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長崎港から新上五島町 鯛ノ浦港へ


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朝7時、船会社に電話して運行されるとのこと、乗船20分前には港に到着。高速船でも1時間40分かかる船の道。料金は季節によって違い、この日は1人6,210円。

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結構大型のこんな船でした。日本最南端の波照間島に行ったときはもっともっと小さな船で2.5mの波に揺られて行った経験があるので、大船に乗った気持ち。
 
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予想通り、大波で船はしっかり揺れました。船酔いでトイレには吐いた跡がいっぱいあったと夫。私は、こんな時には寝るに限る、と寝ようとするのですが、冷房が効きすぎて寒く、カバンからタオルを取り出して首に巻いてなんとか眠りました。

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やっと鯛ノ浦港へ到着。波が高かったためか予定より10分くらい遅れての到着。予約しておいたタクシーが待っていてくれました。昭和38年生まれという元気な運転手さん。教会めぐりと観光名所のいくつかを示し、宿の民宿には夕方5時ごろ到着でよいというと、料金が23,000円くらいかかるとのこと。レンタカーで行くには様子がよくわからないし疲れを考えるとこの際出費は覚悟。




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by kurashiki-keiko | 2014-08-04 07:42 | | Comments(0)

外海(そとめ)―祈りの岩、枯松神社、キリシタン墓地


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枯松神社へ行く途中の山道に「祈りの岩」はありました。

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禁制のお祈りの言葉は、この人里離れた山の中の岩陰で親から子へと口伝えに伝えられたのだそうです。

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このあたりの山の中には、いたるところこのようなこの地方に産出する平たい石(緑紋片岩)「温石(おんじゃく)」を置いたものがあり、キリシタンの墓碑だそうです。浦上のほうでは徹底的に排除され、墓石もお骨もみんな海に投げ込まれて痕跡すらないそうですが、ここ外海地方では、役人の目が浦上ほどに届かなかったため、ひっそりとそれでも墓石を置くことができているそうです。

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こちら枯松神社。実は敬愛する神父様のお墓をカムフラージュするために建てられたものだそうです。お寺なら住職がいるけれど神社ならいらないし、しょっちゅうお参りしていても怪しまれないためだそうです。そして

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お宮のそばにもキリシタンのお墓。上に置いてある白い石、それは拝むときには十字架の形に置いて拝み、終わるとその形を崩してから去るのだそうです。

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こちらは後になって建てられたお墓。よく見ると中央から右には仏教の戒名が、向かって左側にはキリシタンの洗礼名が刻まれていました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 14:38 | | Comments(0)

大野教会、出津(しず)教会、旧出津救助院、ド・ロ神父記念館


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西彼杵(にしそのぎ)半島の海岸沿いに出ました。大村のほうは平地が多く農地もあり豊かなのに比べて、こちらは断崖絶壁が多く、農地はほとんどありません。それだけ貧しく、キリシタンたちが追われてこちらに逃げ込んできたのでしょう。

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急なまがりくねった道を山側に。運転手さん泣かせの細い道をバスで登って、さらに徒歩で少し登りました。大野教会です。

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こちら「ドロ壁」。ド・ロ神父様がこのように地元産の材料を使って風雨に強い壁を考えて指導されたそうです。海からの風が強いので高い塔は作らず平屋。

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マルコ・マリ・ド・ロ神父の小路は、人が2人やっと並べるくらいの小路で、緩やかに上り下りしながら教会堂や救助院などを結んでいました。

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こちらは保存修理された救助院、ド・ロ神父記念館。内部は撮影していません。素麺を作る作業場があったり、織物をする場所、炊事場があったり、麹をつくる室があったり、鰯網を作る作業場があったり。フランス貴族に生まれた神父様は、没落していく貴族の生き延びる道として、親から様々な技術を取得するように教育されたため、ありとあらゆる生活・産業の知識をキリシタンたちに教えてくださったり、畑を開いて様々な作物を育てたりしたそうです。

