<   2010年 10月 ( 34 )   > この月の画像一覧

歯が


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お嫁さんからのメールで、ゆうくんに初めての歯が生えかけているそうです。
わが子でもこんな映像はついぞ見たことがないので、手放しで喜んでいるバババカです。
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by kurashiki-keiko | 2010-10-30 15:20 | | Comments(2)

熟女、シャワー


d0031853_15254100.jpg「ちょっと~、何見てんのよぉ!!」
と言われそうですが、先週からヘルパーさんの付添でおばあちゃんがシャワーが出来るようになりました。浴槽には事故があると怖いのでまだ。ケア用品のシャワー椅子に座り、足を桶のお湯につけて温めながらなので、寒くなりましたが結構温まって出ることができるようです。デイサービスだと毎回入らせていただいていたので、ヘルパーさんにお願いして月・木・土の昼前、シャワーと、その後パジャマや必要ならシーツ交換、簡単にお掃除、片づけ、洗濯物干ししてもらうようにしました。
 しかし、期待していたデイサービスに出られるか、と思って整形外科に受診してみると、レントゲンの結果が思わしくなく、素人目にはさっぱりわからないのですが、画像を見られて、折れた背骨の1パーツが空洞になっていて、これがつぶれると大変だというので、やっぱり家でおとなしく寝ているのが一番ということらしいです。最初の養生でちゃんとそこが固まるのを期待しておられたようですし、私も本人が近頃は痛がりもせず庭に出て小松菜の小さいのを取ったり、洗濯物を取り込んだり、玄関の戸締りをしたりするものですから、痛みが引いたのならそれに越したことはない、と思っておりました。
 先生が言われるには、「この画像を見たら痛くないはずがない」というのですが、本人は「痛くない」そうで、ついつい「できることならしたい」といろいろと立って動いてしまうのです。自立心旺盛なのがあだ、ということか。
 義妹が昨夜来て、「動いちゃダメ、ということを忘れるんだから、もう」と、カレンダーの紙の裏に「骨が折れています。動いたらダメ」と母エリアの縁側だの玄関だのいたるところに貼り紙をして帰りました。
 本人、痛くないし動けるのに、どうして動いてはいけないの?怠けているみたい、と思ってしまうようですので、何度も何度も、「今は寝ているのが一番の養生なんですって。怠けているんじゃないんですよ。1日も早くよくなってデイサービスに行けたらいいですね。養生ですから寝ていてくださいね」と言うようにしています。
 ある意味寝ていないと痛くて痛くて、という時期より難しくなったのかもしれません。
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by kurashiki-keiko | 2010-10-30 15:16 | 老いということ | Comments(4)

岐阜の旅(その2)森の宿OAK HILLS、高山、せせらぎ街道、郡上八幡

岐阜県の旅の続きです。
お宿はこんな場所でした。

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森の宿 OAK HILLS
〒506-0101 岐阜県高山市清見町牧ケ洞1025-2
TEL:0577-68-2888/FAX:0577-68-2891
E-mail:info@oaknature.co.jp


d0031853_354162.jpg山の中の細い道、バスの運転手さんがベテランだったので道幅ぎりぎりでしたが無事到着。
秋の日はとっぷり暮れていました。
到着は6時50分ごろ。
あたりは暗くてよく見えません。

d0031853_3571132.jpg入り口そばには、オークビレッジというのでこんな木工製品が展示されていました。

以下、長いのでこちらをクリックしたらご覧になれます。
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by kurashiki-keiko | 2010-10-29 06:21 | | Comments(6)

うだつの町(美濃市)~古今伝授の里~絵本美術館ポレポレハウス

d0031853_43269.jpg10月23日(土)、西から東から、「同じ釜の飯」の仲間が集まってきました。私は倉敷発8時11分、岡山を9時半ごろののぞみで、名古屋まで。岐阜県
d0031853_472287.jpg 後で聞くと近畿方面の人は岐阜羽島までこだまで行き、そこでチャーターしてあった迎えのバスに乗って尾張一宮駅へ向かったようです。
名古屋駅へ来た私と関東方面からの人は、電車で尾張一宮まで行き、そこでバスの人と合流しました。
 旅行のすべての計画を立てて取り仕切ってくれたのは、地元に住むニックネーム「つー」さん。車内でくつろぐためのスリッパとかゴミ袋とか、天然水をもらって飲むための紙コップとか、何から何までよく行き届いてお世話してくださり、感謝感謝でした。旅行会社ができるわ、と思ったほど。
また、会計担当の「サッチ」は、経費を概算してみんなから2万8千円なりを徴収。バス代、食事代、入場料、宿泊費その他諸経費込み。

d0031853_4141930.jpg美濃市の「うだつの町」で、名物ひつまぶしを、炭焼き「おぜ屋」さんにて。
おぜ屋 
岐阜県美濃市俵町2170   TEL 0575-33-0361
ひつまぶし肝吸付き 2,205円 
焼くところからするようで、急に団体が入っても対応できないとのことのようで、第1陣、第2陣と別れて入りました。

d0031853_418292.jpgおしゃべりしながら待っていると、おひつのご飯が。ふたを開けるとこんな感じ。

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by kurashiki-keiko | 2010-10-27 05:47 | | Comments(6)

