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上五島の教会めぐりー午後

2014年8月4日(月)、観光タクシーによる教会めぐり、午後です。

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青砂が浦天主堂。午前に回った頭ヶ島教会と並び島内で2か所、国指定の重文だそうです。

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こうもり天井というのか、木を蒸して柔らかくしてから曲げていくという技法で作られた天井は高く荘厳な感じ。
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島内の教会堂には必ずこのような説明板があり、また内部にはスタンプラリーのスタンプが英文と日本語の物と、統一デザインでどこにも置いてありました。途中から気づいて手帳にスタンプを押してきました。

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矢堅目(やがため)。夕景がきれい、と聞いてきたのでしたが、あいにくのお天気、雨が降っていなかっただけまし、と思います。

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大曽教会。レンガ造りの建物の前には、両手を広げた、あのリオデジャネイロの山の上に建つようなキリスト像がありました。この内部見学をしようとするとたまたま先客がいて、中の柱は杉と松を組み合わせて作っていること、その柱の下の基礎の石は普通床下に隠れているものだけれども、神父様のお国では見せるようになっているようで、基礎部分の石が床に30㎝くらい出ていること、窓枠のところを示して、日本なら雨じまいは窓枠の外でするのが普通だけれども、外国風は窓の中に水が入ってくるのを当たり前として、それを受ける溝と、その水が流れ出すように外に向かって傾斜をつけた小さな穴をあけているところを見せてくださいました。とても内部の意匠がきれいなので、外からお客様がいらっしゃるとよくここを案内するのだとか。その方になんとなく遠慮で写真撮影ができず残念でした。


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中ノ浦教会。これまで回った教会はたいてい高いところに建てられていたのに、この中ノ浦教会だけは海辺に建っていました。雑誌「日経ビジネス特別版 2013WINTER 二人の時間」に紹介されていたのには水面に教会が映っていてきれいな写真でした。

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中ノ浦教会内部

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中ノ浦教会のルルド

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林道から見下ろした中ノ浦教会。

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レンガ造りの福見教会

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奈良尾のアコウの大木。根っこの下を人が楽に通れる。沖縄ではよく見かけた気がするアコウの木ですが、五島でこれほどの大木、それも人が通れるほどの気根が発達していて大木になっているというのは本当に珍しいと思います。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-05 10:16 | | Comments(0)

上五島 教会巡り

 タクシーの運転手さんは、高校までをこの上五島で過ごし、いったん都会に出てから3年ほど前に帰ってきたんだとか。遠くの地区も統合されて新設された高校だったので島内ほとんどに同級生がいたりしてよく知っているとのことでした。以前7人ほどの団体で小型バス?を借り切って3日がかりで島内にある29の教会堂すべてを回った人たちがいたそうです。しかし私たち夫婦には8月4日の1日だけしかありませんでしたので、港に着いた10時40分過ぎから夕方5時ごろまでフルに利用してできる限り回ってもらいました。
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上の地図の中ほど、鯛ノ浦、といういかにも鯛が釣れそうな港に上陸しました。ちなみに鯛ノ浦は定置網の盛んな所らしいです。手近な「旧鯛ノ浦教会」から見学開始。

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「ルルド」(フランスのルルドという村のベルナデッタという貧しい娘の前にマリア様が出現され、その場所から泉がわいたというので、世界中にその場所を模して造られるようになったようです)も、本物のルルドのイメージに近いものが造られていました。
リンク⇒長崎のルルド巡礼

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蛤(はまぐり)浜。美しい青い海、白い遠浅の砂浜。島内は断崖が多く砂浜は珍しい。浜辺で遊ぶ人数人。手前はハマユウの群落。

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坂本龍馬祈りの像。龍馬がこの地に来たというのではなくて、亀山社中の練習船がこの沖で座礁したということだそうです。ちなみに龍馬のお顔は福山雅治ではなくて藤岡弘に似ていました。

