大浦天主堂の秘密 テレビから知る

 先日の「歴史秘話ヒストリア」に続いて、10月13日(土)午後10時からの「美の巨人たち」で、大浦天主堂のことについて取り上げられていたのを見ました。キリスト教が解禁されたのは1873年だそうですが、それ以前の1864年にフランス人神父プティジャンによって建てられたそうです。表向きは居留地にいるフランス人らのため、でしたが実は、大浦天主堂が建てられた場所というのは、グラバー邸の少し下で、ぎりぎり居留地から外れたところであったそうです。そのため、日本人らからも見える場所であり、当時の現地の人たちは、一体どんなものが建つのだろうと興味津々で見ていたに違いありません。
 プティジャンがこだわったのは、石造りのゴシック様式をそっくりそのまま日本の材料でまねる事だったそうです。外観や、内装のカーブした天井も、ゴシックでは石造りだったのを、当時の大工たちは設計図だけを頼りに、見たことのないゴシック様式をなんとか再現しようと、竹を組んでアーチの天井を作ったことが、天井裏を見るとわかりました。
 実は今見えている尖塔はシンメトリーに左右対称にあと2つあったそうですが、建って2年後に台風で壊れたのだそうです。
 内部の聖マリア像はわざわざフランスから運ばれてきた物で、正面のキリストの像もまたフランスの物。どうしてそこまでプティジャンがこだわったかと言うと、潜伏キリシタンたちがそれを見て来てくれないかという狙いがあったようなのです。
 1865年3月、プティジャンが聖堂で祈りをささげていると男女数人がやってきて、「マリア様の御像はどこ?」(プティジャンから送られた手紙にその通りローマ字で書いてあったそうです)と尋ねられ、弾圧の中を伝え続けてきた潜伏キリシタンたちの「信徒発見」であったと、当時のローマ教皇ピウス9世に書き送ったことにより、「東洋の奇跡」と言われたそうです。

 「歴史秘話ヒストリア」でも再現ドラマになっていましたが、その感動的な場面を作るためには、徹底してそのマリア像もフランスから運び込むなどの舞台づくりがあったということがわかり、また感動でした。




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by kurashiki-keiko | 2018-10-16 09:56 | 感動したこと | Comments(0)

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