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こちら出津(しづ)教会。

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遠いフランスから日本の貧しい信者のために一生を捧げて尽くしてくださった神父様に感謝。


(時間がある時にこの旅行記は加筆するつもりです)
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 09:55 | | Comments(0)

長崎キリシタン祈りの巡礼号 バスツァーに


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台風の余波で船が欠航になりそうだ、とあわてて旅程を変更する算段をしていた時、JTBの窓口のパンフレットでふと目についたこのページ。日曜日だけ組むバスツアーで、朝9時から夕方5時まで、キリシタン関連の史跡を回ってガイドがつき、昼食付きで2,000円、ちょうど日もいいし、いいんじゃないの、と飛びついた次第。

長崎駅前の集合場所に行き、運転手さんに間違ってないか確かめてから乗り込むと、同行者は私たち夫婦のほかには、東京からのご夫婦と、大阪からの親子3人の計7人。

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小型のバスでも7人なのでゆったり。
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ガイドのFさんはとても詳しくて、長崎のキリスト教の歴史について細かく説明がありました。

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鈴田牢の跡地。8坪ほどの牢に1622年、35人が押し込められ、牢内で2人が亡くなり33人が長崎の西坂と大村の放虎原(ほうこばる)で殉教したとのこと。

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放虎原殉教地(日本二〇五福者殉教者顕彰碑)205名の殉教者の内訳は、日本人153名、スペイン人24名、ポルトガル人5名、イタリア人5名、メキシコ人3名、オランダ人1名、ベルギー人1名、朝鮮半島出身者13名とのこと。

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こちらは処刑されたキリシタンが生き返ってはいけないというので、胴体だけを埋葬されたという「胴塚」。竹藪になっていますが誰もタケノコを掘る人はいないそうです。若者の像が祀られています。

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500mほど離れたところにある「首塚」。こちらは年配者の像が祀られています。後ろには榎の巨木があります。大村には多数のキリシタンがいたそうですが、禁教令とともに多数が捕らえられ処刑されたそうです。また、その墓も徹底的に跡も残さないほどに捨てられ、何も残ってはないそうです。

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ここは、京都あたりで捕えられて徒歩でこの地まで連れてこられた26人のキリシタンたちが大村湾を横切って船で運ばれた、乗船の地です。信者が多いこの地方のこと、助けられて逃亡の恐れもあるということで、船に乗せられたのだそうです。一晩を船で過ごし、明け方対岸について処刑地まで歩かされ、すぐに処刑されたのだそうです。

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西海橋。西彼杵半島の付け根、大村湾箱の狭い水路で外界とつながっています。大雨でした。

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お昼ご飯。2,000円で1日ガイド付きでバス旅行してお昼ごはんまで、とは本当にびっくりなお値段です。(午後の分は続きに)
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 08:57 | | Comments(0)

遠藤周作文学館と道の駅夕陽が丘そとめ


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長崎市内の観光は以前来た時に定期観光バスに乗って一通りしているので、今回のテーマは「キリシタン巡礼の旅」ということで、「沈黙」の舞台に建っているという遠藤周作文学館へと足を伸ばしました。レンタカーで約40分。おりしも台風の影響で土砂降りの雨。長崎市中心部から北へ、左に海岸線を見ながら約40分。
建物に入るところで、傘も役に立たないくらいの土砂降りだったため、建物外観の写真も撮るどころでなく駆け込みました。すっかりくたびれて入って右手の喫茶コーナーでまずは一服。

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 学生時代に出会いがあって私もカトリックの洗礼を受けたものの、いいかげんな信者で、長崎に見られるような殉教者たちやかくれキリシタンたちが信仰を守り抜いたそのもとはどこにあるのか探りたいような思いがありました。ちなみに私が読んだ作品は『沈黙』『海と毒薬』『女の一生』くらいしかありません。夫はもう少したくさん読んでいるようです。

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こちら文学館とほど近い道の駅。

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専用の冷凍庫に、いのししの肉と鯨の肉も売っていました。
そして