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頭ヶ島(かしらがしま)大橋を望む。(上の地図の右端のほうです)新上五島町でも端っこの方の頭ヶ島に空港を作り橋をかけて空港へ行く道を通したのは、どうもそのために長い道路をつくるなどして土建屋さんたちの仕事を増やし利益を得させるためのようだった、との運転手さんの説明。中心部から1時間くらいかかり、遠くて飛行機の速さというメリットが半減するうえに崖の上に滑走路があり、着陸時にはとても怖かったそうです。
 島は福岡、佐世保、長崎と船で結ばれていますが、冬場は海が荒れて欠航することが多く、また今回のように台風襲来となると2日も3日も欠航するので、なかなか観光もツアーの予定が立てにくいことで敬遠されがち、民宿経営も大変なようです。現に私たちが欠航の後やっと渡ったこの日、泊まった若松島の民宿では、40件ものキャンセルがあったと夫が聞いてきました。
 島の外から運ばれるものは運賃がかかるわけで、かといって農地も平地が少ないものでわずかに自分たちの食べるものをと畑を作っても、このところやたらにイノシシと鹿が増えて食害が増え、またそれらが家の中まで入りこんで食べ物をあさったり、出くわして被害に遭うケースも増えているそうです。

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空港の建物。不便なため利用者が伸びずじきに廃港になったのだとか。管理だけはしなければならず、行った時にも敷地の外の道の草刈りをされていました。なんとも無駄なお金。

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砂岩で作られた頭ヶ島教会。重文。日本で唯一の石造りの教会だそうです。アプローチの敷石も砂岩でできていました。信者たちにより十数年の歳月をかけて大正8年4月に献堂された汗と涙の結晶だそうです。

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内部です。持ち送りという技法で天井が高く、柱がないというのが特徴のようです。

キリシタン墓地
 この教会からの帰り道、浦上ではその痕跡すらないまでに消され、西彼杵半島の外海(そとめ)では山の中に平たい石(温石-おんじゃく)をその印として上に置いただけのキリシタンのお墓が、ここ頭ヶ島でははっきりとした石造りの十字架の飾りのついた形で30基くらいでしょうか、並んでいたのを見かけました。また見るかな、と写真を撮らずに通り過ぎたところ、頭ヶ島以外でそんなところを車窓から見ることはできませんでした。写真を撮らなかったのが悔やまれました。大村や浦上などからほとんど平地のない西彼杵半島の外海(そとめ)へ、さらに海を渡ってこの上五島へ、そのまた離島の頭ヶ島へきて、やっと十字架の形のお墓を、たぶんもちろん明治のなんとか崩れの後なのでしょうが建てることができたのでしょう。

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お昼はこちら、有川地区の「五島うどんの里」。食堂らしいところはほとんどない様子なので、作業服姿の人など結構集まってきているようでした。
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鯨定食。1,200円。鯨の切れがついています。五島うどんは細めの麺、あご(トビウオ)の出し。

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夫のは地獄炊き定食、1,100円。チキンカツがついていて、うどんは生卵を入れたつゆと、あと薬味のつゆの2種類で。

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上五島は漁業の島、とはいうものの地区地区によってその漁業の形態もまったく異なるそうで、ここ有川地区は捕鯨が盛んだとのこと、くじら肉を扱うのれんがかかったお店。だからうどんにも鯨定食なるものがあるようです。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-05 10:08 | 日常 | Comments(0)

長崎港から新上五島町 鯛ノ浦港へ


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朝7時、船会社に電話して運行されるとのこと、乗船20分前には港に到着。高速船でも1時間40分かかる船の道。料金は季節によって違い、この日は1人6,210円。

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結構大型のこんな船でした。日本最南端の波照間島に行ったときはもっともっと小さな船で2.5mの波に揺られて行った経験があるので、大船に乗った気持ち。
 
