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高知県立牧野植物園へ


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4月29日(水・祝)、ETC割引を利用して瀬戸大橋を渡り、高知道を通って高知へ行ってきました。瀬戸大橋料金と高知道料金あわせても2,000円ですごくお得。

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市街地からは南東の五台山の山麓にある高知県立牧野植物園。


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日本3大がっかり名所??のはりまや橋。

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五台山が見えてきました。

そして・・・
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by kurashiki-keiko | 2009-04-30 06:04 | おでかけ | Comments(4)

東京混声合唱団 倉敷公演


d0031853_23474689.jpg日本で唯一のプロの混声合唱団、東京混声合唱団の倉敷公演を聴きに行きました。
 最初指揮者の大谷研二氏がピアニストと手に手を取っての登場に??でしたが、なんと、交通事故で入院されていて、退院後初の公演と知り、一堂拍手。椅子に座っての指揮だったり、杖を突いての演奏の解説だったりしました。
 三善晃作曲・谷川俊太郎詩の混声合唱曲集「木とともに 人とともに」 Ⅰ.木とともに 人とともに で幕開け。
 Ⅱステージは追分節考―シアターピース―で、普通考える合唱の配置とは違い、男性が客席の両側に陣取り、女性がなにやらつぶやきながら1人ずつステージ上にばらばらに登場、指揮者がひらがなの書かれたうちわを立てるのが合図なのか、歌が始まり、男性のソリストが客席通路を歩き回る、その近くで聞く声の迫力に圧倒される。一人ひとりがソリストの実力のある団体のすばらしさを、客席最後列にいながらすぐそばを通過してくれるので味わう事ができました。
 Ⅲステージは西村朗作曲、高村光太郎詩の混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」 Ⅰ.千鳥と遊ぶ千恵子 Ⅱ.山麓の二人 Ⅲ.レモン哀歌  有名な千恵子抄を作曲家はこんな風に解釈し音楽に構成するものか、と思いながら鑑賞。暗誦できるほどに好きなレモン哀歌は特に、動と静の対比が際立つ表現でなるほどと思う。
 Ⅳステージは東京混声合唱団愛唱曲より、これがまた、オーストラリアの コンダリラ「滝の精」ではまるで森の中にいるように自然に溶け込んだかのような音楽。続いてはインドネシアのガムランを合唱曲にしたという、歌詞のない、合奏のような音楽。それから唯一私が題名として知っていた「死んだ男の残したものは」、それから最後にディズニー映画「南部の唄」より「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」は譜面を片付けて手拍子で楽しく。
 アンコールはベートーベンの第9の歓喜の歌のゴスペル風バージョンで、アルトのすばらしいソロから入る。所々ソロが入り楽しく手拍子。
 合唱団というからひな壇に立って指揮者が前に立って、と言うスタイルを思っていたら大間違い、なんとも多彩な構成の飽きさせない2時間を堪能しました。
 

・・・うちわのどたばたはこちら。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-28 00:06 | 合唱団 | Comments(2)

高梁の歴史散策コースを歩く


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県外の皆様に―高梁市はご存知でしょうか。二条城のお庭も手がけた小堀遠州が住み、最初にお庭を造ったという頼久寺があるところ。古い落ちついた城下町です。
4月26日(日)、最高気温16℃くらいと、この時期にしては肌寒い中を歩いてきました。

クリックすると大きくなります↓
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上の地図は、岡山県のサイトからいただいたもので、以前早島を歩いたときと同じ所です。

d0031853_1232395.jpg カーナビに「高梁総合文化会館」を入力して到着。立派な総合公民館といった建物。当地の駐車場に入れさせていただき、トイレにも行かせてもらってからいざ、出発。どこにも寄らないと70分のコースだそうですが、お寺などを見学して途中昼食も取っていくと、10時半~午後1時半くらいまでかかりました。
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東向山松連寺。田んぼの向こうにこのお寺が見えたときは、立派な外観に圧倒されました。真言宗御室派仁和寺の中本寺だそうです。現在の建築は明暦3年(1657年)備中松山藩主により移築されたもの。武家諸法度で城の新築は難しい時代、松山城の砦としての役割を持たせて城郭のような建築にされたものだそうです。石垣が見るからにお城を連想させます。

d0031853_1332815.jpg境内はとっても見晴らしがよく、この地の出身の書家・清水比庵の碑がありました。(読めません。解説文でも横にあればと思いました)

d0031853_144181.jpgそそり立つ立派な石垣。解説にあったように、なるほどお城としても通用しそうな高さです。

続きを見たい人はここをクリック・・・(長いですよ・・・)
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by kurashiki-keiko | 2009-04-27 01:10 | おでかけ | Comments(5)

