所のことで、山にはまだ咲いていました。

d0031853_3155294.jpg

蒜山三木が原。向こうに中国酪農大学校の赤い屋根と、雪をいただいた大山(だいせん)が見える景色はちょっと外国みたい。以前ご一緒したイギリスにいた中国人によると、イギリスの田舎に似ているそうです。

蒜山といえばジンギスカンが有名。こちら、「ひるぜん大将」。食べ放題。でもまだ春、高原にはお客はまだ少なめ。d0031853_3184829.jpgd0031853_319746.jpg

d0031853_3204536.jpg
こちらラム肉と野菜の「Aコース」で1人前1,600円。
食べ放題とはいうものの、これくらいで十分なので、おかわりせず、損したような気分。
しかし小樽で食べた松尾ジンギスカンにくらべると肉が筋っぽくて脂がすくなくてあまりおいしくなかったです。

ヒルゼン高原センターのみやげ物コーナーへ行くと、山陰が近いせいで鬼太郎グッズも。d0031853_327244.jpgd0031853_3272362.jpg

ここでは「えだまめこんにゃく」がヘルシーで珍しかったので買って、外へ出るとこのあたりの天然記念物を展示中、というか飼育していました。d0031853_3302946.jpgd0031853_3305335.jpg

d0031853_336126.jpg
高原センターを出たところに翻るこいのぼり。高原の広々とした空になんとも気持ちよさそうに泳いでいました。

d0031853_3312177.jpg

こちら、蒜山名物?の妖怪「スイトン」の飾りのある橋。

道の駅「風の家」。ネーミングがしゃれているなあといつも思います。産直野菜売り場はいつものぞきます。d0031853_3324384.jpgd0031853_33356.jpg

(左)こごみ            (右)こしあぶら(薄い衣で天ぷらがよい)
d0031853_343457.jpgd0031853_339436.jpg

(左)ささのこ       (右)やぶうど(茹でて和え物、天ぷら、汁の具)d0031853_3404459.jpgd0031853_3433921.jpg

(左)つくし          (右)よもぎ(いいところだけにしてあった)d0031853_345980.jpgd0031853_3463435.jpg

d0031853_17144890.jpg
売り切れで「へいとこ」ってどんなものだったのやら。ご存知の方、教えてください。

そのほかに・・・おきな草、国産(北海道)紫花豆と白花豆。(最近中国産が多かった)d0031853_348117.jpgd0031853_348245.jpg



d0031853_349331.jpgそして、「ささのこ」は皮ごと魚焼きグリルで。(後で食べると根元は皮で覆われてなかったので筋っぽかったので、アルミ箔で覆って蒸し焼きにしたほうがよかったかな?)

d0031853_350499.jpg
左上から、やぶうどとちりめんじゃこの酢味噌和え、えだまめこんにゃく(わさび醤油で)、つくしと我が家の絹さやの卵とじ、手前のお皿の端にあるのがささのこ(ひしお味噌で)。あとはアジフライとトマトとキャベツ、お豆腐とわかめの澄まし汁、しょうがの甘酢漬けともちきび入りご飯。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-29 02:29 | おでかけ | Comments(5)

倉敷新市長に伊藤香織氏

27日(日)は倉敷市長と市議補欠選挙の投票日でした。
私も家族で小学校へ投票に行くと、出たところで山陽新聞(放送?)の出口調査の係員に呼び止められました。後で次男が行ったときにもいたそうです。
 結果は、現職の古市健三氏(60歳、元県議会議長)を破っての伊藤氏の初当選
古市健三氏は県立児島高校卒、早稲田大学とアメリカ留学でミシガン州立大学修士、伊藤氏は東大卒、ハーバード大学修士なんだとか、でも出身の高校名はなかったのでどこの出身なのだか。(福岡出身だと後で判明)
 山陽新聞のサイトによると、伊藤氏は中国四国地方で初めての女性市長で、41歳は全国最年少(女性では?)なのだとか。これは話題性があるから後でまた全国版で取り上げられるかも?
 私が初めてというか唯一これまでに伊藤氏を見かけたのは、合唱団で参加した児島文化祭の最初に、市長の代理として挨拶に立ったときでした。女性の収入役、それも若い、と言うのでびっくり、その人が後に市長さんになるとは思いもしませんでした。
 児島は古市氏の地盤であり、また児島文化センターが老朽化に伴う建て替えで、これまでの商店街に近い場所か、それとも市民病院の南の元の塩田の跡地かでもめているらしいし、古市氏を押していたのは当然。児島地区にはほかに大勢の人が入れるイベント施設がなく、ぜひとも早急に新しい施設が必要なのです。
 チボリ公園の運営のことやら、JR倉敷駅周辺の再開発のことやら、問題は山積、私が今お世話になっている社会保険庁管轄の「ペアーレ倉敷」の売却問題では、伊藤氏が当選したら市の管理になるかもしれないと言う話がありました。ペアーレ倉敷は、団塊の世代の大量退職時代を迎え、生きがい作りにこれから必要な施設だと思います。伊藤氏の手腕が問われます。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-28 04:41 | ニュース | Comments(4)

