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カテゴリ:感動したこと( 100 )

講演会「災害に備えて~自助・共助の重要性について」 栗木 剛氏

 倉敷市の民生委員・児童委員の研修会での講演を拝聴しました。
とはいえ、型破りな講演で、眠くならないありがたいスタイルで感心しました。
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 マイクを使わず、所々でピーっと笛を吹いて(眠気が覚めるようにという配慮でしょう、たぶん)、隣近所の人と与えられた課題について話し合う、というスタイル。
民生委員・児童委員と言っても、周囲から推薦されたり押し付けられたりして結局は断れなかった気の弱い人達でしょうと断じ、災害の時には助けるよりも助けてもらう側でしょう、と会場の笑いを誘いました。
 それにつけて、30年前に比べて13歳高齢化している、それはなぜかと言うと、地域の自営業者たちがいなくなったためでもあること、便利な大規模小売店が入ってきた結果、個人商店などで日中地域にいた働き盛りの人たちがいなくなったこと、との指摘になるほどなと思いました。
 そして、高齢化した民生委員・児童委員たちが、ボス的になんでも仕切るという地域ではなくて、頼り無いから自分たちで手分けして地域を運営して行かねば、となったところほどうまくいくというお話。
 
 また、自助という話の中には、例えば今の若い人たちは非常食の缶詰を缶切りで開けられない人が多い、年寄りはそのスキルがある、という事。最近の日本製の缶詰はペットフードまで皆パッカーンと開けられるけれども、外国の支援物資の缶詰はたいてい缶切りが必要。例えばタイにいて旅行中に津波被害などに会って帰れなくなった観光客の中には、軍の物資として缶詰を支給されても開け方が分からなかったという話があったそうです。
 例えば子供たちに、ご飯とみそ汁はこちらで作り、缶詰を与えて早く中身を開けた人からご飯を食べられる、という子ども会やキャンプなどのゲームをし、開け方はそこのおじいちゃんに教えてもらって、とかいうシチュエーションを作ったら、缶詰の開け方を講習すると言うのでなく高齢者が尊敬され、子供たちのサバイバル術が一つ得られるのでは、という話も面白かった。
 また、避難路を歩くという話も、昼まではなく、雨の夜8時ごろ、高齢者が懐中電灯を頼りに歩き、歩きながらスマホで動画を撮っていく、そしてその様子を若者にSNSでアップしてもらうという態案。スマホの動画は撮れるけれど、SNSにアップは出来んのじゃ、と若者に泣きつくと、どれどれ、と若者がちょいちょいとアップしてくれる、するとそれを見るのは若者、というわけで、年代を越えた夜の避難の大変さが広まる、ということにつながる、という話。
 どれも具体的で身近で、ノートを取らなかったのは残念でしたが、どれも明日の朝までに覚えていることを拡散してくれればよい、との事。
なるほど。

by kurashiki-keiko | 2019-06-14 17:13 | 感動したこと | Comments(0)

映画「メリー・ポピンズ リターンズ」を見て

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映画「メリー・ポピンズ」は以前ジュリー・アンドリュースが主演したものを見ていて、その続編だというのと、楽しそう、と思って夫と見にいきました。あとで知るところによると55年ぶりの続編だとか。ということは、前作は私が高校生くらいの時に見たものらしい。月日の流れるのは早いものということと、印象深かった楽しい映画はずっと印象に残っているものだという事です。

