タグ:老いということ ( 107 ) タグの人気記事

墓参りツアー

 8月13日(日)お盆の始まりは墓参りから。
 我が家の「墓参りツアー」は、先日墓掃除をした、夫の両親の眠る墓地から。先に着いた次男から「まだあ?」という電話で慌ててこちら、長男の運転する3列シートの車に長男とお嫁さん、孫2人、私たち夫婦が乗って出発。
墓掃除のときにお供えしたシキビに加えて持参の花束をお供えし、「おじいさん、おばあさん、皆で来ましたよ。どうぞあなたの孫やひ孫たちが幸せに暮らせるように見守っていてくださいね」と呼びかけました。
 次は真備町のお寺の墓地に眠る、義母の両親と幼くして亡くなった妹のお墓を訪ねます。義母は2人姉妹の長女で、その両親はどちらも早くに親に死に別れたそうで、実家の本家の屋敷の裏にもともとのお墓はあったのですが、お寺の墓地に小さな土地をいただいて移したのです。
d0031853_03055197.jpg
なかなか行けないので行くと落ち葉や草がいっぱい。持参の軍手やねじり鎌で皆で草取り、お掃除して、小さな墓地なのであっという間にきれいになりました。
d0031853_03060594.jpg
この墓地に入る人はもういません。お位牌はもうお寺に永代供養で預けたので、母の子孫である私たちが守らないと、そのうちに無縁仏になってしまいます。

 続いて、総社インターから山陽インターへ高速道路に乗ります。途中の吉備サービスエリアでトイレ休憩。案の定お盆のことで駐車場は一杯、すごい人でした。山陽インターを降りてからは北へ。ドイツの森を過ぎたあたりの「ドライブイン菊峠」で恒例のお昼ごはん。これまたすごい人で、席は確保できたものの、注文の品が来るまで30分以上はかかったでしょう。次男が「待ってる間が無駄だよな」とか言うので、確かに、注文してから墓参りをして帰ってきても十分間に合いそうな間合いではありました。

 昼ご飯を済ませてからさらに山の上の方へ行くと、我が家のご先祖様の墓地が見えてきます。幸いにもうちの墓地は山の上の方にあるのに車が横付けできるのがありがたいことです。いつもお水の桶を借りて井戸水をいただくお宅を訪ねると、お留守。これまで留守だったことはなかったのになあ、せっかく次男一家と長男一家が顔見せに行ったのに、残念。
 でも、お墓の花入れにはなんとかお水があったので、元禄の初めごろからの20基のお墓にそれぞれお花を入れ、分担してお線香をお供えしました。我が家の祖先は宇喜多家の家臣だったらしいです。見晴らしの良い山の上、しかも大きな柿の木の木陰もあって、はしゃぎまわる孫3人。ほっとするお墓参りのひととき。記念写真も撮りました。三脚がなかったので次男と長男がかわるがわる写してくれました。
d0031853_03340242.jpg
その昔、その長男、次男に長女も加えて、亡くなった夫の両親とこの墓地を訪ねたものでした。あの頃は私も若いお嫁さんだったのが、お嫁さん2人のお姑さんになって、代が代わりました。こうして次世代と一緒ににぎやかにお墓参りできたのは幸せなことです。夫も足元がだんだんおぼつかなくなってきているので、この先いつまでもこの状態ではないでしょう。今年は幸せなお墓参りでした。

 帰途は、山陽インターから岡山インターの間が事故渋滞でのろのろ運転、ずいぶん時間がかかりましたが、無事墓参りを済ませ、
d0031853_03442047.jpg
祭壇にお花と霊供膳もお供えすることが出来ました。
d0031853_03101463.jpg
恒例の送り火を焚いて仏様をわが家にお迎えします。孫たちとまたにぎやかに花火をしました。短い間ですが仏様たちに我が家で過ごしていただきましょう。






[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-08-14 03:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

