母の三回忌

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 弟が跡を継いでいる、江戸時代からのお座敷で、母の三回忌法要が執り行われました。私とは8歳、弟同士だと6歳下の弟は札幌から1泊でやってきました。
北海道の弟の子供は来なかったので、上の弟夫婦とその息子一家4人、それに私たち夫婦と息子一家4人の出席でした。母のひ孫7人のうち4人が出席。子孫繁栄、ありがたいこと。
 法事というと皆でお経をあげるのが主なクライマックスかと思うのですが、こちらのお坊さんはどうも。宗教観というのか、日頃の行いだとかの教えのマニュアル本みたいなのをつらつらと読み上げるだけで、途中つっかえてしばらく言いよどむ。自身の言葉でのお説教はなし。それが長くて、いざ皆に配布しているお経の本のところを唱え始めたと思ったら、何を思うのか、項目のところで一呼吸置くこともせずどんどん先へ行くのでついていくのも一苦労。しかも、7回繰り返すとの指示が書いてある光明真言のところを3回しか唱えずに終了。あれま。

  それにしてもこの古いお座敷、私が子供の頃に曾祖母が亡くなったときのお葬式やら法事やらがあった記憶によると、外との境は障子紙1枚で、廻り廊下はすぐ外につながっていました。そして法事の後の会食では、裏で割烹前掛けの女性たちが立ち働いていて、お座敷でにぎやかに会食するのはオジサンたちばかり、という風景だったことを思いだします。女性にとってはよい時代になったものと思います。
 また、建物の経年変化は致し方なく、座がでこぼこしていたり、柱がゆがんだりしています。なんとか残していけたらいいのですけれど。
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墓地はとても良いお天気でよかったです。弟が言うには、これまでのこの家の墓地はずっと夫婦墓で来ているが、ご近所の分家筋のお墓は皆代々墓に切り替わってきているので、自分たちの代で我が家もそうしようかと思っているとの事。亡くなった祖父が、前の代と大きさやデザインを揃えて右から左へと墓石を作っていくようにと遺言していて、まだもう少し土地にゆとりはあるのですけれど。そうそういくつでも墓が建てられるというわけでもないので、いつかはそんな具合にならないといけないのでしょうね。

 お坊さんとは墓地でお別れし、車に分乗して仕上げの会食へ向かいました。母にとってのひ孫たち、この三回忌を過ぎるとまず出会う機会もないだろうから、同学年の孫と4歳、2歳の孫、はしゃいで部屋を駆け回ったりして、帰りの車の中では普段昼寝などしないお兄ちゃんまで寝入って、夕方まで寝ていたそうです。(しかも、目が覚めると翌日かと勘違いして、夕方5時を朝の5時とおもったとのこと。)
  
 法事とは故人が生きている子孫を合わせてくれるよい機会かなと思いました。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-02-19 00:06 | しみじみしたこと | Comments(0)

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