カテゴリ:おでかけ( 475 )

月曜日の美観地区は…新渓園をのぞき見

 夫の散歩につき合って倉敷美観地区へ。ただ、月曜日の倉敷美観地区は、大原美術館、新館は休館。なので人が少ない。
美術館裏手の新渓園だけはお座敷を開け放っていて、日頃お茶会などがあることだけは知っていたけれど、建物の入り口にも行ったことがなかったので、初めてでした。
d0031853_14405433.jpg
d0031853_14411270.jpg
d0031853_14412663.jpg
 倉敷紡績の初代社長だった大原孝四郎氏の別邸として還暦記念に作られたものだそうです。その子息の大原孫三郎さんが当時の倉敷町に寄贈し、観光客らの憩いの場所として提供されているそうです。
d0031853_14414135.jpg
 建物内からお庭を拝見してもよかったのですけれど。寒かったのでここまでで帰ってきたのは少々心残りではありました。


by kurashiki-keiko | 2019-02-06 14:42 | おでかけ | Comments(0)

高梁へ再び

 2月2日(土)、お天気が良かったのと、前回お会いできなかったので再び「ゆべし」の和菓子屋さん土屋天任堂に行きたく、夫は夫でそのすぐ近くの昔ながらの駄菓子屋さんに行きたそうで、またドライブしました。今度は間違いなく一般道で高梁川沿いに北上。途中総社市美袋(みなぎ)あたりのコンビニでトイレ休憩も入れつつ。
 前回は市役所に止めて行ったのですけれど、土曜閉庁だろうしゲートが閉まっていたらと思い、観光駐車場へ向かいました。
 観光駐車場は時間による有料で、結果は440円でしたので思ったよりは割安。
 観光駐車場から大体の方角を見て行ったところ、筋が違っていることに途中で気付き引き返したりしたので夫は結構疲れたみたい。
 知らない街をスマホの地図アプリを使いつつどうにか夫の目的の駄菓子屋にたどり着きました。前回は年配のご主人、今回は奥さん。夫ははじけ豆とかりんとうと、前回も買った輪切りのおこしみたいなのを選びました。名前を聞くと「ほうてん」だと言われ、「地名の奉天ですか?」と聞くと、「メーカーによってほうてんだったり梅鉢といったりする」との事。梅鉢だったらなるほど、なんだけど。
d0031853_23403804.jpg
夫の買い物を待ってようやく私の方の目的地の土屋天任堂へ。
d0031853_23370250.jpg
前回はあいにくご主人は岡山へ配達に行っていて留守との事だったのですが、今回はどうか?とドキドキしながら店内のインターフォンを押すと、若い女性の従業員さんが。そしてそのあと前回相手をしてくれた女性が出てきて、またたずねると、ようやくご主人が出てこられました。
 その昔私が招かれて結婚式に行って、彼女と並んでおひな様みたいに座っていたのがこのご主人。私の学生時代の親友(と勝手に私が思っている)の旦那様です。
カッコいい慶応ボーイで横浜でサラリーマンをしていらっしゃるとばかり思っていたら、ここの6代目のご主人としてあとを継いでいらしゃるとは思いませんでした。
そんなわけで、彼女のほうの消息を尋ね、前回と同じ山田方谷にちなんだ「方谷ゆべし」と「ゆずもなか」を買って帰りました。
d0031853_00094578.jpg
d0031853_00095332.jpg
 ちなみにこの方谷ゆべしののし紙にあるイラストはご主人そっくりです。