お盆に思う

 毎年お盆の準備は、墓掃除から始まります。
 若いころは墓掃除なんてしたこともなかったけれど、舅姑を送ってからは、私たち夫婦の、そして一緒に住む長男夫婦、孫が生れてからはお嫁さんは来られなくなり、長男と私たちの3人で、11日くらいの早朝に行っています。今年も、長男と3人で。
 と思ったらなんと、夫がその朝忘れて散歩に出てしまっており、長男と車で出かけたら、帰ってくる夫に出会い、車で拾って行きました。
 
 墓地に着くとあら、今年は草がない。たぶん、墓地の管理者が除草剤を撒いたようです。おかげで枯れたお花を片付けてシキビを供えてお線香を手向けておしまい。

 そしていつもは夫婦で汗だくで協力して祭壇を組み上げるのですが、今年は気が付いたら夫が大部分をしてくれていました。
d0031853_22043489.jpg
霊供膳と、お花は痛むので墓参りツアーが終わってから供えるつもりです。

それにしても、若いころ、いえ子どものころに祖父母宅に行くと、青い薦(こも)を敷いた立派な祭壇がしつらえてあり、お盆の風物詩、と思いつつ、親から託されたお供えのお菓子を置いてリンを鳴らしたものでした。
 仏さまをお祀りする立場になってみると、このお盆中の行事が結構忙しいものだと知りました。墓参りをする前の草取りや掃除。夫の両親の眠るお墓と、夫の母の両親の墓参り。母は2人姉妹だったので、私たちが行かないと母の妹一家の方はあまりお参りしていないようなので、2歳で亡くなったという母の妹の小さなお墓と、母の両親との小さな墓標にお花を手向けます。
 それから、父の兄たちまでが眠る元禄以来のお墓20基がある田舎の墓地。夫の祖父母と伯父までがこちらに入っていて、とても見晴らしの良い山の上の方にありますが、車が横付けできるのが助かります。崩れてしまった丸っこい五輪の塔も3つくらいあり、文字が読み取れる一番古い墓標が元禄10年ごろという、古い墓地です。
 3か所回り、年によってはさらに私の実家の先祖が眠る墓地まで回ると、もう1日仕事で、夏の暑いこともありへとへとになります。今年はそんなわけで私の実家の方の墓地は弟たちにお任せして、省略することにしました。

 帰宅してから祭壇にお供えする霊供膳の料理?もこしらえるつもりなのですが、色彩を考えつつ煮ものの組み合わせを考えています。

夜、暗くなってからは肥え松を燃やして「送り火」をしがてら花火をする予定です。
送り火をするのもうちのご近所ではたぶんうちくらいの物ではないでしょうか。もっとも、お仏壇のない若い家庭が我が家のまわりには多いのですが。
夫の両親がやっていたのを受け継いだだけなのですけれど、母は父が亡くなってからは月に向かって「おーい、おーい、お父さん、これを見て帰ってきてちょうだいよ~」と叫んでいましたっけ。

 だんだんと体力的に、と、頭の回転が鈍くなり、段取りを考えるのが面倒になってきています。お盆の祭壇を作る段取りなども、お嫁さんに引き継いで行かねばと思うのではありますけれど、以前私が何にも知らなかったことを思うと、その場になればがんばって学ぼうとしてくれる、と思います。



[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-08-12 22:59 | しみじみしたこと | Comments(0)

夫、退職後の日々に

 夫の退職後の日常といえば、皆さまそれまでいなかった人が家にいることの鬱陶しさについて言われていますが、全くその通り。
何かそれまでに打ち込める趣味があればよいのですが、これと言って趣味もなく、テレビの前に横になっていわゆる「お守り」をしている状態。
やっとこさストレッチ&太極拳の講座を毎週金曜日にするように申し込んだものの、あとはたまに私が付き合ってドライブをするとかくらいしかありません。
 なので、私が外出する時には大変機嫌が悪く、「何のために家にいて欲しいの?」と聞くと、自分の世話をするためなのだそう。「わたしゃあなたの召使ではありませんよ」と断固宣言して自分の属する会に出かける今日この頃。全く、私の足を引っ張らないでほしいもの。
 
