千屋牛

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JAあしんの「あしん定食」1,800円。倉敷から車で2時間。
昨日、一昨日がいわし、アジだったのでお肉うまし。千屋牛最高!

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# by kurashiki-keiko | 2017-06-10 13:06 | 日常 | Comments(0)

偶然‐倉敷市の記念手ぬぐい

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だいぶ前ですが、たぶん『明日の友』だったかに手ぬぐい1枚で作るキャップの作り方を田中周子さんが紹介されていて、手近にあった古い手ぬぐいで試しに作ったものがこれです。ところで・・・
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倉敷市の市章が染められていてさらに
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こちら、「合併記念」とあります。
なんとこれ、
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昭和42年、それまでの倉敷市、玉島市、児島市の三市合併記念に作られた手ぬぐいでした。
何でこれがいまだに我が家に存在していたのかが不明ですが、
たぶん、亡くなった母のマンションを片付けた時にでもあったものでしょうか。

おりしも、ことしはその合併から50年に当たる年だそうです。



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# by kurashiki-keiko | 2017-06-07 00:55 | しみじみしたこと | Comments(0)

「ブラタモリ」より「倉敷~なぜ美しい町並みに」を見る

 6月3日(土)夜7時半からの「ブラタモリ」は、倉敷の美観地区を歩く回でした。
長いこと帯番組の司会をしていらしたためでしょう、倉敷は初めてというタモリさんでした。
生まれも育ちも倉敷、という市役所職員の方の案内で、倉敷川の観光川舟から出発した倉敷のブラタモリ、生まれ育った夫にとっても、倉敷に住んで30年の私にとっても興味深いことばかりでした。
 倉敷紡績の工場はもともとあった代官所の敷地に建てられたということは知っていましたが、レンガの積み方の呼び名までタモリさんが知っていたのにはびっくりでした。
 イギリスの工場の立て方をそのまま真似した、と聞いて、かつて朝ドラ「マッサン」でスコットランドのウイスキー工場の場面でこの紡績工場の入り口のレンガのところがロケ地になっていたのに気づいたのは倉敷の人くらいでしょうが、なるほど、そういうことだったのかと分かりました。
 イギリスの工場の窓の勾配をそのまま倉敷に持ってきたら、緯度が違うので日光が直接入り込んで暑くなった、というのには初めて知りました。暑さをしのぐために考えて蔦で覆った、というのは知っていたのでしたが。大原さんが工員のことを思って、ということもあって蔦を茂らすことを考えたのかなあと思っておりました。
 また、倉敷はかつて一面の海だったのを干拓してその土地で綿花を栽培して、それが紡績工場のできたもとにある、ということも知りませんでした。綿花による紡績だとか、コメの集積地だったために豪商が生れた、そしてその豪商たちが故郷を守るために、美観地区を守り、大原美術館という立派な企業メセナを作ったのかな、と思い、ますます倉敷が好きになりました。




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# by kurashiki-keiko | 2017-06-04 02:26 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

「緑の風コンサート」にて

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「緑の風コンサート」と銘打っての、老人ホームのデイサービスにいらっしゃった皆様の前でのミニコンサートがありました。
30人くらいのお年寄りを前に、これまでの練習の成果を披露させていただきました。チケットを売ったり有料の会場を確保したりということは難しいので、このような発表の機会を与えられることは私たち小さな素人の合唱団にとってはありがたいことだと思います。お客様の中には100歳の人がお2人いらっしゃったそうですが、とてもお元気で眼鏡もなしで歌詞のプリントを見ておられたとの事。
曲目はいずれもお客様たちの女学生だったり子供時代だったりの懐かしい曲だったと思われますので、「みんなで歌おう」コーナーでなくても口を開けて歌っておられました。
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「みんなで歌いましょう」コーナーは「幸せなら手をたたこう」と「瀬戸の花嫁」でした。歌いながらご自身がお嫁に来られた時代のことを思いだしておられたのかもしれません。
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最後に全員にお花をいただきました。こちらの方こそ、歌う場所を与えていただきありがとうございました。




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# by kurashiki-keiko | 2017-05-31 15:58 | 合唱団 | Comments(0)

嘉門達夫「明るい未来」を聞いて

たまたまラジオの深夜便を聞いて、嘉門達夫さんの「明るい未来」という歌がかかっていました。
いわく ↓
ダイヤル式の黒電話だの、牛乳配達の音だの、子どもの頃の秘密基地だの、懐かしい言葉がいっぱい。
未来を信じてきらきらしていたころの思い出が確かに詰まっている。
忘れていたあの昭和の時代をなつかしく思いだしました。
足りないくらいがちょうどいい、ではないですが、未来はもっと豊かになっているはず、と信じて進んでいたあの時代でした。

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# by kurashiki-keiko | 2017-05-31 02:21 | しみじみしたこと | Comments(0)

コンサート前夜

 5月30日(火)、翌日の倉敷のデイサービス施設でのコンサートを前に、最後のおさらい。
サプライズの小さなイベントの打ち合わせも含め、通して稽古しました。
喜んでいただけるといいな。


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# by kurashiki-keiko | 2017-05-31 01:31 | 合唱団 | Comments(0)

小学校の運動会見物をして

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孫の小学校の運動会の見物(あえて見学とは言わない)に行ってきました。幸いお天気も良く、日差しはきつかったけれど無茶苦茶な暑さというわけでもなく、良いコンディションでした。
 息子が敷いてくれた敷物は前から2番目。なので後ろの人の迷惑にならないように、息子持参の椅子は使わず敷物にべったり。息子はというと、一眼レフデジカメに望遠レンズを取り付けて持参の脚立の上で孫を狙っていて、敷物に一緒にいることはほとんどありませんでした。孫の出番は全員参加の大玉転がしのほかには写真の「でかパンリレー」と、ダンスのような「表現」というジャンルのものと、コーンを回ってきてわっかをつなぐリレー形式のかけっこの3つ。さすがに脚立の上に立って望遠レンズで狙った息子の画像はなかなかのもの。何百枚の中からのセレクトで10枚ばかりをもらいました。
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昔の、私たちの子供時代の運動会と様変わりしたのは、リレーが色分けの鉢巻きではなくて色別のベストを着て走ったこと。見やすくて確かにわかりやすい。あと、入場門、退場門が写真のようなのに変わっていたこと。昔は紅白の布を巻いたものだったような気がします。またアウトドアに慣れた親が増えたからか豊かになったのか、運動場の外周にはテント村?が出現したこと。簡便な、人が2人も入ると一杯になるようなものから、本格的に3畳から四畳半くらいあり、中にテーブルのセットまで置けてネットで囲われたような本格的なものまで。その中でお弁当を食べるのでしょうが。あとはディレクターチェアみたいな折りたたみいすを持参する人も多いこと。
 学校の規模は児童数が500人ちょっとだそうで、運動場に親たちがギューギューというわけでもなくて程よいにぎわいでよかったのではないかと思いました。

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# by kurashiki-keiko | 2017-05-27 22:36 | 元気が出たこと | Comments(0)