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母の投稿

 30日、友の会で家事家計講習会の準備会に出ていると、マナーモードにしていた携帯がブルブル。見ると母からでした。
 なになに、「今日の山陽新聞の投稿欄を見て」何とかかんとか。
「きょうは外出日で9時過ぎに家を出て今出先だから新聞読んでない」
と返すと、「このごろのどに詰まらせて窒息死する事件があったからぜひ書かねばと思って書いた」とのこと。
忙しかったのでそれはそのままとなり、帰宅してからも生協の仕分けなど家事を片付けるので忙しく、夜見ると、それは私が免許書き換えのために警察署の前で母に幼児3人を見ていてもらったときの話。帰宅してきた次男がテレビ欄が見たくて「新聞新聞」と言うので、「これをご覧よ」と見せると、つまりそれはその子が1才のころの話で、当時3才の長男がまるいチーズを食べていたところ、5歳の長女が笑わせたか何かでのどに詰まらせてしまい、母が足を持って振り回したらのどから出て、九死に一生を得た、と言う話だったのでした。
「これいったい何年前の話よ」と言うことになりました。
・・・かれこれ30年くらい前です。
母にとっては可愛い孫を死なせずにすんだという衝撃的な事件。
何も知らずに、というか現場を見ずにいた私ものんきですが、そんなことで母に孫殺しなんて汚名を着せなくて本当によかった。
子供に限らず、何事でのどに詰まるとも限らず、そんな場合はとっさの判断で2分以内に処置することが大切、と言うことを母は訴えたかったのでしょう。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-31 01:29 | 新聞・テレビから思う | Comments(4)

岡山みやげ?


d0031853_8313550.jpg先日、母のエリアの片付けの手伝いの予定で帰省し、偶然亡くなった伯母の葬儀にも列席することになった兄嫁が、某テレビ番組でこの岡山名物?を見て、どこに売ってる?と聞かれたのがきっかけ。次男もその番組を見て興味があったそうで、2人で盛り上がっていました。
 たまたまデパートへ行く機会があったので、地下の岡山名産のところを見たらあったので、買ってきました。1個500円くらいだったか?完熟トマトが1個丸ごとトマトゼリーの中に入っているそうな・・・

d0031853_8345492.jpg3人で試食して見ました。
次男の感想「甘っ!」
トマト好きな夫の感想「・・・・・・」
ゼリー大好き私の感想「もうちょっと固めのゼリーがすき。あ、トマトも完熟だとここまで甘くなるの?」
全員の意見は、こんな高いの、おみやげに売れるの?といったところでしょうか。
その番組では1位〔何が?かよくわからない)だったそうですが。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-29 08:37 | その他 | Comments(2)

家族新聞「あじさい通信」138号ができました


d0031853_2414125.jpg今月は旅行に加えて夫の伯母(享年99歳)が旅行中に亡くなり、幸い義妹と、たまたま帰省してきた義兄とで手配してくれていて、私たちが旅行から帰ってからお通夜とお葬式をしました。連れ合いを亡くしてから子供がいないため20年余りも老人ホームにいた伯母なので夫の兄弟とその配偶者の6人だけで送りました。
 そんなわけで家族新聞も大体20日前後に発行するのがだいぶ遅れました。
 トップは夫の社員旅行の記事、それに私の母方の祖母99歳の葬儀、お彼岸の墓参りで長男が田舎の先祖の墓も引き受けるといってくれたこと、息子2人が広島市民球場の最後のカープの試合に出かけたこと、孫の保育園に昔遊びのふれあいの会に出かけたこと、それに今回の旅行のこと。
 社員旅行の写真を大きく載せていたら夫が、長男のお嫁さんが運転を習いに通っていることを記事にしたら、と注意してくれ、おおそうだった、それに初めて倉敷美観地区の屏風祭にも出かけて、人出が多いのに驚いていたわ、と思い出し、なんとか無理やり?押し込んだので記事がよけい盛りだくさんに。編集にかかった時間も記録的に長くなりました。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-26 02:51 | 家族新聞 | Comments(2)

鹿児島県の旅 その6 種子島ロケット発射場


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朝の海です。ホテルから降りた浜は干満の差が激しいようで、だいぶ上のほうまで満ちていた潮のおかげで細かい砂は湿っていて靴に入る心配もなく歩くことができました。

