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民生委員・児童委員委嘱上伝達式

 今日12月1日、倉敷市民会館で、倉敷市の民生委員・児童委員の委嘱状伝達式がありました。
伝達、というのは、厚生労働大臣からの委嘱状を伝達という意味で、伊藤香織市長から、厚労大臣からの委嘱状と、は学区ごとの担当を委嘱するという委嘱状を代表者がいただきました。(伊藤市長、児島のジーンズ?のパンツスーツで実にカッコいい)
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 倉敷市内の民生委員・児童委員はおよそ800人とのこと。1期が3年で12月1日から、ということなのです。私はこれで3期目ですが、前委員長という、33年勤めたというから11期を務めた方の講演がありました。33年!若いころからお引き受けになられたということなのでしょう。
 さて、私も、帰宅後さっそく証明書の印鑑をもらいに来られた人があり、今日から新しい期の始動です。できることは限られていますが、受け持ち区域の様子をできる限りよく見て行かなくてはと思います。
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by kurashiki-keiko | 2016-12-01 16:48 | がんばったなあ | Comments(0)

ゴミ小屋事件

 うちの地区は毎週火曜日と金曜日がごみ収集日。そして、共働き世帯などに考慮して前の晩8時にゴミステーションのカギを鍵当番が開けることになっています。
私の班は先月が当番だったので、済んでやれやれ、とばかりにお隣のグループに鍵を渡しました。
ところが、14日(月)、つまりゴミ収集日の前の晩9時ごろ、ゴミを出しに行ってみると… 
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下手な絵ですみません。ごみステーションの前にゴミ袋がずらーり。鍵開け当番の人がうっかりしていて、皆さん小屋の前において帰った様子。あらら。でも私も、膝が痛いのでそうそう何往復もするのは御免。やっぱりその前に置きました。おりしも雨が降っていましたので、軒下に並べて。
 …というわけで、痛い膝を引きずりながら慌てて帰り、隣のグループの先日鍵を渡したKさん宅に電話。すると、Kさんのお隣の一人暮らしの人だとのこと。その人から電話してみたが応答はなかったとのことで、留守電に入れたとのこと。先月だったかの訪問で、今年80代になったと聞いた人。9時というとひょっとしてもう休んでおられるか、入浴中か…。
 で、私、「合鍵がごみステーションの横の家のMさんが持っておられると聞きましたが」というと、さっそくMさんに電話したそうですが、応答なしだそうでした。「ともかく留守電を入れましたから」とのことで、それ以上はどうすることもできず。
 別の地区で、朝になってゴミステーションの前にうずたかくゴミ袋が置かれているのを見たことがあり、誰しも忘れることはあるから責められませんよねえ、と言って電話を切りました。

 朝になってその老婦人が収集時間ぎりぎりに出しに行かれたら…あらまあ、大変、ということになるのかなあ…と気をもんでいます。
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by kurashiki-keiko | 2016-11-15 00:37 | 地域社会 | Comments(2)

ずっと寄り添う―介護の経験を生かして

 ゴミステーションで資源ごみの当番で立っていると、ご近所で90歳代の親と身障者のご兄弟の面倒を見ておられる人がやってきました。最近の彼女はやせて、いかにも大変そう。どうしていらっしゃいますかとお声をかけさせてもらいました。
 苦しい現状を話されるので、私もかつて足掛け9年の介護の時代には、家のそばの道をテニスのラケットを持った人たちが楽し気に通るのを見るとうらやましくて、どこにも行けない自分がまるで井戸の底にいて青空を見あげているみたいだった、と話すと、「その通りの気分です」とのこと。
 話を聞くことは、現状を変えることはできないけれど、気分がほんの少しでも軽くはなるかもしれない、と思いました。
 今の私は民生委員というお役をいただいていますが、民生委員というのはいわゆる「おせっかいおばさん」だと思います。ずっとその人のことを、何とかできないものかと考えていたら、そうだ、介護手当とかいうのがあった、と思い至り、とりあえず高齢者支援センターへ連絡しました。すると、高齢のお母さまは介護認定を受けていないかもしれないということが分かりました。介護認定を受けたら何らかの支援が得られるということで、ちょっと光明が見えた気がしました。
 また、寝たきりの人に対しては歳末助け合いからの義援金も寄せられることを思い出し、社会福祉協議会へ早々とうちの地区には該当者なし、などと知らせていたのを撤回、もしかしてこの人がそれにあたるのかも、と思いました。
 私にとって思いつく限りのことをできたかなと思います。その当事者になる人がその支援のお金で何とかなるというのではなくて、心配している人がいる、あなたは世間から忘れられてはいないということだけでも救いにならないかと思いました。