せっかく久々に牛肉を使ったのに


d0031853_131049.jpg25日(土)、たまには牛肉も息子に食べさせなくては、とはいえステーキではたんぱく質の取りすぎになり勝ち、カレーだとおばあちゃんの刺激に弱い口によくないからハヤシライスでも作ろうか、と用意した肉でしたが、夫にとってはルーの油がよくないか、と考えて牛丼に変更。
ところが、夕方携帯メールで「今日晩飯いらん」とあっさり断りの電話。
ほんとにがっかり。
(写真に撮るのにもうちょっと紅生姜の置き方などに神経を使えばいいものを。アバウトなO型の私。)
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by kurashiki-keiko | 2009-04-27 01:06 | 料理 | Comments(0)

人生の支えとなったことば探し(その2)

d0031853_11524340.gif このところ朝型にシフトしつつある私。(いつまでかかるか、仕事によりますが)昨日もたまたま鎌田實さんがラジオでお話されていたのを聞いて我が意を得たりと思ったのは、睡眠には1時間半のリズムがあるのでたとえば、3時間では無理と思えば4時間半寝れば眠りが浅くなるのでそこで起きる、と言うこと。鎌田先生は忙しくなってこのかたずっと睡眠は4時間半ほどだそうでした。鎌田先生ほどの立派な仕事はしていませんが睡眠は私もそんなものか。
 今朝は5時に起きて昨日からの課題の「ことば探し」のための読書をしていました。
 なるほどと心にしみる文章を抜き書きして行ったのですが、3行くらいに長くてなかなかピリッとした印象に残った言葉に行き当たらず、やっとどうにか、「これかな?」と思える言葉が見つかりました。それは、
「光にあゆめよ」と言う言葉でした。讃美歌326の歌詞でもあるのですが、本文によると、
 はじめて1年生になった子供が、母親や先生と約束した時に、おさらいをするつもりでも、そこには面倒がある、遊びたい気持ちがある。努力して光に歩む必要がある。寝るべき時に寝ようとしても、もう少し現状のままをつづけていたい怠け心がある。母親は賢くそれを助けて、子供自身の自覚をもって光にあゆむ決心をするように、実行をするように、つねに光の道をあゆむことの価値と楽しさを体験させる工夫を持つことが必要である。

 道で知り人に逢って自分ではあああの人が歩いていると気がつきながら黙って通り過ぎてしまう、それは面倒なしにすむかわりに真実ではない。真実な事をするのは、どんなことでも、それ相応の工夫がいる勇気がいる、それが光にあゆめよである。
(婦人之友友社刊『羽仁もと子著作集第19巻 友への手紙』p215~221 「光にあゆむ」より)

 私が探したかったのは、「道が2つあるときには、困難なほうの道を選べ。真理は困難な方にある。」という意味の言葉だったのですが、それにとりあえず近いかな、と思いました。この言葉は、3番目の子供を生活団に入れるかどうか迷っていたときに、岡山友の会の、生活団のアドバイザーだった故・入野さんに言われてずっと心に残っているものだからです。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-25 11:10 | しみじみしたこと | Comments(4)