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浜の左手の岩場は地層がはっきり見える断崖。その下の浜には小さな穴が多数開いていました。

d0031853_345864.jpg何か生き物が開けたようです。


d0031853_373835.jpg浜からの出入り口付近にはサーフボードが一杯。「水着のままで入らないように。Tシャツなどを着てから入るように」との注意書きが。

d0031853_391966.jpg9時半の宇宙科学技術館の開館時刻より40分も早く着いてしまい、時間待ちが長かったです。それで夫は外で、私はエンジンを止めて空調をかけて雑誌を見ていたら、なんとバッテリーが上がってしまい、職員の方にわけを話してキーを預けて助けを求めました。
すると、見学が終わるまでにチャージしてくださっていてご親切がありがたかったです。

d0031853_3125064.jpg館内の展示は小学生にもわかり易いように模型やクイズ、体感型など工夫を凝らしていて、ロケットの進化の様子、日本と世界のロケットの大きさ比較、宇宙ステーションの実験棟の実物大模型、宇宙飛行士のメッセージ、ロケットを打ち上げる目的などなど。

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世界にはこんなにロケット発射基地があるんですね。種子島はアメリカのケネディ宇宙センターとほぼ同じ緯度ですが、広さは圧倒的にケネディ宇宙基地のほうが大きいそうです。

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団体客はこの宇宙科学技術館の見学だけで帰って行きましたが、希望者には無料で1時間15分の見学ツアーが日に3回あり、私たちは11時からの1回目のに行きました。基本的には予約が必要とのことでしたが幸い集まったのは私たち夫婦のほかには30代か40代の男性2人の計4人だけでした。女性の案内人がついていざ出発。地図の左下の赤い建物が出発地点の宇宙科学技術館です。

d0031853_3304597.jpg大崎第一事務所のH-Ⅱロケット7号機の実物です。
H-Ⅱロケットは日本が約10年の年月をかけて開発した純国産の大型ロケットです。昭和57年から開発が始まり、平成6年から平成11年までに7機打ち上げられました。これはわけあって打ち上げられなかった本物の機体です。

d0031853_3381789.jpg先端の衛星がしまわれる部分と本体のほとんど燃料が入るという部分の巨大さに圧倒されるようでした。直径4m、長さ50m。熱さから守るためにウレタンフォーム?のスポンジ状のものが吹き付けられているそうです。

d0031853_3411945.jpgいよいよ発射場へ入ります。入り口ゲートにはガードマンが3人くらいいて、車の運転手さんと案内人の名前を確認し、ドアを開けて私たちの人数確認を鋭い目でして声を出して確認してからゲートを通過させてくれました。テロを警戒しているのでしょうか。ちょっと緊張の場面でした。

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テレビでよく見る光景が広がっていました。大型ロケット発射場は総面積17万6千㎡、発射場内には大型ロケット組み立て棟、発射管制塔、ロケット打ち上げ射点などがあり、H-ⅡAロケットの組立、整備、点検から打ち上げまでを行っています。これは第一射点です。

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こちらはH-ⅡAロケット用に新設された射点です。今後ロケットが大型化した場合にも対応できるように拡張性が考慮されています。2009年度打ち上げ目標として開発が進められているH-ⅡBロケットの打ち上げに使用する予定です。


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愛知県で作られたロケットは、船で種子島へ運ばれ、港からは夜中に普通30分の距離を5時間かけてトラックでここまで運ばれるそうです。これはロケットの組立棟で、ロケットの高さが収容できるようなこの建物の巨大なこと。しかも、この正面のドアはギネスブックにも認定の厚さ2mの世界一巨大な引き戸なのだそうです。左右2台の長い特殊な台車に乗って射台までの500mを運ばれるそうです。

d0031853_358747.jpgこれは打ち上げのときによくテレビで見る管制司令室です。報道陣もシャットアウト、左手上のモニターカメラの映像がテレビで流れるのだそうです。
ちなみに打ち上げ時は周囲3kmまで立ち入り禁止になるそうです。

d0031853_423693.jpg中央の山の斜面に張り付くような建物から、報道陣が打ち上げの様子を撮影するそうです。
 見学ツアーは大変興味深く、緊張しながら見せてもらいました。それにしてもガイド嬢は大変上手で全部暗記しているのに感心しきり。
JAXA 種子島宇宙センターhttp://www.jaxa.jp/about/centers/tnsc/

