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夫とカラオケ

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このところ比較的時間の取れる木曜午後の1時間半ほど、近場のお店にカラオケに行っています。
もともと口下手で話をする機会が少ない夫、声がうまく出ないとか言うのでボイストレーニングのつもりです。
とはいえなかなか歌いたい歌が出てこないと時間がもったいないので、私が前回の反省から歌えそうな曲名をリストアップしておいて、どんどん夫と私交互に歌えるような曲を入れて行っています。
 

 しかし私、合唱をしてきたせいか、どうもカラオケの発声はだめで下手です。

 そして、今回はダメもとで、高校時代に歌った
「流浪の民」シューマン作曲
を入れてみたらなんとなんと、ちゃんとありました。
訳詞も一緒。
♪ ブナの森の葉隠に宴ほがいにぎわしや
松明あかく照らしつつ 木の葉敷きて うついする
  これぞ流浪の人の群れ まなこ光り髪きよら

・・・
 それぞれのソロの人が歌う箇所も全部私がソリストになったつもりで。
夫、少々あきれ気味でしたが、久々にちゃんと声を出せて大満足でした。


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by kurashiki-keiko | 2017-10-13 20:37 | うれしかったこと | Comments(0)

奥さんはえらいんだぞ!

 先日スーパーで出会った人。
ギョーザを作ろうかと、ミンチの売り場に行くと、そこにいらした70代後半から80代くらいと思しき男性に「サイズはいろいろあるんでしょうか?」とギョーザの皮のことについて尋ねられました。「いいえ、枚数は違うけれども大きさは大体同じみたいですよ」。 すると次に、シキビの束を「これ、仏さん用でいいですよね」。「そうですね、神様用の榊とは葉っぱが違いますからね」とお答えしました。
 見ていると、携帯でお家の方と相談しながらの慣れないお買い物のようでした。普段来たことのないスーパーでのお買い物、きっと大変なんだろうなあ、と思いつつ、レジを終えて帰りました。奥さんが急病だとかで日頃しないお買い物だったのでしょうね。
 数少ないけれども、仕事帰りらしいネクタイをした男性も、お惣菜などあれこれ買っていらっしゃる様子に、単身赴任かなあ、とか思って見ています。
 また、先日倒れたという夫のお友達も、離婚して一人暮らしだったと聞きます。

 夫に近頃は威張って言っています。「あなたがなんとかここまで生きてこられたのは私のおかげよ」。
 料理が決して上手というわけではないので、若いころは夫の満足するような分量や材料に偏った食生活やお付き合いのおかげで生活習慣病にしてしまったのかもしれないけれど、以来気を付けてバランスよい食事を作ってきたからこそなんとか今まで生きてこられたのだと実感するこの頃なのです。手抜きをしないでごはんを作る奥さんがいるのとそこら辺の物を適当に食べる暮しとでは、絶対に健康にかかわってくるはず。
 食生活は健康の源。お金を稼ぐのも大切かもしれませんが、そのために食事作りをおろそかにして健康を損ねては、何のために働いているのかわかりません。
 そして野菜をたくさん食べるには少し手間がかかるけれど、それこそが健康を作る食事ではないかと思います。
 
 男女ともに、そんなわけで食事作りと、もっともっと生活の仕方を親から教わったり、また家庭科をしっかり習って身につけるべき、と、先日の『正しいパンツのたたみ方』の本をまだ読めていませんが、ぜひ読みたいと思う今日この頃です。




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by kurashiki-keiko | 2017-09-21 22:55 | 老いということ | Comments(0)

この頃気づく老化現象

 あんまり年齢がこうだからと思いたくはありませんが、近頃気づくこと。
 以前は台所の天袋の物を取るのに、丸椅子の上にひょいと乗って取っていたのですが、近頃股関節が固くなっているのか、足をあげるのにヨッコラショ、になってきたこと。どうかするとその丸椅子に上がる前に低い万能台を足元に置いて2段階にして上がったりします。
 つい先日もレースのカーテンを洗おうと、高いカーテンレールにとりつくためにそのように2段階の踏み台を作りました。

