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1人でもしゃっきり生きたい

 このところなかなか行けなかった1人暮らし高齢者のお宅訪問。
男性の1人暮らしは何かと乱れがちと思うのだけれど、昨日訪問した人は、幸いにも娘さんが職場が近くて車を車庫に置かせてあげていて、わずかな時間でしょうけれど、娘さんが出入りするのが心強いと思われる人。しかも業者さんのお掃除を月に1回程度頼んでいて台所とかお風呂場を頼んでいるとのこと。他人の目を通してお掃除してもらうという事は、異常に汚くなることはまずないと思えるのでその点身ぎれいにされている証拠。
2軒目の人はコの字型の歩行器に頼って室内を移動したり、ヘルパーさんにゴミ出しをしてもらったりしている人ですが、それでも骨折されたときには寝たきりになるかと心配したのに、退院されてきて何とか助けを借りながらも一人暮らしを続けていらっしゃる頑張り屋さん。
3軒目の人は、小さな借家の周り中を畑や花壇に変えていて、草もはやさずいろんな種類の花や野菜をきれいに手入れされているのがいつも感心させられている人。私の母の知り合いだとわかり、ときどき母のことを話したりもしています。マンション8階に住む私の母は、最近エレベーターの修理が1週間かかるとのことで、食料を買い込んできたとの話をしました。やっぱり地面があるのは高齢者にとってはうれしいことだと思います。たまたま前日に女優の岸恵子さんがテレビのあさイチに出られていて、もうすぐ83歳というのにとてもそうは見えないくらいに華やかでおきれいだったことを話し、「やっぱり人に見られるお仕事だから人知れず姿勢をよく、と思ったり、いろいろ努力されているんだと思います」と言ったら、その方、自分と1つか2つしか違わないのに、そうか、と感じた風でした。
 幸いこの日お訪ねした人たちは不自由な人もいらっしゃったけれども、皆さん出来る限りの自立の努力をなさっておられることが大変私にとっても元気をもらえるような暮らしをされていて、よかったと思いました。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-28 04:36 | しみじみしたこと | Comments(6)

夕方の散歩でクチナシの香り

6月24日(水)も7時20分ごろから夫と散歩。今回は農業用水沿いの道を歩きました。

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ついこの前田植えだった田んぼですが、ほんの少し緑が濃くなったように思います。すがすがしい青田を見るのは大好きです。この近辺も我が家が建った30年くらい前にはこの時期は、もっと田舎から越してきたのに田舎以上にカエルが大合唱で、夜中にトイレに行くと窓からすごい鳴き声が聞こえてきたものでしたが、どんどん宅地化されて、数少ない水田になりました。

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用水沿いの道を歩くと、いい香り。クチナシの香りでした。用水沿いにクチナシとあじさいがたくさん咲いていました。

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いろんな色のあじさいが、夕闇の中に咲いていました。真っ赤に近い花もあるのですね。

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もっと先に行くと、昨年は田圃だったところに広い駐車場が出来ている、と思ったら3階建ての集合住宅が建っていました。つい最近できたばかりと見えて、まだ入居はされていないようです。どんどんこうした集合住宅が増えて来ています。病院も近いし学区のレベルも高いらしく、人気のある地区らしいからでしょうか。散歩しているとこんな変化にも気づかされます。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-25 01:54 | おでかけ | Comments(4)

我が家の晩ごはん

6月23日(火)の晩ごはん・・・専業主婦のはずなのに、木曜日の行事の準備のために遅くなり、帰ると6時近く。よかった、アジの南蛮漬けと大学芋があった。なので、わかめの入ったかき玉汁と、自家製きゅうりの浅漬けで。
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なんとか献立が出来て、夫はこの日は週に一度のジム通いをしたため、1人で食べて合唱練習に、出かけようとしたら夫が帰宅、「おまえまだおったんか?」7時前でした。

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6月24日(水)、この日はホッケの干物が片身という主菜。タンパク質は摂りすぎない方がいいのです。(前日にアジの南蛮漬けが小さいとはいえ2尾分は多かったかも)そして青菜も大事。小松菜の胡麻酢和えがあります。それから夫の母に教わった我が家の夏の定番、ナスとピーマンと豚肉の味噌炒め、キュウリのからし漬け、納豆、味噌汁(わかめと油揚げ)。芋がなかったけれど、菜っ葉、豆、小魚?はあります。
 お題目のように教わっている「芋・豆・菜っ葉・小魚・海藻」の健康的なご飯です。若いころの夫なら文句たらたらだったかもしれませんが、こういうのが健康で長生きできるごはんだと思います。。。。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-25 01:45 | 料理 | Comments(2)