 つづき
 結局、この人のお母さんは介護認定も受けていて、某病院のケアマネさんが入っているとわかり、それなら私の出番ではないということになりました。地域の高齢者支援センターの担当の人と電話で別件の高齢者のことでも連絡することができ、それはそれでよかったのでした。
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by kurashiki-keiko | 2016-10-27 03:05 | 地域社会 | Comments(0)

敬老の日のお祝い品をお配りして

 民生委員・児童委員の私の受け持ち範囲の22人の方々の家を、お祝い品をお持ちして訪問するのは、お元気な方だと年に一度の貴重なお会いする機会になります。
 役をお引き受けした時には、ずぼらで人のために働くなんてめんどくさいと内心思っていた私にとって少々気の張ることでしたが、2期目6年目となると、顔なじみになり、打ち解けて、「日中は何をなさっていらっしゃいますか?」との問いにもよく答えてくださいました。
 お一人は体がご不自由になり、都会から娘さんが帰ってきて同居されることになり、お一人暮らしは解消したとのことで、お断りになられました。また、高校生のお孫さんが同居されていたのは知っていたのですが、大学生になっても幸い地元なので同居、とのことで、良いことですが、こちらは残念ながら訳を話してご理解いただき品は持ち帰るということもありました。
 以前、私の任期の初めのころに町内会長だったお方のお宅を訪ねると、「あなたまだしてるの?」とのこと、「はい、任期は3年ですが2期目の6年目です。今のところ体も健康だし隣に息子もいるので、あと3年するつもりです」とお答えしてきました。最初のころは私も6年でも長いという気持ちだったのですが、町内見回してみると、私、車の運転もパソコンもできるし、機動力、行動力、ボランティア精神もそこそこ?あるし、結構向いているのじゃない?と思えます。後任の方の人選もあるでしょうが、いま思いつくお顔がありません。(それは困ったことです)。ま、あと3年、この敬老の日の配りものができる体力があるときは大丈夫でしょう。
一番気になっていた、もはやごみ屋敷と化している一人暮らしの男性のお宅、耳が遠くて呼んでも叫んでも答えがないので、来訪の趣旨をメモ書きして置いてきました。翌日はたまたまご町内の一斉清掃の作業があり、主婦の皆さんに相談すると、みなさんそのお宅の惨状をご存じで、「私一人の手には負えないので、みんなでゴミ出しを手伝ってあげたいけれど、協力してもらえますか?」と聞くと賛成してもらえました。ほっとして、当のお年寄りにお祝い品を渡すときにお尋ねすると、「家の中を見られたくないので門のところまで持って出るから頼む」とのこと。門のところまででも結構大変と思われるのですが。ともかく一歩前進、了解を取り付けました。あとは日時をこちらが相談設定する段取り。あと、庭木が茂りすぎて外の電線や電話線に引っかかって事故の恐れあり、ということを訴えて知り合いの市会議員さんに相談。どうなりますか。
 一人暮らしの高齢男性、ほんと、お気の毒といいますか。生活を自分でどうにかする能力、とても大切とあらためて思います。
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by kurashiki-keiko | 2016-09-04 16:52 | 地域社会 | Comments(0)

「門前の小僧」か「石の上にも3年」か?

