星野仙一氏亡くなる

 プロ野球の野球殿堂入りしてお祝いの会をしたばかりの星野さんがお亡くなりになった。
昨年11月13日に、倉敷市民会館で民生委員制度発足100周年記念行事の講演を聞かせてもらって間がないので、とても驚いています。
講演の内容によると、星野さんは本当は強かった倉敷工業に行きたかったそうでしたが、弱かった方の倉敷商業へ行き、甲子園へ行くことができなかったそうです。明治大学の野球部では甲子園に行ったことのある人が優遇されたのでなにくそと、目立つ方法を考えてなんとかグランドに入れるようになり、成績を残すことができたのだそうです。
 ユーモアあふれるお話で、その後の監督人生を含め機を見るのにうまい人だったのだなという印象です。ここぞというときに決断できるかどうかで人生の道筋が違ってくるということはこの人を見ればよくわかる気がします。
 あんなにお元気そうだったのに、わずか2か月足らずでお亡くなりになるとは、驚きと同時に、体調の悪さを隠していたのかしら、と少しばかりの悲しさくやしさを感じます。
 プロ野球選手・監督としての業績は改めて知りましたが、負けず嫌いの性格と同時に、機を見ることの大切さ、ここぞと言うときの決断の大切さを教えてくださった人だったと思います。
 ご冥福をお祈りします。

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by kurashiki-keiko | 2018-01-06 13:30 | しみじみしたこと | Comments(0)

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