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宇宙から帰還?して、島の名所のひとつ、「千座(ちくら)の岩屋」へ。まだ干潮とはいかず、2つある洞穴のうちこちらは小さいほうだそうで、大きいほうは本当に千人くらい座れそうなくらい広いそうですが潮が満ちていては入れませんでした。そばの海岸でお昼を食べていた営業マンが案内してくださいました。



d0031853_493154.jpg種子島空港から鹿児島へは15:50の日本エアコミューター機で。鹿児島から岡山へは17:05発の同じくJAC日本エアコミューター機でしたが、種子島からのより一回り小さい機体でした。

d0031853_4114356.jpg翼よあれが岡山空港の灯だ~!!
ということで3泊4日の鹿児島県の旅は終わったのでした。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-25 04:12 | | Comments(2)

鹿児島県の旅 その5 鹿児島から鉄砲伝来の種子島へ

2008年10月20日(月)、鹿児島観光の続きです。


d0031853_1616658.jpgだんだん時間がなくなり、港に先に行って荷物を預けてから、篤姫館というのに行くことにしました。昼食を食べている時間がもったいないので船で食べようとお弁当を購入。篤姫館の入場料500円。これは大河ドラマの宣伝でしたが、前日に入った維新ふるさと館と加えてあまり詳しくない江戸末期の歴史を知る上ではとてもよい勉強になりました。入るといきなり江戸城大奥への「お鈴廊下」。公方様の気分で通り過ぎると、徳川と島津、「篤姫」の時代背景の解説、篤姫実家の庭の様子、出演者の語るビデオコーナー、大奥での御台所の日課表など。。


d0031853_16163820.jpg篤姫館を出て徒歩5分ほどの港へ急ぐと、出港間際とあって待合室は一杯の人でした。13時に種子島行きが、13時10分に屋久島行きが出るのでした。13時、ジェットフォイル・トッピーは出港。

d0031853_16174475.jpg指定券を買うときに「景色の好い方」とお願いしたらその通り、最初は桜島が身近に見え、
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ついで大隈半島が長い間みえていて、本州最南端の端っこが見え、ついに外海へ出たと思ったらさすがに波が荒く、結構ゆれました。座席にシートベルトがあるわけがわかりました。1時間ちょっとで種子島の西表(にしおもて)の港へ到着。

レンタカーを借りるとそこで島内の観光地をざっと聞き、近くの種子島開発総合センター(鉄砲館)へ。大人420円。入ってすぐのところのビデオコーナーで島の歴史の紹介ビデオを見学。種子島は古くは日本で最初に稲作が伝わったこと、多くの難破船が漂着し、その中に天文12年(1543年)、島の南端、門倉岬にポルトガル人を乗せた明の船があって、彼らの持っていた2丁の火縄銃を時の領主種子島時尭が買い取り、島の刀鍛治八板金兵衛に作らせたというのが伝来の最初だったそうです。私がこの島へ来た目的の一つは、日本史で学んだその鉄砲やキリスト教伝来の地を訪ねることでした。ここで大きな誤解をしていたことに気づきました。ここは鉄砲伝来の地であって、ザビエルが最初に上陸したのはそれより8年?ほど後、鹿児島であったことです。何も予習もせず、鹿児島のその史跡を訪ねそこなったことに気づき大ショックでした。赤っ恥。


d0031853_16225575.jpgその日の宿の近くの島の南端、門倉岬が鉄砲伝来の時の上陸地点と知り、行くことにしました。右手に海岸を見ながら走っていると、雄龍・雌龍の岩という名所がありました。ごつごつした大きな岩が2つ向かい合って荒波に立ち向かうように海岸に立っており、しめ縄で結ばれていて、その向こうに傾いた夕日がまぶしく輝いていました。

d0031853_16231447.jpg側の売店に入ってみると、真っ青で小さなバナナの房が枝ごと並んでいたり、マンゴーやパパイヤまであり、さすがと珍しく見せてもらいました。バナナは、「10日くらいすれば食べられるかなあ」と側の人。
門倉岬にはなかなか着きませんでした。カーナビの通りに行くと、とんでもなく遠回りの旧道だったらしく、やっと太い道に出た、と思ったらもっと通りやすい道が実はあったのでした。がっくり。

d0031853_16241448.jpgやっとたどり着いた門倉岬には、16世紀にこの地に来たポルトガル人を記念して1983年にポルトガル海軍が建てたという石碑がありました。