息子の「巣」作り

長男が新居の準備に追われています。
今の家のすぐ近くにいわゆるコーポが結構数あるので、その中の1件を借りる手続きをし、
フィアンセと家電製品を選び、天井灯は自分で取り付け、近いので自分の車でも家から荷物を運んだりレースのカーテンを取り付けたり、普段家ではパソコンに張り付くか寝ているかの彼もさすがにかいがいしく働いています。
27日(日)、私達夫婦もこれまでに彼女が選んで送ってきた食器類とあまり大きくない家電を運ぶのを手伝ったついでにがらんとした新居を拝見。夫は張り切って何でもするぞと言う意気込みでしたが、あっけなく作業は終了。
私たちが新生活を始めた2軒長屋から比べるとさすがに時代が違い、プレハブのコーポとはいえデラックスな感じ。内部の荷解きなどは2人でやるのがよいだろうとあまり立ち入らないようにします。
夕方までに山ほどのダンボールをうちに持ってきたので、市の処理センターまで運ぶくらいの手伝いは月曜日にすることにしました。
驚いたことに、大家さんは息子の同級生の親らしいことが判明。遊び友達で、家に行ったこともあるらしい。ご挨拶に行くのが少し敷居が低くなったようです。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-28 04:17 | しみじみしたこと | Comments(0)

ハナミズキ


d0031853_3512115.jpg

あちこちでハナミズキが咲いています。白いのも赤いのもありますが、我が家には株立ちの白いのを一昨年購入して庭の真ん中に植えました。この場所には家を建てたときには大好きな花、海棠を植えたのですが枯らしてしまい、その後にヤマボウシを植えたらまた枯らし、3代目です。どうも植えつけるときに肥料をやったのがいけなかったようで、今度は植木屋さんに植えてもらったときに教えてもらいました。
 おかげで今度こそ三度目の正直で美しい輝くような花をこの時期昨年から楽しませてもらっています。
 また、前の家で大工さんからいただいて大きくなって、種が落ちて芽が出ていたのを鉢で今の家を建てたときに持ってきて、今や夏場にこんもりとした木陰を提供してくれている白いムクゲ、冬場はすっかり葉を落として裸木だったのが、少しずつ芽吹いてきました。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-28 04:07 | | Comments(0)

母を訪ねて

 合唱団の練習、いつもは火曜日夜だけなのですが、来年、創立10周年を迎えるので、記念演奏会を計画しており、そのためこのごろは月2回ほど余分に練習が入るようになりました。
 きょう26日午後もその練習で、会場が母の住むマンションからすぐのところでした。
 夜の練習では寄れずにすぐ帰るのが常なので、午後4時前に終わったのを幸い、「ちょっと寄っていい?」と、寄ってみました。
 コーヒーとブランデーケーキをいただきながら、近況をとりとめもなく話しました。
母のコレクションは、新聞の投稿欄で知り合った人たちからいただいたものなどのはがきのファイルでした。母の投稿が掲載されると、それらのお馴染み、まだお会いしたことがない人から、「載ってたね、おめでとう」というはがきが来るのだとか。その他母のいろんな交遊関係のファイルみたいで、やっぱり年をとったら「お金(経済の安定)、健康、友達」と聞くけれどそのとおりだなと思いました。
 また、、いつも20日ごろ家族新聞を発送しているものだから、郵便受けを何度も確かめに行っていた、と聞き、一人暮らしの母にとっては、楽しみなんだなあ、と改めて知り、なかなか訪問もままならないので、せめてこの家族新聞定期便くらいは細く長く続けなければ、と思ったことでした。

 
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-26 18:15 | 家族新聞 | Comments(4)

家族新聞「あじさい通信」132号ができました

 毎月20日ごろをめどに編集にかかるのですが、今月は義兄が帰省したり、その頃に行事が多かったもので、5日遅れになりました。d0031853_4171993.jpg今回は長男たちが親類へ挨拶回りにせっせと行ったので、その関係と夫の大学ゼミの同窓会、それに瀬戸内海遊覧のこと、老人ホーム見学のこと。
 これは先方のご両親にも郵送してみていただこうかと考えています。娘の嫁ぎ先って、どんなのだろうととても心配していらっしゃることと思うと、こんなものでも少しは様子がわかるかと思います。・・・と思いますが、かなり恥ずかしい&責任重大。(こうしてブログにはいつも載せているくせに)
 娘の婿も楽しみにしてくれているそうなので、このたびのことでまた読者が増える、ということかな。あら~。
 実は息子たちにはずっと冷ややかな反応をされているのですが、こういうことで少しは新聞の存在意義もあるか、?なあ・・・
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-26 04:22 | 家族新聞 | Comments(2)