 おととい、夫が帰宅するとまあ、ものすごいご面相。
聞けば昼休みにいつも通り散歩をしていて転んだとのこと。
へー、と思いつつ一緒に晩ごはんをいつものように取っていました。
しかーし、面と向かうとまたひどい擦り傷。
そして、転ぶときに普通は手をつくから顔面強打とはならないけれど、
この頃子どもたちも運動能力が衰えて来ていて転んで顔面を打つ子が増えて来ている、とも聞いたことがあります。うちの夫もそんなもので、とっさに手を出すのが遅れたのでしょう。
しかし、その時に、まさかとは思うけれど、脳梗塞とか別の怖い病気がかくれていたら?・・・
と思い、ちゃんとこの時に見てもらってないと後悔することがあるかもしれない、と急に思い立ち、大学病院の救急部を受診しましょう、と夫を促して出かけました。

そして、夫は念のため詳しい検査にと、車いすに乗せられて奥の方へ。
私は事情を聞かれた女医さんにこれまでの夫の病歴と、転んだことに対する心配のわけを話すと、最後に
「ちょっとお聞きしますが、あなたは医療関係者ですか?」
「えっ」
とっさに私は、「父が産婦人科医でした」
と答えていましたが、「あなたは?」と聞かれて「いいえ」。
・・・いくら父親が医者で高校時代まで育った家庭での「門前の小僧」であっても、今に至るまでそれが影響しているとは思えず、よく考えてみると、足かけ9年に及んだ義父の介護やらその後の義母との暮らし、さらにその間の夫の入院その他、平成に入ってからだからかれこれ26年、そういう暮らしだったものですから、自然に病歴などを説明する機会が多かったためではないか、と思い至りました。そんなことで何度も「いつから」「どこが」「どのように」などという説明をすることにならされてきたのでは、と思うのです。家庭内の看護師みたいなものか?
これまでをふり返ってしみじみ思ったことでした。
そして、不器用な私みたいな人間でも、繰り返しすることで少しずつ進歩することはあるのだな、とちょっとうれしくなりました。
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by kurashiki-keiko | 2015-04-23 12:49 | しみじみしたこと | Comments(1)

介護中の人と

 ゴミステーションで偶然、実母の介護と、身障者の兄妹の後見をしている人とお話する機会がありました。お母さんは要介護2なのだそうです。私も介護経験が8年半ほどあり、40代はほぼ介護で終わったので、その時のことをお話すると、「そうそう、そうなんです」とのこと。どこへも出かけられず、人がうらやましかったり、閉塞感に囚われたり。また、福祉は向うからはしてくれず、こちらから聞かないと道は開けないという事。
 時々町内で顔を見る程度のお付き合いでしたので、私が民生委員という認識もなかったようで、「ああ、そうだったんですか。社会貢献されているんですね」と感心したように言われるので、「いえいえ、何もお役に立てるようなことができなくて」と恥ずかしい思い。
 でも、介護中の人に共感できるものがあるというのはありがたいこと、と思いました。「がんばってね」と声かけをして別れましたが、共感する人に話ができたことで少しは肩の重荷がかるくなった、といいのですけれど。
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by kurashiki-keiko | 2015-02-25 13:42 | しみじみしたこと | Comments(0)