 これまでもたまたま図書館に出かけると、雑誌コーナーなどに、いかにも定年後暇を持て余しているという態の高齢男性諸氏が結構大勢いるのをお見掛けしたものでしたが、図書館はお金も使わずに済み、冷暖房完備、少々の知識欲も満足させてくれるという結構快適な場所なのだなと思ったことでした。
 
 女性の高齢者も、夫を亡くし一人暮らしをする人が増えてきたと言われていた先輩Tの会員のS様は、「私には出かける場があって本当によかった、途中いろいろあったけれど、やめなくてよかったと思う」と先日の最寄り会で言われていました。
 
 年を取って大切なのは、経済力、健康、そして友人、と聞きましたが、羽仁もと子作詞の「友の国」にも「人 ひとり居るはよからず」とあるように、人は人の中にいるのが幸せだと思います。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-04-12 02:01 | 日常 | Comments(0)

過去の遺物?エプロンを縫い上げて

 3月31日(金)雨。寒いというし雨だというので、草取り予定を中止し、以前夫の父の介護にかかる前に裁っていた(らしい)ミシン刺繍の入った胸当てエプロンを、20数年ぶりに縫い上げることにしました。
 やってきた3歳の孫娘にボタンつけを教えてみると、針を布に刺すことも結構力の入れ具合にコツがいることがわかったり、この子は数字に弱いらしく、ボタンが8個付いたのですが、その数が意外に数えられないことが分かりました。
 孫もそのうち飽きて退散してくれたり、夫も外出してくれてこれ幸い、裁ちっぱなしになっていたエプロンの紐を縫うことから始め、縫い上げました。
縫い上げてみると、今風のとは胸当て部分の幅が違って狭いことが分かりました。布はしっかりしたダンガリーだし、刺繍はきれいですが、ポケットが1個だけ。私は両側に2個ついているのがいいのです。せっかく縫い上げたので、とりあえずたたんで袋に入れて仕舞いました。

 次に、同じように、20数年前に裁っただけでしるしつけも半分しかできていない、たしか黒のギンガムチェックのスモックエプロン、だと思っていた布を取り出してみると、なんと、長男が小5のときの、身長152㎝の、と型紙に書いてある長袖パジャマ、でした。
 もう2児の父になった長男の子供時代の・・・・ほとんどタイムカプセルだったその裁ったばかりの布状態で入っていた箱。パジャマとして縫い上げてもたぶんもう誰も着ないだろうし。しばし茫然。色違いで兄弟にパジャマを縫って着せた、その最後の作品はいまだに衣装ケースにとってあるのですが、そのあとに縫おうとして縫えなかったもののようです。 一生懸命に縫物をしていた当時を思い出して、「頑張ったなあ」と少々の感慨に浸ったひとときでした。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-03-31 14:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

家族葬に思うこと

 先日、地元紙の投稿欄に家族葬についての意見が掲載されていました。
お付き合いしていた人があるときを境にお見掛けしなくなったと思ったら、亡くなられていて家族葬でお葬式をしたので、お別れを言うこともできずに残念だったという風な事で、世の中の風潮が変わってきたということでした。

 私も同感です。私の家でも満93歳で亡くなった夫の母を家族葬で送りました。でもその後ご近所の何人もの方々から「お母さんはどうしていらっしゃる?」と言われました。ご近所はもちろん、昔母が子供の頃に世話し、今では立派なオジサンになった方々も、もしもお葬式に列席してくださっていたらまるで同窓会のように故人を偲んで思い出話をしみじみ語り合ってくださっていたに違いありません。
 また、仏様をまつる家として何人もの人が後から後から弔問に来てくださり、応対に追われました。

