カテゴリ:感動したこと( 95 )

大浦天主堂の秘密 テレビから知る

 先日の「歴史秘話ヒストリア」に続いて、10月13日(土)午後10時からの「美の巨人たち」で、大浦天主堂のことについて取り上げられていたのを見ました。キリスト教が解禁されたのは1873年だそうですが、それ以前の1864年にフランス人神父プティジャンによって建てられたそうです。表向きは居留地にいるフランス人らのため、でしたが実は、大浦天主堂が建てられた場所というのは、グラバー邸の少し下で、ぎりぎり居留地から外れたところであったそうです。そのため、日本人らからも見える場所であり、当時の現地の人たちは、一体どんなものが建つのだろうと興味津々で見ていたに違いありません。
 プティジャンがこだわったのは、石造りのゴシック様式をそっくりそのまま日本の材料でまねる事だったそうです。外観や、内装のカーブした天井も、ゴシックでは石造りだったのを、当時の大工たちは設計図だけを頼りに、見たことのないゴシック様式をなんとか再現しようと、竹を組んでアーチの天井を作ったことが、天井裏を見るとわかりました。
 実は今見えている尖塔はシンメトリーに左右対称にあと2つあったそうですが、建って2年後に台風で壊れたのだそうです。
 内部の聖マリア像はわざわざフランスから運ばれてきた物で、正面のキリストの像もまたフランスの物。どうしてそこまでプティジャンがこだわったかと言うと、潜伏キリシタンたちがそれを見て来てくれないかという狙いがあったようなのです。
 1865年3月、プティジャンが聖堂で祈りをささげていると男女数人がやってきて、「マリア様の御像はどこ?」(プティジャンから送られた手紙にその通りローマ字で書いてあったそうです)と尋ねられ、弾圧の中を伝え続けてきた潜伏キリシタンたちの「信徒発見」であったと、当時のローマ教皇ピウス9世に書き送ったことにより、「東洋の奇跡」と言われたそうです。

 「歴史秘話ヒストリア」でも再現ドラマになっていましたが、その感動的な場面を作るためには、徹底してそのマリア像もフランスから運び込むなどの舞台づくりがあったということがわかり、また感動でした。




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by kurashiki-keiko | 2018-10-16 09:56 | 感動したこと | Comments(0)

やっぱり人から受ける刺激はすごい

 この10月で5才になる孫娘。夕方上の孫を連れてお嫁さんが出るときに週2回ほど預かることがあるので、今一番私の身近にいる孫です。
ちょうど洗濯物を取り込む時間帯にかかるので、私がたたんでいると以前から興味を持っていたので、タオルを4つにたたむのを教えています。
以前は伸ばすことをしないで適当にたたんでいて、お世辞にも上手とは言えなかったのですが、そこをほめて、もっと手でなでるといいよ、とか、輪さの所を揃えておくと何枚あるか数えやすくていいとか教えていると、この頃はちゃんと出来るようになってきました。単純なタオルたたみですが、やり方を細かく教えたらちゃんときちんとたたんで積み上げることが出来るようになりました。
 して見せて、やらせて、ほめて育てるとか乃木希典大将が言われた事がその通りだなあと思います。
 
 また、幼稚園のお弁当の前に係の子が「背を伸ばして。いただきますをしましょう」とかいうご挨拶をするそうで、土日の夕食には孫が立ってみんなの前で言うことに最近なりました。ぐでっと座っている夫やおにいちゃんはその言葉に背筋を正されるのが常です。
 幼い心にまっすぐに入ってくるそれらの行動は、これからも宝物にしてもらいたいものだと思っています。

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by kurashiki-keiko | 2018-10-13 12:02 | 感動したこと | Comments(0)