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また、1543年[天文12年]8月25日に漂着者があったという経緯を詳しく書かれた看板も。

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近くには船を模したコンクリートの展望台があり、上って太平洋の大海原を見ることができました。あの海のかなたからある日この浜に漂着した者がもたらした鉄砲がその後の日本の歴史を変えたといっても過言でなく、感動を覚えました。
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 その日の宿は種子島いわさきホテルで、そこから11kmほど。ロケット発射場には車で2,3分だそうでした。(写真は翌朝の散歩中に撮ったもの)

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部屋まで案内されるときに浜を見たら、薄暗いのに何人かのサーファーがまだいて、時々白い航跡を残しながら波に乗っているのが見えました。リゾートホテルらしくテラスからは浜が一望でき、窓を開けると激しい太平洋の波のとどろく音が大きく聞こえました。

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団体客は別室だったためか、食堂にはほかに2組しかお客の姿はなく寂しいものでした。献立には地元産のきびなごのから揚げやら同じくピーナッツを使ってのピーナッツ豆腐にトビウオの卵が乗ったもの、もずく、地元産の白身魚の煎り出しなど。トビウオもよく取れるものだそうです。乗ってきた船の愛称「トッピー」はトビウオのことでした。

 売店の横に掲示してあったロケット発射場の見学ツアーの第1便で見学することにし、この日は終わりました。
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by kurashiki-keiko | 2008-10-24 16:36 | | Comments(0)

鹿児島県の旅 その4 鹿児島市内


2008年10月19日(日)、鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館を後に、鹿児島市内を目指しました。
d0031853_145149.jpg前日夕刻に通ったスカイライン経由はやめて海岸沿いを走り、はるかに桜島が見えてきました。初めての鹿児島市内でしたが、カーナビのおかげで維新ふるさと館にたどり着くことができました。

d0031853_14515797.jpgしゃれた制服制帽の若い女性多数働く立派な施設で、今の大河ドラマ篤姫人気もあり、西郷隆盛と大久保利通の着たサイズの軍服と燕尾服を着て写真が取れるコーナーも。2人とも当時にしては偉丈夫でそれぞれ178cmと、今の平均身長から置き換えると190cmを越す背丈になるくらい大きかったとのこと。また薩摩の女性たちというコーナーもあり、篤姫や西郷、大久保の妻や野木希典大将の妻など、地味でもドンと構えて筋を通すこと、夫を立てることなどすばらしい女性たち。ちなみにドラマの篤姫にクールで処理能力の高い奥女中滝山役で出演の稲森いずみさんも鹿児島出身だそうです。鹿児島弁でしゃべる機会がなかったのが残念だそうです。

d0031853_14522716.jpg地下の維新体感ホールでは、ロボットと映像による維新の様子を見せるからというので、約25分、すり鉢状のシアターで見物しました。大久保利通やら坂本竜馬などのロボットが出たり入ったり、また映像はロボットの西郷隆盛は、手や目や口、首が動いてよくできていたというべきか。しかし市の税金を投入して?どっちでもよいと思われた立派なシアターで、デパートの案内のお嬢さんのような人の注意説明なども。悪いけどそんなのよりもただのビデオでも十分伝わるのにもったいないと思ったのは私だけではないはず。
5時の閉館ぎりぎりでそこを出て、この日は早めにホテルへと到着しました。
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城山の上のほうに建った立派なホテルで、部屋からは錦光湾と桜島がきれいに見えました。

d0031853_1453412.jpgまたおりしも大安吉日とあって、何組かの結婚式があり、目の前にウエディングドレスの新婦が来たり、レストランの前を記念撮影を終えた親族一同の団体が通り過ぎたり。また、ラウンジでサービスのコーヒー券でコーヒーをいただいていたら、目の前の噴水のあるテラスでガーデンウエディングが行われており、花嫁のブーケトスなども見ることができました。
そして鹿児島の夜は更けていきました。

