映画「神様のカルテ」を見て

 MOVIX倉敷で8月27日から封切りの「神様のカルテ」、映画館で予告編を見たり、またテレビCMでも何度か見たりして、小説もちょうど読み終えて、いさんでネットで予約し、12時40分からの分を見てきました。

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 なんといっても、医者の、特に地域の拠点となり24時間365日救急患者を受け入れてくれる病院の勤務医の勤務実態のすさまじさをちゃんと描いていることは、著者が現役の医師だからとてもリアルで、撮影場所もそういった病院をロケ地にたぶん使っているであろうことは見て取れ、とても好感が持てました。
 患者としては昼間受診すればよいことをコンビニ受診みたいに受診して医師や看護師を疲れさせては病院の存続すら危ぶまれることになることを知るべきだと思いました。
 疲れ果てて朝を迎えてもさらに外来患者が押し寄せてくるのです。

受け持ち患者の2つの死が取り上げられていました。
 最初の人は、身内にまだ到着していない人に生きているうちに合わせたいというので、心臓マッサージをしてとにかく生かしておく、と言う選択をされた人。患者本人ではなく家族の意思によって無理やり生かされたその人は肋骨が全部折れて親族に臨終に立ち会ってもらったのでした。
 もう一人は、安曇さんと言う身寄りのないおばあさん。この人は大学病院では死を待つばかりの人は受け入れてもらえないそうで、カルテを書いた主人公の医師を探して探してやってきたのでした。
 
 食べたいものを買ってきたり、昔の懐かしい場所を見せたりと気遣いのある看護や医療をし、最後の最後に幸せだったと言われる、そういう地域医療の方を大学病院で先端の医療を学ぶ道と比べて選び取るという選択は、出世や名誉や収入と言ったことからは遠いけれども、本当に患者たち望まれる医師の姿ではないだろうかと思いました。
 一止(いちと)という主人公の名前には、合わせると正しいという字になるという親の遊び心だったと小説にはあったけれども、映画では安曇さん(加賀まりこ)にセリフとして語らせる手法でとても味わい深いセリフでした。
 小説の中にはなかったエピソードとして、大学病院でたまたま安曇さんを最初に主人公が研修中に診て詳しくカルテに手書きしたものを、安曇さんが紹介状かなにかの封を切って読んで、その詳しさに、ぜひともこの先生に最期を見てもらいたいと、そこに記されていた医師の名前を探して電話帳で病院をしらみつぶしに調べて探す、という回想場面がありました。そして、その丁寧に記されたカルテこそが安曇さんにとっての「神様のカルテ」でした、と、タイトルの説明がここでされていました。小説にはなかったのでしたけれど。

 また、音楽にはバン・クライバーンコンテストで優勝した全盲のピアニスト辻井伸行さんの即興演奏がバックに流れる場面があり、ホームページで見ていたので、ああ、この場面が、と聞くことが出来ました。
 宮崎あおいさん扮する奥さんの榛名(ハル)は小説のイメージ通りの感じで、透明感がありさりげなく、奥さんでありながら自立している感じがよく出ていました。
 それから主人公が住む、元旅館の下宿屋「御嶽荘」のセット、亀の甲型の窓枠だとか、古い電燈の笠だとか、昔の祖父母の家みたいでとても郷愁がわいて、よくまあできたこと、とちょっと感動でした。

 久しぶりに、「おくりびと」以来の感動を味わった映画でした。
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by kurashiki-keiko | 2011-08-28 00:19 | 感動したこと | Comments(0)

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