カテゴリ:おでかけ( 471 )

ドライブで尾道へ行くはずが…

 夫が前日、「尾道へ行こう」と言うのでそのつもりで出かけました。
途中の福山西サービスエリアまでは私が運転。そこから夫が運転すると言うので、交代したところ、あれっと思ったら、分岐点で入る道を間違えてしまなみ海道へ入ってしまいました。高速道路、引き返すわけにもいかず、ではどこかの島へ行く?
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と、平山郁夫美術館をカーナビで入力。
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・・・ということで生口島。
平山郁夫美術館の手前の無料駐車場が目に付いたので駐車。
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こちらの地図の赤い道の右端の方のpのマークに駐車し、美術館と耕三寺の境目の道沿いに歩き、タコ料理のお店に入って
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親子丼ならぬタコの天ぷら卵とじ丼をいただきました。甘めのたれがおいしくてよかった。お店の一番人気だそうで。1,250円。場所がいいので私たちが行ったときには椅子席は満席、小上がりの席に着き、食べていると外人客が1人。メニューは日本語オンリーでしたが、写真を見ながら何か注文していました。
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 そこからは「しおまち商店街」に沿って西の港までとろとろと歩きました。
ほぼシャッター通りの商店街でした。名物のレモンを加工したケーキだとか、タコや魚介類の干物をぶら下げて売っている店、あとは閉店したスナック、テレビ取材を受けたビーフコロッケが名物のお肉屋さんが1軒気を吐いて?いました。
海近くなって、
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こちら、郷土資料館というのか、漁具だとか農具、製塩業の道具などを展示した博物館がありました。入場無料、おじいさんが受付にいて、どんなものがどこに展示してあるのか教えてくださいました。2階に製塩業の道具があると言うので、備前児島で育った私、小学校から高校までは広々とした塩田に流状架が濃い塩水を流していたのが懐かしくて、行ってみました。
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 2階ですから、昔の背の高い幅の広い流条架とは全く規模の違うののでした。入浜式の時代の鍬のような道具なども展示してあり、その時代から比べると能率がぐっと上がったのだと書かれていました。
 今やイオン交換樹脂の時代ですか。おかげで広い土地が要らなくなって、児島では駅とか商店街とか病院、郵便局などの土地になっています。
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 商店街の先には港があり、昔の灯台がありました。そういえば鞆の浦にも同じような灯篭型の灯台が港の端にありますね。平山郁夫画伯もここの場所のスケッチを残しています。灯篭の向こうにはお金をかけたであろう御影石の敷石の海岸遊歩道が続いていました。
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博物館の斜め向かいには、港が栄えていた時代のお金持ちの邸宅らしいのが建っていました。
景気のいいころにお屋敷を建てても、子々孫々までその繁栄が続くとは限らないという事。
これだけ広壮なお屋敷だと、維持費もかかるだろうね、など話し、おそうじ苦手の私としては、小ぢんまりした家の方がいいわ、と思いつつ帰りました。

帰り、平山郁夫美術館近くの「ドルチェ」で瀬戸田の柑橘の入ったジェラートを食べ、みかん一箱買って帰りました。




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by kurashiki-keiko | 2018-12-02 01:22 | おでかけ | Comments(0)