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予想通り、大波で船はしっかり揺れました。船酔いでトイレには吐いた跡がいっぱいあったと夫。私は、こんな時には寝るに限る、と寝ようとするのですが、冷房が効きすぎて寒く、カバンからタオルを取り出して首に巻いてなんとか眠りました。

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やっと鯛ノ浦港へ到着。波が高かったためか予定より10分くらい遅れての到着。予約しておいたタクシーが待っていてくれました。昭和38年生まれという元気な運転手さん。教会めぐりと観光名所のいくつかを示し、宿の民宿には夕方5時ごろ到着でよいというと、料金が23,000円くらいかかるとのこと。レンタカーで行くには様子がよくわからないし疲れを考えるとこの際出費は覚悟。




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by kurashiki-keiko | 2014-08-04 07:42 | | Comments(0)

外海(そとめ)―祈りの岩、枯松神社、キリシタン墓地


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枯松神社へ行く途中の山道に「祈りの岩」はありました。

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禁制のお祈りの言葉は、この人里離れた山の中の岩陰で親から子へと口伝えに伝えられたのだそうです。

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このあたりの山の中には、いたるところこのようなこの地方に産出する平たい石(緑紋片岩)「温石(おんじゃく)」を置いたものがあり、キリシタンの墓碑だそうです。浦上のほうでは徹底的に排除され、墓石もお骨もみんな海に投げ込まれて痕跡すらないそうですが、ここ外海地方では、役人の目が浦上ほどに届かなかったため、ひっそりとそれでも墓石を置くことができているそうです。

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こちら枯松神社。実は敬愛する神父様のお墓をカムフラージュするために建てられたものだそうです。お寺なら住職がいるけれど神社ならいらないし、しょっちゅうお参りしていても怪しまれないためだそうです。そして

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お宮のそばにもキリシタンのお墓。上に置いてある白い石、それは拝むときには十字架の形に置いて拝み、終わるとその形を崩してから去るのだそうです。

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こちらは後になって建てられたお墓。よく見ると中央から右には仏教の戒名が、向かって左側にはキリシタンの洗礼名が刻まれていました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 14:38 | | Comments(0)

大野教会、出津(しず)教会、旧出津救助院、ド・ロ神父記念館


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西彼杵(にしそのぎ)半島の海岸沿いに出ました。大村のほうは平地が多く農地もあり豊かなのに比べて、こちらは断崖絶壁が多く、農地はほとんどありません。それだけ貧しく、キリシタンたちが追われてこちらに逃げ込んできたのでしょう。

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急なまがりくねった道を山側に。運転手さん泣かせの細い道をバスで登って、さらに徒歩で少し登りました。大野教会です。

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こちら「ドロ壁」。ド・ロ神父様がこのように地元産の材料を使って風雨に強い壁を考えて指導されたそうです。海からの風が強いので高い塔は作らず平屋。

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マルコ・マリ・ド・ロ神父の小路は、人が2人やっと並べるくらいの小路で、緩やかに上り下りしながら教会堂や救助院などを結んでいました。

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こちらは保存修理された救助院、ド・ロ神父記念館。内部は撮影していません。素麺を作る作業場があったり、織物をする場所、炊事場があったり、麹をつくる室があったり、鰯網を作る作業場があったり。フランス貴族に生まれた神父様は、没落していく貴族の生き延びる道として、親から様々な技術を取得するように教育されたため、ありとあらゆる生活・産業の知識をキリシタンたちに教えてくださったり、畑を開いて様々な作物を育てたりしたそうです。

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こちら出津(しづ)教会。

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遠いフランスから日本の貧しい信者のために一生を捧げて尽くしてくださった神父様に感謝。


(時間がある時にこの旅行記は加筆するつもりです)
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 09:55 | | Comments(0)

長崎キリシタン祈りの巡礼号 バスツァーに


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台風の余波で船が欠航になりそうだ、とあわてて旅程を変更する算段をしていた時、JTBの窓口のパンフレットでふと目についたこのページ。日曜日だけ組むバスツアーで、朝9時から夕方5時まで、キリシタン関連の史跡を回ってガイドがつき、昼食付きで2,000円、ちょうど日もいいし、いいんじゃないの、と飛びついた次第。