「仲間はずれ」にされて思うこと

 4月21日月曜日、私は何をしていたかというと、前の週から帰省していた義兄をJR倉敷駅まで義母とともに送り、その足で義母をデイサービスに送り、家事を片付け、午後3時からは歯科の予約があったのでその他用足しをかねて自転車で出かけていました。そして時候のよさも手伝って、足を伸ばして1時間ぐらい走り回っていました。
 そして・・・実はその日に、私はあることで置いてけぼりを食っていたことが判明したのでした。
信頼していた仲間だと思っていたのに、裏切られたような悔しさと悲しさで一杯でした。
d0031853_2241994.gifどうして知らせてくれなかったの?私がいつも忙しくしているから?家族の足かせが多いから誘っても時間が取れないと思ったから?
でもでも、私がそれを知っていてやっぱりだめだわ、と断るのは自由ですが、声もかけてくれなかったというのはアンフェアではないでしょうか?
私の人格がやっぱり否定されたみたいで、とてもつらかったです。
一晩つらい気持ちが続いた後、たまたま友の会のお産が近い若い人が私からの伝達を受けるために来てくれました。この人もお産した後は当分友の会活動はできないだろうと思われましたが、今月と来月の活動予定をお知らせし、「無理して出てくる必要はないのよ、あなたを期待してないのではなくていたわっているんだからね」と言っておきました。
心ならずも出て行けない事情があるときにでも、やっぱり知らせるべきは知らせるのがよいと私は思います。
ひるがえって、私は友の会の会報の係として、家庭の事情でどうしても友の会の活動に参加できない人にできるだけ今の活動がわかるような紙面づくりをしなくてはいけない、と改めて思いました。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-24 22:34 | その他 | Comments(8)

後期高齢者医療保険証は届いていたけれど・・・

 前回、義母がかかりつけ医に1人で出かけたら、電話があり、義母が保険証を持ってきてないので、今回は自費になるという。
 前にも保険証をどこへしまったのかわからなくなり、散々探し回ったこともあるので、それかと思い、「また後でもって行きます」とお答えし、たまたま雨が降ってきたので調剤薬局まで迎えに行ったら、そこでも同じように言われ、そちらは顔なじみだからか、「今回はいただかず、見つかったら次回にお払いでいいです」、と親切に言われた。
 で、そのときは制度が変わるなどと思いもよらず、保険証がなくなったのだとばかり思っていました。
 ところが、報道をみるにつけ、これは大変、と、母に「郵便で保険証が来るはずなんだけど」と聞いてみても、「さあ・・・見なかった」というのです。それなのに、これまでの保険証を返納するように、という主旨の封書のほうはちゃんと来ていました。

 しばらく様子を見ても保険証は来ないようなので、再発行をお願いし、さらに1週間たっても、届いた様子がないので、今朝市役所の医療保険課に電話して、再々発行をお願い。
 ところが昼ごろになって義母が青い封筒を出してきました。
自分で大切だとは思うけどなんだかよくわからないというので、コルクボードに止めていたのを見つけたらしい。
 「これこれ、保険証が入ってるんですよ」。見れば再発効の14日発送のもの。あーあ、再々発行を差し止める電話をしました。
 
 そしてちょうど今日の午後がまたかかりつけ医の受診の日だったので、出かけていき、今度は前回自由診療で全額払ったために、払い戻しを受けてきて、それがどうもわからないらしく、私が説明してそのときは納得したみたいですが、そのときもう夕方だったのに、それからお金と領収証を広げて3,4度、聞かれました。
 見かけは医療費が1割負担で安くなるみたいに見えるけれど、これからは年金から保険料が天引きされていくことを説明しました。が、そのあたりはどうもよくわかってない様子。
 87歳になってからこんな風に制度がかわるなんて。義母にはとても難しいと思います。
1人暮らしの老人に、このように郵送で保険証がとどき、そばに誰も介添えする人がいなかった場合、この保険証をうまく取り出して使えるのだろうか、この制度が私にもよくわからないのにととても大変なことだと思います。
 わからないなりに調べると、保険料だけは年金からがっちり徴収しておいて、医療は制限されかねない、姥捨てさながらの?保険かもしれないような気がします。こんなので80歳を超えて長生きしてよかったと思えるような医療が果たして受けられるのかなと心配です。
 小泉前首相が選挙に勝ったどさくさに?みんなが問題視しないうちにいつの間にか決められていたこの制度改悪、どうにかしてもらいたいものだと思います。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2008-04-23 22:08 | 老いということ | Comments(6)