岡山ゆかりの肖像画展 岡山県立博物館

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岡山市の後楽園外苑を歩き、後楽園への入り口を左に見て、県立博物館へ。
実はここは初めてでした。
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岡山ゆかりの肖像画展。戦国時代から江戸時代にかけての岡山ゆかりの肖像画、実は我が家のご先祖様は宇喜多家の家臣だったらしいので、何かその関連の話とか絵が展示されているかもしれないということと、私の実家のほうの祖父が、かつてあっさりとした富士山の掛け軸を見せてくれて、池田継政公から賜ったもので、我が家の家宝だ、と言ったことがあったので、池田継政というお殿様はどんなお方だったのかを知りたくて行ってみました。土曜日の午後2時からは学芸員によるギャラリートークがあると言うので、1時ごろ到着し、一通り見学してからその会に参加しました。
 1時間前には少なかった入場者も、やはりギャラリートーク目当てでしょう、40人くらいになっていました。
 最初に示されたのは、いかにも戦国武将らしいいでたちの北条早雲の肖像画の掛け軸。これは後世の人によって描かれたもので、采配を持ち、いかにも勇ましい武将の格好。背後には▶が三つのうろこの家紋。実はこの家紋は北条早雲の物ではないそうで、後世の人が描いたことからだそうです。この早雲は伊勢新九郎といい、岡山県の井原市の出身なのだとか。これは目からうろこの新知識でした。
 また、肖像画で左向き(向かって右を向いている)は、寿像と言って生きているうちに描かれた肖像画、右向き(向かって左)の物は遺像といい、亡くなってから描かれたものだそうです。数少ない寿像の方は確かに本人と寸分の違いもない、と認められたものもあり、なるほど表情が戦国武将らしく精悍な感じがするものがありました。
 学芸員さんが最も力を入れて説明されたのは、北政所ねねさんが豊臣秀吉亡き後に描かせたという有名な秀吉の肖像画と、それに今回は並べて展示されている小早川秀秋の肖像画についてでした。秀吉は神格化されるように、皇族方が座るような畳べりの畳に座り、白い衣冠をつけた姿であること。隣の小早川秀秋の姿はいかにもひ弱な感じの顔だけれども、これが関ケ原の合戦での裏切り者のイメージが定着する元になっていること。実は小早川英明は豊臣秀吉に長い間子がなかったために3歳から11歳まで養子になっていて、英才教育を受けて和歌や蹴鞠などに優れていた事、その後淀君に秀頼が生れたことにより小早川家に養子に出されたこと、そのご二十歳で亡くなったので、養子にして育てていた北政所がかつての子供時代の顔を肖像画にして残したのでは、という事で、裏切りのストーリーも江戸時代になっての創作であることなどを説明されました。
 また、一番気になっていた池田継政公については、大変絵がお上手なお殿様だったということがわかりました。私の実家にその昔下されたという絵は誠にあっさりした富士山の絵でしたので、はたして祖父が言っていたようにお殿様の筆になる物かどうかはわかりませんが、新田の視察に来られて休憩所にされたお礼にと下されたのではと想像しています。
 婚家であるわが家に関しては、絵はありませんでしたが、年表に何か所か出ているところがあり、少しだけうかがい知ることはできました。







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by kurashiki-keiko | 2018-11-24 23:59 | おでかけ | Comments(0)

神戸南京町へ

 息子が23日に神戸の南京町に行くが一緒にどう?と誘ってくれて、息子運転の車に乗せてもらって孫たちと一緒に出掛けてきました。
 途中、孫がせがんで車内でDVDを見せてもらっていました。クレヨンしんちゃん。実は、南京町に行ってみようと思ったのは、そのクレヨンしんちゃんの舞台が横浜の中華街だったからだそう。孫が「ここは日本?」と聞くので、日本にも中華街があることを見せたかったらしいのです。なーんだ。その質問した孫がまだ2才の時に連れて行き、その当時はキョンシー帽を買ってかぶせた思い出がありますが、孫本人は何も覚えていないようです。
 
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 昼前に到着しました。いかにも中国人らしい人が片言の日本語で店ごとに盛んに呼び込みをしていました。
トイレに行きたかったのですが場所がわからず、とりあえず昼食にお店に入ってそこで用足し。
息子が5品ほど見繕って頼み、丸テーブルを囲みました。少なめにしておいて、あとは食べ歩きを楽しもうという計画です。孫は家で買った生協か何かので好きになったそうで、小籠包が食べたい!と注文。
それから広場に行って、有名な豚まんのお店にお嫁さんは行列して買ってくれたのを食べました。息子によると、なんだか昔より味が落ちたかもしれないとの事でした。その間に私はエビ団子を買って食べたり、息子たちがまた別の店に寄っている間に夫は中華粽、私はにらまんじゅうをまた食べました。にらまんじゅう、おいしそうだったのに買ってみると冷たくてがっかり。中華粽はお箸とトレーがついてきて、歩きながら食べるにはちょっと面倒でした。そこらじゅうで道端で食べている人々がいました。やっぱり中華の点心などはどれもおいしそうで食欲をそそりました。
 午後になると人出も増えて人をかき分けながら歩くのではぐれないかと気を遣いました。大きなスーツケースを引っ張った外国人の観光客もそこかしこにいました。そこでまたトイレをさがすと、「市民トイレ」があるというのを知り、行ってみるとなんと、いかにも中華という感じの装飾が施されたトイレの外観にビックリ、また内部のトイレの個室のドアもすごい装飾でまたびっくり。
 ともかく、片道2時間半、息子の運転のおかげでしばらくぶりに神戸へ行って楽しませてもらいました。