長崎駅前の集合場所に行き、運転手さんに間違ってないか確かめてから乗り込むと、同行者は私たち夫婦のほかには、東京からのご夫婦と、大阪からの親子3人の計7人。

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小型のバスでも7人なのでゆったり。
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ガイドのFさんはとても詳しくて、長崎のキリスト教の歴史について細かく説明がありました。

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鈴田牢の跡地。8坪ほどの牢に1622年、35人が押し込められ、牢内で2人が亡くなり33人が長崎の西坂と大村の放虎原(ほうこばる)で殉教したとのこと。

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放虎原殉教地(日本二〇五福者殉教者顕彰碑)205名の殉教者の内訳は、日本人153名、スペイン人24名、ポルトガル人5名、イタリア人5名、メキシコ人3名、オランダ人1名、ベルギー人1名、朝鮮半島出身者13名とのこと。

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こちらは処刑されたキリシタンが生き返ってはいけないというので、胴体だけを埋葬されたという「胴塚」。竹藪になっていますが誰もタケノコを掘る人はいないそうです。若者の像が祀られています。

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500mほど離れたところにある「首塚」。こちらは年配者の像が祀られています。後ろには榎の巨木があります。大村には多数のキリシタンがいたそうですが、禁教令とともに多数が捕らえられ処刑されたそうです。また、その墓も徹底的に跡も残さないほどに捨てられ、何も残ってはないそうです。

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ここは、京都あたりで捕えられて徒歩でこの地まで連れてこられた26人のキリシタンたちが大村湾を横切って船で運ばれた、乗船の地です。信者が多いこの地方のこと、助けられて逃亡の恐れもあるということで、船に乗せられたのだそうです。一晩を船で過ごし、明け方対岸について処刑地まで歩かされ、すぐに処刑されたのだそうです。

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西海橋。西彼杵半島の付け根、大村湾箱の狭い水路で外界とつながっています。大雨でした。

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お昼ご飯。2,000円で1日ガイド付きでバス旅行してお昼ごはんまで、とは本当にびっくりなお値段です。(午後の分は続きに)
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 08:57 | | Comments(0)

遠藤周作文学館と道の駅夕陽が丘そとめ


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長崎市内の観光は以前来た時に定期観光バスに乗って一通りしているので、今回のテーマは「キリシタン巡礼の旅」ということで、「沈黙」の舞台に建っているという遠藤周作文学館へと足を伸ばしました。レンタカーで約40分。おりしも台風の影響で土砂降りの雨。長崎市中心部から北へ、左に海岸線を見ながら約40分。
建物に入るところで、傘も役に立たないくらいの土砂降りだったため、建物外観の写真も撮るどころでなく駆け込みました。すっかりくたびれて入って右手の喫茶コーナーでまずは一服。

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 学生時代に出会いがあって私もカトリックの洗礼を受けたものの、いいかげんな信者で、長崎に見られるような殉教者たちやかくれキリシタンたちが信仰を守り抜いたそのもとはどこにあるのか探りたいような思いがありました。ちなみに私が読んだ作品は『沈黙』『海と毒薬』『女の一生』くらいしかありません。夫はもう少したくさん読んでいるようです。

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こちら文学館とほど近い道の駅。

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専用の冷凍庫に、いのししの肉と鯨の肉も売っていました。
そして

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購入した本。上のほうの『長崎県謎解き散歩』は昼食後の地元の書店で見つけたもので、『遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子』は遠藤周作文学館で、道の駅で買ったのは『旅する長崎学4 キリシタン文化Ⅳ』。この旅する長崎学の本はこのたびの旅の目的と内容にとても合致していて参考になり、ホテルで読みました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-03 07:09 | | Comments(0)