 家族葬も静かに家族だけで送りたい、大勢の人に来ていただくのも申し訳ないとかいう気持ちもわかりますが、お別れをしたいというお気持ちのある人をお断りしているという側面もまたあることを知らなくてはと思います。
 今ではどんなお年寄りであっても故人を知る人皆で見送ってもらいたいという思いでいっぱいです。その人が亡くなられたことを広く知っていただき、これからはこのような家族で生きていくのでよろしく、という挨拶も、お葬式には含まれていると思います。
 お葬式、特に家族葬のあり方は見直してもよいのではないかと思います。

・・・少し文面は違いますが、以上のような文章が21日付地元山陽新聞「ちまた」欄に掲載していただきました。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-02-22 21:34 | しみじみしたこと | Comments(0)

眼鏡が、ない!

 昨日の朝のこと、いつものように枕もとの巾着袋の眼鏡を探すと・・・

あれ?   ない。
眼鏡ケースが、入ってない。

そんな・・・・

いつぞや地震情報が携帯から発信されたらしいのに、2階で寝ていて携帯は1階に置いてあったことがありました。
それをきっかけに、最低限の物は枕もとに常備しようと、赤い巾着袋を自由学園明日館のショップで見つけて購入。
中身は
携帯電話・携帯充電器・首から下げるLEDの懐中電灯・飴玉少々・手ぬぐい(包帯・マフラー替わりなどいろいろに)・濡れティッシュ・車のキー
など、最小限思いつく限りの物を入れて寝るようにしていました。

それで、近頃は気温に合わせて下着などを調節するので、目覚めると携帯のお天気情報を見て気温を確かめているのですが、眼鏡がないとよく見えない・・・

ベッドの周りを探して見たけれど。ない。
1階の昨夜の仕事していたあたりを探したけれど、ケースも眼鏡も、ない。

仕方がないので一つ古いのを現在かけていて、大差はないものの、
せっかく作った最新の、軽くて周囲も見やすい気に入りの眼鏡が、いまだに見つかりません。
え?という自分のうっかりと、ついにここまで老化したかというがっかり。
まさか異次元空間に落ち込んだなんてことはないだろうし。

いつかは絶対に我が家のどこかから出てくるはずなのですが。
ここはその時に「なーんだ」となることを期待しています。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-02-05 09:18 | 老いということ | Comments(0)

ケアされ上手

 婦人之友社の雑誌「明日の友」の225 冬号を読んでいたら、樋口恵子さんの「人生百年学のすすめ」というシリーズ記事の今号の記事の「ケアされ上手でありたい」という文章が目に留まりました。
 全国から公募した介護体験記を選者として読む機会があって、つくづく「創ってよかった介護保険」ということを思ったことと、読むほどに樋口先生は現在84歳になられて、介護される方の立場を思ったとのこと。その体験記の最優秀賞を取られた人は、106歳で亡くなった母上を介護された86歳の長女の方の話だったそうです。同居してからの15年間、「命令しない」「反対しない」「不足言わない」「小言言わない」「怒らない」という、娘の目から見ても「予想外」の母、それでいて自尊心は高く、周りの人にも一目置かれる存在で、院長先生からも「素晴らしいご高齢の方にご縁を頂き有難うございました」と言われたとのこと。
 「ありがとう」という感謝の言葉と、どこかにユーモアがあることが全体に共通しているとのこと。高齢者の側が外部サービス利用を嫌がらないことが「ケアされ上手」の基本だと書かれていました。
 私も長い間義父母の介護をして経験はありますが、夫と私の両親を送り、そろそろ自分の番が近づいてきていることを思うと、なるほど、ケアされ上手になることも考えていなければ、ということを教えられた一文でした。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-01-16 22:06 | 老いということ | Comments(2)