 物語の幹になる部分は、金融恐慌の頃のロンドンという時代背景で、妻を亡くし3人の子供を抱える父親が、家まで抵当に入れていて借金の返済に苦しみ、父親が残した株券を探すがどこにあるのか?という話と、母を亡くしたけれどけなげにがんばる3人の子供たち、そして子供を世話するためにやってくるメリー・ポピンズの楽しい魔法・ファンタジーの世界、という縦横の話が交わっています。
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 最初に出てくるガス灯の点灯夫の姿を見ると、「星の王子様」を思い出しました。朝になるとガス灯を消したりそのガラスの覆いを掃除したりする職業がこの時代にはあったのですね。また、収入が減って困っていると言えども、この時代のロンドンの中流家庭には家政婦だのナニ―と呼ばれる家庭教師?やらが雇人としていたのだという事も時代を表しているなあという事。
 また、CGの映像でファンタジーの部分と、ハリウッド映画ならではのショーやら点灯夫のダンスシーンの迫力。きっとあのシーンに写るためにオーディションで選ばれたダンサーたちが、すごい練習を積んで一糸乱れぬショーに仕上げたんだろうな、と、画面を楽しみつつ思ったことでした。
 ちょうど前夜テレビの金曜ロードショーで「ララランド」を見たところだったので、そういうダンスシーンのすごさを余計に感じたのかもしれません。

 とにかく、さすがハリウッド映画、さすがディズニー、と思いながら楽しく見た映画でした。

by kurashiki-keiko | 2019-02-09 21:29 | 感動したこと | Comments(0)

心静かに…水彩画展

 合唱団でいつも隣に座っている人が先週はがきをみんなに配っていました。何?、と見るとなんと、ご自身の水彩画展のお誘い。
週3日ほど洋服のお店を開いていることや、万葉集の講座に通っていることは知っていましたが、そんな絵の才能があったとは。はがきの絵柄がとても素適だったので、早速夫と見にいくことにしました。
 場所は児島味野です。
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ビルの1階で、入り口はそれほど派手でもないのですが、若い人に人気のお店だそうです。オーナーは管理栄養士の資格があるのだとかで、ランチとケーキに喫茶がいろいろ。
 
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駐車場がちと少ないのですけれど。
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店内の写真。右手はカウンターと厨房、左手が絵の展示スペース。
風景もお花も静物も、水彩画は一度色を塗ってしまうと修正が効かないのでそこが大変との事。どれも素適な色合いでした。
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帰りに絵はがきを頂いて帰りました。どれもしっかりデッサンが出来ているので形がしっかり描けている事や、風景画では奥行きのある表現がされていてとてもよく描けていると思いました。
 普段一緒に歌を隣で歌っている人がこんなに素適な才能をお持ちだったとは。と、改めて感心したことでした。




by kurashiki-keiko | 2019-01-14 15:49 | 感動したこと | Comments(0)

倉敷美観地区 大原家旧宅を見学

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おなじみ、大原美術館。門松が端正な雰囲気です。
そのお向かい、これまでは内部を見ることもなく、大原家当主がお住まいになっていたお屋敷があります。
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こちら。男性が呼び込みに立っていらっしゃいました。
入館料大人500円は安くないかもしれませんが、一見の価値あり。倉敷の繁栄の元を築いた大原家のことがわかります。
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入ってすぐの土間に、大原家を形作ったと言えることばがぶら下がっていました。なるほど、こういう言葉を受けつつ代々大原家のご当主は育ってきたのですね。孫三郎さんの代で病院やら労働科学研究所やらクラレやらの元が出来たのです。
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そしてこちらは、代々の大原家とつながりのあったゆかりの人々の映像がプリントされた光のブロック。
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左端、洋画家の満谷国四郎。
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上の方には、元岡山県知事の三木行治さん。
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ベルリンフィル指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンと、孤児院を作った石井十次。
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上は民芸運動の柳宗悦(やなぎむねよし)さん。
左下は、倉敷労働科学研究所の所長、暉峻義等(てるおかぎとう)さん。
倉敷友の会で以前講演の講師をお願いした暉峻淑子(てるおかいつこ)先生はこの人の次男の妻だそうです。
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こちら、おくどの向こうの障子をスクリーンにして、遊学中の総一郎のもとに書き送った母の手紙が投影されていました。

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大きな立派な井戸は室内にありました。

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 離れ座敷の縁側から眺めたお庭。向こうには喫茶「エルグレコ」の建物、その左は美術館。
このお座敷の塀の向こうが、いつも白鳥が泳いでいたりする倉敷川になっています。