 翌10月20日(月)、この日は鹿児島市内観光をしてレンタカーを返し、午後1時出港の高速船で種子島を目指す予定でした。しかし、レンタカーでは知らない土地で効率よく観光地を回るのは難しいので、先に空港近くの店まで返し、タクシーで運転手さんに行き先を任せたほうが無難と判断しました。空港までは37km?もあり、高速道路でもなかなか着かず、先に観光をしていたらこの距離では船に間に合わなくなったと思います。
やっとレンタカーを返し、呼んでもらったタクシーは、その道40年というベテラン運転手さんでした。12時半くらいまでにここはぜひ、という観光地を回って港まで送ってほしいと頼むと、高速道路を2区間だけ使いますと走り出しました。

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そして桜島が一番よく見えるコースを選んで走り、島津家の庭園である通称磯庭園(仙巌園)へ着きました。

d0031853_1582974.jpg駐車料金300円、入園料大人1人1,000円。駆け足で見るにはちょっと高め。運転手さんがいると2人の記念撮影もしてもらえるのがうれしい。

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園は五葉の松の大木がある、迫力ある桜島の風景が眺められる広い庭園で、また多くの店もありました。

d0031853_1594135.jpg薩摩切子の美しいガラスの展示館兼みやげ物屋ではカットグラスはン万円もするのでとても手が出ませんでした。

d0031853_15101538.jpgそこを出た茶店の様な所に、運転手さんお勧めの平べったいみたらし団子といった「両棒餅」を6本300円で購入。

d0031853_15103441.jpg仙巌園を出たところが、島津斉彬が始めた工場の建物「尚古集成館」。石造りの分厚い壁のがっちりした建物でした。そこと薩摩切子の工場は外からちょっと覗き見しただけで通過。

d0031853_151197.jpg西郷隆盛がこもって司令部にしたことがあるという洞窟をたずねました。洞窟に向かう途中、お城の石垣に西南戦争の弾痕が無数に空いているのを教えてもらいました。市中でこんなに弾の痕ができるほどの激しい戦があったとは。洞窟は城山の上り口に面していて、小さいものでしたが、歴史上の人物がここにいた、という証には十分でした。(つづく)
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by kurashiki-keiko | 2008-10-24 15:14 | | Comments(0)

鹿児島県の旅 その3 知覧

 10月19日(日)、鹿児島県南九州市の知覧に行きました。特攻の基地として有名な知覧は、郷士の城下町でもあったようで、大変広いエリアの武家屋敷が保存されているのを初めて知りました。私たちが車を止めたのは裁判所の近くの駐車場で、18.6ヘクタールあるという武家屋敷エリアの西のはずれから歩き始め、長さ750mの武家屋敷エリアを往復することになりました。私たちがこれまでに見た武家屋敷は、岡山県の足守とか兵庫県のたつの市とか五島列島の福江島とかありましたが、そのどれとも違っていて、
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高さ1mくらいのしっかり築かれた石垣の上にイヌマキ、またはイヌマキとサツキの二重の生垣で囲まれた大きな面積の家々でした。そのどれもが門の内部は鍵の手に石垣が組んであって外敵が入りにくくしていることと、
d0031853_641035.jpg街道に出る前やいざ出陣というときに最後には用を足せるようにと、門の脇に厠がかつてはあったそうでした。(写真の門の左脇の建物)その厠に座って、道行く人の会話をひそかに聞いて情報収集をしたのかもしれないとのことで、非常に興味深いガイドが、お庭の濡れ縁などに設置された機械に100円入れると聞けました。
      馬の水呑場らしい。          上玄関と下玄関が隣り合わせd0031853_6442381.jpgd0031853_6444584.jpg
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お庭のひとつのガイドによると、その借景の庭のつくりが全国的には岡山県高梁市の頼久寺と似ているというのがあってへえーっと興味深く思いました。
お庭を半分くらい見学し、一番奥の7番、森重堅氏庭園へたどり着くと、そこだけは庭に池が掘ってあり、奥の木立が借景となりほかと違った雰囲気。
無料休憩所があり、知覧茶を振舞われました。濃い緑色のお煎茶で、歩いてきたのどを潤すと大変おいしくて、1本600円のを2本購入。ここらはお茶の産地でした。気になっていた茶畑にところどころ高い場所に設置された扇風機についてたずねると、春先の新芽が出るころに霜が降りると困るので霜よけだそうでした。また、お煎茶の入れ方も教わりました。沸騰させたお湯をあらかじめ60度?位に冷ましておくこと、お湯を注ぐと決して急須をゆすらないこと、そして最初は少しの湯を注いで葉を蒸らし、次に湯をどっと入れて湯飲みに出し切ること、急須にお湯を決して残さないこと。また、水出しもでき、氷を入れた急須に水を注ぎ入れ10分間ほどして出すとよいとのことでした。勉強になりました。また、そこでお茶をいただく人3人くらいが、「二ツ家」というわら葺民家の説明に立っていたおばあさんの説明がとても上手だったので忘れられないが、お元気でしょうか、と尋ねられ、入院されているそうでしたが、かなりの名物おばあさんだったようでした。