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購入した本。上のほうの『長崎県謎解き散歩』は昼食後の地元の書店で見つけたもので、『遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子』は遠藤周作文学館で、道の駅で買ったのは『旅する長崎学4 キリシタン文化Ⅳ』。この旅する長崎学の本はこのたびの旅の目的と内容にとても合致していて参考になり、ホテルで読みました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 07:09 | | Comments(0)

特急さくらー特急かもめ 鉄道の楽しみ


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岡山からはのぞみではなくて岡山発8時07分の特急さくら545号に乗車。「ジパングクラブ」で3割引きになるためには、のぞみには乗れないのだそうです。かものはしみたいな先頭車両を見るとわくわくします。

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内部はこんな感じ。そして博多駅では通路を隔てて隣の席に小学生のお兄ちゃんと妹が乗り込み、両親がホームで見送っていました。ほほえましくて「どこまで?」と聞いてみると
「せんだい!」
一瞬「?」となりましたが、そうでした、鹿児島県の「薩摩川内」のおじいちゃんおばあちゃんのところへ行くそうでした。
私たちは次の「新鳥栖」で乗り換えます。

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新鳥栖10:20、こちら「かもめ13号」長崎行。
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内部は皮貼りシートで背もたれのカーブも体に合ってとてもいい具合でした。

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11:49、終点、長崎駅。たいていは線路はどこまでも続く、という印象なので、以前稚内駅でこのような光景を見て感傷に浸った思いがありましたが、長崎もまた、終着駅なのです。が、こちらは稚内に比べるとにぎやかなので感傷的にはなりません。
 いよいよこれから。

 この時間に長崎に着いたのは、最初の計画では高速船で上五島の鯛ノ浦に渡るはずで、それから逆算しての時間設定だったのですが、何しろ台風12号の影響で波が高く、欠航になると判断したので、この日はレンタカーで長崎市の中心部から40分くらいと聞いている遠藤周作文学館へ行くことにしました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-02 08:41 | | Comments(0)

長崎・上五島(船が出れば)に行ってきます

 忙しい私の日程を縫って、「この期間ならなんとか行けそう、海も穏やかなシーズンらしい(台風が来なければ、の条件付き)」と、初めて私がプランをすべて立てました。上五島に住んでいらした方のたくさんのアドバイスをいただき、最初の案を立ててやれ安心、としていたところへ台風8号が沖縄に接近。波浪があっては船が欠航してしまいます。そこで初めに行くつもりだった上五島を後のスケジュールに急きょ変更、島で2泊のつもりを1泊に削って、なんとか行けたらと思っております。
 その過程で、JTBの長崎のバス旅行ツアーを発見し、さっそく申込みました。こっちはラッキー、でした。それにしても雨ばっかりの旅程、それと4日朝8時に波が静まってフェリーが出るやらどうやら、気がもめます。もしも欠航になったら、平日なのでまた長崎に宿を求めて予定通りの帰りの電車に合わせて帰ってくるつもりではあります。どうなることやらです。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-02 06:02 | | Comments(2)

1人で旅行の手配

 こんなことは朝飯前、という方には笑われそうですが、夫との旅行、これまでは会社の社員旅行を手配する旅行社にお願いしてお任せ、だったのに、今回だけは元その地にお住まいだった人のアドバイスを受けて、私自身がお宿からタクシーから船から最後にJRのチケットまですべてやりました。
 目的地その他はまたこのブログでご報告することとして、旅行業者さんのこれまでのタイムテーブルの仕様を参考に、一番動かせないものとしてまずは日程、それからお宿の可否、目指すお宿がツアー客で満室と分かり次善の策のお宿を決め、それからフェリーの時刻表がとても間が開いていたのでそれを中心に旅程を組み立て、港から観光タクシーを手配したりレンタカーを予約したり、最後にJRのチケットを買って、旅の日程が組みあがりました。
 その通りに行動できるか、ちょっとその日が来るまでどきどきですが、やり遂げたという満足感とこれでいいのかな?もっといい案はないのかな?見どころは?などなど。こういうのが旅の醍醐味だと言われる人には本当に、何をいまさら、ではありますが。
 行先は台風8号の直撃を受けた地方です。。。当日台風が来ないことを祈っています。
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by kurashiki-keiko | 2014-07-11 09:30 | うれしかったこと | Comments(0)