 駐車場の脇の蕎麦屋さんで食べると駐車料金が割引になるんだって、と夫に説明したものの、すでに迷って歩き疲れたせいもあり、その途中の魚屋さんが本店の「魚富」というお寿司屋さんがあったのでお昼を食べることにしました。
 入ってみるとカウンターは満席で、個室の小座敷に案内されました。寒かったので温まりたいと、表の看板にあった「鍋焼きうどん」を頼んだところ、たぶんあんまり注文する人がいないのと満席だったのとでしょう、結構待たされて・・・
d0031853_23370949.jpg
鍋焼きうどんの横に白いご飯。炭水化物の摂りすぎになるのでご飯の方は手をつけず。お寿司屋さんらしくお魚が乗っていました。
 おかしかったのは、食べ終えてお勘定を払いにカウンター席の方のレジに行ったところ、寿司職人さん?はメニューを見ていたと思ったら、そこになかったのか、なんと店の表の方まで鍋焼きの値段を確かめに出て行ってから料金を請求したことでした。1人前1,190円でした。

 寒いのと夫の体力の低下もあり、近頃有名になっている天空の山城、松山城へも頼久寺にも寄らずさっさと帰ってきました。
 

by kurashiki-keiko | 2019-02-04 00:02 | おでかけ | Comments(0)

高梁市のお菓子やさん

 例によって夫が「どこかへ行きたい病」?になり、とにかくドライブで出かけたい、と主張するので、過日、山陽放送でも取り上げられていた高梁市の伝統的な和菓子「ゆべし」を作っている土屋さんを訪ねてみることにしました。
 私は高梁川沿いの180号線がいいというのに夫は高速道路を行けと言うので、仕方なく倉敷インターから高速道路に入り、賀陽インターで降りました。しかしインターから高梁の街への道が、ループ橋含め急なカーブが続くかなり難易度の高い道でしたし、後から調べてみると一般道だと36.2㎞で48分、高速道路経由だと47.1㎞で49分かかることがわかりました。やっぱり時間がかかるうえに高速料金を払うなんてね。高速道路だから早いなんて幻想でした。

 ともかくも、予定していた公共施設が水曜日は休館日だとわかり、目的地に近い高梁市役所に行き、市街地の地図と、めざす「ゆべしを作っている土屋さん」を尋ねました。すると、ゆべしを作っているお菓子屋さんは何軒かあるそうでした。実際なんという屋号か、と言われても覚えておらず、「ニンテンドウ、あ、これはゲームでしたね、テンニンドウでは?」あ、そこそこ。
 と、地図の上で位置を確認。
 アーケードの商店街を少し行ったところにあることがわかりました。

 御多分に漏れずこちらもシャッターを閉めたお店が結構多い中を行くと・・・
d0031853_00113186.jpg
ありました。こちら。テレビに出たので店構えが見覚えがありました。
d0031853_00114044.jpg
 店には店番の人はおらず、そばのインターフォンを押すと、奥の加工場の方から女性が出てきました。
ご主人はと聞くと、配達に岡山まで行っていて、帰りは午後3時ごろ、というのでがっかり。
せっかくなので「ゆべし」の小さいサイズのを購入。すると、訪ねて行ったのにいらっしゃらなくて気の毒に思われたか、最中を2個おまけしてくださいました。

袋を下げて先ほどの通りを歩いていると、懐かしい感じの「駄菓子の店」というのれんがありました。
d0031853_00114846.jpg
中には駄菓子のショーケースがずらり。どれも私たち世代にとっては懐かしい、昔ながらの駄菓子がずらーり。                                                          
d0031853_00115788.jpg
夫はソラマメを炒った?「はじけ豆」。孫が遊びにやってきたときにちょっとずつやるための金平糖、もう一つおこしのようなのを購入、どれも100g単位の量り売りで、これまた懐かしいような小さな紙袋に入れてくれました。いわゆる菓子袋、懐かしい。
d0031853_10393618.jpg
ちょうど12時前になっていたので、こちらの建物1階のお好み焼き屋さん「大ちゃん」に入ってみました。
山のほうなのにカキ入りがお勧めだそうで。ちょっと高めかと思ったけれど、広島風のお好み焼きで、クレープ状の種にキャベツの千切りをのせ、鉄板の別の場所で焼いた焼きそばをその上にのせ、さらに別の場所で焼いて卵液をかけたカキをトッピングするのでした。そしてありがたいことにコーヒーも食後に出てくるのでした。12時10分くらいに後からお客が4,5人入ってきました。どうやら近くの市役所の職員らしく、12時を過ぎてすこしして休憩に入ったところでしょう。

