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ひきこもり新聞



先日、いつもは見ない時間帯にテレビをつけたら、偶然にもかつてひきこもっていたという人によって「ひきこもり新聞」なるものが創刊されたとの話題でした。実は、民生委員としての私の受け持ち区域にも長い間引きこもっている若者(30代)がいます。
 訪ねて行ってもまだ一度もお目にかかったことがなく、保護者は、両親ともなく一人暮らしをしているとの事。経済は叔母さんによって助けられているそうですが、今後その叔母さんもいずれは年を取って・・・と考えると、自立のために出てきてほしいとずっと気にかかっていました。
 希望の一歩となりますかどうか、さっそく取り寄せて郵便受けに。透明な袋に入れて行ったのですが、郵便受けにはチラシ類がいっぱい。果たして目にとめて見てくれるかどうか、そして心を少しでも開いてくれるかどうか。
 先日の民生委員の研修の講演には、かつてNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」にも取り上げられた大阪府豊中市のコミュニティーソーシャルワーカー、勝部麗子さんが
講師としていらっしゃり、そのお話の中に「80-50問題」と言って、80歳代の親が50歳代の引きこもりの子供を抱えている、というのがありました。結構な数があるようで、何とか人生を引きこもって終わらないで、世の中に出てきてほしい、と、小さな一歩でもこの新聞がその契機になってほしい、と願っています。

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by kurashiki-keiko | 2017-03-02 17:11 | 地域社会 | Comments(0)

エプロンを縫って

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 先週裁って紐だけ縫っていたエプロンが、27日(月)1日でなんとかほぼ完成しました。この日は買い物に出なくても済むようにしておいて、それでも蒲団を干したり夫とのお昼を作ったりと家事をする合間に何とかできました。
 前回、色違いの布を縫い合わせた裏の始末はロックミシンにしたのですが、今回は折り伏せ縫いにしました。胸当てのところの紐が角の隅からちゃんと出るようJになっているかなど私としてはこまごまと気を配って縫ったつもりではありますが、何しろ大雑把な性格なもので、きちんと洋裁をする人から見れば始末の雑さがたぶんあちこちに見られるのだろうなあ、と思います。
 ともあれ2月ももう終わり、気づけば庭には草がびっしり。寒さの日々、家にこもる仕事ももうそろそろ終わりにしないといけなくなってきました。

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by kurashiki-keiko | 2017-02-27 20:59 | がんばったなあ | Comments(0)

心の「母」を喪って

 1日、家から一歩も出ずに過ごしました。
岡山駅からは会場の国際ホテルまでシャトルバスが運行された由。
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一人静かに、シスターの生涯をたどり、「行ってらっしゃい」と社会へ送り出された卒業の言葉を思い出しています。
お近くに数年を過ごすことが出来たのは何よりの私にとっての誇りです。
1年生と4年生で必修だった人格論などの月曜の1限の授業では、学生としての心得を含めていろいろと教えていただきました。
修道院に隣接した寮で暮らした間により身近にお姿を拝見する機会がありました。

当時募集された「学生歌」に応募したところ、応募者が少なかったせいか、私の曲が採用され、当時の音楽の教授だった先生の補作ののちにソノシートにされ、吹込みにもグリークラブのメンバーの一人として参加したのでした。ご褒美に赤い表紙のルーズリーフのノートを当時の学長のシスターから直接いただき、今もぼろぼろになっていますが、レシピノートに使っています。
今はその「学生歌」も忘れ去られているみたいですが。
・・・同じ年に実母と、心の母ともいえるシスターを喪うとは、私の心の報告をする相手を喪ったようです。

お教え通りに、置かれた場所を選ぶことはできませんが精一杯にこの場所で花を咲かせるつもりです。



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by kurashiki-keiko | 2017-02-12 22:34 | しみじみしたこと | Comments(0)