「同じ釜の飯」の仲間と会いに

(済みません、今度は珍しく夫と一緒でないので夫は留守番なのです)
学生時代私は学寮に3年間いました。親元を初めて離れて少々心細いの半分、家を出られてうれしいの半分、の1年生から、後輩の勝手な行動に悩まされた3年生の室長時代まで。
いろんな寮生の行事もあったし、北から南までいろんなところの出身者の友達が大勢できました。
で、その同級生の仲間の一人が幹事になってくれて呼びかけてくれ、岐阜の高山近辺に1泊で出かけることにしました。
 まさかそのあと夫の母が骨折するとは思いもよらず、でしたが、だいぶ回復してくれたので、義妹と夫に後を頼んで、何しろ卒業以来ン十年ぶりに16人が集まるので、出かけることにしました。
 朝は8時10分の電車で出るのにこんな時間に。
 名古屋で集合するまでは一人旅。
 ともかく行ってきます。029.gif
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by kurashiki-keiko | 2010-10-23 02:28 | | Comments(4)

萩―維新への胎動の地

この記事はメールマガジン Weekly KURASHIKI 週刊くらしきタウン情報 に連載中の「Keikoのお出かけ日記(354)」として掲載されます。
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宿の中庭に萩の花が咲いていました。萩で萩に出会う。

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伊藤博文の生家です。前日松陰神社に行ったということは伝えてあったので、その近くのこちらに最初に連れて行ってもらいました。伊藤博文は生まれは山口県でも南部の今の光市だそうで、父親が伊藤家に養子に入ったのでついてきたようです。したがって生家はもともとは光市にあったものを移築したことになります。座敷は三間続きでしたが小ぢんまりとした家でした。
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近くには東京都品川区大井から移築された、出世した後の博文の邸宅がありました。元は車寄せがあり中庭を挟んで右に西洋館、左に書院、さらにその奥に離れ座敷、台所、風呂、蔵を備えた物だったそうです。そのうち玄関、大広間、離れ座敷の三棟のみ移設されたそうです。
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2階座敷の床の間、普通は壁になっている違い棚になる部分の奥の壁には窓がとってあり、元の品川区の場所からは富士山が見えていたそうです。今は萩城跡のある指月山(しづきやま)が見えるようになっています。
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雪見障子は左右に開くようになっています。広さも意匠も素晴らしいものでした。

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by kurashiki-keiko | 2010-10-23 02:04 | | Comments(2)

金子みすゞ記念館~香月泰男美術館~松下村塾


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10月17日(日)、朝9時11分発の山口線普通列車で益田へ。

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車窓には昨夜飲ませてもらったお茶の産地らしい茶畑が見えました。相変わらずのどかな緑の田園風景に赤い石州瓦。萩に行ってタクシーの運転手さんに聞いたところによると、この石州瓦は重いので、柱がしっかりしていないと乗せられないとのこと。雪を考えて頑丈な作りの家が多いためでしょう。

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益田に到着。ホーム反対側に待っていた山陰本線の普通電車に乗り換え。

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海岸沿いに走る山陰本線の車窓からは海が美しいこと。ここは海が一番近い場所でしたが、水が透き通っているのが分かります。

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この海岸も、穏やかな海の深い藍色がとてもとても美しい風景。

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by kurashiki-keiko | 2010-10-22 11:49 | | Comments(2)

津和野 余談


d0031853_5554843.jpg宿の「わた屋」で出た夕食の数々のご馳走の中で珍しかったもの。「うるかなす」。あゆのうるかというのは、内臓の塩辛。それをだしに使って煮たものだそうで独特の風味があるそうでした。ただちょっと醤油辛かった。

d0031853_5575914.jpg当地の郷土料理だそうで、「芋煮」。贅沢に焼き鯛を使っただしの里芋の入った汁。山形の芋煮とは違い、中身は里芋だけだそうですが、鯛のだしがそれはそれはおいしくて気に入りました。

d0031853_559562.jpgデザートの黒ごまプリン。これって何かに似てません?
仲居さんたちの間では、「目玉おやじ」と呼んでいるそうです。

d0031853_612391.jpg最後に「ほうじ茶ください」というとこちらの地元の「ざら茶」が出ました。
翌日の列車から茶畑が見えたので、このお茶の産地だったと思います。


d0031853_635229.jpg宿の中庭には、夜にはお花を浮かべた足湯がありましたが、誰も入っていませんでした。

d0031853_65035.jpg朝、朝食後に通りかかるとなんと、アオサギが一羽、ゆったりと彫刻みたいに動かずに足湯に浸かっていました。細い脚ですがいい気持ちなのかな?