夏至の夕闇の倉敷美観地区方面へ散歩に

 夫と夕食後7時過ぎ頃から散歩に出ました。

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美観地区、とはいえ倉敷川沿いではありません。右手の工事中の所は、倉敷で一番古いと言われる民家、井上家住宅を解体して建てなおしている工事現場です。夏至の宵なので西の空がまだうっすらと茜色です。
この時間だと商店はもう店じまいしていて、開いている所は大体居酒屋さん。歩いているのは地元の人ではなく観光客。倉敷の夜は早いのです。

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中国銀行倉敷本町出張所。もとは大原さんが作った倉敷銀行本店、文化財です。普段は日中行くので、7時過ぎまだ行員の方は残務処理をなさっているのでしょう、ステンドグラスの中からの明かりがさしているのは珍しい光景です。しかも夏至なので外が薄明るいというのも。

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こちらは商店街に入ったところです。右手奥はかつて薬種問屋だった林源十郎商店。最近雑貨屋だとかイタリアンレストランだとかジーンズショップだとかの複合施設になり、にぎわっています。明かりがついている手前のお店は、かつて名物おばあさんが経営していた理髪店だったあたりと思われますが、ずっと改装工事中だと思ったら、完全な倉敷風の外観のレストランになっていました。また食べに行ってみたいです。

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こちらは夫の母校、東小学校の運動場の向こうに、倉敷中央病院の明かりが見えています。
夫が小学生だった頃にはもちろん鉄筋校舎などはなくて、レイアウトも敷地の西の方に木造平屋の校舎が何本かあったそうです。フェンスの所は板塀だったそうです。実家は今他人に貸していて、横を通って懐かしがっていました。実家の建物があるだけいいよ、と言っておきました。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-22 23:58 | おでかけ | Comments(2)

土曜日の晩ごはん


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土曜日は息子がいるのでピザにすると、種とトッピングを用意したら伸ばしてくれます。
そして、この日は私が朝食のまとめ作りをしている間に夫も駆り出して、粉をこねる役を頼みました。初めてです。
レシピはクックパッドで。
   強力粉・・・・・・・240g
   薄力粉・・・・・・・・・60g
   塩・・・・・・・・・・小さじ1/2
   砂糖・・・・・・・・小さじ2
   オリーブオイル・・小さじ1
   ドライイースト・・・小さじ2
   水…(加減しながら)200cc
出かける予定があったので、こねておいてからポリ袋に入れて冷蔵庫へ入れてゆっくり発酵させておきました。種が少ないかと思ったけれども、おとな4人と幼児(少食)でちょうどよかったです。
 これをトッピングやミネストローネの準備が出来てから、息子が6等分にして伸ばしオーブンペーパーの上に置いて、嫁と私がフォークで穴をあけてオリーブオイルとピザソースを塗り、上に飾り、オーブンだとはかどらないというのでオーブントースターで1枚10分くらいかけて焼きました。焼けると次々に焼いて行ったのですが、結構時間がかかりました。が、土曜日の晩ごはんとしてはワイワイと面白くてよかったかな?と思います。

トッピングは、既製品のピザソース、生のマッシュルーム、ビアソーセージ、トマト、グリーンアスパラ、チーズ、それに焼いてからバジルを乗せました。
献立はそれに『おいしくできる きちんとわかる 洋食編』(婦人之友社刊)のミネストローネ、庭の菜園で採れたキュウリに単純に塩をしてポリ袋で置いておいた物でした。
 孫はミネストローネをミキサーでつぶしたのですが、子供は酸味が苦手みたいであまりそっちは食べてくれませんでした。イタリアンだからイタリア風のミネストローネがいいかなと思ったのでしたが、コーンスープとか食べやすい方がよかったかな?キュウリの方はポリポリとおいしそうにかじってくれました。

基礎から書いてあるこちらの本はとてもいいと思います。和食編の方も基礎から、ほかの料理本にない丁寧さで書いてあるのでとても助かっています。
画像をクリックすると婦人之友社のホームページにリンクします。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-21 16:01 | 料理 | Comments(0)