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by kurashiki-keiko | 2018-11-24 01:32 | おでかけ | Comments(0)

月曜日の倉敷美観地区を散歩

 11月5日(月)、夫が散歩に行こう、と言うので久しぶりに美観地区方面へ私も一緒に歩きました。
途中、倉敷中央病院の西隣に予防医療プラザとして建設中の現場を通りかかると、角の所に電光掲示がありました。普段車ではよく通るのですが、歩いてみるとそれが、騒音の大きさと振動の大きさを示す数字であることがわかりびっくり。

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68デシベルが大きいものなのかどうかはよくわかりませんが、良心的な配慮なのでしょうね、きっと。


さて、夫の行きたい方角へと歩を進め、仏具屋さんによって香りの強いお線香を買ったり、昭和の香りのする喫茶店で休憩のためお茶を飲んだりしてから美観地区へ。
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マンホール好きのひとにはこれもまた面白いのでしょう、倉敷市の花、藤の絵柄のマンホールです。
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10月に赤い羽根募金で大原美術館の角に立っていた時には、この大原邸(つまりあの倉敷紡績社長で大原美術館を建てた人のおうち)のお玄関の中も見学できるようになっていたので、この時も見られるのかと思ったら閉まっていて残念。
そうそう、そういえば倉敷の月曜日はつまらないのです。商店街も定休日ですし、主だった施設もお休みが多いのです。よく考えると大原邸もその伝でこの日は入れなかったのかもしれません。
にもかかわらず、観光客はやっぱり結構多かったです。
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ここは美観地区の中でもビューポイントだと私は思っています。向かって左側が外村吉之助先生の旧宅で、倉敷織物研究所、倉敷紡績に働きに来ていた沖縄出身の女性たちに織物を教え、その後郷里に帰った女性たちが沖縄で芭蕉布を織るきっかけを作ったとか聞きます。
(そのため、沖縄の竹富島へ行ったときに倉敷から来たと言うと歓迎されました)
 右手の岸辺は、元はその路地の奥にある倉敷紡績の工場へと綿花を運ぶための船着き場の跡だそうです。
 この写真を写すために立っている場所の背後には倉敷民芸館があります。 民芸とは、鑑賞を目的とする美術工芸品に対して「暮しの中で使われる丈夫で美しいもの」という意味で、大正末期に柳宗悦らが作った言葉だそうです。外村吉之助先生は初代民芸館長でした。
 そしてこの民芸館の建物をはじめ、伝統的建物群を残すことに尽力された、いわば倉敷美観地区の恩人ともいえる人だそうです。






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by kurashiki-keiko | 2018-11-07 00:40 | おでかけ | Comments(0)

気まぐれで「ふるいち」のかき氷を食べに


 27日は「縫い物三昧の日」とわたし的には勝手に決めて朝から縫い物をしていたら、夫がお昼頃になって「かき氷を食べに行こう」と言い出し、食事とかき氷が両方できそうなところ、と言うのでぶっかけうどんの「ふるいち」へ行くことになりました。
 「土曜夜市」に出かけていたころはふるいちのかき氷が一番楽しみだったのですが、今年は豪雨災害の余波で天領まつりも中止になり、そういえば食べていませんでした。
 夫はふるいちのうどんを何故か嫌っているのですが、かき氷と昼食が同時に食べられるお店はめったになく、旧天満屋跡地の駐車場に止めて商店街の中の仲店へ。夫はなかばいやいや、私は大好きな冷やしぶっかけの「きざみ」をチョイス。
ちなみにメニューを見ると、英語・韓国語・中国語版もありました。外国人客も増えているのでしょう。
 そばの席の観光客らしい人がかき氷が大きい、とびっくりしていましたので、うどんを食べ終えていざ自分たちのが運ばれてくると、
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やっぱり半端なく大きい容器に山盛りなのでびっくりでした。こちらのはシロップを自分で掛けるようになっていて夫は宇治金、私はミル金。
 私の持論ですが、かき氷は冷房の効いたお店ではなくて海岸などのよしず張りのような風の通る場所で食べるのが最高。果たして、冷房の効いたこちらのお店だと、最初のひと口のふわーっとした冷たさに対する感激もうすれ、寒くなってしまいました。
 しかし細かいかき氷を堪能出来て夫は気が済んだようでした。