d0031853_6471564.jpg そこを出てから角を曲がってすぐのところの民家に、黒豚ラーメンの看板が出たお店「山水」があり、ちょうどもうお昼を過ぎていたので入ってみました。中は普通の民家のお座敷二間をぶち抜きにしたもので、味噌ラーメン600円、塩ラーメン550円にギョーザ300円、チャーハン400円は忙しいときは作らないとの但し書きが。
d0031853_6475052.jpg素朴なお店でしたがラーメンがおいしかった。スープで煮たらしいゆで卵が美味。


次は知覧特攻平和会館です。母の世代だと女学校時代に兵隊さんを送り出したのでより身近に感じたと思いますが、私くらいでも親たちから話を聞かされている分、厳粛に思いながら行きました。道沿いには戦死した兵士たちの慰霊のための石灯籠がずらりと設置されていました。
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d0031853_14113060.jpg敷地には復元された零戦の機体が置かれていて、その前で記念撮影する人多数。

d0031853_1473972.jpg 特攻までにすごした半地下形式の三角兵舎が復元されていて、寝具を並べてあったり、当時の鉄カブトなどや、当時の様子の写真も。

d0031853_148528.jpg館内に入ると、2007年に公開された映画「ホタル」の撮影に関するビデオ上映があり、途中から少し見ただけで泣けてしまいました。特攻の母といわれた、富屋食堂の女主人鳥濱トメさんの話。そして、わずか17歳から22歳、せいぜい25歳くらいまでの特攻で亡くなった兵士たちの遺影が一人ずつずらりと並んでいて、県別などでも検索できるようになっていました。遺影の前には遺書の数々。どれも達筆で、自分は祖国を守るために死んでいくが決して悲しまないようにとか、妹がいるから親の孝養は任せたとか、親兄弟を思いやるあふれるような気持ちがこめられていて、泣けてしまいました。武器を作るだけの余力も資材もないからといってこれほど多くの若者たちを強制的に死に追いやるようなことをしたのだ、戦争とは。本当にむごい、残念なことだと思いました。(つづく)

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by kurashiki-keiko | 2008-10-24 06:56 | | Comments(0)

鹿児島県の旅 その2 指宿・長崎鼻・池田湖

 10月18日(土)、夜もとっぷり暮れた7時前ごろ、やっと部屋に通されると、係の仲居さんが、「砂むし温泉、行かれますか?」というので、せっかく指宿まで来たのだから是非に、というと、これから往復すると小1時間かかるので、ではご飯は8時からにしましょう、といわれました。言われるままに急いで浴衣に着替え、フロントでかごを借りて温泉街を歩いて海側の砂むし会館「砂楽(さらく)」へ。

d0031853_6192680.jpg(写真は翌朝撮影したもの)立派な自動運転のエスカレーターを上ると、浴衣を渡され、下着も取ってそれを着て海岸に行くように言われました。専用のサンダルに履き替えて・・・

d0031853_6202644.jpg下の海岸のテントに行くと、8畳間くらいに四角く仕切られたところがいくつも並んでいて、この時間帯になるとすいていてほぼ貸し切り状態。砂のベッド状になったところへ横になるように言われ、持参のタオルで頭を砂から守るように寝ると、早速どかどかとスコップで砂がかけられました。背中が熱い、というと横向きになるように言われ、そこへ砂がかぶせられました。地面から温熱が来るのでそこを砂で調節する仕組み。あまり熱いのを我慢すると赤く低温やけどするらしい。熱いと背中を浮かすようにするとよいとのこと。こつがわかると、ホカホカと全身、特に首筋や足の裏まであったかいのと、砂の圧迫感がたまらなく心地よい。制限時間は個人差があるので自分で足元の時計を見て決めるようにといわれ、15分ほどで終わりにしました。起き上がるにも一苦労、まずは腕の砂を落とし、そろそろと起き上がりました。そして元の建物に入るとシャワーと温泉があり、砂を落として湯に浸かって仕上げ。すっかりよい気分になりました。夜風が心地よく、部屋に帰ると食事の支度ができていました。