特急さくらー特急かもめ 鉄道の楽しみ


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岡山からはのぞみではなくて岡山発8時07分の特急さくら545号に乗車。「ジパングクラブ」で3割引きになるためには、のぞみには乗れないのだそうです。かものはしみたいな先頭車両を見るとわくわくします。

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内部はこんな感じ。そして博多駅では通路を隔てて隣の席に小学生のお兄ちゃんと妹が乗り込み、両親がホームで見送っていました。ほほえましくて「どこまで?」と聞いてみると
「せんだい!」
一瞬「?」となりましたが、そうでした、鹿児島県の「薩摩川内」のおじいちゃんおばあちゃんのところへ行くそうでした。
私たちは次の「新鳥栖」で乗り換えます。

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新鳥栖10:20、こちら「かもめ13号」長崎行。
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内部は皮貼りシートで背もたれのカーブも体に合ってとてもいい具合でした。

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11:49、終点、長崎駅。たいていは線路はどこまでも続く、という印象なので、以前稚内駅でこのような光景を見て感傷に浸った思いがありましたが、長崎もまた、終着駅なのです。が、こちらは稚内に比べるとにぎやかなので感傷的にはなりません。
 いよいよこれから。

 この時間に長崎に着いたのは、最初の計画では高速船で上五島の鯛ノ浦に渡るはずで、それから逆算しての時間設定だったのですが、何しろ台風12号の影響で波が高く、欠航になると判断したので、この日はレンタカーで長崎市の中心部から40分くらいと聞いている遠藤周作文学館へ行くことにしました。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-02 08:41 | | Comments(0)

長崎・上五島(船が出れば)に行ってきます

 忙しい私の日程を縫って、「この期間ならなんとか行けそう、海も穏やかなシーズンらしい(台風が来なければ、の条件付き)」と、初めて私がプランをすべて立てました。上五島に住んでいらした方のたくさんのアドバイスをいただき、最初の案を立ててやれ安心、としていたところへ台風8号が沖縄に接近。波浪があっては船が欠航してしまいます。そこで初めに行くつもりだった上五島を後のスケジュールに急きょ変更、島で2泊のつもりを1泊に削って、なんとか行けたらと思っております。
 その過程で、JTBの長崎のバス旅行ツアーを発見し、さっそく申込みました。こっちはラッキー、でした。それにしても雨ばっかりの旅程、それと4日朝8時に波が静まってフェリーが出るやらどうやら、気がもめます。もしも欠航になったら、平日なのでまた長崎に宿を求めて予定通りの帰りの電車に合わせて帰ってくるつもりではあります。どうなることやらです。
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by kurashiki-keiko | 2014-08-02 06:02 | | Comments(2)

1人で旅行の手配

 こんなことは朝飯前、という方には笑われそうですが、夫との旅行、これまでは会社の社員旅行を手配する旅行社にお願いしてお任せ、だったのに、今回だけは元その地にお住まいだった人のアドバイスを受けて、私自身がお宿からタクシーから船から最後にJRのチケットまですべてやりました。
 目的地その他はまたこのブログでご報告することとして、旅行業者さんのこれまでのタイムテーブルの仕様を参考に、一番動かせないものとしてまずは日程、それからお宿の可否、目指すお宿がツアー客で満室と分かり次善の策のお宿を決め、それからフェリーの時刻表がとても間が開いていたのでそれを中心に旅程を組み立て、港から観光タクシーを手配したりレンタカーを予約したり、最後にJRのチケットを買って、旅の日程が組みあがりました。
 その通りに行動できるか、ちょっとその日が来るまでどきどきですが、やり遂げたという満足感とこれでいいのかな?もっといい案はないのかな?見どころは?などなど。こういうのが旅の醍醐味だと言われる人には本当に、何をいまさら、ではありますが。
 行先は台風8号の直撃を受けた地方です。。。当日台風が来ないことを祈っています。
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by kurashiki-keiko | 2014-07-11 09:30 | うれしかったこと | Comments(0)