レコードを売りに

 先日夫の骨董品を処分してみれば、寝室のサイドテーブル代わりのデスクの下に、新築引っ越し以来全然手が付けられていなかった段ボールに入った古いレコードがありました。それは、もはやプレーヤーもなくなって再生しようのないものたち。夫や私の若いころに買ってそれっきり聞きもせず、放置されていたもの。したがってこの際処分してもちっとも惜しくないものでした。
 中に昔聞いていたNHKラジオ英語会話のレコードまであり、それはさすがにいくら何でも値打ちもないだろうと、ゴミに出すことにしました。高校2年生の時、欠かさずにラジオ英語会話を聞いていたものでした。
 そのほかのは
d0031853_23462595.jpg
柔らかな歌声が好きでよく聞いていたアンディ・ウイリアムス、当時はやったミュージカル映画の「ウエスト・サイド物語」、「サウンドオブミュージック」、まだ初々しかった森山良子、それに高校の体育のダンスのテストのために買った、ハチャトリアンの「剣の舞」のいくつか聞き比べ、アーサー・フィドラー指揮のボストンポップスのがよかったなあ。
d0031853_23464347.jpg


d0031853_00202422.jpg
高校1年生の時に岡山市民会館で初めて生のオーケストラで、120人ほどのベルリンフィル、しかもカラヤン指揮のを聞いてすっかり魅了され、続けざまにレコードを買いました。若き日のカラヤン、かっこよかった~。その時、のちに倍賞千恵子さんの旦那様になる小六禮次郎さんも当時高校生で同じ会場で聞いていらしたことが分かりました。
d0031853_23463890.jpg

こちらは夫の物と、下段の真ん中は新婚旅行のハワイで、ポリネシアン文化センター?でえらく端っこの席しか取れなかったといって、ツアーガイドの方からのお詫びのしるしと言っていただいた、ウクレレ奏者のレコードです。

・・・処分する記念にとこれらの写真を撮って、レコード・CD専門業者さんに持参しましたが・・・開店が12時なのに午前中に行ってしまい、出直しも必要だったのでした。
 夫いわく、子供がいなくて亡くなった伯父の家の片付けに行ったときには、大量のレコード類があったのを全部どんどん処分してしまった、とのこと、当時こんな処分の仕方を知っていたら廃棄せずに済んだかもしれないという後悔。
 行ってみると、店内ぎっしりとCDやらレコードが通るのもやっとというほど所狭しと詰まっていて、見れば売値が安いのは300円ほど。買値はもっとずっと安いんだろうなあ、と思ってカウンターに出し、査定を待っていると、「残念ながら値がつかない、タダでもよければ引き取りますか、持ち帰りますか」、とのこと。
 ・・・がっかりでしたが、処分するときめて持参したので、そのまま引き取ってもらいました。
 ひととき、思い出に浸ることが出来た、レコードでした。


[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-01-08 00:08 | しみじみしたこと | Comments(0)

断捨離を断行

 我が家はもともと夫の両親とのつかず離れずの半同居のための二世帯住宅なので、元は私たち夫婦と子供3人のエリアと、夫の両親のエリアとが完全分離しつつ2軒長屋のようにくっついた建物です。それが、夫の両親が亡くなってしばらくしてから私たちの長男たちが入居するというので、柱だけの状態から完全にリフォームし、今はその子供つまり私たちにとっては孫2人が増えて、狭いほうに4人、もともと5人で暮らしていた広いほうに私たち夫婦2人が暮らしています。
 そこで人数に応じた面積にするために、いずれはチェンジするのがいいなと思っています。そのおい自宅老い支度というのか、夫も私も階段の上り下りが次第に負担になってきて、一層現実味を帯びてきました。xデーがいつになるか、できれば下の子が幼稚園に入園する来春までにと私は思うのですが。
 息子たちは狭い所から広い所へ来るので問題ないのですが、広い所から狭い所へ引っ越す私たちはそうはいきません。