喪中はがき

 めでたい次男の結婚のご報告を各方面にしたくてたまらないのに、夫の母が2月に亡くなったため、喪中はがきを出すことになりました。
 官製はがきにも切手の部分が地味めのものがあるそうで、ためしに買ってみましたが、結局は電器店で無地のはがき用紙を買ってきて自宅で両面を印刷し、それ用の切手を貼るか、料金別納にしてスタンプを押してもらうかという事にしました。
 文面のひな型に故人の名前と命日を書き換えたくらいで型にはまった文面が無難かな、となんだか裃を着たみたいに肩ひじ張った文章に多少の違和感を感じつつ、でもこの際はこの方がいいのだろうな、と文面を印刷。
 しかし宛先リストを見てみるにつけ、母の住所録も見ると、母のお友達らしいものも数人。93歳だった母のお友達って、いったい何歳?訃報を見ることで力を落とされないか?またはもうすでにお亡くなりになった人もいるかもしれないし、などと思うけれども、いったいどういうお付き合いの人だったのかが良くわからない。けれども、母がここで何歳で何日に亡くなった、という事はお知らせした方がいいのかしら、など様々考えた次第でした。また、以前父の介護の時からお付き合いがある元訪問看護師の方には、お知らせしておかなくては、と思ったり、1人の人が亡くなるというのは色々と後まで影響があるものだなと思います。
 それにしても存在感の大きな人だったので、今でも思い出を色々と語られる人もいらっしゃり、ありがたいことだと思います。人々の記憶の中にあるかぎり母は生き続けていくことでしょう。
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by kurashiki-keiko | 2014-11-02 23:28 | しみじみしたこと | Comments(2)

来ました、敬老祝いの品

 タイトルを見ると、私がいただいたみたいに読めなくもないですが、敬老の日を前に、1人暮らしの75歳以上の人にお配りする敬老祝いの品が市の社会福祉協議会から民生委員あてに送られてきたのです。
 私の学区の民生委員の定例会で隣の人に聞くと、大体5人から7人くらいの様子でしたが、私の受け持ち区域は23人ほど。ほかの人は古くから住んでいる人の多い地区だったので、親子孫三世代同居も多いのでしょうか。私の受け持ち区域は昔農地を買って自宅を建てた人が多く、独立した子供はよそへ出て行ってしまったのでしょうか、1人暮らしの75歳以上という条件に当てはまる人が多いようです。
 まだ暑い9月半ば、これまでも例年自転車の荷台に少しずつ載せては汗だくで1軒ずつおたずねしてお話をうかがい現況を観察し、リストをチェックし、最後に社協に報告用紙を郵送してきました。
 日頃お元気でお暮しの人とか、町内会の愛育委員さんとか町内の三役の人などのご近所の人とかの目がある人などはほとんどおたずねすることもないので、この機会に皆さんにお話をうかがうことにしています。そういう意味では顔つなぎのよい機会となります。
 今年の品はフリーズドライのお味噌汁セットだそうで、結構嵩高い箱に入っており、自転車の後ろかごだと5軒分くらいがせいぜいか?明日から少しずつお配りして歩くつもりです。
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by kurashiki-keiko | 2014-09-02 23:24 | 日常 | Comments(0)

義母が亡くなって その2

 朝7時頃を過ぎると、親族はもちろん、お付き合いのある諸方面への連絡に追われました。夫の兄弟たちが前々から家族葬を希望していましたので、ご近所へもお知らせだけは町内の役の人にお知らせし、家族葬にするのでお香典だとか参列だとかはご遠慮申し上げます、と伝え、夫の会社の事務所の人にも、社員の方のお付き合いを遠慮していただく旨お知らせ。私の関係にも、火曜日の委員会の欠席のことと、私がするべき役を替わっていただけるように、託すものを副リーダーに持参してお願いしました。
 そんなで午前中があっという間に過ぎて行きました。
 
 午後は夫の兄弟たちが遠方から駆けつけるので今どこそこ、という連絡が入ったり、また4時から納棺師の方によりご遺体をきれいに洗っていただく。シャンプーまでしてもらい、お化粧、お預けした本人が好きだった紫色の着物を着せていただくのに夫と立ち合いました。まだ30代くらいのスマートな男女二人組の方でした。