NHK「歴史秘話ヒストリア 世界遺産 長崎・天草 キリシタン不屈の物語」再放送で感動

 NHKの「歴史秘話ヒストリア」、前はもっと早い時間帯だったのでよく見ていたのですが、この頃は遅くなったのであまり見ていませんでした。
ところが、たまたま7日(日)午後、「笑点」を予約しようかと番組表を確かめたところ、こちらの再放送があるのを発見!
 なんと偶然にも、昨夜借り物のCDで聞いた隠れキリシタンの子孫によるオラショが出てきたし、これまでの10年ほどで訪ね歩いた長崎の外海(そとめ)の教会やらその地方の貧しい女性たちの手に職をつけさせるためにといろいろと活動なさったド・ロ神父様の話、教会をたてた仏教徒の棟梁、鉄川与助のこと、また長い禁教の時代を経てキリスト教が許される時代になってから来日した司祭の元に、「私たちも同じ心です」と隠れキリシタンたちがやってきたという「信徒発見」のエピソード、そして来日したローマ法王ヨハネパウロ二世が、雪が舞う長崎で日本語でのミサを行った様子、などなど、どのエピソードをとっても感動また感動でした。
 一緒に旅をした夫も見ていて、「ここ行ったか?」と尋ねるので、「行ったじゃない!」。目的意識を持って行き、写真を整理したりブログに書いたりして余計に記憶に留めやすかった私に対して、ただついて行っただけの夫とはやはり残り方が違ったと思います。
 NHKさん、今回は本当に見せてもらってよかったです。
 婦人之友8月号にも出ておられた隠れキリシタンであり元長崎市の職員でもあったという柿森さんが、ここを世界遺産にと尽力されたとの事、本当に世界遺産に認定されてその価値を高められて、よかったです。生月島の隠れキリシタンの子孫というひとがつぶやくように「オラショ」を唱える場面があり、長いものは40分もかかるとの事。文字にして残すことは見つかれば死を意味することなのでひたすら覚えて子孫に受け継がれてきたそうなので、これからも自分に出来ることをします、と言われていました。
 また、五島の奈瑠島の海からしか行けない洞窟で、漁に出たふりをしてそのオラショの口伝を行っていたのだとかいう話もありました。舟でしか行けないそうなので私はここには行けていないので、映像で見せてもらってよかったです。
 
私の長崎旅行の際の旅行記はこの前後です。
https://kurakeiko.exblog.jp/12116963/




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by kurashiki-keiko | 2018-10-08 00:18 | 感動したこと | Comments(0)

お借りしたCDに感動

今売られている婦人之友10月号に私の投稿が、読者の投稿のページに見開き2ページに渡って掲載していただいているのですが
その冒頭に書いたのが、日曜朝の「音楽の泉」というラジオ番組の解説をなさっている皆川達夫先生のお話でした。
長崎の生月島の隠れキリシタンの子孫たちがご先祖から口伝で伝わってきた「歌オラショ」を採譜されたところ、明らかにラテン語の部分があり、その原曲を探し回った結果、スペインの田舎の図書館でローカルな聖歌の原曲の譜面を発見したこと、それはつまりその地方出身の司祭によって長崎のそのあたりの住民に教えられ、それを禁教令の厳しい時代に命懸けで口から口へと伝えられてきた結果だったという事。
そのことに感動し、また自分のふがいないクリスチャン?生活にも反省しつつ、長崎、五島、雲仙、島原、弾圧されたキリシタンたちが流されたという津和野などを訪ね歩い旅行の出発点でもありました。

 そういうことを書いたページをコピーして合唱団のお友達に差し上げたところなんと、そのご主人から、皆川達夫先生と作曲家で桐朋音大の元学長の三善晃氏との対談の番組(NHKFM、昭和62年2月放送分)を録音したというCDを貸してくださいました。
 皆川先生が採譜しそれを五線譜に直して、信者たちによる合唱団であの大浦天主堂で夜の静かな時に録音されたというグレゴリオ聖歌や、本物の隠れキリシタンの子孫たちがつぶやくように歌う「歌オラショ」の一部の録音もありました。
 学生時代に私もグリークラブでそれらのグレゴリオ聖歌のタイトルの「タントム・エルゴ」だのを歌ったこともあるので、メロディーは違うものの懐かしい感じがしました。

 グレゴリオ聖歌だとかはカトリックでないと歌われないと思うのでかなりマニアックな番組だったのではと思いますが、私にとっては心ふるえるような音声でした。偶然にもその番組を録音して保存してくださっていたSさんに感謝です。




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by kurashiki-keiko | 2018-10-07 00:25 | 感動したこと | Comments(0)

楽しかった MAMMA MIAヒアウイゴー!

 久しぶりにようやく映画を見に行きました。
MAMMA MIA ヒアウイゴー。

前作は一人で見にいき、その後CDも買ってお掃除の時などには景気づけにかけたりなどしていました。
なにしろABBAの曲がいいし、メリル・ストリープと助演陣がまたよかった。ギリシャの明るい景色もステキだった。もともと歌って踊るミュージカルは亡父に連れられてジーン・ケリーの雨に歌えば以来私のDNAに入っているらしく、うきうきできる。

そんなで、続編と聞けばもう絶対見たい、と、前作を見てない夫にはかわいそうと思いつつ、相棒に誘って出かけました。
「若いころの○○」の役者が次々に出てきて、あの時の彼女はこういう成り行きで×××、になったのか、と面白く、また桟橋で大勢で歌って踊る大迫力のシーンにもうきうき。