 というわけで、お買い物はこちら。
d0031853_00123291.jpg
d0031853_00124415.jpg
d0031853_00125483.jpg
 3時のおやつにゆずもなかをいただきました。ちょうど朝のテレビで、アイス最中をほんの少しトースターで温めると皮がパリッとするというのを聞いたばかりでしたので、15秒ばかりトースターで温めると、なるほど、皮がパリッとして食感がまるで違いました。
d0031853_00121837.jpg
駄菓子は紙袋に入れてくれたので、湿気ると困るので、空き瓶に海苔の乾燥材を入れてお菓子を入れました。小さいサイズの金平糖、孫が喜んでくれるかしら。

by kurashiki-keiko | 2019-01-23 01:10 | おでかけ | Comments(0)

倉敷美観地区を散歩

正月2日の倉敷美観地区。
やはり観光客は大勢で、中国語や英語なども飛び交っていました。
しかし中橋の角にある休憩所はバリアフリー化の工事中で休憩もできずトイレも使えず。考古館のそばの半地下になっている公衆トイレは使えてよかったです。
中高年のお出かけには、「明日の友」に樋口恵子先生がお書きになっていらっしゃるように、トイレの位置がとても重要です。私が夫との散歩に美観地区を選ぶのも、そこここに利用しやすいトイレがあるため。しかしこの日は公民館も休館日で、お店の中のトイレ以外は考古館脇の半地下のしかなかったようです。
 トイレ談議で申し訳ないですが。
d0031853_15425386.jpg
d0031853_1542532.jpg

d0031853_15425391.jpg



iPhoneから送信

by kurashiki-keiko | 2019-01-02 15:42 | おでかけ | Comments(4)

ドライブで尾道へ行くはずが…

 夫が前日、「尾道へ行こう」と言うのでそのつもりで出かけました。
途中の福山西サービスエリアまでは私が運転。そこから夫が運転すると言うので、交代したところ、あれっと思ったら、分岐点で入る道を間違えてしまなみ海道へ入ってしまいました。高速道路、引き返すわけにもいかず、ではどこかの島へ行く?
d0031853_01004930.jpg
と、平山郁夫美術館をカーナビで入力。
d0031853_01014093.jpg
・・・ということで生口島。
平山郁夫美術館の手前の無料駐車場が目に付いたので駐車。
d0031853_01024874.jpg
こちらの地図の赤い道の右端の方のpのマークに駐車し、美術館と耕三寺の境目の道沿いに歩き、タコ料理のお店に入って
d0031853_01040793.jpg
親子丼ならぬタコの天ぷら卵とじ丼をいただきました。甘めのたれがおいしくてよかった。お店の一番人気だそうで。1,250円。場所がいいので私たちが行ったときには椅子席は満席、小上がりの席に着き、食べていると外人客が1人。メニューは日本語オンリーでしたが、写真を見ながら何か注文していました。
d0031853_01074565.jpg
 そこからは「しおまち商店街」に沿って西の港までとろとろと歩きました。
ほぼシャッター通りの商店街でした。名物のレモンを加工したケーキだとか、タコや魚介類の干物をぶら下げて売っている店、あとは閉店したスナック、テレビ取材を受けたビーフコロッケが名物のお肉屋さんが1軒気を吐いて?いました。
海近くなって、
d0031853_01103949.jpg
こちら、郷土資料館というのか、漁具だとか農具、製塩業の道具などを展示した博物館がありました。入場無料、おじいさんが受付にいて、どんなものがどこに展示してあるのか教えてくださいました。2階に製塩業の道具があると言うので、備前児島で育った私、小学校から高校までは広々とした塩田に流状架が濃い塩水を流していたのが懐かしくて、行ってみました。
d0031853_01132440.jpg
 2階ですから、昔の背の高い幅の広い流条架とは全く規模の違うののでした。入浜式の時代の鍬のような道具なども展示してあり、その時代から比べると能率がぐっと上がったのだと書かれていました。
 今やイオン交換樹脂の時代ですか。おかげで広い土地が要らなくなって、児島では駅とか商店街とか病院、郵便局などの土地になっています。
d0031853_01162861.jpg
 商店街の先には港があり、昔の灯台がありました。そういえば鞆の浦にも同じような灯篭型の灯台が港の端にありますね。平山郁夫画伯もここの場所のスケッチを残しています。灯篭の向こうにはお金をかけたであろう御影石の敷石の海岸遊歩道が続いていました。
d0031853_01183803.jpg
博物館の斜め向かいには、港が栄えていた時代のお金持ちの邸宅らしいのが建っていました。
景気のいいころにお屋敷を建てても、子々孫々までその繁栄が続くとは限らないという事。
これだけ広壮なお屋敷だと、維持費もかかるだろうね、など話し、おそうじ苦手の私としては、小ぢんまりした家の方がいいわ、と思いつつ帰りました。