小学生の下校時 親がいてやれなかったら

 夕食の支度の最中、携帯に着信記録があったので娘に電話すると、1年生になった孫は学校から帰ると向こうのお母さんが見ていてくれるとのこと、
 それにつけて、かつて娘が小学1年生のときに記録させていた留守番ノートが出てきて、それを見直しているのだそうでした。そうそう、娘が小学1年生に上がったころは田舎に住んでいて、長男を生活団5歳組(幼稚園でいうと年中組)に通わせていたり、岡山友の会の集まりに行ったりで車で片道3,40分かかるのでどうしても長女の帰宅時には家にいない事が多かったのです。そこでノートを作り、帰ってからそのノートに帰った時刻に時計を書いて針を書かせるとか、学校であった事を質問したりあれこれ工夫していましたっけ。
・・・たまたま4月23日(木)と、その日と曜日まで同じ日付のがあったので見ていたそうでした。それによると、「お母さんは私をほっといてよく出ていて、そのノートに最初の頃は質問形式でていねいにしたことを書くようにと書いていて、そのうち書くことがめんどうになったのか『ピアノに行きなさい』とか『硬筆に行きなさい』とか書いてあったわ。」
私、((^^;; ヒヤアセ   ・・・今だったら危なくて女の子1人留守番なんて余り考えられませんが、当時住んでいた田舎は谷になっていて車の通りもまれなほどで、よそ者が入ってきたらすぐ分かるような場所、近隣の人の目が行き届いていてありがたかったことを説明。それにしても娘もけなげだったし、私ものんきだったのかも。
「最初の頃はちゃんと答えていたけど、そのうち黒く丸々に鉛筆で塗っていたこともあった」・・・不満がたまっていたのかな。当時の自分の気持ちを振り返っている様子でした。いてやれなかった事、ごめんね。
もっと言いたい事があったのかも知れませんが、筑前煮の仕上げがまだだったのでそのままに。

 ちゃんと親が職業を持っていたら今では学童保育があるようですが、私は専業主婦だったし当時は学童保育もなく、両方の祖母に来てもらうにはちょっと離れていたし、留守番ノートは窮余の一策だったのですが、子供の立場からはどう思っていたのやらです。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-24 00:59 | 日常 | Comments(2)

家族新聞「あじさい通信」144号ができました


d0031853_11225445.jpg今月号はやっぱり西表島への旅行をトップにしました。
義兄夫婦が帰省したのでそのときの酒津のお花見やら会食やら、孫のmioをあずかったときのことなど。
お嫁さんのご両親宛、娘の所、実母の所、新聞講座の小林宏行先生にも。あのとき5回の講座を受けた人の中で今まで新聞作り続けているのは多分私だけなんだろうな。
へたでもいい、ドンくさくてもいい、続ける事に意義がある、と自分を励ましつつ、ファイルを見返す私。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-22 11:25 | 家族新聞 | Comments(2)

ワックスがけ

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なかなかお掃除の時間すら取れないこの頃。年度替わりの春は時候も最適なのに旅行で延び延びになって、やっと今日、台所と食事室、玄関回りと、居間は絨毯は上げずに周囲だけ、ワックスがけができました。
我が家の1階主要部分の床はコルク。あたりが柔らかでいいと聞いて施工してもらい、お茶碗を落としても割れにくいという良さはあるものの、保護膜は塩ビの薄~い物で、日焼けでひび割れ、椅子の足で傷つき、しかも私がなかなかワックスどころかお掃除も週1くらいと来ては・・・。
だから今日は水拭き雑巾がけを3回してからワックスを丁寧にかけました。この次はいつになることやらです。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-20 11:56 | Comments(0)

簡単ランチ

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15日[水]の最寄会て聞いたレシピを元に作ってみました。
グラタン皿に油を塗りご飯を盛り、ざく切りトマトと玉ねぎみじん切りを一面に乗せバターのつぶを乗せ、お醤油を回しかけます。
とろけるチーズを乗せてオーブントースターで10分位やきます。
玉ねぎとしめじの簡単スープを添えました。
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by kurashiki-keiko | 2009-04-18 11:40 | Comments(0)

今年は時間調べの年です


これは何でしょう?
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・・・私の20代から5年ごとに調べた1週間分の「時間調べ」の表です。すっかり擦り切れてぼろぼろのものもありますが、当時の生活がここに詰まっています。

これまでを振り返ると・・・
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by kurashiki-keiko | 2009-04-17 03:00 | Comments(6)