「鳥人間」!

23日(水)夜7時から、今回で40年目だそうですが、琵琶湖で飛ぶ「鳥人間」の番組が今年もあります。
なんと、お友達の息子さんが今年は31歳でまた飛ぶのだそうです。
彼はかつて東北大学からパイロットで飛んで優勝した人です。
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楽しみに見たいと思います。





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# by kurashiki-keiko | 2017-08-23 13:15 | 新聞・テレビから思う | Comments(1)

家族新聞「あじさい通信」244号が出来ました

 毎年8月号は墓参りの記事がトップになります。
今年もそうでした。次男も当たり前のように朝9時に夫の両親の眠る墓地に来てくれ、夫の母(2人姉妹だったので以後が絶えている)の両親の眠る真備町のお寺の墓地、それから赤磐市の元禄時代からの先祖代々のお墓20基におまいり。
長年墓掃除をしてくださっていたご近所の人にご挨拶に行ったけれど、お留守で顔見せできなかったのは残念でした。

また、夏恒例といえば小学校区の夏祭り。地域住民の力で開催される地域限定の夏祭りがあり、小さな子供たちは目を輝かせてPTAのお母さんたちが運営する様々な露店での買い物を楽しんでいました。d0031853_06470273.jpg
それから夏休みならではの親子クッキング、いとこ同士の出会いも。

 家族新聞というくくりなので私と夫の北海道旅行はずっと下の方に掲載。余市のニッカウヰスキー醸造所の展示物やパンフレットで拝見した、竹鶴政孝の妻リタの生き方に感動したこと。
 私のグリークラブ同窓会のことも隅っこに。

 次男が高校3年生の時分に始めた家族新聞がまさか父親になっても続けられているとは思いませんでしたが、孫たちにもこんなことがあった、と記憶の助けになってくれるとうれしいと思います。


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# by kurashiki-keiko | 2017-08-21 06:58 | 家族新聞 | Comments(0)

偶然に、ラーメン食べ比べ

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私は、日頃夫の健康上ラーメンとカレーはなるべく避けてきているのですが、偶然にもこの8月、3回もラーメンを食べる機会がありました。ラーメン食べ歩きが趣味の人にしてみればどうってことはないのでしょうけれど。
写真左端は4日に札幌の寶龍というお店で食べた味噌ラーメンで税込み714円。
真ん中は12日に笠岡で食べた笠岡ラーメン(並)で500円。
右端は下庄で食べた夫のかつての勤務地が発祥、国道8号線にちなんだという8番らーめん(野菜・醤油)で604円。
札幌ラーメンはやっぱり北国らしくこってり系でシニアの私にはちょっとしつこい感じがしました。
この中ではお味は笠岡ラーメンが好きで、さっぱり系とでも申しましょうか。
8番らーめんは夫が言うには野菜が山ほど乗っているのがもともとだそう。なのでその野菜たっぷりさ加減が私は好きです。
と、まあ三者三様の味、トッピング、などでした。

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# by kurashiki-keiko | 2017-08-21 00:12 | 外食 | Comments(2)

NHK「ファミリーヒストリー」 ショーン・レノン&オノ・ヨーコを見て

 
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18日夜の「ファミリー・ヒストリー」、ショーン・レノンとオノ・ヨーコ編は興味深く見ました。
小野家の先祖が岡山藩にいたとのこと、岡山大学に資料が残されている、という部分では地元だけにビックリ。
戊辰戦争で敵味方になっていた女性と結婚したという話にもまたドラマチックなものを感じました。
そしてそして、皆さんすごいお家柄、すごい経歴の持ち主ばかり。
お母さんが安田財閥のお嬢様というかお姫様のような人だったのだとか。
それで反骨精神からあのようなアーティストになったのですね。
そしてジョンとの出会いは、たまたま彼女の展覧会を見に来たジョン・レノンが、作品の脚立に上がって虫眼鏡で見上げた先には小さな「yes」の文字があったとの事。世界を肯定しているのだと捉えたそうで、彼女のアートにはまったジョンの方が積極的だったのか?
 また、有名な「イマジン」の曲想はもともとヨーコの詩がベースにあって、ジョンが作曲したのだそうで、あの曲は2人の合作だと認定されたのだとか。
 私も、長い間彼女を誤解していたことに気づきました。ジョンが射殺された後、苦労して一人でショーンを育てたということも、知りませんでした。
 ショーンのことも、彼女とジョン・レノンとの間にできた子だとは思っておらず、先妻との間の子かしら、くらいに思っていたのが大誤解でした。

 そういう番組はあまり見ない夫も引き込まれて一緒に見ていました。
 見ごたえある番組でした。





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# by kurashiki-keiko | 2017-08-19 02:20 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

