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NBOXで荷物満載!

 友の会の友愛セールをこの12月2日(金)に控え、係としてお買い物袋やらブティックハンガー、姿見など様々な荷物を満載して昨日は帰ってきました。
 こういうことを予測して、HONDAのNBOXを購入していて大正解。
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何しろ間口と高さが軽四にして広々。ブティックハンガーも姿見も楽々入って感激。

…紙袋のぎっしり入った袋類やら、掲示物の箱やら白布やら。あとは市民活動センターでマイクとアンプを借り出し、自宅の庭でとれた大根などを積んで出向く予定です。
 主婦にしてはこんな行事をして大きな責任を負っているとは思うけれども、一般企業人はお金に絡むもっともっと大きな責任やら、医療介護職の人は命に係わる責任も負っていることを思うと、たいしたことではないわ、とも思います。
 
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by kurashiki-keiko | 2016-11-30 14:59 | うれしかったこと | Comments(0)

高齢ドライバーの困ったさんに遭遇

 11月28日(月)、2時半ごろ、「そうだ、月末の通帳記帳と振り込みに行かなくちゃ、生活費も下ろさなくちゃ」と思い出し、急いで地元銀行の駅前支店へと車を出しました。
 近道の細い路地を抜けようとする直前にむこうから入ろうとする軽四が。こっちはその路地を通過する寸前だし、車1台がやっとの路地。入るの無理無理!とばかりに警笛を鳴らすと、慌てたように通りへ後ずさり。こっちがいるのを確認しないで突っ込んで来ようとしていました。たぶん70歳代以上と思しき女性の運転。
 やれやれ、と、駅前交差点を左折して銀行のある通りに入ると、なんと、交差点から7,8mの歩道寄りの路上に停車している軽トラが。その向こうが銀行の駐車場入り口なんです。思わずカーッとなってクラクションをブーブー強めに鳴らすと、やっとそろそろと前進してくれ、入ることができましたが。駅前の目抜き通り、駅から数メートルのところで路上駐車するなんて。
 と、歩道を横切り銀行の駐車場へ入れると、月末の事でほぼ満車で、一番奥の向かい合わせが空いていました。そのうち右手には高齢のご夫婦運転の車がなんとか押し込もうと悪戦苦闘中。私はもう一方の一番奥のスペースに頭から入れました。

 で、銀行の用事を済ませて戻ってみると、先ほどの高齢のご主人が、車が出なくて、奥様がタイヤのかかり具合を下の方にしゃがんで見ていました。よく見ると、駐車場のタイヤ止めの板の動きを操作するこんもり高くなった機械の部分にタイヤが乗り上げたような形になって動きが取れなくなっていた模様。あー。・・・というのを横目で、こちらも次々に入ってきたい車がいるので早々に出てゆきました。
 
 私は今のところは大丈夫ですが、他人ごとではありません、あと10年以内くらいにこんな風になるかも?自動車メーカー様、どうか高齢ドライバーでも無事に運転できる制御つきの車をこしらえてくださることを願います。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-28 19:53 | 老いということ | Comments(0)

雨の日曜日、休養と決めて

 27日(日)は、以前の知り合いでもと音大を出た人が、合唱団の指揮者をされるようになっていて、招待券をいただいていたので、聴きに行くことにしていました。ところが、2,3日前からの風邪がだんだんひどくなり、のどが痛くて声が出なくなってしまいました。前日にはのどの薬を購入していましたが、何しろのどが痛くて声にならないのです。薬局の人にのどの薬を出してもらって選んでいると、「休養も大事です」と言われたのが、確かに、と納得していて、当日朝、とうとうコンサートにはいかずに寝ることにしました。
 最近の睡眠不足をこの際解消しなくては、とばかりに、食事用意以外は午前に1時間、午後2時間の昼寝を敢行。この「敢行」と書かねばならないところが私の貧乏性な所でしょうか。
 朝食後、昼にはお雑炊をすることにして出しと野菜を下煮するところまでしておいて寝ました。夕食は、もともとコンサートに行くことにしていて簡単に、とお好み焼きの材料を買っていたのをそのまま作るので楽。というわけで、久々に出かけもせず特に何もせず、幸いにも雨で行楽には適さない日だったのも幸い、寝ることができました。

 しかし、夜体重を計ってみたら、着実に運動不足分は増えていてギャー、でした。階下で寝っ転がりながらテレビを見ていた夫もまたきっと。もっと低カロリーのおかゆにすべきだったか?
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by kurashiki-keiko | 2016-11-27 22:34 | 日常 | Comments(0)