 ちなみに駐車場へ帰って出庫するときに見ると、その旧天満屋跡地の駐車場、9月24日付で閉鎖されるのだとか。何か建つのかな??




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by kurashiki-keiko | 2018-08-27 22:09 | おでかけ | Comments(0)

サーカス見物

 岡山市で6月9日から9月3日まで4年ぶりに木下大サーカスが来ている。木下サーカスと言えば本部は岡山市にあり、地元開催というので連日大賑わいらしい。そしてめったに行けないので、子供たちに一度は見せてやりたい、それについてはうちの孫たち、小学3年と幼稚園年少、というと大きくなってもたぶん記憶に残ってくれるだろう、と、今年は最適、と、息子たちと話して、7月1日が都合がよくて、私が生協で入場券を、息子がネットで座席指定券を買って楽しみにしていました。息子によるとこの前の機会に3歳ごろの上の子を連れて行ったところ、ちょうど柱の陰の席で、肝心なところはさっぱり見えなくて悔しい思いをしたので、今度こそいい席で見せたいという思いがあったそうです。
 7月1日、午後1時からの回だったので、早めに家を出て食事を済ませ、30分前くらいに会場入り。広い駐車場には車がずらーり。そして午前中の回が終わって大勢の人が出てきていて、うまく会場近くのスペースの車が出るのと入れ違いに入れることが出来ました。
 わくわくの赤テント。なんでもフェラーリに特注したテントだそう。座席指定券があると安心。息子が、象と記念写真ができるコーナーを見つけて列に並び、無事みんなで象さんと記念撮影に収まりました。(しかし自宅にそのもらった写真を持ちかえってみると、何とも荒い画像でがっかりでした)
 そして長い長い行列の後ろについて入場。息子ががんばっていい席にしてくれたおかげで、ちょうどテントの真ん中あたりの前から3番目の席1列6席がちょうどわが一行の人数にぴったりでした。
 始まった瞬間にパッと場内のテント内側全体に星のようなライトがあたり、ワクワクする時間が始まりました。にぎやかな音楽、次から次へと目まぐるしい位にテキパキと場面転換がされて、私は裏方さんの場の運び方にも注目しました。それからきらびやかな衣装の意匠もステキだったし、これでもかという風な体育系の軽業師たちの訓練された演技、それからシマウマや象やライオンの調教師たちの、時にはいうことを聞いてくれないという場面もありつつのよくまあ動物たちをここまで調教しましたね、という感心、それからあっと驚くイルージョン、グラマーな外人のオバサンが箱に入ったと思ったら消えるというマジックも。それから幕間をつなぐピエロ2人の演技も楽しかった。中でもうちの小さい孫の席のすぐ横で始まったパフォーマンスもあったり、また観客の中から選んだらしい男性4人を参加させてのパフォーマンスも面白かった。私が小さいころにもあったから、たぶん60年くらいの伝統のある、鉄の球体の中を走り回るオートバイの演技は、3台が三つ巴になってライトをつけて走り回るの、もうちょっと長い時間以前はやっていたと思っていたのだけれど、意外に短かった。若いお兄さんよく頑張っていました。
 ホワイトライオンによる演技は、20分の休憩の間に観客席との間に檻をしつらえて、ちょうど私たちの目の前にライオンが後ろ向きに座る台が置かれたので、控えている時のライオンのお尻をすぐそばで見ることになったのですが、大きな動物だなあと実感。
 そしてやっぱり最後を飾るのはサーカスの花形、空中ブランコ。ピエロ一人、若い女の子3人、若い?男性5,6人と結構大勢で見せてくれました。あんな高い所で飛んでキャッチするのは容易でないことはよくわかります。あんぐりと上を見ていました。
日頃テレビやネットで映像を見ることの多い子供たちにナマの人間が演じる様子をしかと見てほしい、と思いました。