亭主元気?で留守な半日は

 お盆の行事も、長男の協力で祭壇やお供え物を片付けて無事終えることが出来、日常が戻ってきました。
 夫は先日の人間ドックで大腸と胃の要精検になったので、川崎医科大学で2つの内視鏡検査の予約を今日に入れており、朝7時半ごろ出かけて行きました。少なくともたぶん3時ごろまではかかるだろうと踏んで、久々の縫物を始めました。
 まずはボタンの取れたブラウスが2枚あるのになかなかつけられないでいたので、ボタンいろいろ入った瓶から似たのを取り出してつけました。
 それから、7月の友の会の洋裁グループで少し縫い始めていたスモックエプロンの続きの作業。首の見返しがつけられたので、あとは脇の袋縫いを左右と、袖口のゴム通しのところを縫ってゴムを入れるところまでで時間切れ。生協の配達があったのでした。一人で縫物をしていると、細々したところで質問したくても誰もいないので、やはり友の会の洋裁グループで聞きながら少しずつ、というのがいいなあと思えました。
 お昼は軒先のゴーヤーが沢山実をつけていて、少しでも消費しなくては、と、豆腐はなかったので玉ねぎとキャベツと三枚肉と一緒にチャンプル―にしました。残りご飯をおにぎりにして冷凍していたのを解凍し、即席みそ汁とチャンプル―でごはん。
 お昼は近頃は往年の大女優さんらが出ている「やすらぎの郷」を見てやすらいで?今回は体力自慢の入所者(伊吹五郎、藤竜也ら)が悪行のゴロツキたちを懲らしめるという回でしたが、楽しんで見ています。本当は木曜日は「サラメシ」(NHK、中井貴一さん)が好きなのですが高校野球で。

 それから洗濯物をたたんだりしているうちに生協の配達があってバタバタしていたら、夫が帰宅。亭主元気で?留守の半日、やっとこさ家でミシンの仕事が出来ました。内視鏡の結果はやはり異状なしだった模様。ま、安心料だからね。

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# by kurashiki-keiko | 2017-08-17 22:39 | がんばったなあ | Comments(0)

墓参りツアー

 8月13日(日)お盆の始まりは墓参りから。
 我が家の「墓参りツアー」は、先日墓掃除をした、夫の両親の眠る墓地から。先に着いた次男から「まだあ?」という電話で慌ててこちら、長男の運転する3列シートの車に長男とお嫁さん、孫2人、私たち夫婦が乗って出発。
墓掃除のときにお供えしたシキビに加えて持参の花束をお供えし、「おじいさん、おばあさん、皆で来ましたよ。どうぞあなたの孫やひ孫たちが幸せに暮らせるように見守っていてくださいね」と呼びかけました。
 次は真備町のお寺の墓地に眠る、義母の両親と幼くして亡くなった妹のお墓を訪ねます。義母は2人姉妹の長女で、その両親はどちらも早くに親に死に別れたそうで、実家の本家の屋敷の裏にもともとのお墓はあったのですが、お寺の墓地に小さな土地をいただいて移したのです。
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なかなか行けないので行くと落ち葉や草がいっぱい。持参の軍手やねじり鎌で皆で草取り、お掃除して、小さな墓地なのであっという間にきれいになりました。
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この墓地に入る人はもういません。お位牌はもうお寺に永代供養で預けたので、母の子孫である私たちが守らないと、そのうちに無縁仏になってしまいます。

 続いて、総社インターから山陽インターへ高速道路に乗ります。途中の吉備サービスエリアでトイレ休憩。案の定お盆のことで駐車場は一杯、すごい人でした。山陽インターを降りてからは北へ。ドイツの森を過ぎたあたりの「ドライブイン菊峠」で恒例のお昼ごはん。これまたすごい人で、席は確保できたものの、注文の品が来るまで30分以上はかかったでしょう。次男が「待ってる間が無駄だよな」とか言うので、確かに、注文してから墓参りをして帰ってきても十分間に合いそうな間合いではありました。