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薩摩黒豚やわらか煮とかきびなご辛煮の地元食材もある中、小さい松茸の入ったお吸い物も付いていて幸せ気分。


d0031853_623533.jpg翌19日(日)の朝となりました。7時半の朝食前に昨夜はすっかりとっぷり暮れていてよく見えなかった砂むし温泉砂楽のほうへお散歩。すると海岸にはロープが張られていて「ここの海岸は干潮になると波打ち際から85度の温泉が湧き出ます。ご注意ください。」との看板。

d0031853_6243420.jpg与謝野寛(鉄寛)、晶子夫妻のそれぞれの短歌が防波堤の壁に彫られているのを発見。二人でここまで旅に来たのですね。

d0031853_6284055.jpg帰り道、ふと見上げたマンション空き部屋の看板には、「空室 2DK 温泉 冷暖房完備 駐車場有り」。温泉つきのお部屋なんだー。

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この日の最初の目的地は長崎鼻です。

ただの岬と灯台位かと思いきや、動物園のような施設『長崎鼻パーキングガーデン』になっていて、入園料が大人[高校生以上]1,200円、小人(小学生以下)600円。入るといろんな犬のコーナーやらインコのコーナー、おサルのコーナーなど。ミニブタショー、ネズミショー、インコショー、フラミンゴショーなどのショーがあるとのことでした。
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灯台に近いところまで行くと、そこは開聞岳のすばらしいビューポイントでした。昔中学時代に白地図で等高線を見たのを思い出しました、美しいコニーデというのかさつま富士といわれるとおりの稜線。海と開聞岳をバックに記念撮影。そこの上り下りで前日からの疲れもありかなり疲れました。


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次に行ったのは池田湖でした。なんでもイギリスのネス湖みたいな怪獣「イッシー」がいるらしいとのことで、旅の駅に車を止めると、高さ10mくらい?の白い恐竜の像が作られていました。
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広々とした湖面は穏やかで何もなくて、はるかに開聞岳のてっぺんあたりが望めました。旅の駅の建物内に入ると、土地の天然記念物という巨大うなぎが水槽に飼われていました。どのくらい巨大かというと、長さは1mくらい、太さは大人の太ももくらいでしたでしょうか。あまりの大きさにびっくりでした。そこを出て旅のハイライト、知覧を目指しました。(つづく)
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by kurashiki-keiko | 2008-10-23 06:32 | | Comments(4)

鹿児島県の旅 その1 霧島・指宿


d0031853_4355997.jpg10月18日(土)、朝10時10分に日本エアコミューター3690便の飛行機で岡山空港を離陸、鹿児島空港へ向かいました。
d0031853_4362314.jpg小さなプロペラ機で座席は左側に1列と右側2列、客室乗務員は1人だけ。

d0031853_539423.jpgジェット機と違って低いところを飛ぶので、海岸線の地形がはっきり見えて、山口県の上関、昔、朝のNHKのドラマ「鳩子の海」の舞台となったところあたりまでの瀬戸内の景色は本当にきれいでした。
 鹿児島上空に入ると階段状にとてもよくゆれて少し怖かったけれど、無事鹿児島空港へ到着。迎えの車に乗ってレンタカーの営業所へ。手続きを済ませ、そこの係員に「お昼を食べるのだけど好い所を教えて。」とたずねると、薩摩黒豚のお店「六八亭(ろっぱくてい)」を教えられました。そこ、知り合いの方が食べたというお店かも知れない、と見当をつけて、教えられたとおりに行ってみました。
d0031853_437013.jpg新興住宅地なのか、空き地の多い場所にそれは建っていて、郊外型レストランといった風情。「入」という字のような屋根の造りで、屋根の梁の組み合わさった部分に天窓があり明るい日差しがそこから入ってテーブルを照らしていました。
d0031853_437244.jpgメニューの中から少し高いと思ったけれど、旅の楽しみというので、2100円のしゃぶしゃぶに。出てきたたれはポン酢と緑色のもの。抹茶のたれだそうでした。しゃぶしゃぶもとてもおいしくてしっかりいただきました。
かごしま黒豚 ―旬彩茶房―六八亭 ROPPAKUTEI
〒899-6404 霧島市溝辺町麓1322-4(鹿児島空港前)
℡・FAX0995-58-4155 http://kurobuta68.com/
営業時間 昼11:00AM~3:00PM
 夜 5:00PM~9:00PM
http://kurobuta68.com/