プログラムとポスター印刷

 12月に、デイケアサービスの一つとして私たちの合唱団が出かけます。
 そこで、プログラム作りは私の出番。歌う予定の歌の作曲者や作詞者は、普段の楽譜には記載されていないことも多いし、本当はもっとたくさんの詩があるのを端折って歌詞にしている曲もあるので、歌に沿って歌詞を書き出してプログラムに載せて、できる限りごいっしょに歌っていただけるようにと願っています。
 今回迷ったのは「町」と「街」という表記の違いについて。「雪の降る街を」と、「サンタが町にやってくる」の表記はこれでいいのか?ということですが、「街」は私の解釈では都会の街角といったイメージ、「町」はそれよりももっと小さいエリアの事と思ってこの表記にしています。
 
 やっとプログラムの版下ができると、以前は自宅プリンターで出来る大きさで、A4を二つ折りにしてA5のプログラムでしたが、それでは高齢者の視力にはどうも見えていないようなので、今ではA3用紙二つ折りの紙2枚分の8頁を限度どしてプログラム(兼・歌詞カード)としています。

 で、今回も市役所横にある市民活動センターへ印刷に出かけたらなんと、A3用紙のはずがB4用紙を持って行っていて、出直して刷りなおすには、孫を預かる時間も迫っていて日を改めてになってしまいました。今度こそ、と別の日(土曜日)に出向いて取り掛かるとすぐに、印刷機のインクが切れたとの表示。市民活動センターには、普段は市役所の職員さんが常駐しているものの、土日は高齢者のボランティアかアルバイトの方がいるだけなので、見おぼえた手順で新しいインクの筒を入れたのですが動かない。。。しばらくやってそのボランティアの方を呼んで、見てもらってもどうもらちが明かないところ、やっと、そのインクの筒の先のキャップを外していなかったことが分かり、一件落着。やれやれ。
 で、やっと試し刷りにこぎつけたのですが、その前のインク切れがたたって、まだらに薄く出る部分があり、何枚も紙を無駄にしました。
 やっと普通に予定の80枚ずつを裏表、4度印刷。上下左右を間違えないようにページの配置もちゃんとできました。
 次は「紙折機」であっという間に二つ折りにしてもらうはず・・・・だったのですがなんと、2枚目の紙の折り山を逆に折ってしまい、再び向きを変えて機械にかけても変な折癖がついて駄目。
 仕方なく手作業で80枚を折りなおし。
 で、その2枚を冊子になるように組んでいくと、なんとまあ、紙束の切れ目があり、前の紙のほうが白っぽいので、組んでみると真っ白なのと、やや黄ばんだ紙とが組み合わさり、ちぐはぐなものに。
 いろいろとケチがついて、いつもの倍の時間がかかったのに仕事は納得のいかないものになってしまいました。お許しを願うしかありません。
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ポスターのほうは、自宅パソコンから印刷して2枚貼り合わせにしています。インク代がべたに色を付けるとたぶんA4で1枚当たり70円くらいにつくと思います。

 
 
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by kurashiki-keiko | 2016-11-27 17:53 | 合唱団 | Comments(0)

順番に、順番に

 昔中学生だったころに、そのころのお友達のおじいさまの愛蔵の本だという、吉川英治著の宮本武蔵全6巻を読みました。新聞小説の時の挿絵もたっぷりあって読みやすくて面白かったのでしたが、その中の一つ、最初の吉岡一門との決闘シーンに、大勢を相手に戦うのに、わざと田んぼのあぜ道に誘い込み、相手が一人ずつしかかかってこられないようにしてから、順番に立ち向かっていった、という箇所がありました。なるほど、それなら一人で大勢ではなくて、一対一だから。
 また、ちょっと前の気象予報士の倉島厚?さんが、「大変だ大変だ、やることがいっぱいあって」とバタバタしていたら、お父様が、「物事は横にしてみるから大変に見えるが、縦にしてみなさい」とおっしゃったとのこと。言われたように、一番急ぐものから順に縦に並べてみると、一つずつ片付ければよい、と気が付いて、ずいぶん楽になった、とのことでした。
 翻って、私もこれまでにこのことを知ってずいぶん助けられました。どんなに忙しい時でも、常に優先順位を作って順番に、着実にコツコツと片付けて行っていれば、あら不思議、あんなにたくさんの仕事が待ち受けていてもいつの間にやら片付いているではありませんか。
 そして、隙間の時間に、何分あればこの仕事ができる!と気が付いた時のうれしさ。その仕事をするためにその隙間の時間が与えられた、ような気がします。
 たとえば、今回は夫の骨折でお風呂の介助が必要になったときのこと。夫が患部をポリ袋で守り、湯船につかっている間に、私は隣の洗面所で待機しつつ、歯磨き、お化粧落としと洗顔、洗面台の掃除などができました。
 また、全く違いますが、民生委員の仕事も、いっぺんに忙しくなるのではなく、私の手助けや見守りを必要とする人は一人ずつ一人ずつ現れては解決に向かったりそれなりの収束を見たりしてきました。
 ほんとにありがたいことでした。何事も順番に、ひとつずつ…
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by kurashiki-keiko | 2016-11-25 17:18 | しみじみしたこと | Comments(2)