 途中の蔵の中には、これまで7代の大原家の人々のことやら、孫三郎さん、総一郎さんらの蔵書と思われる図書室とブックカフェがしつらえられてあり、そこまでをきれいに整備するのにはきっと莫大なお金がかかった事だろうと思いつつ、往時の大原家の繁栄の一端を拝見できて、倉敷に住みながら初めての見学でとてもよかったと思いました。

大原家に関する記事はこちら



 



とっても詳しい倉敷観光案内はこちら

by kurashiki-keiko | 2019-01-05 16:41 | 感動したこと | Comments(0)

地元紙「岡山県中学校弁論大会から」の記事を読んで

 14日付地元山陽新聞に、「私の主張 岡山県中学校弁論大会から」というコラムが載っていました。
1のこの日は、おじいさんを介護しているお母さんがその子に「人間の老いってこういうことなんよ。子どもは何もせんでいいから、しっかりとこの状況を見とかんといけんよ」と言われたことを書いていました。介護の苦労は私も身をもって経験しただけに、このお母さんの言葉に、深く賛同する思いです。
 この頃は若者がなかなか結婚しなかったり、ひきこもりになったり、ということを聞きますが、何をしているのだろうと歯がゆい思いです。できる限りえり好みをしていないで、ベストでなくてもよいからベターなお相手を見つけて早く家庭を持つべきだと思います。なぜなら、いずれはその親たちも老いてくるので、介護の必要が出てくるであろうことを思うからです。独身ならば一人でその親を介護しなくてはならなくなるのが目に見えています。自由な独身を謳歌するのもよいでしょうが、一人で親をしょい込むことを思っているのでしょうか。そしてその後自身の行く末は?
 そこが怖い所です。 

 世の中年を取って連れ合いに死なれるのは世の習いではありますが、最初から一人でいるというのは、親の介護、自身の老後のことも考えてみては、と思います。

by kurashiki-keiko | 2018-12-15 00:17 | 感動したこと | Comments(0)

大浦天主堂の秘密 テレビから知る

 先日の「歴史秘話ヒストリア」に続いて、10月13日(土)午後10時からの「美の巨人たち」で、大浦天主堂のことについて取り上げられていたのを見ました。キリスト教が解禁されたのは1873年だそうですが、それ以前の1864年にフランス人神父プティジャンによって建てられたそうです。表向きは居留地にいるフランス人らのため、でしたが実は、大浦天主堂が建てられた場所というのは、グラバー邸の少し下で、ぎりぎり居留地から外れたところであったそうです。そのため、日本人らからも見える場所であり、当時の現地の人たちは、一体どんなものが建つのだろうと興味津々で見ていたに違いありません。
 プティジャンがこだわったのは、石造りのゴシック様式をそっくりそのまま日本の材料でまねる事だったそうです。外観や、内装のカーブした天井も、ゴシックでは石造りだったのを、当時の大工たちは設計図だけを頼りに、見たことのないゴシック様式をなんとか再現しようと、竹を組んでアーチの天井を作ったことが、天井裏を見るとわかりました。
 実は今見えている尖塔はシンメトリーに左右対称にあと2つあったそうですが、建って2年後に台風で壊れたのだそうです。
 内部の聖マリア像はわざわざフランスから運ばれてきた物で、正面のキリストの像もまたフランスの物。どうしてそこまでプティジャンがこだわったかと言うと、潜伏キリシタンたちがそれを見て来てくれないかという狙いがあったようなのです。
 1865年3月、プティジャンが聖堂で祈りをささげていると男女数人がやってきて、「マリア様の御像はどこ?」(プティジャンから送られた手紙にその通りローマ字で書いてあったそうです)と尋ねられ、弾圧の中を伝え続けてきた潜伏キリシタンたちの「信徒発見」であったと、当時のローマ教皇ピウス9世に書き送ったことにより、「東洋の奇跡」と言われたそうです。