・・・というわけで、次回もしも4年後くらいに岡山での興行があるとして、上の孫はもう中学生だろうからみんなで見物とはいかず、これで最後、4才の下の孫にとっては一生に一度のサーカス見物になっただろうと思います。果たして何が記憶に残るのだろう、と思いつつ帰路につきました。


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by kurashiki-keiko | 2018-07-02 02:57 | おでかけ | Comments(2)

道後へドライブ

 夫が、連休中にどこへも遠出しないのは…と欲求不満気味になり、どうしても松山へ行きたいとの事。
前夜は突風で我が家も揺れるほどの風が吹き、玄関の大きな鉢が倒れているほど。そんな中、瀬戸大橋は二輪車通行止め、四輪車も50㎞制限の横風が吹く中をなんとか通り抜け・・・
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 松山道へ入っても、トンネル出口は横風注意の電光掲示板があちこちに表示されていました。

 約2時間でようやく松山市街へ。私は若いころの父が松山に勤務していたことがあり、母から道後南町というところに住んでいたことがあると聞かされていました。近所に郵便局があって、小さな私はお弁当持ちで遊びに行って畳敷きの休憩室?で職員のお姉さんたちとお弁当を食べていたそうです。カーナビでそれとわかる場所を通ると、前に市電が走り、むこう側にかつて農業祭が開かれてトラクターなどが多数展示されていた広場があったことを思いだし、3,4才だったのでしたが、住んでいた記憶がありました。
Googlemapの航空写真を見ると、確かにそのあたりに郵便局があって、懐かしくなりました。
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 夫に松山のどこへ行きたいのか、松山城とか道後温泉とか聞いても本人は特にわ
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からず、(なんてこと!)こちら、「千と千尋の神隠し」のイメージの元になったと聞いている道後温泉本館へ来ました。
母は私を連れて市電に乗ってこちらに入りに来ていたそうです。一度はこの中で迷子になったことがあったのだとか。
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この日はなにやらイベントがあって、二階と三階の窓には色のついたスクリーンが張られていました。前には人力車がずらーりと並んで客引き中。
 温泉街の商店街をぶらぶら。
伝統工芸品の「姫だるま」がたくさん売られていました。
母が亡くなった後にマンションにこの姫だるまがあったのを我が家に持ち帰ったものがあります。
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 こちらですが、現在ネットで見るのはこちら。


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 母が持っていた昔の物の方がずっとお顔の趣が上品に見えます。
神功皇后は、伊予の国でご解任がわかり、安定期を過ぎるまで、道後の湯に浸かりながら一番幸せな時期を過ごした―
その言い伝えを元に制作され、結婚する女性へのプレゼントや、安産のお守りとされていました。
江戸時代頃は、胴体と同様に衣装も木で制作されていましたが、昭和30年頃から、衣装は現在の金襴(金切箔または金糸などで紋様を織り出した美麗豪華な織物)になりました。
今上天皇がご成婚の際、美智子妃殿下のご実家におくったことが話題になり、大ヒットしたことも。



昼時でしたので食べるところを探しましたが、目指す鯛めしのようなのを提供するレストラン前には長蛇の列。
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 リーズナブルな椿湯と、こちらの別館というのの前に、ひなびた食堂。

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 普段なら入らないところですが、何しろおなかが空いていたので入ると、がら空き。
そこで私は肉うどん510円、夫はラーメン(種類は無し、1品のみ)610円を注文し、ひと串120円なりのおでんをつついて昼食。
後から同じように食堂を探しあぐねてか次々にお客が入り、少し寒かったため鍋焼きがよく出ていました。
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 おみやげは、母がよく「老舗は六時屋。一六というのは後からできた」と言っていたので、行きのサービスエリアで見つけて迷わずその「六時屋のタルト 」1,296円を買いました。柚子のかおりのある上品なこしあんがたっぷり。昔のを思っていたらかなりあんこの量が多かったです。
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夫の気まぐれで片道180㎞ほどのドライブ、それなのに温泉にも入らず。4分の3くらいを運転しましたが、3,4歳ころのかすかな記憶がよみがえり、私にとってはとても懐かしい思いがしました。
 