わが家の晩ごはん-間食に干し柿で

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19日、夫の定期受診で栄養指導の栄養士の先生に見ていただくために、これまでの我が家の食事の写真を「フォトスケープ」のソフトの印刷機能を使って並べてプリントアウトして持参しました。
写真の下の文字は年月日です。一番下の段の真ん中はひるごはんのうどんで、あとは晩ごはんです。
一番上の段の左端が前日に食べた夕食で、メインは珍しくサバの刺身。寒サバというのか、とろけるようでおいしかったです。量がほんの少しだったので、お汁はさつま汁、いわゆる豚汁、それにおから、ほうれん草のお浸し、雑穀を少々混ぜたご飯。
夫の健康のために大体こんな感じで、週末に孫たちと食べるときのほかは揚げ物もほとんどしませんし、魚中心の和食を心がけています。
 栄養士のいつも見ていただく先生が不在のため、代わりの先生でしたが、この報告書の写真をお見せするのが私の励みであり張り合いです。

 それなのに、栄養士の先生がデーターをグラフにしてみると、夫の数値はこの2か月でグーンと急カーブで上がったものがありました。考えてみると、原因と思われるのは、年末に干し柿の産地で遠縁の人に頼んでぎっしりと箱に入った干し柿を2箱、夫が買ってもらい、保冷パックで冷凍していて、それを一人でおやつに毎日1個ずつ食べていたことでした。夫は軽い糖尿があるので、それを食間に食べると大変よくなかったのでした。また、私が外出した日に、面倒だからと食べなかったことがあったことを言うと、食べないのは一層よくない、食べなくてもよいように体が栄養をため込む体質になる(と言われたかな?)とのこと。
 帰宅してから念のため調べてみると、温州ミカン100ℊあたり64kcalに対して、生の甘柿だと60kcal、渋抜きだと63kcalに対して、干し柿100ℊでは276kcal、4倍以上も。
 食事の最後にデザートとして食べる分には血糖値があがっても一時なのでまだましだけれども、食間におやつとして食べるのは血糖値の変動が何度もあることになるのでよくない、と以前言われたことがありました。それも忘れて食間に高カロリーの干し柿を食べて数値が悪化したのに違いありません。
 せっかく献立に気を配ってきたのに帳消しになったみたいで、ほんとに悔しい話でした。
 前日のミシェル・オバマ夫人の話ではないですが、食べる本人に栄養の知識がないといけないと思いました。女性だけではなく男性にも、料理もできれば作れるに越したことははないけれど、作れなくても、自分の食べるものに対しての知識はあってほしい、それにはまず学校の家庭科を充実させて、栄養の知識を子供の頃に身に着けてほしいものだと思います。
 

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by kurashiki-keiko | 2017-01-21 00:13 | 健康 | Comments(2)

新年互礼会

 互礼会というと、経済界とか会社関係ばかりかと思っておりましたが、町内会の役員でもあるのですね。
 民生委員・児童委員を引き受けるようになってから3期目7年目のお正月。地元の公民館に集まってちょっと豪華なお弁当を取り寄せ、26,7人でのささやかな?互礼会が日曜日昼にありました。
 そういう会に出るようになってから、初めの頃はほとんど知らない人ばかりでしたが、子育て時期に子供の剣道を習っていたお仲間の親だとか、なんとまあ私の中学時代に数学を教えてくださった当時は若手の先生だとかに再会することもあり、この地に住むようになってからもう30年もの月日が流れていることを実感します。役員の女性たちによる温かい豚汁も一緒にふるまわれ、男性はお酒を酌み交わし、慣れない人は少しかしこまり、この地で育った人は幼馴染と出会ってやあやあ、と言ったりして、それなりに時間を過ごしました。
 最後にじゃんけん大会?があり、勝った順に豪華賞品が。1等賞はシンビジウムの鉢。順に寄せ植えの花の鉢などが配られ、最後に参加賞としてプリムラポリアンサのかわいらしい花の鉢が渡されました。私は配ってくださったうちでは最初の一人だったもので、一番多くの選択肢の中からピンクのを頂くことが出来ました。
 落ち着いた住宅地の当地ですが、30年前にはあちこちに田んぼがあり、カエルの合唱がやかましいほどたったのに、もうほとんどが宅地化されて、1,2枚分くらいしか田んぼは残らなくなっています。若い人が家を建てて入ってくる地区は新しく30区画くらいあるようですが、古い地区は高齢化が進んでいるのが今後問題です。そんな住宅地の当地、これからの1年を背負っていく町内役員たちの親睦会、このメンバーによって今年の町内も無事にかなあ。と思わせられるひとときでした。