 また、昨年10月から、右膝に水がたまりだし、整形外科で水を抜いてもらってコンドロイチンだかの注射をしてもらうこと3回ほど、続いて筋膜なんとかの治療院に春まで行ってみましたが、だいぶ良くなってきて中止、しかしそれ以来正座することはできていません。もうちょっとのところまでは行くのですが、関節が曲がらず。法事とか、座る場面では椅子をお借りしています。

もう一つ気づいたことがありました。先日出かける前のこと、「行ってきます」とドア一つ向こうの隣の息子に声を掛けたら「え、何それ?」というので私の胸元を見ると、先ほど顔を洗ったときに水がかかったらしく服がぬれていました。
 そういえば、だいぶ前、夫が顔を洗った後には洗面台の下がびしょびしょにぬれていると文句を言っていたことがありました。
 つまり、洗面台に向かって腰をかがめるという動作ができにくくなっており、曲げ方が悪くなっているのではないか、とハタと気づいたわけでした。

 もともと運動は好きでなく、学校時代にも運動会だとか体育祭などの場合には全員参加の種目だけにいやいや参加していたような運動音痴、だけど基本的に生活する部分に不自由が出来ると、そこはかとない老いを感じる今日この頃です。
 起きられた時には6時半のラジオ体操をできるだけする事、在宅日には3時前のNHKのテレビ体操(たった5分)をする事を心がけるようにしています。
 
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by kurashiki-keiko | 2017-09-13 09:29 | 老いということ | Comments(0)

がんばった1日

 9月4日(月)、1日よく頑張りました。
畑仕事と、民生委員としての敬老の日のお祝いの品を対象の23人分、配って歩いたのです。
畑仕事の方は、朝のラジオ体操を終えてから7時半までに庭先の家庭菜園4畝分(とはいえ2坪分くらい)を耕して、鶏糞やら牛糞などが足りないことに気づき、買いに行くことに。
 しかし今日は敬老の日のお祝いの品を配って歩くことにしていたので、昼過ぎの午後のひとときを畑仕事の続きに振り向けることにして、朝9時から敬老祝いを車に積み込みました。
 昨年までのは軽いフリーズドライのお味噌汁で、軽いし小ぶりだったので自転車の荷台に10人分くらい積んで行けたのに、今年のはかさばる、重いので、軽四の愛車に積んで運びました。
 せっかくリストアップしていたのに、一人暮らしと思っていたら一緒に住んでいる人がいたために配るのをやめたのが2人、長期のご入院中でいつ帰られるか不明の人がお一人、ほかの20人の人の様子をできるだけ丁寧に、面談のできる数少ない機会なので、聞かせてもらいました。
 最高齢は92歳のおばあちゃんでしたが、お茶のお稽古には自分で着物を着て出かけるなど、出ていく先があることがとても良いと思います。腰や背中も曲がっていなくて色つやも若々しいお顔。
 また、ご主人を最近亡くされたけれど、これまでご自身仕事をしていてご近所づきあいもほとんどない、という人には、出会いを求めて近くの講座に出向いては、とアドバイスしておきました。
 いろんな人の老後を見せてもらい、とても有意義な訪問だと思いました。
 2時から4時まではまた畑仕事、4時から5時半まで続きの訪問をして、昼間デイサービスやらリハビリやらでお留守だった人にもお目にかかることが出来、これまででは初めて1日で配り終えることが出来ました。歩数計は7,900歩ほどになっていました。

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by kurashiki-keiko | 2017-09-04 23:43 | がんばったなあ | Comments(0)

今年も来ました

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今年も来ました。段ボールに2箱。
これ、来る「敬老の日」の今年のお祝い品です。
社会福祉協議会からお配りする品です、75歳以上お一人暮らしのお方に。
はいはい、民生委員の年に一度の重労働?です。

私のお気に入りというか、好まれる品は即席みそ汁、軽くて小さ目で、喜んでいただけるので。
しかし今年は、大河ドラマにちなんだ「直虎」なるお茶と、海苔と、カレーなんだとか。うーんん。
カレーが特に重さに関係しているのかもしれず。同じ業者さんに発注するのがよくないそうで、回り持ちなんでしょうけれどね。配る方のみになるとちと大変。また、これが喜んでいただけるかなあ。
 つべこべ言わずに、年に一度のプレゼントを持っての大事な様子見の訪問、9月に入るのを待って、がんばってお配りすることにします。