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by kurashiki-keiko | 2018-05-05 00:59 | おでかけ | Comments(2)

鞆の浦を歩いて

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 私は家事と庭の木の剪定やら家庭菜園やらしたいことが山積みなのですが、夫は家にいるとなーんにもしてくれず、どこかへ出かけたい人なので、お付き合いして広島県福山市の鞆の浦へ出かけました。以前にボランティアガイドの主婦の方について回ったことがあり、気に入りの場所です。
 鞆鉄のバスの売店の駐車場に残り1台分だけのスペースが開いていたので車を止めると、駐車料金は500円ですが、1000円支払わされ、売店で何か買うと500円キャッシュバックすると言われました。
 そこから2ブロック先の所を山側に曲がり、歩き始めました。
 上の写真は沼名前(ぬなくま)神社です。鳥居の奥の右手には戦場に持って行ったとかいう移動式の能舞台というのがありました。今回は奥には入りませんでしたが。


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 日蓮宗のお寺です。この辺りには非常にお寺が多いなと思います。古い街だからでしょうか。


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手前の小さな石橋が「ささやき橋」という史跡です。この道幅で車が向こうからやってくるので気をつけないといけないのですけれど、ガイドさんによると恋のささやきを交わしたところだとか言っていたような。誰がというのを忘れてしまいました。

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ささやき橋のすぐ近くに、山中鹿之助の首塚があります。山中鹿之助、と言われても私にはよくわからないのですけれど。胴体の方は岡山県の総社だったかの方に葬られていると聞きました。

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 少し歩く間にお寺が次々にあります。

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街並みに入ると、こちら、元銭湯。脱衣所の折りあげ天上がそのまま残っていて、往時をしのばせます。

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こちらは銭湯のお隣、もと散髪屋さん。建物が風情があっていいですね。以前はバーバー何とかというのが壁にあったのを取った跡があります。
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こちらは保命酒のお店。中に立派な龍のレリーフのある大きな看板があります。今の養命酒の元みたいです。

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 アルコール分は飛ばしてあるそうで、ちょうど休憩がてらアイスキャンデーをいただきました。

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 ひなびた感じの食堂。以前ここで定食をいただいたことがありました。

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港も近いので、こちらは漁具を売るお店で、のぞいて見るのが楽しみだったのですが、この日は閉まっていました。

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 こちらは喫茶店です。スタジオジブリの宮崎駿さんのお気に入りだったと聞いています。ちなみに鞆の浦は「崖の上のポニョ」の舞台のモデルになったそうですね。
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こちらは名物おばあちゃんのいるいりこやさん。時々地元巡りなどのテレビ番組の取材をよく受けていらっしゃいます。



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こちらも保命酒の大田家住宅。奥の酒蔵には多くの備前焼の大きなかめが並んでいました。私の父方の実家にも子供の背丈ほどの大甕がありますので、備前の甕が懐かしい感じでした。


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こちらが一番鞆の浦で有名な風景です。右手に坂本竜馬の写真を飾ったいろは丸の記念館があります。この港の向こうに龍馬ゆかりのいろは丸が沈んでいるそうで。
また、映画のロケ地になったと言うので、主演の玉木宏さんの等身大パネルがありました。




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港の周囲には雁木(がんぎ)とよばれる荷揚げのための石段がぐるりと取り囲んでいて、往時をしのばせるものがあります。
ぶらり散歩、およそ5000歩(中のお寺や神社などを見るともっと多くなります)、時候もよくてよかったです。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-30 06:17 | おでかけ | Comments(0)