能登の旅 その2


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時国家住宅。時国家というのは、壇ノ浦の戦いで入水した二位の尼の弟、平時国はとらえられてこちらの地に配流されたのだそうで、その7代目とかの子孫が、親は資材集めに奔走、次の代で建設に着手、さらにその次の代で完成させたというなんとも壮大な民家でした。

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土間の上にかかる太い梁です。同じ曲がり具合の松をこれだけの数集めるというのもまたすごいことだったと思います。資材集めだけに一代かかったというのもうなづけます。

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土間を上がったところには畳1畳分の囲炉裏と、その向こうにはめいめいのお膳を置く作り付けの棚がありました。
そのほかお座敷は3間続きで立派な欄間があったり、その裏側の寝室は窓が一切なく、無防備なので出入り口も1つだけだそう。

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有名な千枚田。夫は、夕陽のころがきれいなんだと申しましたが、あいにくの曇り空で夕焼けは望めそうもなく、展望台から眺めただけで立ち去りました。


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4日の夜は輪島のホテル高州園というお宿に泊まりました。前の晩がシティホテルの形式だったので狭いユニットバスで、この日広々した大浴場につかると体も心も解放されるようで、日本人はやっぱりこういうのを求めてやってくるのかなあ、と思ったことでした。



 翌5日、雨。予報では小雨ということだったのにだんだん降水確率が上がってきて、しかも寒い。岡山を発つ前の日は25度を超える夏日だったのに、こちらは16℃くらいか。夫も裏無し一重のブレザーとチェックのカッターシャツといういでたち、私は宿で着るつもりで薄いカーディガンを持っていたのを薄い裏無しのコートの下に着込んで出かけました。輪島の朝市に向かいました。朝8時半過ぎ、結構な降りになり、そこらへんでビニール傘を1本だけ購入。持って歩くのも荷物になるかと。夫曰く、はぐれないからこの方がいいとのこと。お蔭様でずいぶん久しぶりに腕を組んで歩きました。観光客がたくさん。

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こちらの輪島塗のお店で、お土産のお箸を子供夫婦にそれぞれと、私用にちょっと頑張ってブローチを買ってもらいました。以前社員旅行のお土産に赤い地に金の模様のイヤリングを買ってきてくれたのですが、お正月などに華やかだし軽いしで気に入っているのですが、ここへきて値段を見て、あら、頑張って買ってくれていたんだわ、とうれしくなったことでした。
立派なお膳だとか重箱もいっぱい奥のショーケースに並んでいました。また、古くからの物も展示してあり、美術品みたいで鑑賞させていただきました。つい先日の羽仁もと子著作集の『みどりごの心』の読書で日本初の友愛セールでは本膳が出ていたのを、まさかそれは売れないだろうと思っていたら、病んでいるご老人にその素晴らしいお膳で食事を運んで喜ばせたいという人が買い取った、というところを読んだばかりだったのを思い出しました。昭和4年のお話でした。
・・・と、品物を包んでもらっていると、「デジカメでお写真をお撮りしていますので、そこへお立ちください」と、商品ケースの前に立たされて記念撮影。お盆とかお重箱の前に立った、と思ったら次は掛け軸に輪島塗のプレートを仕込んだものの前に立たされてもう1ショット。「お送りしましょうか、メールで送りましょうか」というので、メールを指定。
 すると、スマホで見たら帰りの電車の中ではもう来ていました。商売上手というか。二人の写真はなかなか旅行中にも撮れなかったのでありがたくいただきました。お店のホームページはこちら⇒http://k-yatsui.com/