家族新聞「あじさい通信」218号ができました


d0031853_4395069.jpg今月のトップ記事は、6月生まれの次男の誕生会を長男一家交えてしたことです。臨月のお嫁さんも一緒で、生まれたら当分外食は無理、との思いもあったという事です。次男ももうすぐお父さんになる瀬戸際、何を考えていることやら。
次の記事は長男夫婦の結婚記念日の会食。どちらも夫がスポンサーでの会食。長男の所は子ども二人に恵まれ、これからは教育費やらを計画的にためて行かねばという時期。
 三番手は孫娘の部活の吹奏楽の発表会の話。小柄な体で大きな楽器で頑張っています。
 4番目は、都会育ちの長男のお嫁さんが田植えを初体験したというお話。孫は泥遊びだったそうですが、汚れると嫌がったとの事。親のほうは喜んでいたようなのに。土と親しんでもらいたいものと願っています。
 
 いつもは事実だけを書くことにしているのですが、今回は特に長男夫婦に対しての希望をつい書いてしまい、おせっかいおばさん(母さん)になってしまいました。口で言えないことをここで書いて、やっぱり嫌われるとまずいのでは、という思いがあり日頃遠慮していることも、いわなくてはならない事として書きました。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-20 04:50 | 家族新聞 | Comments(2)

「ビリギャル」の真実―「金スマ」特番を見て

 塾講師の書いた本から映画化され、興味があったので「ビリギャル」のモデルになった母娘が出演するというので「金スマ」を見ました。
 きれいな娘さんと美人のお母さん。偏差値30の、金髪ヘソ出しのギャルが塾にやって来るとは、最初はまるでこれからご出勤?という風な恰好だった、とのこと。
 聞いてみれば、 母親は、自身が厳しく育てられ、自分に自信が持てない性格だったため、自分が子育てするときには絶対に子どもの味方になる、と決めていたとのこと。だから娘がギャルになっても娘が生き生きと活動している様子を見てそれでも良いと思ったり、停学になったらそれでも大学受験をさせて見返してやりなさい、と、塾を勧めたとのこと。
 父親が息子を溺愛しプロ野球選手に育てたい、と娘のことは任され、慶応受験するというと父親がそんなのはありえない、資金は一切出さない、というので、パートを増やし貯金を下ろし生命保険を解約し、売れるアクセサリーは結婚指輪含め売って塾の費用を工面したとの事。
 学ぶべきは娘が生き生きするならばと、環境を変えたり絶対的に娘に寄り添う姿勢、娘のためなら資金援助も半端でなく頑張ったというお母さんの頑張り。
 そして塾の先生も、その費用を渡そうとする娘に、そのお金の重みを持って確かめておきなさい、といい、日本史が小学生並みだったので漫画の日本史の本を渡してレベルの取り戻すことに努めたのだとか。本人も後半は本当に本気で勉強したようで、これだけ勉強したらやっぱり報いられるのだ、という事が分かった気がしました。
 偏差値30から、予想偏差値75位の超難関大学に合格したのは、本人が生き生きできるならばどんなことでもするという母親の頑張りとそれを知る本人の猛勉強、そしてそれを導き出した塾教師の指導の結果だったと思いました。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-20 04:36 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

記録することの意義―「歴史秘話ヒストリア」より

 6月17日夜、NHKの「歴史秘話ヒストリア あなたの知らない信長の素顔 ~英雄を記録した男太田牛一の生涯~」を見ました。
 これまで色々な時代劇で、信長が茶筅のような髷を真っ赤な紐で結っている様子だとか、片肌を脱いで腰からはいろんなものをぶら下げている服装、言葉などや、本能寺の変の最後の様子、また明智光秀の最期などを見てきましたが、それらはすべてこの人のメモ魔ともいえる日記をもとに編集された「信長公記」という書物が基になっていることを初めて知りました。
 長篠の戦いで失った配下の侍たちの名を知るにつけ涙を流していた信長を身近に見て、一生この人に仕えよう、と決心したという牛一は、信長のすることなす事、また後に築城した安土城の築城の様子や内装まで細かく記録していたおかげで、城が焼け落ちた後でもCGによって復元することができるのだそうです。
 また、本能寺の変の時にはその場にいなくて、信長の最期をどうしても知りたい、と、仕えていた配下の者たちの消息をたずね、生き延びていた人についにたどり着いたそうです。それはそばに仕えていた侍女たちでした。そして信長は自分にかまわず逃げろ、と思いやりの言葉を掛けたこと、この事件については「是非に及ばず」と言ったという事までを聞き取ることができた、というのです。
 さらに、知られていなかった光秀の最期についても、そのあたりを取材して回り、ついに農民が、さびた槍でそこらを突きまわっていたら、かくれていた光秀の腹のあたりを刺した、という証言にたどり着いたそうです。
 これらは同時代に生きた彼が「取材」していなければ決して世に知られることがなかった貴重な証言であり、これらをまとめて「信長公記」という書物に表すのにおよそ20年の歳月を要した、というのもこの人の、主君信長の様子を後世にどうしても正しく伝えたい、という願いと熱意によるものが大きかったのだと知りました。
 稀代の英雄信長と出会ったという事がこの人を突き動かした動機であったろうとは思いますが、この番組を通して、記録することの意味とか意義を深く感じたことでした。