 「歴史秘話ヒストリア」でも再現ドラマになっていましたが、その感動的な場面を作るためには、徹底してそのマリア像もフランスから運び込むなどの舞台づくりがあったということがわかり、また感動でした。




by kurashiki-keiko | 2018-10-16 09:56 | 感動したこと | Comments(0)

やっぱり人から受ける刺激はすごい

 この10月で5才になる孫娘。夕方上の孫を連れてお嫁さんが出るときに週2回ほど預かることがあるので、今一番私の身近にいる孫です。
ちょうど洗濯物を取り込む時間帯にかかるので、私がたたんでいると以前から興味を持っていたので、タオルを4つにたたむのを教えています。
以前は伸ばすことをしないで適当にたたんでいて、お世辞にも上手とは言えなかったのですが、そこをほめて、もっと手でなでるといいよ、とか、輪さの所を揃えておくと何枚あるか数えやすくていいとか教えていると、この頃はちゃんと出来るようになってきました。単純なタオルたたみですが、やり方を細かく教えたらちゃんときちんとたたんで積み上げることが出来るようになりました。
 して見せて、やらせて、ほめて育てるとか乃木希典大将が言われた事がその通りだなあと思います。
 
 また、幼稚園のお弁当の前に係の子が「背を伸ばして。いただきますをしましょう」とかいうご挨拶をするそうで、土日の夕食には孫が立ってみんなの前で言うことに最近なりました。ぐでっと座っている夫やおにいちゃんはその言葉に背筋を正されるのが常です。
 幼い心にまっすぐに入ってくるそれらの行動は、これからも宝物にしてもらいたいものだと思っています。

by kurashiki-keiko | 2018-10-13 12:02 | 感動したこと | Comments(0)

NHK「歴史秘話ヒストリア 世界遺産 長崎・天草 キリシタン不屈の物語」再放送で感動

 NHKの「歴史秘話ヒストリア」、前はもっと早い時間帯だったのでよく見ていたのですが、この頃は遅くなったのであまり見ていませんでした。
ところが、たまたま7日(日)午後、「笑点」を予約しようかと番組表を確かめたところ、こちらの再放送があるのを発見!
 なんと偶然にも、昨夜借り物のCDで聞いた隠れキリシタンの子孫によるオラショが出てきたし、これまでの10年ほどで訪ね歩いた長崎の外海(そとめ)の教会やらその地方の貧しい女性たちの手に職をつけさせるためにといろいろと活動なさったド・ロ神父様の話、教会をたてた仏教徒の棟梁、鉄川与助のこと、また長い禁教の時代を経てキリスト教が許される時代になってから来日した司祭の元に、「私たちも同じ心です」と隠れキリシタンたちがやってきたという「信徒発見」のエピソード、そして来日したローマ法王ヨハネパウロ二世が、雪が舞う長崎で日本語でのミサを行った様子、などなど、どのエピソードをとっても感動また感動でした。
 一緒に旅をした夫も見ていて、「ここ行ったか?」と尋ねるので、「行ったじゃない!」。目的意識を持って行き、写真を整理したりブログに書いたりして余計に記憶に留めやすかった私に対して、ただついて行っただけの夫とはやはり残り方が違ったと思います。
 NHKさん、今回は本当に見せてもらってよかったです。
 婦人之友8月号にも出ておられた隠れキリシタンであり元長崎市の職員でもあったという柿森さんが、ここを世界遺産にと尽力されたとの事、本当に世界遺産に認定されてその価値を高められて、よかったです。生月島の隠れキリシタンの子孫というひとがつぶやくように「オラショ」を唱える場面があり、長いものは40分もかかるとの事。文字にして残すことは見つかれば死を意味することなのでひたすら覚えて子孫に受け継がれてきたそうなので、これからも自分に出来ることをします、と言われていました。
 また、五島の奈瑠島の海からしか行けない洞窟で、漁に出たふりをしてそのオラショの口伝を行っていたのだとかいう話もありました。舟でしか行けないそうなので私はここには行けていないので、映像で見せてもらってよかったです。
 