家族新聞「あじさい通信」235号ができました


d0031853_1425784.jpg今月号のトップは、孫娘の3歳の誕生祝をお嫁さんの両親も一緒にしたこと。島根から5時間、旅行を兼ねて出かけてこられたので、レストランでのディナーとなり、めったに食べられない和牛のヒレステーキと、アンパンマンのバーズデーケーキをいただきました。おいしかったです。
つぎはやっぱりこれまためったに行かない、動物園。「どんぐりポスト」に動物の餌となるどんぐりを園内で拾っていれるというのに3歳の孫娘はとても気に入っていっぱい拾いました。
 また、中2の孫1号が職場体験をしていたのに首尾よく(偶然)遭遇できたこと。紅葉狩り。家事家計講習会に二人のお嫁さんが参加してくれたこと。3歳の孫がこのごろ鉄棒の懸垂がお気に入りになって、窓枠だの椅子だのにぶら下がっては「見て見て」と得意顔。などなど。夫の骨折事故も載せていますが、明るく楽しい記事が満載でよかったです。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-23 14:07 | 家族新聞 | Comments(0)

病院見学ー川崎医科大学付属総合医療センター

 12月1日に開院という、岡山市内の川崎医科大学付属総合医療センターの見学会が20日、21日にあるというので、21日昼前に行ってきました。大勢の見学者で、受付でパンフレットと記念品のボールペンの入った袋をいただき、いざ、救急窓口やら救急車の入る口、さらに手術室や最新の医療機器、病室、屋上庭園など、それからDVDで川崎病院の歴史についての説明を見せていただくなどして、約1時間の見学コースを終えました。面白く興味深く見せていただきました。
 昭和25年だったかに焼け跡に開院したこちらの最初の建物を私は子供の頃に見ていました。なんでも、患者さん本位に、いつでも24時間対応で受け付けます、というのが始まりで、のちに准看護婦の学校を作ったり、看護学校を作ったり、また旭川荘という障碍者のための大きな施設を作ったり、また医者の卵たちが医学以外に人としての心がけをちゃんと教育しなくては、という思いから医科大学の設立まで、川崎宣祐さんという創始者の思いは素晴らしいものがあったと思います。その創始者の思想は、大学や病院の職員にちゃんと受け継がれているものと思い、大変期待しています。

 
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こちら、救急部の待合あたり、お祝いの胡蝶蘭がずらーり。院内お祝いのお花だらけ。救急車が到着する入り口から緊急の手術室などが1階のこの奥に並んでいました。

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こちら、こんなことでもないと決してお目にかかれない、手術ロボットの「ダビンチ」。左の方に操作するところがあり、見学者が操作して細かいピンセットで何やら模型をつまみあげていました。

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こちら、その操作席。

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ダビンチの威力はすごいらしい。一体お値段はいくらくらいするのかしら。

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こちらMRI(?)。全部で12室もある手術室。同時にいろんな手術が行われるのでしょうね。

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こちら、一番豪華(らしい)病室。バスタブも備わった浴室や、ミニキッチン、応接セットまでついていて、噂によると?1泊3万円(見学者の話なのであまりあてになりませんが)。

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屋上庭園。

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もと深柢(シンテイ)小学校の校地だった名残をとどめる?地下駐車場の入り口付近。280台分だそうです。岡山市街地の中心部だし、市電の電停や天満屋バスステーションにもほど近いので、なるべく公共交通機関利用のほうがよいけれど。


参考:岡山市立深柢(しんてい)小学校⇒http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/kenmin/omoidenomanabiya/okayama-sinteisyo.htm

川崎医科大学付属総合診療センターのホームページはこちら⇒https://g.kawasaki-m.ac.jp/teaser/
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by kurashiki-keiko | 2016-11-21 17:15 | 感動したこと | Comments(0)