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総持寺の山門です。壮大で、こんな能登の山の中に、ここまで壮大な門構えの立派なお寺があるとは知りませんでした。曹洞宗だそうで、中には禅堂があって、一般の人も座禅を組んでいる様子でした。

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回廊から本堂を見上げたところ。回廊もまた立派で、時折頭を青々と剃った修行僧が挨拶をしながら通り過ぎて行きました。禅宗というと物を言ってはならないのかと思っていたので逆になんだかうれしかったです。

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サスペンスドラマではおなじみの断崖絶壁ですが、ここはその発祥の地ともいえる、松本清張の「ゼロの焦点」のドラマのロケ地なのだそうです。ヤセの断崖というそうです。

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ヤセの断崖から300mほど海沿いの細い道を歩いていくとある、「義経の舟隠し」という断崖の裂け目のような場所。北陸へのがれた義経一行がここへ48艘の舟を隠したという伝説があるのだとか。義経とか、平時国の子孫の家だとか、源平に関係のある史跡にお目にかかれてうれしい私です。

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そして、有名な千里浜ドライブウエイです。砂が細かくて締まっているのでここだけは車で10km位走れるのだそうです。天候によっては海岸の狭いところは通行止めになることもあるとのこと。

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海岸の真ん中あたりに、小屋掛けの焼きはまぐりを売る店があります。そのうちの一軒に入りました。

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コンロに乗せた網にハマグリを乗せて、古い電気釜の蓋を利用して蒸し焼きに。一皿600円。
女性2人はここでもう40年も商売をしているとのこと。外国人も時々やってきて、ドイツ人が来た時にも、「コレ」とサザエを指すので焼いて、ノンアルコールビールを指すので出し、手振りで料金を教えたのだとか。「通じるものよ」。さっすが。


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金沢発16:01のサンダーバードに間に合うように、ドキドキしながらレンタカーを営業所まで返しに行きました。駅はやはり人でごった返しており、金沢と言えば和菓子でしょう、と、お土産にきんつばを買い足しました。
12号車でホームの一番端っこだというのに、幅いっぱいに行列ができており最後尾に着きました。
新大阪乗換が10分ほどしかなく、混雑と荷物を持って駅弁買えるか?と心配だったのでサンダーバード車内販売のお弁当で。これまでのごちそうで太っていそうで、控えめなお弁当。780円。
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そんなこんなで能登の旅をしてきました。
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by kurashiki-keiko | 2014-05-07 05:30 | | Comments(0)

能登の旅 その1


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高岡の宿を出て、反時計回りに能登半島をドライブしてきました。
 「あっ、ETCカード忘れた」「もう!」という場面があったのですが、高速料金がいるような道路は通ることがありませんでした。

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見附島。軍艦の形をしているので軍艦島ともいうそうです。
駐車場には車がいっぱい。ここの道の駅のレストランは海鮮丼みたいなのとかサザエカレー?とかがあったのですが人でいっぱいだったので、どこか別の民宿みたいなところを探しました。

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で、見つけたこちら、民宿併設の食堂。おすすめ定食というのを。
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カワハギの煮つけとメバルの唐揚げ。1,200円だったか。

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先客に6,7人のバイク仲間がワイワイといました。道がなだらかなカーブや高低差があるバイクツーリングにはとてもふさわしいような道のせいか、全国からバイクツーリングの人が集まっているような感じ、この人たちのバイクも、なんと川崎ナンバー。ずいぶん遠くから来たものです。

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こちら、「ランプの宿」岬の下の方にへばりつくように建っていました。

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ランプの宿のあたりの岬を見下ろす展望台、料金がいります。
夫、この景色を見て、目指すところとは違う、と頭をひねっていました。
で、

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こっちが夫の思い出の地への入口。フーフー言いながら急坂を上っていきます。白い藤の花が咲いていていい香りでした。

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ありました。夫の思い出の地の灯台でした。

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日本列島の中心になる、との碑が建っていました。


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by kurashiki-keiko | 2014-05-07 05:00 | | Comments(0)