帰り、平山郁夫美術館近くの「ドルチェ」で瀬戸田の柑橘の入ったジェラートを食べ、みかん一箱買って帰りました。




by kurashiki-keiko | 2018-12-02 01:22 | おでかけ | Comments(0)

岡山ゆかりの肖像画展 岡山県立博物館

d0031853_23374832.jpg
岡山市の後楽園外苑を歩き、後楽園への入り口を左に見て、県立博物館へ。
実はここは初めてでした。
d0031853_23375683.jpg
岡山ゆかりの肖像画展。戦国時代から江戸時代にかけての岡山ゆかりの肖像画、実は我が家のご先祖様は宇喜多家の家臣だったらしいので、何かその関連の話とか絵が展示されているかもしれないということと、私の実家のほうの祖父が、かつてあっさりとした富士山の掛け軸を見せてくれて、池田継政公から賜ったもので、我が家の家宝だ、と言ったことがあったので、池田継政というお殿様はどんなお方だったのかを知りたくて行ってみました。土曜日の午後2時からは学芸員によるギャラリートークがあると言うので、1時ごろ到着し、一通り見学してからその会に参加しました。
 1時間前には少なかった入場者も、やはりギャラリートーク目当てでしょう、40人くらいになっていました。
 最初に示されたのは、いかにも戦国武将らしいいでたちの北条早雲の肖像画の掛け軸。これは後世の人によって描かれたもので、采配を持ち、いかにも勇ましい武将の格好。背後には▶が三つのうろこの家紋。実はこの家紋は北条早雲の物ではないそうで、後世の人が描いたことからだそうです。この早雲は伊勢新九郎といい、岡山県の井原市の出身なのだとか。これは目からうろこの新知識でした。
 また、肖像画で左向き(向かって右を向いている)は、寿像と言って生きているうちに描かれた肖像画、右向き(向かって左)の物は遺像といい、亡くなってから描かれたものだそうです。数少ない寿像の方は確かに本人と寸分の違いもない、と認められたものもあり、なるほど表情が戦国武将らしく精悍な感じがするものがありました。
 学芸員さんが最も力を入れて説明されたのは、北政所ねねさんが豊臣秀吉亡き後に描かせたという有名な秀吉の肖像画と、それに今回は並べて展示されている小早川秀秋の肖像画についてでした。秀吉は神格化されるように、皇族方が座るような畳べりの畳に座り、白い衣冠をつけた姿であること。隣の小早川秀秋の姿はいかにもひ弱な感じの顔だけれども、これが関ケ原の合戦での裏切り者のイメージが定着する元になっていること。実は小早川英明は豊臣秀吉に長い間子がなかったために3歳から11歳まで養子になっていて、英才教育を受けて和歌や蹴鞠などに優れていた事、その後淀君に秀頼が生れたことにより小早川家に養子に出されたこと、そのご二十歳で亡くなったので、養子にして育てていた北政所がかつての子供時代の顔を肖像画にして残したのでは、という事で、裏切りのストーリーも江戸時代になっての創作であることなどを説明されました。
 また、一番気になっていた池田継政公については、大変絵がお上手なお殿様だったということがわかりました。私の実家にその昔下されたという絵は誠にあっさりした富士山の絵でしたので、はたして祖父が言っていたようにお殿様の筆になる物かどうかはわかりませんが、新田の視察に来られて休憩所にされたお礼にと下されたのではと想像しています。
 婚家であるわが家に関しては、絵はありませんでしたが、年表に何か所か出ているところがあり、少しだけうかがい知ることはできました。