 お通夜には故人の3人の子供とその連れ合い、孫とその連れ合い、ひ孫たち、それに故人の妹の息子夫婦が参列。
 家族葬にしますからとお断りしていたのでご町内の参列もなかったのに、故人が最後までお世話になっていた老人ホームの施設職員の方2人が参列、通夜ぶるまい、というのか握りずしを用意してもらっていたのを「どうぞどうぞ」と終わってからおすすめして食べていただいていると、遅れてさらに2人、1人と来られました。代表者としてこられたのではなくて、訃報を聞いて夜勤の仕事も手に着かなかった、とか、頑張っていた義母のエピソードとして、栄養剤を飲んでもらうために、息子たちが送ってきてくれたことにして勧めると、それでは、と一生懸命飲んでくれたという話などしてくださり、子供たちへの愛情もまた感じたり職員の方たちの真摯なお世話の態度にうれしくなったりでした。ごく内輪だけ、軽めに、と考えてお寿司を少なめに注文していたのは失敗でした。

 葬儀は翌24日11時から。10時前には式場控室に。葬儀にもお通夜に来られなかったホーム職員の方2人が参列されました。
 出棺の時には故人が愛した男の孫たち4人が担いで霊柩車へ。霊柩車には3人まで乗れるというので、位牌やお茶湯茶わん、骨箱を持った夫含む兄妹3人が乗っていきました。

 すべて終わって我が家に帰ると、間もなく白木の祭壇を組に葬祭業者さんが来られ、仏具屋さんから、毎日お茶湯と、炊き立てのご飯と汁物、煮物、お漬物の白木膳と供具団子を毎日1つずつ増やしていって満中陰の法要まで続けること、7日目ごとにお看経(おかんき)をすること、など義父の時にしたのですが十三回忌もすぎると忘れていたこともあり教えていただき、仏具屋さんにお位牌の裏に没年月日を刻むのをお願いしておきました。幸い戒名は義父が亡くなった時に夫婦でいただいていたので、生きている義母のほうには朱を入れていたのを抜いてもらうのでした。
石材屋さんにはお墓に同じように没年月日を入れてもらう連絡をして満中陰の法事の骨納めのときに墓石を動かしてもらう手伝いに来てもらう依頼をしなくてはなりません。
 あれやこれや、お葬式が済んだからやれやれというわけにはいかず、さらに少ないとはいえ近い親族などからのお香典の始末やら業者さんへの支払いのことやら、年金やら諸手続きが山ほど残っています。明日から社会保険事務所やら市役所やら保険屋さんやらに歩かなくては。施設へのお礼やら居室の片付けにも行かなくては。
 
 茫然としたり悲しんでいる暇もない感じです。悲しくないわけではありませんがしみじみ故人をしのぶのは肉親に任せて嫁は事務作業にかかる、ということかなと思います。
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by kurashiki-keiko | 2014-02-25 04:51 | しみじみしたこと | Comments(2)

介護職員さんのお子さんたちに

 14日(月・祝)、義母の入所中の施設を訪問すると、休日だからでしょう、職員さんの1人のお子さんが2人来ていました。小学4年生と2年生くらい?の男の子と女の子。
 私はついその子たちの前に立ち、「お母さんはとっても大切なお仕事をしてくれているの。だからオバサンはとても助かっているのよ。お母さんが(学校の)休みの日にも休めなくて大変だけれど、いい子でお留守番していてね」と声をかけました。
 職員のお母さんに向かっては、「私もかつてしゅうとの介護で足掛け9年ほど、夏休みにも子供の世話もできずにいたからとてもよくわかります。いつもありがとうございます」と声をかけました。若くて子育て中の人もいる介護職の人たちのおかげで、私も普通の家庭生活を送らせてもらっています。ありがたいです。d0031853_16292362.gif

 民生委員を委嘱されて、親の介護にあたっている人を訪問する機会もありますが、気持ちはとてもよくわかる、というところが介護経験のある私でよかったことです。
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by kurashiki-keiko | 2013-01-14 16:24 | しみじみしたこと | Comments(0)