私の長崎旅行の際の旅行記はこの前後です。
https://kurakeiko.exblog.jp/12116963/




by kurashiki-keiko | 2018-10-08 00:18 | 感動したこと | Comments(0)

お借りしたCDに感動

今売られている婦人之友10月号に私の投稿が、読者の投稿のページに見開き2ページに渡って掲載していただいているのですが
その冒頭に書いたのが、日曜朝の「音楽の泉」というラジオ番組の解説をなさっている皆川達夫先生のお話でした。
長崎の生月島の隠れキリシタンの子孫たちがご先祖から口伝で伝わってきた「歌オラショ」を採譜されたところ、明らかにラテン語の部分があり、その原曲を探し回った結果、スペインの田舎の図書館でローカルな聖歌の原曲の譜面を発見したこと、それはつまりその地方出身の司祭によって長崎のそのあたりの住民に教えられ、それを禁教令の厳しい時代に命懸けで口から口へと伝えられてきた結果だったという事。
そのことに感動し、また自分のふがいないクリスチャン?生活にも反省しつつ、長崎、五島、雲仙、島原、弾圧されたキリシタンたちが流されたという津和野などを訪ね歩い旅行の出発点でもありました。

 そういうことを書いたページをコピーして合唱団のお友達に差し上げたところなんと、そのご主人から、皆川達夫先生と作曲家で桐朋音大の元学長の三善晃氏との対談の番組(NHKFM、昭和62年2月放送分)を録音したというCDを貸してくださいました。
 皆川先生が採譜しそれを五線譜に直して、信者たちによる合唱団であの大浦天主堂で夜の静かな時に録音されたというグレゴリオ聖歌や、本物の隠れキリシタンの子孫たちがつぶやくように歌う「歌オラショ」の一部の録音もありました。
 学生時代に私もグリークラブでそれらのグレゴリオ聖歌のタイトルの「タントム・エルゴ」だのを歌ったこともあるので、メロディーは違うものの懐かしい感じがしました。

 グレゴリオ聖歌だとかはカトリックでないと歌われないと思うのでかなりマニアックな番組だったのではと思いますが、私にとっては心ふるえるような音声でした。偶然にもその番組を録音して保存してくださっていたSさんに感謝です。




by kurashiki-keiko | 2018-10-07 00:25 | 感動したこと | Comments(0)

楽しかった MAMMA MIAヒアウイゴー!

 久しぶりにようやく映画を見に行きました。
MAMMA MIA ヒアウイゴー。

前作は一人で見にいき、その後CDも買ってお掃除の時などには景気づけにかけたりなどしていました。
なにしろABBAの曲がいいし、メリル・ストリープと助演陣がまたよかった。ギリシャの明るい景色もステキだった。もともと歌って踊るミュージカルは亡父に連れられてジーン・ケリーの雨に歌えば以来私のDNAに入っているらしく、うきうきできる。

そんなで、続編と聞けばもう絶対見たい、と、前作を見てない夫にはかわいそうと思いつつ、相棒に誘って出かけました。
「若いころの○○」の役者が次々に出てきて、あの時の彼女はこういう成り行きで×××、になったのか、と面白く、また桟橋で大勢で歌って踊る大迫力のシーンにもうきうき。

 土曜日朝の時間帯、封切りから2日目と言うのでお客が半分以下くらいしか入ってなかったのが残念だったけれど、続編だからしょうがないか。

 最後の「ショータイム」の場面には前作では違和感がありつつも楽しませてもらいましたが、続編では若いころのドナと、亡くなったという設定のドナ、つまりメリル・ストリープもちゃんとフリフリの衣装で歌って踊って、とても楽しかったです。

娯楽作品としては久しぶりに肩の凝りがほぐれた感じで楽しく見てきました。



by kurashiki-keiko | 2018-08-25 13:50 | 感動したこと | Comments(2)