by kurashiki-keiko | 2018-11-24 23:59 | おでかけ | Comments(0)

神戸南京町へ

 息子が23日に神戸の南京町に行くが一緒にどう?と誘ってくれて、息子運転の車に乗せてもらって孫たちと一緒に出掛けてきました。
 途中、孫がせがんで車内でDVDを見せてもらっていました。クレヨンしんちゃん。実は、南京町に行ってみようと思ったのは、そのクレヨンしんちゃんの舞台が横浜の中華街だったからだそう。孫が「ここは日本?」と聞くので、日本にも中華街があることを見せたかったらしいのです。なーんだ。その質問した孫がまだ2才の時に連れて行き、その当時はキョンシー帽を買ってかぶせた思い出がありますが、孫本人は何も覚えていないようです。
 
d0031853_01210664.jpg
 昼前に到着しました。いかにも中国人らしい人が片言の日本語で店ごとに盛んに呼び込みをしていました。
トイレに行きたかったのですが場所がわからず、とりあえず昼食にお店に入ってそこで用足し。
息子が5品ほど見繕って頼み、丸テーブルを囲みました。少なめにしておいて、あとは食べ歩きを楽しもうという計画です。孫は家で買った生協か何かので好きになったそうで、小籠包が食べたい!と注文。
それから広場に行って、有名な豚まんのお店にお嫁さんは行列して買ってくれたのを食べました。息子によると、なんだか昔より味が落ちたかもしれないとの事でした。その間に私はエビ団子を買って食べたり、息子たちがまた別の店に寄っている間に夫は中華粽、私はにらまんじゅうをまた食べました。にらまんじゅう、おいしそうだったのに買ってみると冷たくてがっかり。中華粽はお箸とトレーがついてきて、歩きながら食べるにはちょっと面倒でした。そこらじゅうで道端で食べている人々がいました。やっぱり中華の点心などはどれもおいしそうで食欲をそそりました。
 午後になると人出も増えて人をかき分けながら歩くのではぐれないかと気を遣いました。大きなスーツケースを引っ張った外国人の観光客もそこかしこにいました。そこでまたトイレをさがすと、「市民トイレ」があるというのを知り、行ってみるとなんと、いかにも中華という感じの装飾が施されたトイレの外観にビックリ、また内部のトイレの個室のドアもすごい装飾でまたびっくり。
 ともかく、片道2時間半、息子の運転のおかげでしばらくぶりに神戸へ行って楽しませてもらいました。

by kurashiki-keiko | 2018-11-24 01:32 | おでかけ | Comments(0)

月曜日の倉敷美観地区を散歩

 11月5日(月)、夫が散歩に行こう、と言うので久しぶりに美観地区方面へ私も一緒に歩きました。
途中、倉敷中央病院の西隣に予防医療プラザとして建設中の現場を通りかかると、角の所に電光掲示がありました。普段車ではよく通るのですが、歩いてみるとそれが、騒音の大きさと振動の大きさを示す数字であることがわかりびっくり。