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by kurashiki-keiko | 2017-08-29 17:46 | 地域社会 | Comments(0)

墓参りツアー

 8月13日(日)お盆の始まりは墓参りから。
 我が家の「墓参りツアー」は、先日墓掃除をした、夫の両親の眠る墓地から。先に着いた次男から「まだあ?」という電話で慌ててこちら、長男の運転する3列シートの車に長男とお嫁さん、孫2人、私たち夫婦が乗って出発。
墓掃除のときにお供えしたシキビに加えて持参の花束をお供えし、「おじいさん、おばあさん、皆で来ましたよ。どうぞあなたの孫やひ孫たちが幸せに暮らせるように見守っていてくださいね」と呼びかけました。
 次は真備町のお寺の墓地に眠る、義母の両親と幼くして亡くなった妹のお墓を訪ねます。義母は2人姉妹の長女で、その両親はどちらも早くに親に死に別れたそうで、実家の本家の屋敷の裏にもともとのお墓はあったのですが、お寺の墓地に小さな土地をいただいて移したのです。
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なかなか行けないので行くと落ち葉や草がいっぱい。持参の軍手やねじり鎌で皆で草取り、お掃除して、小さな墓地なのであっという間にきれいになりました。
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この墓地に入る人はもういません。お位牌はもうお寺に永代供養で預けたので、母の子孫である私たちが守らないと、そのうちに無縁仏になってしまいます。

 続いて、総社インターから山陽インターへ高速道路に乗ります。途中の吉備サービスエリアでトイレ休憩。案の定お盆のことで駐車場は一杯、すごい人でした。山陽インターを降りてからは北へ。ドイツの森を過ぎたあたりの「ドライブイン菊峠」で恒例のお昼ごはん。これまたすごい人で、席は確保できたものの、注文の品が来るまで30分以上はかかったでしょう。次男が「待ってる間が無駄だよな」とか言うので、確かに、注文してから墓参りをして帰ってきても十分間に合いそうな間合いではありました。

 昼ご飯を済ませてからさらに山の上の方へ行くと、我が家のご先祖様の墓地が見えてきます。幸いにもうちの墓地は山の上の方にあるのに車が横付けできるのがありがたいことです。いつもお水の桶を借りて井戸水をいただくお宅を訪ねると、お留守。これまで留守だったことはなかったのになあ、せっかく次男一家と長男一家が顔見せに行ったのに、残念。
 でも、お墓の花入れにはなんとかお水があったので、元禄の初めごろからの20基のお墓にそれぞれお花を入れ、分担してお線香をお供えしました。我が家の祖先は宇喜多家の家臣だったらしいです。見晴らしの良い山の上、しかも大きな柿の木の木陰もあって、はしゃぎまわる孫3人。ほっとするお墓参りのひととき。記念写真も撮りました。三脚がなかったので次男と長男がかわるがわる写してくれました。
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その昔、その長男、次男に長女も加えて、亡くなった夫の両親とこの墓地を訪ねたものでした。あの頃は私も若いお嫁さんだったのが、お嫁さん2人のお姑さんになって、代が代わりました。こうして次世代と一緒ににぎやかにお墓参りできたのは幸せなことです。夫も足元がだんだんおぼつかなくなってきているので、この先いつまでもこの状態ではないでしょう。今年は幸せなお墓参りでした。

 帰途は、山陽インターから岡山インターの間が事故渋滞でのろのろ運転、ずいぶん時間がかかりましたが、無事墓参りを済ませ、
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祭壇にお花と霊供膳もお供えすることが出来ました。
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恒例の送り火を焚いて仏様をわが家にお迎えします。孫たちとまたにぎやかに花火をしました。短い間ですが仏様たちに我が家で過ごしていただきましょう。






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by kurashiki-keiko | 2017-08-14 03:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

お盆に思う

 毎年お盆の準備は、墓掃除から始まります。
 若いころは墓掃除なんてしたこともなかったけれど、舅姑を送ってからは、私たち夫婦の、そして一緒に住む長男夫婦、孫が生れてからはお嫁さんは来られなくなり、長男と私たちの3人で、11日くらいの早朝に行っています。今年も、長男と3人で。
 と思ったらなんと、夫がその朝忘れて散歩に出てしまっており、長男と車で出かけたら、帰ってくる夫に出会い、車で拾って行きました。
 