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by kurashiki-keiko | 2017-01-15 15:36 | 地域社会 | Comments(0)

作れました

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婦人之友社の雑誌「かぞくのじかん」Vol.35春号に出ていた巾着袋を縫ってみました。
布地はわが子が小さいころに縫ったパジャマや手提げ袋の残りなので、チェックのほうは2か所縫い合わせています。残り物の材料の缶におあつらえ向きにピンクの紐もあったのでなんとか1枚縫えました。裏地は、袖口が痛んできたスモックエプロンの布をリサイクルしました。というわけですべてあり合わせで出来たお弁当袋。
 大体おおざっぱな性格なので、今回もよく見ると・・・emoticon-0124-worried.gifな箇所がいくつもありますけれど、色彩的には気に入っています。
 というわけで、ついでに意欲が出てきて、新しい材料を手芸屋さんに行って買ってきました。この1枚を縫うのですら一気にとはいかず、切れ切れな時間を使って少しずつだったのでのべ3日かかったというのに、一体いつになることやらですが。

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by kurashiki-keiko | 2017-01-11 01:24 | うれしかったこと | Comments(0)

12月8日は何の日?

 8月15日は何の日か知らない人はあまりいないと思いますが、12月8日が何の日かを知っている人は若い人にはほとんどいないのではないでしょうか。私は母からよく聞かされていました。
 また、映画「トラトラトラ」にも出てきますが、その日、国民はラジオの臨時ニュースで、「戦闘状態に入れり」と、日米開戦を知らされたのでした。
 真珠湾奇襲でアリゾナはじめ米軍に少しの損害を与えたらしいけれど、それはその後の様子を見たらもう、日本の敗戦は当たり前のようなもの。無謀な戦争に駆り立てた軍部の横暴というか非常識は、いまさら言っても始まりませんが、戦争の愚かさを肝に銘じる日だと思います。
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私は前回の朝ドラ「とと姉ちゃん」の主人公の作った雑誌「暮しの手帖」が編集した「戦争中の暮らしの記録」を少しずつ読んでいます。戦争とは、兵隊が戦場で戦うのだけではなく、国民全体、大人も子供も、不自由な物資を何とかして補おうと奮闘努力したり、爆弾をかいくぐってどうにかこうにか生き延びている様子全体が戦争だなと感じました。私は戦後生まれですがいくらかは親世代から直接話を聞けていますが、今の若者は、祖父母の時代の話なので、どんどんこれらの苦しい生活からはかけ離れて遠ざかっていることを危惧します。よくある資料館の語り部、などの運動も立派ですが、身近な人達が、今の若者にしっかり説明をして語り継いでいかなくては、きっと風化してしまうでしょう。
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by kurashiki-keiko | 2016-12-08 22:17 | しみじみしたこと | Comments(2)