d0031853_00161388.jpg
68デシベルが大きいものなのかどうかはよくわかりませんが、良心的な配慮なのでしょうね、きっと。


さて、夫の行きたい方角へと歩を進め、仏具屋さんによって香りの強いお線香を買ったり、昭和の香りのする喫茶店で休憩のためお茶を飲んだりしてから美観地区へ。
d0031853_00182745.jpg
マンホール好きのひとにはこれもまた面白いのでしょう、倉敷市の花、藤の絵柄のマンホールです。
d0031853_00192807.jpg
10月に赤い羽根募金で大原美術館の角に立っていた時には、この大原邸(つまりあの倉敷紡績社長で大原美術館を建てた人のおうち)のお玄関の中も見学できるようになっていたので、この時も見られるのかと思ったら閉まっていて残念。
そうそう、そういえば倉敷の月曜日はつまらないのです。商店街も定休日ですし、主だった施設もお休みが多いのです。よく考えると大原邸もその伝でこの日は入れなかったのかもしれません。
にもかかわらず、観光客はやっぱり結構多かったです。
d0031853_00233307.jpg
ここは美観地区の中でもビューポイントだと私は思っています。向かって左側が外村吉之助先生の旧宅で、倉敷織物研究所、倉敷紡績に働きに来ていた沖縄出身の女性たちに織物を教え、その後郷里に帰った女性たちが沖縄で芭蕉布を織るきっかけを作ったとか聞きます。
(そのため、沖縄の竹富島へ行ったときに倉敷から来たと言うと歓迎されました)
 右手の岸辺は、元はその路地の奥にある倉敷紡績の工場へと綿花を運ぶための船着き場の跡だそうです。
 この写真を写すために立っている場所の背後には倉敷民芸館があります。 民芸とは、鑑賞を目的とする美術工芸品に対して「暮しの中で使われる丈夫で美しいもの」という意味で、大正末期に柳宗悦らが作った言葉だそうです。外村吉之助先生は初代民芸館長でした。
 そしてこの民芸館の建物をはじめ、伝統的建物群を残すことに尽力された、いわば倉敷美観地区の恩人ともいえる人だそうです。






by kurashiki-keiko | 2018-11-07 00:40 | おでかけ | Comments(0)

気まぐれで「ふるいち」のかき氷を食べに


 27日は「縫い物三昧の日」とわたし的には勝手に決めて朝から縫い物をしていたら、夫がお昼頃になって「かき氷を食べに行こう」と言い出し、食事とかき氷が両方できそうなところ、と言うのでぶっかけうどんの「ふるいち」へ行くことになりました。
 「土曜夜市」に出かけていたころはふるいちのかき氷が一番楽しみだったのですが、今年は豪雨災害の余波で天領まつりも中止になり、そういえば食べていませんでした。
 夫はふるいちのうどんを何故か嫌っているのですが、かき氷と昼食が同時に食べられるお店はめったになく、旧天満屋跡地の駐車場に止めて商店街の中の仲店へ。夫はなかばいやいや、私は大好きな冷やしぶっかけの「きざみ」をチョイス。
ちなみにメニューを見ると、英語・韓国語・中国語版もありました。外国人客も増えているのでしょう。
 そばの席の観光客らしい人がかき氷が大きい、とびっくりしていましたので、うどんを食べ終えていざ自分たちのが運ばれてくると、
d0031853_22054933.jpg
やっぱり半端なく大きい容器に山盛りなのでびっくりでした。こちらのはシロップを自分で掛けるようになっていて夫は宇治金、私はミル金。
 私の持論ですが、かき氷は冷房の効いたお店ではなくて海岸などのよしず張りのような風の通る場所で食べるのが最高。果たして、冷房の効いたこちらのお店だと、最初のひと口のふわーっとした冷たさに対する感激もうすれ、寒くなってしまいました。
 しかし細かいかき氷を堪能出来て夫は気が済んだようでした。

 ちなみに駐車場へ帰って出庫するときに見ると、その旧天満屋跡地の駐車場、9月24日付で閉鎖されるのだとか。何か建つのかな??




by kurashiki-keiko | 2018-08-27 22:09 | おでかけ | Comments(0)