d0031853_4385646.jpgえびの高原を目指しましたが、高速道路に乗るには空港まで引き返すのが正解だったようなのにそこでまた空港へ行くだけかと思い、カーナビに逆らって進んだら50kmくらい一般道を行くはめになり、時間をだいぶロスしました。だいぶ先でやっと高速道路に乗り、「えびの」インターで降りました。そこからはひたすら曲がりくねったやまみちをえびの高原まで。やっとえびの高原国民休暇村のホテルへ到着。
d0031853_4405454.jpgトイレを借り、そこは宮崎県なので例の東国原知事のイラスト入りの宮崎の地鶏の焼き鳥パックを購入。
 ついで道の駅のようなところへ行ったのですが、駐車料金410円取られるのが惜しかったのと満車で止めるところもなかったので、足湯の人々を横目に通過・・・。
 県道1号線沿いに見えるという深い青の水をたたえた不動池?も、なにやら車が止まっているね、と通過したらそこがビューポイントだったらしく、惜しいことに見られずにとても残念でしたが、狭い山道なので引き返すこともままならず、涙をのみました。

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 次は神話の世界では有名な高天原、ではない高千穂河原で、そこもやはり駐車料金410円を取るのでしたが、覚悟を決めて降りました。大きな鳥居をくぐって砂利道を2,300m上った先には、高千穂の峰が神々しくそびえる前に鳥居がありました。鳥居は軽石か、無数の小さな穴が空いた石でできていて、火山性の高千穂の峰を仰ぎ見て神社もかつてあったそうですが、噴火により消滅、今の場所に移築されたそうです。
 見上げると登山者たちが動く様子がはっきりと見て取れました。あんなところまで。
d0031853_446066.jpgふもとのビジターセンターで知ったところによると、山頂には天狗のお面みたいな柄のある矛が立っているとのことでした。いつごろ誰が立てたのやら。

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 現在の霧島神宮は、そこからかなり下った場所に建っていて、そちらは大勢の観光客でにぎわっていました。参道は巨大な樹木に囲まれて薄暗いほどでした。大人二人でも幹の周りに手が届きそうにない大木の前で記念撮影の撮りっこを2人ずれの若い女性と。
d0031853_4465928.jpgお宮の建物は、日光みたいに極彩色に彩られた飾りには象の意匠も、きらびやかなものでした。
d0031853_4474826.jpgそして、境内の見晴らしのよい展望台の側に、あの坂本竜馬とおりょうさんの姿を模したたて看板があり、この二人は80何日か薩摩路を旅し、高千穂の峰への登山もして、逆矛の柄が天狗の顔みたい、といったのだそうでした。おりょうさんも着物にわらじで登山したとみえます。昔の人はたいしたものです。(おりしも翌19日放送分で鹿児島の新婚旅行のことが取り上げられておりタイミングのよさにびっくり)
d0031853_4482417.jpg そしてそこから宿の指宿の観光旅館まではなんと120kmあまり、途中までしか高速道路はついていず、暗くなった指宿スカイラインをひたすら走って、やっとのことでとっぷり暮れた6時半ごろの到着となりました。(つづく)
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by kurashiki-keiko | 2008-10-22 04:44 | | Comments(2)

空港にて

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これから乗るプロペラ機です。私のカバンはちょっとばかり大きいのでこの機体では機内持ち込みにできませんでした。旅ガイドブックとショルダーバッグだけ持ち、機内で旅の予習をいつものようにする予定。
今日はえびの高原、高千穂などをみて鹿児島市内を通過し指宿へ泊まります。では行ってきます。憘
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by kurashiki-keiko | 2008-10-18 09:59 | Comments(9)