 土曜日朝の時間帯、封切りから2日目と言うのでお客が半分以下くらいしか入ってなかったのが残念だったけれど、続編だからしょうがないか。

 最後の「ショータイム」の場面には前作では違和感がありつつも楽しませてもらいましたが、続編では若いころのドナと、亡くなったという設定のドナ、つまりメリル・ストリープもちゃんとフリフリの衣装で歌って踊って、とても楽しかったです。

娯楽作品としては久しぶりに肩の凝りがほぐれた感じで楽しく見てきました。



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by kurashiki-keiko | 2018-08-25 13:50 | 感動したこと | Comments(2)

感動したボランティア支援のボランティア

 倉敷市の災害ボランティアセンターに民生委員としてボランティアに行ってきました。第1便で出かけた人たちが昼の休憩が2時間あったとの事で、それでは、と午前に行く人3人、午後の人3人で出かけることになり、私は今日19日(日)の午後1時から3時までの組になりました。
 倉敷市長尾の倉敷市職業能力開発校の体育館に着くと、そこら中にボランティアの情報のポスターがびっしりと貼られ、「男子更衣室」「女子更衣室」「医務室」のほかに広いスペースがコーンとテープなどで区切られ、待合スペース、証明書発行スペースなどと別れていました。そこに黄色やオレンジや緑のそれぞれの所属を書いたベストなどを着た市役所関係やら民生委員やらが集まっていました。私も蛍光色の緑の、学区民生委員会の(がばがばの)ベストを着て、身分証を首からぶら下げていざ。全員写真のようなシールに名前をカタカナで書き、左腕に貼り付けていました。
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 男性は主に外の作業、私は受付業務を担当。右隣の席の人は高速道路が無料になるボランティア証明の発行、私から左に4人ほどはボランティア証明書の発行業務でした。
 1日の作業を終えて続々とボランティアの方々が入ってきました。東京都世田谷区から黄色いベストを着た団体。若い女性のグループも。ファミリーで来てくださった人、若い男性のグループ、1人で「プロ」かと思うような装備の人、などなど。お名前と住所を書いていただくのでつい住所を見てしまうと、千葉県習志野市、岐阜県、三重県、徳島県、鹿児島県等、びっくりするほど遠くから来てくださっていました。もちろん倉敷市内からもいましたが、遠くから、リュックをしょって駆け付けてくださっている方のなんと多いことか。 作業も、土壁が落ちた後の竹の骨組みにこびりついた土壁をきれいにほじる地味な作業をなさったという人やら、まだ畳を出したという人やら、お掃除をしたという人やら。 私は実際に現場に行ったわけでもないけれど、そうした人々に接する仕事をさせてもらって、ほんとうに感動しました。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-19 16:27 | 感動したこと | Comments(0)

「探し物はなんですか」失せ物出(いず)

 今夜(19日)も、合唱の練習に参加していました。いくつかの曲目を歌った後の終わりごろに、「上を向いて歩こう」がありました。
最近入ったアルトのメンバーが、その楽譜のカッコ1、カッコ3、カッコ5といった楽譜の道筋がわかりにくいらしく困っていたので、私のページ数はやたらに多いけれども、ひたすらページをめくっていくと楽譜がそれにつれて出てくる、という構成の物。こちらはあまり道筋を考えなくても素直に楽譜の通りに歌うことが出来て気に入っています。ページ数を少なくするためにカッコ1とかいうのを後から作ったのです。
 で、先週、練習の帰りにその人にあげようと、コンビニでコピーしました。なにしろ7ページ。小銭がたくさんあったので10円玉で7つ入れ、コピーをし、お釣りはないはず、と思って見るとなんと40円が。
 それでレジのところで「前の人のが残っていました」と届けて帰りました。
 ふつうそいう言う場合、届けない人の方が多いのかもしれませんが。

 で今週、楽譜の間にはさんであったそのコピーをその人にあげました。問題の「上を向いて歩こう」の練習になった時に、7ページ分の楽譜を見て先週のように歌ったら、あらら。なんと最後のページがありません。きっとコピーするときにコピー機に残ったのだ、と気が付きました。1週間前のことなので、もうないだろう、と、反対隣の人に、そのページをコピーしてきてもらえないだろうかとお願いして帰途に着きました。
 帰り道、ダメでもともと、聞くだけ聞いてみよう、とそのコンビニに寄ってみました。「コピー機に楽譜がありませんでしたか?」と聞くと、すぐに「ああ、あのお釣りを返してくれた人ですか」「そうです」「確かこの辺に貼ってあったんだけど」と言いながら探してくれ、ちゃんと捨てずに置いてあったのを、出してくれました。お金を正直に出したことで印象深かったのかもしれません。