 墓地に着くとあら、今年は草がない。たぶん、墓地の管理者が除草剤を撒いたようです。おかげで枯れたお花を片付けてシキビを供えてお線香を手向けておしまい。

 そしていつもは夫婦で汗だくで協力して祭壇を組み上げるのですが、今年は気が付いたら夫が大部分をしてくれていました。
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霊供膳と、お花は痛むので墓参りツアーが終わってから供えるつもりです。

それにしても、若いころ、いえ子どものころに祖父母宅に行くと、青い薦(こも)を敷いた立派な祭壇がしつらえてあり、お盆の風物詩、と思いつつ、親から託されたお供えのお菓子を置いてリンを鳴らしたものでした。
 仏さまをお祀りする立場になってみると、このお盆中の行事が結構忙しいものだと知りました。墓参りをする前の草取りや掃除。夫の両親の眠るお墓と、夫の母の両親の墓参り。母は2人姉妹だったので、私たちが行かないと母の妹一家の方はあまりお参りしていないようなので、2歳で亡くなったという母の妹の小さなお墓と、母の両親との小さな墓標にお花を手向けます。
 それから、父の兄たちまでが眠る元禄以来のお墓20基がある田舎の墓地。夫の祖父母と伯父までがこちらに入っていて、とても見晴らしの良い山の上の方にありますが、車が横付けできるのが助かります。崩れてしまった丸っこい五輪の塔も3つくらいあり、文字が読み取れる一番古い墓標が元禄10年ごろという、古い墓地です。
 3か所回り、年によってはさらに私の実家の先祖が眠る墓地まで回ると、もう1日仕事で、夏の暑いこともありへとへとになります。今年はそんなわけで私の実家の方の墓地は弟たちにお任せして、省略することにしました。

 帰宅してから祭壇にお供えする霊供膳の料理?もこしらえるつもりなのですが、色彩を考えつつ煮ものの組み合わせを考えています。

夜、暗くなってからは肥え松を燃やして「送り火」をしがてら花火をする予定です。
送り火をするのもうちのご近所ではたぶんうちくらいの物ではないでしょうか。もっとも、お仏壇のない若い家庭が我が家のまわりには多いのですが。
夫の両親がやっていたのを受け継いだだけなのですけれど、母は父が亡くなってからは月に向かって「おーい、おーい、お父さん、これを見て帰ってきてちょうだいよ~」と叫んでいましたっけ。

 だんだんと体力的に、と、頭の回転が鈍くなり、段取りを考えるのが面倒になってきています。お盆の祭壇を作る段取りなども、お嫁さんに引き継いで行かねばと思うのではありますけれど、以前私が何にも知らなかったことを思うと、その場になればがんばって学ぼうとしてくれる、と思います。



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by kurashiki-keiko | 2017-08-12 22:59 | しみじみしたこと | Comments(0)

夫、退職後の日々に

 夫の退職後の日常といえば、皆さまそれまでいなかった人が家にいることの鬱陶しさについて言われていますが、全くその通り。
何かそれまでに打ち込める趣味があればよいのですが、これと言って趣味もなく、テレビの前に横になっていわゆる「お守り」をしている状態。
やっとこさストレッチ&太極拳の講座を毎週金曜日にするように申し込んだものの、あとはたまに私が付き合ってドライブをするとかくらいしかありません。
 なので、私が外出する時には大変機嫌が悪く、「何のために家にいて欲しいの?」と聞くと、自分の世話をするためなのだそう。「わたしゃあなたの召使ではありませんよ」と断固宣言して自分の属する会に出かける今日この頃。全く、私の足を引っ張らないでほしいもの。
 
 これまでもたまたま図書館に出かけると、雑誌コーナーなどに、いかにも定年後暇を持て余しているという態の高齢男性諸氏が結構大勢いるのをお見掛けしたものでしたが、図書館はお金も使わずに済み、冷暖房完備、少々の知識欲も満足させてくれるという結構快適な場所なのだなと思ったことでした。
 