 以前に、「武士の家計簿」という映画を見て、市井の下級武士の家計簿から、その時代に生きた侍の生き方を知るところになったことを思いだすこともあり、たとえ高名な人物でなくとも、私達主婦のささやかな家計簿でも、記録する事で資料となる、と思ったことでした。
 このブログも、サーバーが落ちればおしまいかもしれないと思いつつ、また、私が平成9年7月から続けている家族新聞も、この家族だけの話ではありますが、小さな小さな歴史の一つなのかな、と思ったことでした。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-18 09:42 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

「ベン・ハー」を見て

BS-TBSで13日(土)と14日(日)の2夜にわたって「ベン・ハー」完全版というのが放映されて、夫と一緒に見ました。
最初の方は見逃したのですが、ベン・ハーの生き方と、もう一つはクリスマスの夜に始まって十字架につけられるまでのキリストのことが下敷きになっています。
 1959年製作とありますから、私は最初に小学校高学年で映画館で見たことになります。もちろん当時はテレビはまだ白黒でしたし、映画館でカラーで巨大スクリーンでの大迫力、殊にあの大戦車競走の15分くらいにもわたる大迫力、CGの無い時代にセットを組み、観衆の一人一人に至るまでエキストラを集め、もちろん勢いのよい4頭ずつの馬を用意し、とまあ、大変な手間と費用をかけていること、走る戦車を写すカメラワークの凄さ等、どれをとっても見どころ満点です。ベン・ハーが白馬なのに対して悪役のメッサラ(スチーブン・ボイド)のあやつる馬が真っ黒、というのは洋の東西を問わず映像としてのわかりやすさだなあと思いました。
 

 もちろんいろいろと思う所はあったのですが、なぜか今回は主人公とかストーリーとかではなくて脇役の方に目が行きました。
 乗っていた艦船が沈み、ベン・ハーに命を助けられて養子にする、クインタス・アリアス役のジャック・ホーキンス、白馬の持ち主の得体のしれないアラブ人風の格好をしたヒュー・グリフィスという俳優のぎらぎらしたような目の迫力だとか、ローマから派遣されてユダヤの提督になり、戦車競走の開始の合図を送ったり、後に無実のキリストを十字架につけよと命じるポンティウス・ピラトス役のフランク・スリングのお育ちのよさそうなのっぺりとした顔立ち、物腰だとか。
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いずれもこの壮大な映画を彩る名優たちでした。(このたびこの人、日本人俳優では橋爪功さんに似ていると思いました)
 そして、なんと、この配役を見ていたら、後にマカロニウエスタンのスターとなるジュリアーノ・ジェンマが「ローマ人」という役柄で出ていたことが判明。いったいどの場面だったんだろう?
 ほんのちょい役かもしれませんが、この壮大な映画の俳優陣の厚みを感じたことでした。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-15 00:00 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

寄島の海岸に謎のコスプレグループが集合?

孫の吹奏楽の発表会に玉島に行ったのですが、時間が余ったので寄島へ行ってみました。
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海辺の、道が行き止まりになっている所まで行き、車を降りました。

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こんな小島も見える瀬戸内海の半島の先っちょ。

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海岸を歩くと、25㎝くらい?の深さの小穴が多数開いていました。穴シャコ?

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歩いて行った海岸のカフェでしたが、あいにく「臨時休業」の看板が。がっかりでした。

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それにしても、行くときに追い越して行った彼女たち、学校の制服でもないし、この服装は何?
と思っていたら、続々と・・・

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ふわふわのミニスカートやら、大きなリボンやら、銀色のかつらやらを身につけた高校生くらいの少女たちがやってきては何やら撮影してもらっていました。
何やらコスプレのイベントでもあったのでしょうか??
帰宅後息子に聞くと、この地がアニメかゲームかに登場した「聖地」なのではないかとの事でした。


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本来の目的のこちらへ向かい・・・

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孫娘mioが入っている吹奏楽部のステージを見て聞いて、目的を達しましたとさ。
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by kurashiki-keiko | 2015-06-14 16:36 | おでかけ | Comments(0)