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駅からすぐのところにある安野(あんの)光雅美術館。昔『暮しの手帖』でこの建築が紹介されたような気がします。美しい立派な建物で、繊細な画風の作品、源平合戦の絵もあるがめったに展示に出されないとのこと。のぞいてみたかったのですが、時間がなくて断念。

17日(日)朝は9時過ぎの普通列車で益田経由で長門市駅までの山口線と山陰線の旅でした。

津和野町
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by kurashiki-keiko | 2010-10-22 06:11 | | Comments(0)

津和野―森鴎外墓所、カトリック教会、殿町、養老館、鴎外生家

(352)津和野 その2 
-森鴎外墓所、津和野カトリック教会、鯉のいる掘割から藩校「養老館」、森鴎外生家ー
 2010年10月16日(土)、ボランティアガイドの案内で乙女峠のマリア聖堂を訪ね、続いて永明寺(ようめいじ)の森林太郎(鴎外)墓所を訪ねました。

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乙女峠の山を下り、線路沿いに歩いて山側の永明寺(ようめいじ)、鴎外の墓は、山門の向かい側の1段高くなった墓地の奥にありました。
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分厚い苔に覆われた墓石の間を抜けると、
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遺書の「森林太郎以外に一字も書くな」の通り、一切の肩書・業績を刻むことなく森林太郎と男らしい太字で刻まれた立派な石碑が、その両親や祖父の墓の前に君臨するかの如くに建てられていました。もとは津和野の御典医の家柄だったのだとか。遺書の聞き書きをしたのは親友の賀古鶴所(かこつると)、書は中村不折(ふせつ)によるものとか。
d0031853_0364444.jpgd0031853_0371610.jpg森家の家紋は星形の枠の中に菊だったのを、天皇家と似ているからか、鴎外の前あたりから菊の葉を組み合わせた物に変わっているそうです。

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by kurashiki-keiko | 2010-10-22 00:45 | | Comments(0)

津和野―SL二重連、源氏巻、マリア聖堂


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13時4分、津和野駅に着くと、ホームに2台の蒸気機関車が止まっており、マニアが一杯。
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私も野次馬ですからついでに横断陸橋などから撮影しました。
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鞄をコインロッカーに預けると、観光案内所があったのでそこにいた黄色いジャンパーを着たガイドさんに夫が案内をお願いし、乙女峠と森鴎外の墓所へ行きたいというと、
d0031853_605165.jpg気安く道案内をしてくださいました。小山さんという70代くらいの人で、津和野のボランティアガイドはまだ始まって5年とのこと。
歩き始めて間もなく「高岡通り」へ。高岡というのはゆかりのある人名だそうでした。

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少し行くと右手に津和野名物の「源氏巻」の実演をガラス越しにやっているお店があり、しばし見物。薄皮のカステラ?みたいな生地を薄く出てくる金属製の容器でさーっと流していくと、幅15㎝くらい、長さ40㎝くらいの四角い皮がきれいにでき、それが2枚、焼ける間に横に山にしていたあんを用意し、巻きずしの具みたいに上手に手前に細長く伸ばすと、こんどはくるくるおと巻き込み、サイズに合わせた板でちょっと押さえると、焼きあがった皮のきつね色のところが表に出て、長い源氏巻が1本出来上がり。


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ちょうど駅からは裏手になるところに登り口がありました。

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川に沿った狭くて急な山坂をしばらく上ると、

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石垣の上に、小さな聖堂が立っていました。ずっと憧れて目指していたマリア聖堂。
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左右にわずか3列の長椅子があるだけのこじんまりとした聖堂でした。

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d0031853_684879.jpgこの地に送られてきた長崎・浦上のキリシタンたちは冬のさなかに池の中に入れられたり、わずか三尺四方の檻の中に入れられて立ち上がることも横になることも許されずに外に置いておかれるとかいう過酷な条件の中で棄教を迫られたそうです。その結果送られてきた153人のうち36人が殉教したそうです。(このことは遠藤周作の『女の一生』に書かれて朝日新聞に連載されていました) 毎年5月3日にはカトリック信徒が約2500人ほど集まってミサが行われているとのことでした。そのため、この地の整備はカトリック信者によってされているそうで、草取りをしていた老婦人に挨拶すると胸に小さな木の十字架のバッジをつけておられました。

津和野町
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by kurashiki-keiko | 2010-10-19 06:13 | | Comments(2)