 女性の高齢者も、夫を亡くし一人暮らしをする人が増えてきたと言われていた先輩Tの会員のS様は、「私には出かける場があって本当によかった、途中いろいろあったけれど、やめなくてよかったと思う」と先日の最寄り会で言われていました。
 
 年を取って大切なのは、経済力、健康、そして友人、と聞きましたが、羽仁もと子作詞の「友の国」にも「人 ひとり居るはよからず」とあるように、人は人の中にいるのが幸せだと思います。

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by kurashiki-keiko | 2017-04-12 02:01 | 日常 | Comments(0)

過去の遺物?エプロンを縫い上げて

 3月31日(金)雨。寒いというし雨だというので、草取り予定を中止し、以前夫の父の介護にかかる前に裁っていた(らしい)ミシン刺繍の入った胸当てエプロンを、20数年ぶりに縫い上げることにしました。
 やってきた3歳の孫娘にボタンつけを教えてみると、針を布に刺すことも結構力の入れ具合にコツがいることがわかったり、この子は数字に弱いらしく、ボタンが8個付いたのですが、その数が意外に数えられないことが分かりました。
 孫もそのうち飽きて退散してくれたり、夫も外出してくれてこれ幸い、裁ちっぱなしになっていたエプロンの紐を縫うことから始め、縫い上げました。
縫い上げてみると、今風のとは胸当て部分の幅が違って狭いことが分かりました。布はしっかりしたダンガリーだし、刺繍はきれいですが、ポケットが1個だけ。私は両側に2個ついているのがいいのです。せっかく縫い上げたので、とりあえずたたんで袋に入れて仕舞いました。

 次に、同じように、20数年前に裁っただけでしるしつけも半分しかできていない、たしか黒のギンガムチェックのスモックエプロン、だと思っていた布を取り出してみると、なんと、長男が小5のときの、身長152㎝の、と型紙に書いてある長袖パジャマ、でした。
 もう2児の父になった長男の子供時代の・・・・ほとんどタイムカプセルだったその裁ったばかりの布状態で入っていた箱。パジャマとして縫い上げてもたぶんもう誰も着ないだろうし。しばし茫然。色違いで兄弟にパジャマを縫って着せた、その最後の作品はいまだに衣装ケースにとってあるのですが、そのあとに縫おうとして縫えなかったもののようです。 一生懸命に縫物をしていた当時を思い出して、「頑張ったなあ」と少々の感慨に浸ったひとときでした。

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by kurashiki-keiko | 2017-03-31 14:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

家族葬に思うこと

 先日、地元紙の投稿欄に家族葬についての意見が掲載されていました。
お付き合いしていた人があるときを境にお見掛けしなくなったと思ったら、亡くなられていて家族葬でお葬式をしたので、お別れを言うこともできずに残念だったという風な事で、世の中の風潮が変わってきたということでした。

 私も同感です。私の家でも満93歳で亡くなった夫の母を家族葬で送りました。でもその後ご近所の何人もの方々から「お母さんはどうしていらっしゃる?」と言われました。ご近所はもちろん、昔母が子供の頃に世話し、今では立派なオジサンになった方々も、もしもお葬式に列席してくださっていたらまるで同窓会のように故人を偲んで思い出話をしみじみ語り合ってくださっていたに違いありません。
 また、仏様をまつる家として何人もの人が後から後から弔問に来てくださり、応対に追われました。

 家族葬も静かに家族だけで送りたい、大勢の人に来ていただくのも申し訳ないとかいう気持ちもわかりますが、お別れをしたいというお気持ちのある人をお断りしているという側面もまたあることを知らなくてはと思います。
 今ではどんなお年寄りであっても故人を知る人皆で見送ってもらいたいという思いでいっぱいです。その人が亡くなられたことを広く知っていただき、これからはこのような家族で生きていくのでよろしく、という挨拶も、お葬式には含まれていると思います。
 お葬式、特に家族葬のあり方は見直してもよいのではないかと思います。

・・・少し文面は違いますが、以上のような文章が21日付地元山陽新聞「ちまた」欄に掲載していただきました。

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by kurashiki-keiko | 2017-02-22 21:34 | しみじみしたこと | Comments(0)