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カテゴリ:老いということ( 91 )

葬儀の後 その7 たくさんの書類がいる

 もうすべての必要な名義書き換えは終えたつもりでいましたら、まだありました。NTTの電話とインターネットの代金が夫の口座からの引き落としになっていたのが落ちないとの事で、振込用紙が送られてきたことから分かりました。
 振込用紙で払ったその18日の夕方、当のNTTコミュニケーションズから電話がありました。そこでようやく名義変更を伝えると、必要書類を郵送してくれることになりました。
 
 あとは相続のための手続きです。これまでお付き合いのあった司法書士さんに息子が出向いて必要と思われる書類を揃えて行ったつもりでしたが、たくさん抜けていることが分かりました。例えば、先にお払いした電話の名義。それと、葬儀費用は控除になると言うので、葬祭業者からの領収書。それに当日の費用としては、お寺さんにお支払いしたお布施も戒名料も控除になると聞き、それは領収書をいただいていないと言うと、お寺の名前が分かれば、ということでした。あとは義父の兄弟が眠っている田舎の墓地と昔の屋敷跡やその周辺に散らばる畑地などの土地の事は法務局に出向かないといけないのだそうで、いろいろと大変です。

by kurashiki-keiko | 2019-04-19 02:35 | 老いということ | Comments(0)

ことの顛末 その2 警察に調書を取られる

 死亡認定を受けたはいいけれど、やはり死因を調べるために頭の先からつま先までのCTを取るとの事。でも、どこにも原因が見つからず、死亡診断者には「不詳の内因死」と書かれました。
 次に警察の人が3,4人来て、そのうちの一人が事情聴取。いわく自殺の兆候はなかったか、とか。子供3人と事件性は一切ないということをわかってもらうべく話をしました。質問にあれこれ答えると、その後聞き取りをした警察官が、「私は・・・・」と、いかにも私自身がそう語ったかのような一人称で文章を読み上げ、「これで間違いないですか」と問われて、「え?」と思いました。そんな文章なら私が自分で書きたいわ、と思ったことと、もしも冤罪だとしたらこんな風に警官が書いた文章を肯定するとそういうことになるんだな、と怖さも覚えました。
 それから鑑識?の人が2人、寝ていた場所の写真を撮りに来るということで、急いで娘の車でわが家へ。2階のベッドの上で亡くなっていたことを話すと、2人のうち1人が「寝ていいですか」と言って私が説明したようにあおむけの大の字になって寝ているところをもう一人が写真にとりました。そのほか、2階のトイレやら廊下やらを写真に撮って帰りました。(息子のいわゆる「汚部屋」も)
 それから、かねて互助会に入っていたので葬祭会館の方から寝台車が来てそちらへ搬送してくれることになり、病院の遺体を運び出すための専用出口というのがあるのを初めて知りました。夫は看護師さんのエンゼルケアというのかで、次男と娘が売店で買ってきてくれた寝間着に着替えさせてもらって顔にクリームを塗られててかてかしていました。
 子供たちと相談して、家へ搬送されるとまた葬儀のために会館へ搬送がいることと、病院で長患いして亡くなったのではなく最期まで自宅で過ごして亡くなったのだからすぐに会館の方へ運んでもらうことにしました。わが家はお寺を昨年夏に以前の旦那寺の和尚さんが引退されて諸事情により別のお寺にお願いすることにして変わったばかりなので、まさか法事ではなく夫の葬儀が最初のお勤めになるとは思いもよりませんでした。和尚さんのご都合で翌日の午後7時からお通夜、翌々日の21日(木)の午後1時から葬儀と決まり、各方面へ連絡をしました。
 娘が帰宅後支度をしてから遺体のそばで寝たいからと会館へ泊りに来ることになり、夜9時ごろ夫の兄が横須賀から到着、迎えに行って私も一緒に泊まることにしました。夫はどこにも外傷があるわけでもないし、病みやつれしているわけでもないので、例えば飲み会で先に寝てしまったような感じ、そのそばで娘と義兄と私がうだうだと飲み会みたいに語り合う、といった図式で午前1時ごろまで話し合いました。お棺に入る前の最後の貴重な一夜をそばに居られてよかったです。

by kurashiki-keiko | 2019-02-26 00:48 | 老いということ | Comments(0)