 というわけで、コピーを頼んだと反対隣の人に「あったから」と連絡。
 ちゃんと1週間取っておいてくれたお店の人に感激。日本では落としたお財布が戻ってくる、と外国の旅行者が感激すると聞きましたが、こちらは楽譜の最後のページ1枚がちゃんと帰ってきました。よかったです。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-20 00:13 | 感動したこと | Comments(0)

高畑勲監督作品 「火垂るの墓」を見て

 金曜ロードショー、めったに見ないのですけれど、先日亡くなった岡山県ゆかりの高畑勲監督、スタジオジブリ作品の「火垂るの墓」を見ました。結末はわかっていて、悲しい悲しい物語なんで苦手ではあるのですけれども。
 ちょうど4歳の孫娘が今日幼稚園の入園式を終えたばかり、主人公の妹の女の子も4歳。その子とだぶって、お兄ちゃんに甘えるしぐさだとか、お人形や折り紙、切り紙で遊ぶさま、かわいらしさがよく描けていて一層悲しさが募りました。
 お兄ちゃんの中学生も、妹を負ぶって空襲の焼夷弾による火災をかいくぐって逃げたり、大やけどの母親の死を乗り越え、親類の意地悪に耐え、妹を守る、守ろうと必死に盗みまで働いて食べ物を得てくるのですが、とうとう幼い妹は栄養失調で死んでしまい、自分で行李に妹のお人形や防空頭巾を詰めて火葬にし、お骨を拾ってドロップの缶に入れる、栄養失調だった妹のお骨はたぶん本当に小さなものだったのでしょう。サクマドロップの缶入りのは私も幼いころに時々買ってもらっていました。きれいな赤や紫のドロップ、どれだけその女の子の楽しみ、生きる糧だったことでしょう。
 4歳と言うと言葉が大体出るしトイレのことも自分で出来るぎりぎりの幼児。そして遊びも本当に子供らしい。そんな小さい子供の命も奪っていく戦争。静かに、悲劇的な結末を迎えるこの映画は静かな反戦映画なのでしょう。岡山空襲の中を逃げて生き延びたという高畑監督の実体験に基づいた空襲の描き方を見ながら、戦争を憎む気持ちがわいてきます。
 先日のシリアの戦火の中世界にSNSで訴えた二人の少女の映像と重なるところがあります。
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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 23:11 | 感動したこと | Comments(3)

平昌オリンピック閉幕

 平昌オリンピックがついに閉幕。
何しろ野次馬なので開会式からテレビにくぎ付け状態でした。フィギアスケートの羽生結弦、宇野昌磨さんの金銀メダルを得るに至る様子、男子複合の渡部暁人さん、ジャンプの高梨沙羅さん、スピードスケート陣の小平奈緒さん、最後のカーリング女子チームなどなど。
 みんなみんな、この日のこの時を目指して4年間精進してきた結果。本当に大変な日々をこの日の為に頑張ってきたのだなあと思います。やりたいことを我慢してずっと過ごしてきた彼ら。続く北京大会に向けてもうすぐ始動していくのでしょうね。


スケートのエキシビジョンはBSで楽しみに見たので日曜の午前中がつぶれてしまいましたが、競技と違って各選手が楽しんで演技しているのがよかったです。スペインのハビエル・フェルナンデス選手のは次々に小道具を出したり衣装が替わってコミカルな味があってよかったですし、ザギトワのセクシーな豹みたいな衣装にはどっきりしました。トリが羽生結弦選手で、白鳥みたいな衣装でトリの貫禄十分でした。

閉会式は思ったほどではなかったですが、小平奈緒選手が選ばれてバッハ会長の横に並んだのは、ライバル選手への思いやりが評判になったからなのでしょう。
よかったよかった。


 月並みですが感動をありがとうと言いたいです。 

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by kurashiki-keiko | 2018-02-25 23:39 | 感動したこと | Comments(0)

やっぱり5回くらいは見ました

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 17日お昼は日本中の人がテレビのスケートに釘付けになっていたと思います。
私もその一人で、外出先から間に合うように帰り、テレビを食い入るように見続けていました。
なんとも優雅な狩衣のような「陰陽師」の衣装、伸びやかな手足、素晴らしいジャンプやステップ、けがを乗り越えての素晴らしい得点。ああ、彼ほどにこの日本を興奮させた人はいません。そして続く宇野昌磨選手の演技も彼の最高点。まさかまさか、金銀を独占するとは。
これまでの努力が無駄ではなかったと思わせられることって、本当にうれしいことです。
彼らに心からのおめでとうを言いたいです。そして感動をありがとう。

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by kurashiki-keiko | 2018-02-18 01:45 | 感動したこと | Comments(0)