総社の井山宝福寺の紅葉

 20日(日)息子たちと紅葉狩りに出かけました。

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昼頃でしたが、渋滞の列で、なかなか駐車場にたどり着けませんでした。山門付近。

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本堂裏手は絶好の撮影スポットで、ライトアップのライトがたくさん設置してありました。

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本当に美しい紅葉。広い場所は子供たちが駆け回っています。
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落ち葉のグラデーションも美しい。

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石段にも降り敷く紅葉。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-21 17:03 | おでかけ | Comments(0)

山田太一ドラマ「五年目のひとり」

たまたまテレビの番組表を見ていて、山田太一脚本のドラマがあると知り、これはきっといいドラマに違いない、とずっと見させてもらいました。
山田太一氏は、http://www.geocities.jp/kurasikitomonokai/kouen.html2003年に倉敷友の会の婦人之友愛読者会講演会の講師に倉敷に来ていただきました。
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婦人之友編集長も同席された午後の会にも出席していただき、お話を伺うことができました。
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木下恵介監督の下で働いておられた時にお子さんがお生まれになったとかいう話もありました。その集まりの前に私は著作を1冊読んでいって一つ発言をしたことを思い出します。(中身はすっかり忘れました)
 NHKの土曜ドラマという枠が以前あり、「男たちの旅路」シリーズだとか、「車輪の一歩」だったか、車椅子の人が周囲に介助を求める話で、とても感動したことを覚えています。それ以来の大ファンです。あれからもう13年にもなるのだなあと感慨深いです。

 山田太一氏のドラマには定評がありますが、導入部分ではどんなドラマになるのかなと興味津々で見ていました。果たして、何気ないセリフの積み上げから、一人の人の生き方を浮かび上がらせる手法は、さすが、うまいなと感じました。また、女子中学生を演じた少女の自然な感じ、長いセリフがあるのにちゃんと演じていてすごいなと思いました。タイトルがどういう意味かなあと思っていたら、5年前の東日本大震災で家族親類縁者を皆亡くした男の人の話で、さすがに渡辺謙さん、厚みのある演技で引き付けられました。また、パン屋の主人を演じていた高橋克実さん、同郷の人を演じた市原悦子さんらわき役陣も名優ぞろい、よかったです。

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番組ホームページ⇒http://www.tv-asahi.co.jp/5nenmenohitori/#menu01


 
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by kurashiki-keiko | 2016-11-19 23:54 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

誕生日

 19日は私の、〇〇才の誕生日です。
11月というのは何かと行事の多い月で、学生時代にはグリークラブの定期演奏会がそのあたりにあり、たまたま二十歳の誕生日も定期演奏会でしたし、友の会に入ってからはたいてい家事家計講習会の最中というタイミングです。今日も、自分がかかわった会場ではなくてお客の立場ではありましたが、家事家計講習会がありました。
 午後からは夫の行きたいところへドライブ、帰りに前日予約していたケーキを夫が買うのを車の助手席から眺め(だって自分の誕生日のケーキを自分で買うなんてしたくない)、午後4時ごろたくさんの食料品を抱えて帰宅、洗濯物を取り込んだり夕食の準備をしたり。
 息子一家との土曜日の夕食は、カキフライとカボチャのポタージュなど。ケーキは孫たちも喜んで、3歳の孫娘が回らぬ舌で「ハッピーバーズデー」をうたってくれてそれはそれでうれしかった。
 これまでずっとずっと、夫の会社からのバーズデーケーキがもらえたので、いつもその1日後の私の誕生日にはその残りをいただくか、なし、だったものですから、今年たまたま土曜日が私の誕生日ということで、夫の誕生日には赤飯のご飯だけにして、ケーキは私の誕生日に食べることになったのです。

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直径15㎝のホールケーキ、ろうそくの数はテキトー。火をつけていざ、私の誕生日だからとばかりに吹き消そうとしましたが、私の席は一番遠かったものだから息が届きかねたのか、あらら、消せません。そこへ夫と、6歳の孫が待ってましたとばかりにさっと吹き消しました。
 孫も含め6人で食べるとちょうどよい大きさで一度になくなりました。親が亡くなって私もとうとう娘という立場がなくなり、妻・おばあちゃんという立場のみになりました。大病をした夫も幸いここまで生きてこれて夫婦でいられるというのもありがたいことです。先日出した喪中はがきの返事に、夫より1学年上の人が亡くなっていることを、その奥さんからいただき驚いたばかりです。
 長生きするにはやっぱり正しいちゃんとした食生活が一番大事だと感じる今日この頃です。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-19 23:42 | しみじみしたこと | Comments(0)