ことの顛末 その1 起きてこなかった

 その朝、私は8時ごろ目覚めました。隣で寝ている夫は、最近はあまり歩かないのに前日尾道に行って4,000歩あまり歩いて疲れているのかまだ起きないようなので、先に階下へ降りて起きるのを待ってテレビを見ていました。
 でも、9時になっても起きてこないので、内線電話で声をかけても反応がありません。2階に上がってもまだ横になったままなので、ほっぺたをぺちぺちたたいてみたり耳元で「起きて」と言ってみましたがうっすら口をあけていて反応なし。ん? ・・・念のため脈をみたのですが、日頃していないためその時は弱いけれども脈がある様に感じたのです。首の後ろに両手を回して起こそうとしたのですが、体が硬くなっていて起こせませんでした。今思えばあれは死後硬直だったのですが。念のため日頃かかっている川崎医大病院に電話して、循環器内科の先生に相談。外来受付の人を通して、救急車を呼んだ方がよい、となり、初めて「119番」をコールしました。
 救急車は意外に遅く感じられました。その間にまずはお薬手帳だとかを用意し、以前救急車で入院した人が帰る際に「靴がなかった」と聞いたことがあったので、ボストンバッグに靴とふだん着を詰め込みました。
 ちょうど雨が降っていて、私は傘をさして我が家の前の橋の上で救急車に合図を送り、救急隊員が到着。私は日頃かかっている川崎医大病院へ行ってくれるものと思っていましたが、何しろわが家は倉敷中央病院のすぐ近くなので、そちらへ搬送されることになりました。車内で気管挿管やら心臓マッサージやらをしてくださっていたのですが、途中で、「これ以上しても体が痛みますからやめます」と言われて、(ああ、ダメなんだ)と分かりました。
 病院についてから子供たちに知らせると、娘はまだ間に合うのかと思ったとの事で、会社の机の上もそのままにして飛び出てきたそうです。次々に長男、次男がやってきてくれました。救急センターの女医さんが、10時1分に死亡認定をしてくださいました。

by kurashiki-keiko | 2019-02-26 00:13 | 老いということ | Comments(2)

働き方 歯医者さんに行って

 先日、久しぶりに眼科医院に行きました。私が昔からかかっていた開業医ですが、この春だったか、先代は引退、息子さんにバトンタッチされています。息子さんと2人で診察されていた時代がしばらくあって、徐々に先代が午前だけ、という風になって、そして引退されたのでした。先代にくらべて息子さんは若いせいか、少し「偉そう」な口ぶりでこちらはハイハイと小さくなる感じ。お父さんの方はもうちょっと優しかったのに、と思います。
 それから今度は半年に一度歯石をとってもらうためなどで通っている歯科医院へ行きました。こちらも3代目が今は院長になられています。わたしはお嫁に来たら、夫の母から勧められて、子供が小さいころは子守もしてもらいながらこの医院へ通いました。その時分は初代が高齢者専門みたいにして診察されていて、私は2代目の息子さんに治療してもらっていました。当時は歯科医も少なくて、半年も前に予約していても3時間待ちなどが普通で、大変でした。
 時は過ぎ、歯科医も増えました。そしてこの歯科医院も3代目が院長先生となり、私がかかってきた2代目の先生もすっかり年を取られました。昭和6年生まれというからもう御年86歳?。さすがにこの頃では午前中だけ、それも水曜日はお休みされているとの事。それでも半日でも立ってお仕事されているというのは大したものです。この先生は穏やかで口数少なく、しかし仕事は確かなので安心して任せられる、と姑が言っていた通りで、行くと黙って見てもらえます。開業医で後継者を育てるのはとても大変だと思うのですが、この歯医者さんも3代目、建物も立派に建て替わって安泰。
 というわけで、次世代に譲るという事と、その成り行きをずっと患者として拝見してきて、大変だなあということと、年を取っても息子と働く場があるというのはいいなあと思う事、80代になってもマイペースで働く場があるというのはいいことだなあ、と思ったことでした。ただどちらのケースも息子世代が親世代に比べると物の言い方が少し偉そう-尊大な印象を受けることは少し残念に思います。なぜなんでしょう。

by kurashiki-keiko | 2018-07-28 00:57 | 老いということ | Comments(0)

声帯も筋肉、使わないと老化する

 ここのところ夫の声が何となくかすれている。それに先日の「ためしてガッテン」を見て改めて気づいたのだけれど、夫はにおいを感じなくなっている。強香性というバラの「ナエマ」というのを植えているのだけれど、つぼみを鼻先にもっていっても「わからん」。ハーブのローズマリーを持って行っても「わからん」。
 ということで、前回の定期受診のときに申し込んでいたので本日、耳鼻科を受診。ファイバースコープで鼻から喉への画像を見ると、私は昔「合唱講習会」で拝見した声帯が映りました。
 先生の話によると、別に痰が絡まってもいないし、声帯はきれいとの事。においの方も「いつからですか?」といわれても「さあ?」
患者さんによっては最近というのも「3年前」だったりしてなかなか「いつから」というのはわからないものらしい。
 結局2か月後くらいにもう一度様子を見ることに。
 声帯の方は、筋肉なので老化によって衰えるのだとのこと。「ではカラオケとかで声を出すようにすればよいのですか」と聞くと、全くその通りだそうでした。「ご夫婦でよく話をしてください」。
 といわれても、なあ。夫婦の、特に老夫婦の会話なんてたかが知れている。
 
 ということで、帰途、さっそくカラオケにGo。
外食したし、1時前から2時間、たっぷりと昭和30年代以降くらいの曲を歌い疲れるくらいに歌いまくってもらいました。結論は2時間では長すぎて疲れる、今度から1時間半くらいが適当だわ、ということ。またせいぜい時間を作って出かけようと思います。
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by kurashiki-keiko | 2017-12-14 22:25 | 老いということ | Comments(0)

奥さんはえらいんだぞ!