サーカス見物

 岡山市で6月9日から9月3日まで4年ぶりに木下大サーカスが来ている。木下サーカスと言えば本部は岡山市にあり、地元開催というので連日大賑わいらしい。そしてめったに行けないので、子供たちに一度は見せてやりたい、それについてはうちの孫たち、小学3年と幼稚園年少、というと大きくなってもたぶん記憶に残ってくれるだろう、と、今年は最適、と、息子たちと話して、7月1日が都合がよくて、私が生協で入場券を、息子がネットで座席指定券を買って楽しみにしていました。息子によるとこの前の機会に3歳ごろの上の子を連れて行ったところ、ちょうど柱の陰の席で、肝心なところはさっぱり見えなくて悔しい思いをしたので、今度こそいい席で見せたいという思いがあったそうです。
 7月1日、午後1時からの回だったので、早めに家を出て食事を済ませ、30分前くらいに会場入り。広い駐車場には車がずらーり。そして午前中の回が終わって大勢の人が出てきていて、うまく会場近くのスペースの車が出るのと入れ違いに入れることが出来ました。
 わくわくの赤テント。なんでもフェラーリに特注したテントだそう。座席指定券があると安心。息子が、象と記念写真ができるコーナーを見つけて列に並び、無事みんなで象さんと記念撮影に収まりました。(しかし自宅にそのもらった写真を持ちかえってみると、何とも荒い画像でがっかりでした)
 そして長い長い行列の後ろについて入場。息子ががんばっていい席にしてくれたおかげで、ちょうどテントの真ん中あたりの前から3番目の席1列6席がちょうどわが一行の人数にぴったりでした。
 始まった瞬間にパッと場内のテント内側全体に星のようなライトがあたり、ワクワクする時間が始まりました。にぎやかな音楽、次から次へと目まぐるしい位にテキパキと場面転換がされて、私は裏方さんの場の運び方にも注目しました。それからきらびやかな衣装の意匠もステキだったし、これでもかという風な体育系の軽業師たちの訓練された演技、それからシマウマや象やライオンの調教師たちの、時にはいうことを聞いてくれないという場面もありつつのよくまあ動物たちをここまで調教しましたね、という感心、それからあっと驚くイルージョン、グラマーな外人のオバサンが箱に入ったと思ったら消えるというマジックも。それから幕間をつなぐピエロ2人の演技も楽しかった。中でもうちの小さい孫の席のすぐ横で始まったパフォーマンスもあったり、また観客の中から選んだらしい男性4人を参加させてのパフォーマンスも面白かった。私が小さいころにもあったから、たぶん60年くらいの伝統のある、鉄の球体の中を走り回るオートバイの演技は、3台が三つ巴になってライトをつけて走り回るの、もうちょっと長い時間以前はやっていたと思っていたのだけれど、意外に短かった。若いお兄さんよく頑張っていました。
 ホワイトライオンによる演技は、20分の休憩の間に観客席との間に檻をしつらえて、ちょうど私たちの目の前にライオンが後ろ向きに座る台が置かれたので、控えている時のライオンのお尻をすぐそばで見ることになったのですが、大きな動物だなあと実感。
 そしてやっぱり最後を飾るのはサーカスの花形、空中ブランコ。ピエロ一人、若い女の子3人、若い?男性5,6人と結構大勢で見せてくれました。あんな高い所で飛んでキャッチするのは容易でないことはよくわかります。あんぐりと上を見ていました。
日頃テレビやネットで映像を見ることの多い子供たちにナマの人間が演じる様子をしかと見てほしい、と思いました。


・・・というわけで、次回もしも4年後くらいに岡山での興行があるとして、上の孫はもう中学生だろうからみんなで見物とはいかず、これで最後、4才の下の孫にとっては一生に一度のサーカス見物になっただろうと思います。果たして何が記憶に残るのだろう、と思いつつ帰路につきました。


More

by kurashiki-keiko | 2018-07-02 02:57 | おでかけ | Comments(2)