IH調理器でも火事になりかける

 我が家はいわゆるオール電化住宅になっています。
したがって調理機器はIHです。
したがって炎は出なくて、揚げ物などでも火が出るなどということはないもの、と安心していました。
なので、油がはねるのを止める意味で、揚げ物鍋の周囲に新聞紙を置いたり、揚げ物を取り出すバットは片方のIH調理器の上に新聞紙を広げてその上に置いて揚げ物をしていました。

 で、先日、どうしたはずみかその揚げ物を片方でしていてもう片方の揚げ物用のバットを置いたその下の調理器にスイッチが入っていたことに気づかず、別の作業をするためにコンロとは別の方を向いていた時。ふっと、何か匂ったのです。 
あれ?と思って振り向いたらなんと。
新聞紙が燃え上がっていたのです。
揚げ物を上げるためのバットに敷いた新聞紙が発火。
続いて鍋の周囲にめぐらした新聞紙に燃え移っていたのです。
わー、火事になる!!
と、流し台に幸いにも水を張った洗いおけがあったので、火のついた新聞紙をその上に移し、どうにか消し止めることが出来ました。怖かった。
結果、バットはこんなになりました。
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前々からこの調理器具のスイッチの場所が、熱源と同じ平面のガラスにタッチパネルになっていて、水滴が鍋から落ちてもすぐに誤作動してしまうのが不満でしたが、何かの拍子にこんなことでスイッチが入っていたとは。新聞紙を下に敷いていた私もバカでした。反省です。

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by kurashiki-keiko | 2018-03-09 00:04 | おでかけ | Comments(0)

牛窓の鰆(さわら)の煮魚定食とオリーブ園カフェ

 このところ遠出をしていなかったので夫のツルの一声で牛窓へ行ってみました。
時間が11時半過ぎだったものですから、さっそく牛窓へ行くと行く「善太」へ。
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 夫が「煮魚は今日は何があるの?」と聞くと、「鯛と鰆」だとの事。どうしようかと迷っていたら、大将が「今が鰆が旬でおいしいですよ。鯛はみなさん養殖物を思うのだろうけれどここのは皆天然ものです」と胸を張って言われるので、「ではさわらの煮魚定食を」とお願いしました。
さらにメニューを見ていて、しゃぶしゃぶ鍋もおいしそうだなあと思ったけれど又のお楽しみに。

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牡蠣もおいしそうだったので、1品だけ追加して酢牡蠣を。
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 小鉢に大根おろしとむき牡蠣が入ってくるのかと思ったら、上品に殻の中に入っていました。3個で600円かあ。

続いて入ってきた、隣の席のお客がどうやら「お造り膳」を頼んだらしく「あら、どれもおいしいわー」とか言っているのを聞きつつ、こちらは
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鰆の煮魚膳でした。立派な鰆の切れで、特におなかの方の身はよく脂がのっていてとろけるようで確かにおいしかったです。

続いて、寒風が吹いたり、雪が舞ったりする中でしたが、オリーブ園へと登っていきました。
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 こちらは元は売店だったそうですが、画家のアトリエとなり、今はイベントホール?みたいな使われ方をしているようです。以前はガラス戸越しに中が見えたのもよかったのですが、今はカーテンで見えなくなっていました。こんなに景色の良い場所がアトリエだったら素敵だなと思いました。
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オリーブ園の上の展望台の建物のカフェのメニュー。ロールケーキのクリームにはオリーブが入っているのと、ハート形のケーキにはオリーブオイルが使われているようです。
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最高の眺望のカフェカウンター。
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目の前には、右手はるか奥の方に、台形の屋島が見え、遥か左手奥には兵庫県の家島群島が見えました。

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展望台の一番高い所へ行くと、風はきつくて寒かったけれど、360度見渡せました。北側の尻海のあたりのメガソーラーが見えました。

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以前はこちらの写真の左手、フェンスができているあたりにパラグライダーの飛び出し場(プラットホーム?)があり、巨大な羽を広げて滑空する姿も見られたものでしたが、メガソーラーの上に着陸するわけにもいかず、廃止されたものと見えます。
 展望台までの階段の壁の3か所ほどに、こちらのポスターが貼ってありました。そうか、鶴瓶さん、来たのですね。

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また楽しみにしたいと思います。


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by kurashiki-keiko | 2018-02-12 23:40 | おでかけ | Comments(0)