 昼ご飯を済ませてからさらに山の上の方へ行くと、我が家のご先祖様の墓地が見えてきます。幸いにもうちの墓地は山の上の方にあるのに車が横付けできるのがありがたいことです。いつもお水の桶を借りて井戸水をいただくお宅を訪ねると、お留守。これまで留守だったことはなかったのになあ、せっかく次男一家と長男一家が顔見せに行ったのに、残念。
 でも、お墓の花入れにはなんとかお水があったので、元禄の初めごろからの20基のお墓にそれぞれお花を入れ、分担してお線香をお供えしました。我が家の祖先は宇喜多家の家臣だったらしいです。見晴らしの良い山の上、しかも大きな柿の木の木陰もあって、はしゃぎまわる孫3人。ほっとするお墓参りのひととき。記念写真も撮りました。三脚がなかったので次男と長男がかわるがわる写してくれました。
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その昔、その長男、次男に長女も加えて、亡くなった夫の両親とこの墓地を訪ねたものでした。あの頃は私も若いお嫁さんだったのが、お嫁さん2人のお姑さんになって、代が代わりました。こうして次世代と一緒ににぎやかにお墓参りできたのは幸せなことです。夫も足元がだんだんおぼつかなくなってきているので、この先いつまでもこの状態ではないでしょう。今年は幸せなお墓参りでした。

 帰途は、山陽インターから岡山インターの間が事故渋滞でのろのろ運転、ずいぶん時間がかかりましたが、無事墓参りを済ませ、
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祭壇にお花と霊供膳もお供えすることが出来ました。
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恒例の送り火を焚いて仏様をわが家にお迎えします。孫たちとまたにぎやかに花火をしました。短い間ですが仏様たちに我が家で過ごしていただきましょう。






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# by kurashiki-keiko | 2017-08-14 03:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

お盆に思う

 毎年お盆の準備は、墓掃除から始まります。
 若いころは墓掃除なんてしたこともなかったけれど、舅姑を送ってからは、私たち夫婦の、そして一緒に住む長男夫婦、孫が生れてからはお嫁さんは来られなくなり、長男と私たちの3人で、11日くらいの早朝に行っています。今年も、長男と3人で。
 と思ったらなんと、夫がその朝忘れて散歩に出てしまっており、長男と車で出かけたら、帰ってくる夫に出会い、車で拾って行きました。
 
 墓地に着くとあら、今年は草がない。たぶん、墓地の管理者が除草剤を撒いたようです。おかげで枯れたお花を片付けてシキビを供えてお線香を手向けておしまい。

 そしていつもは夫婦で汗だくで協力して祭壇を組み上げるのですが、今年は気が付いたら夫が大部分をしてくれていました。
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霊供膳と、お花は痛むので墓参りツアーが終わってから供えるつもりです。

それにしても、若いころ、いえ子どものころに祖父母宅に行くと、青い薦(こも)を敷いた立派な祭壇がしつらえてあり、お盆の風物詩、と思いつつ、親から託されたお供えのお菓子を置いてリンを鳴らしたものでした。
 仏さまをお祀りする立場になってみると、このお盆中の行事が結構忙しいものだと知りました。墓参りをする前の草取りや掃除。夫の両親の眠るお墓と、夫の母の両親の墓参り。母は2人姉妹だったので、私たちが行かないと母の妹一家の方はあまりお参りしていないようなので、2歳で亡くなったという母の妹の小さなお墓と、母の両親との小さな墓標にお花を手向けます。
 それから、父の兄たちまでが眠る元禄以来のお墓20基がある田舎の墓地。夫の祖父母と伯父までがこちらに入っていて、とても見晴らしの良い山の上の方にありますが、車が横付けできるのが助かります。崩れてしまった丸っこい五輪の塔も3つくらいあり、文字が読み取れる一番古い墓標が元禄10年ごろという、古い墓地です。
 3か所回り、年によってはさらに私の実家の先祖が眠る墓地まで回ると、もう1日仕事で、夏の暑いこともありへとへとになります。今年はそんなわけで私の実家の方の墓地は弟たちにお任せして、省略することにしました。

 帰宅してから祭壇にお供えする霊供膳の料理?もこしらえるつもりなのですが、色彩を考えつつ煮ものの組み合わせを考えています。

夜、暗くなってからは肥え松を燃やして「送り火」をしがてら花火をする予定です。
送り火をするのもうちのご近所ではたぶんうちくらいの物ではないでしょうか。もっとも、お仏壇のない若い家庭が我が家のまわりには多いのですが。
夫の両親がやっていたのを受け継いだだけなのですけれど、母は父が亡くなってからは月に向かって「おーい、おーい、お父さん、これを見て帰ってきてちょうだいよ~」と叫んでいましたっけ。

 だんだんと体力的に、と、頭の回転が鈍くなり、段取りを考えるのが面倒になってきています。お盆の祭壇を作る段取りなども、お嫁さんに引き継いで行かねばと思うのではありますけれど、以前私が何にも知らなかったことを思うと、その場になればがんばって学ぼうとしてくれる、と思います。



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# by kurashiki-keiko | 2017-08-12 22:59 | しみじみしたこと | Comments(0)