母の交遊から母を偲ぶ

 1通の封書が届きました。過日お送りした喪中はがきのうち、母がいただいていた今年の年賀状の送り主へ出したものの相手の方でした。
 夜遅くに、テレビを見ての感想などを、「こんな時間帯に起きていそうなのはあなただけだから」と電話をもらっては長く話し込んで「ではおやすみなさい」と言っていたのだとか。確かカメラの同好会がきっかけでお友達になった、元教師の方。母との交遊がとても楽しくて、亡くなったのが非常に残念だとのことでした。私も母からその人のお名前を聞いていたので、なるほど、と思いました。
 そして、普通だったら喪中はがきをもらった方の人は、ああそうか、で済ましてしまうことが大部分だと思うのに、こうして母とお付き合いのあった方々は、電話をくださったり、お葉書やお手紙をくださる人がもう5,6人。母がいかに多方面の方々と親密にお付き合いをしていただいていたか、その方々の心に残っているかがいまさらながらにわかり、年をとっても活発に生活してその方々に影響を残していたことがありがたいなと思ったことでした。
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by kurashiki-keiko | 2016-12-08 21:49 | しみじみしたこと | Comments(0)

民生委員・児童委員委嘱上伝達式

 今日12月1日、倉敷市民会館で、倉敷市の民生委員・児童委員の委嘱状伝達式がありました。
伝達、というのは、厚生労働大臣からの委嘱状を伝達という意味で、伊藤香織市長から、厚労大臣からの委嘱状と、は学区ごとの担当を委嘱するという委嘱状を代表者がいただきました。(伊藤市長、児島のジーンズ?のパンツスーツで実にカッコいい)
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 倉敷市内の民生委員・児童委員はおよそ800人とのこと。1期が3年で12月1日から、ということなのです。私はこれで3期目ですが、前委員長という、33年勤めたというから11期を務めた方の講演がありました。33年!若いころからお引き受けになられたということなのでしょう。
 さて、私も、帰宅後さっそく証明書の印鑑をもらいに来られた人があり、今日から新しい期の始動です。できることは限られていますが、受け持ち区域の様子をできる限りよく見て行かなくてはと思います。
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by kurashiki-keiko | 2016-12-01 16:48 | がんばったなあ | Comments(0)

順番に、順番に

 昔中学生だったころに、そのころのお友達のおじいさまの愛蔵の本だという、吉川英治著の宮本武蔵全6巻を読みました。新聞小説の時の挿絵もたっぷりあって読みやすくて面白かったのでしたが、その中の一つ、最初の吉岡一門との決闘シーンに、大勢を相手に戦うのに、わざと田んぼのあぜ道に誘い込み、相手が一人ずつしかかかってこられないようにしてから、順番に立ち向かっていった、という箇所がありました。なるほど、それなら一人で大勢ではなくて、一対一だから。
 また、ちょっと前の気象予報士の倉島厚?さんが、「大変だ大変だ、やることがいっぱいあって」とバタバタしていたら、お父様が、「物事は横にしてみるから大変に見えるが、縦にしてみなさい」とおっしゃったとのこと。言われたように、一番急ぐものから順に縦に並べてみると、一つずつ片付ければよい、と気が付いて、ずいぶん楽になった、とのことでした。
 翻って、私もこれまでにこのことを知ってずいぶん助けられました。どんなに忙しい時でも、常に優先順位を作って順番に、着実にコツコツと片付けて行っていれば、あら不思議、あんなにたくさんの仕事が待ち受けていてもいつの間にやら片付いているではありませんか。
 そして、隙間の時間に、何分あればこの仕事ができる!と気が付いた時のうれしさ。その仕事をするためにその隙間の時間が与えられた、ような気がします。
 たとえば、今回は夫の骨折でお風呂の介助が必要になったときのこと。夫が患部をポリ袋で守り、湯船につかっている間に、私は隣の洗面所で待機しつつ、歯磨き、お化粧落としと洗顔、洗面台の掃除などができました。
 また、全く違いますが、民生委員の仕事も、いっぺんに忙しくなるのではなく、私の手助けや見守りを必要とする人は一人ずつ一人ずつ現れては解決に向かったりそれなりの収束を見たりしてきました。
 ほんとにありがたいことでした。何事も順番に、ひとつずつ…
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by kurashiki-keiko | 2016-11-25 17:18 | しみじみしたこと | Comments(2)