 というわけで、夫が趣味で、というよりも知り合いの骨董好きの人から(たぶん売りつけられた)焼き物やら櫛、笄(こうがい)、得体のしれない埴輪風の馬、お盆のセットなどの骨董の桐の箱が寝室にほこりをかぶっていたのを手放すことにしました。甥っ子が骨董屋さんを最近始めたのをこれ幸い、今日午前、彼を呼び、引き取ってもらいました。夫の買っていた骨董は特にこれが好きで集めたというものでもないようで、ジャンルもいろいろ、そういう意味では執着はなさそう。
 残念ながら、岡山特産の備前焼は作家が多くなりすぎたのと、人間国宝の作品の偽物が出回っているのとで、売れないだろうとのこと。さもありなん。
 
 午後からは、年末に分類して袋に入れて置いた夫の仕事着であった背広20着ほどをもってリサイクルショップへ出かけました。あらかじめ電話すると、ブランドものなら、とのことでしたが、ニナリッチなどもあったので見てください、と、持ち込みました。結果、20着中買い取ってもらえたのは5着ほどで、3,700円。盗品でないという念のためのことか、住所・電話番号、名前を記入して領収書を書いてお金を頂きました。
 さて、15着ほどの背広、市役所の環境センターへぼろとして持ち込んだらタダになるし、と思って、古着買取業者へ以前友愛セール係として持ち込んだことがあるので、運び込んでみました。買取にも3ランクあることなどの説明書を見せられて、査定の順番待ちをしました。店内は所狭しと冬物セーターだとかコート類、バッグ類などなどがぶら下がっていて、売りに来た人、買いに来た人がそこここに。すごい世界です。しかし背広などはもちろん展示もしていませんでした。挙句に、48円で買い取ります、とのこと。結局1㎏1円で買い取られたということでした。ブランド品のン万円の高級背広も、本人が着なくなればほかに買い手もつきそうにないのだなあ、と、夫が同行していなくてよかった、とも思いました。オーダーして作ってもほとんど着ていないものも含まれていますので、何とももったいない話でした。

 夫の物はこんな具合でだいぶ処分しましたが、私が今悩んでいるのは着物です。和ダンス一竿、ぎっしり詰まっていた着物ですが、昨年少しだけウールの着物とショールを処分。母と祖母が選んで嫁入りに持たせてくれたという思いがあるものですが、とはいえ次男の結婚式が済み、もう留袖も着ないし、娘も着物を着るとは言わないだろうし。「着物も買い取り査定します」という業者さんのチラシを取っていて、どうするか考え中です。母は私が着ないと知るとさっさと古着屋に大部分を売ったそうでしたが、すごい決断だったなと思います。

 
 

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-01-05 21:30 | しみじみしたこと | Comments(2)

母の交遊から母を偲ぶ

 1通の封書が届きました。過日お送りした喪中はがきのうち、母がいただいていた今年の年賀状の送り主へ出したものの相手の方でした。
 夜遅くに、テレビを見ての感想などを、「こんな時間帯に起きていそうなのはあなただけだから」と電話をもらっては長く話し込んで「ではおやすみなさい」と言っていたのだとか。確かカメラの同好会がきっかけでお友達になった、元教師の方。母との交遊がとても楽しくて、亡くなったのが非常に残念だとのことでした。私も母からその人のお名前を聞いていたので、なるほど、と思いました。
 そして、普通だったら喪中はがきをもらった方の人は、ああそうか、で済ましてしまうことが大部分だと思うのに、こうして母とお付き合いのあった方々は、電話をくださったり、お葉書やお手紙をくださる人がもう5,6人。母がいかに多方面の方々と親密にお付き合いをしていただいていたか、その方々の心に残っているかがいまさらながらにわかり、年をとっても活発に生活してその方々に影響を残していたことがありがたいなと思ったことでした。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2016-12-08 21:49 | しみじみしたこと | Comments(0)