 先日スーパーで出会った人。
ギョーザを作ろうかと、ミンチの売り場に行くと、そこにいらした70代後半から80代くらいと思しき男性に「サイズはいろいろあるんでしょうか?」とギョーザの皮のことについて尋ねられました。「いいえ、枚数は違うけれども大きさは大体同じみたいですよ」。 すると次に、シキビの束を「これ、仏さん用でいいですよね」。「そうですね、神様用の榊とは葉っぱが違いますからね」とお答えしました。
 見ていると、携帯でお家の方と相談しながらの慣れないお買い物のようでした。普段来たことのないスーパーでのお買い物、きっと大変なんだろうなあ、と思いつつ、レジを終えて帰りました。奥さんが急病だとかで日頃しないお買い物だったのでしょうね。
 数少ないけれども、仕事帰りらしいネクタイをした男性も、お惣菜などあれこれ買っていらっしゃる様子に、単身赴任かなあ、とか思って見ています。
 また、先日倒れたという夫のお友達も、離婚して一人暮らしだったと聞きます。

 夫に近頃は威張って言っています。「あなたがなんとかここまで生きてこられたのは私のおかげよ」。
 料理が決して上手というわけではないので、若いころは夫の満足するような分量や材料に偏った食生活やお付き合いのおかげで生活習慣病にしてしまったのかもしれないけれど、以来気を付けてバランスよい食事を作ってきたからこそなんとか今まで生きてこられたのだと実感するこの頃なのです。手抜きをしないでごはんを作る奥さんがいるのとそこら辺の物を適当に食べる暮しとでは、絶対に健康にかかわってくるはず。
 食生活は健康の源。お金を稼ぐのも大切かもしれませんが、そのために食事作りをおろそかにして健康を損ねては、何のために働いているのかわかりません。
 そして野菜をたくさん食べるには少し手間がかかるけれど、それこそが健康を作る食事ではないかと思います。
 
 男女ともに、そんなわけで食事作りと、もっともっと生活の仕方を親から教わったり、また家庭科をしっかり習って身につけるべき、と、先日の『正しいパンツのたたみ方』の本をまだ読めていませんが、ぜひ読みたいと思う今日この頃です。




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by kurashiki-keiko | 2017-09-21 22:55 | 老いということ | Comments(0)

この頃気づく老化現象

 あんまり年齢がこうだからと思いたくはありませんが、近頃気づくこと。
 以前は台所の天袋の物を取るのに、丸椅子の上にひょいと乗って取っていたのですが、近頃股関節が固くなっているのか、足をあげるのにヨッコラショ、になってきたこと。どうかするとその丸椅子に上がる前に低い万能台を足元に置いて2段階にして上がったりします。
 つい先日もレースのカーテンを洗おうと、高いカーテンレールにとりつくためにそのように2段階の踏み台を作りました。

 また、昨年10月から、右膝に水がたまりだし、整形外科で水を抜いてもらってコンドロイチンだかの注射をしてもらうこと3回ほど、続いて筋膜なんとかの治療院に春まで行ってみましたが、だいぶ良くなってきて中止、しかしそれ以来正座することはできていません。もうちょっとのところまでは行くのですが、関節が曲がらず。法事とか、座る場面では椅子をお借りしています。

もう一つ気づいたことがありました。先日出かける前のこと、「行ってきます」とドア一つ向こうの隣の息子に声を掛けたら「え、何それ?」というので私の胸元を見ると、先ほど顔を洗ったときに水がかかったらしく服がぬれていました。
 そういえば、だいぶ前、夫が顔を洗った後には洗面台の下がびしょびしょにぬれていると文句を言っていたことがありました。
 つまり、洗面台に向かって腰をかがめるという動作ができにくくなっており、曲げ方が悪くなっているのではないか、とハタと気づいたわけでした。

 もともと運動は好きでなく、学校時代にも運動会だとか体育祭などの場合には全員参加の種目だけにいやいや参加していたような運動音痴、だけど基本的に生活する部分に不自由が出来ると、そこはかとない老いを感じる今日この頃です。
 起きられた時には6時半のラジオ体操をできるだけする事、在宅日には3時前のNHKのテレビ体操(たった5分)をする事を心がけるようにしています。
 
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by kurashiki-keiko | 2017-09-13 09:29 | 老いということ | Comments(0)

「演奏力とは『聴く技術』」

 7月5日付朝日新聞のコラムに、担当者が4人で交代するのがあって、水曜日は「後藤正文の朝からロック」というものです。
たまたまそこを見ていたら、「演奏力とは『聴く技術』」というのが目に留まりました。
以下。

 (前略)「複数の人が集まって合奏する場合、それぞれの演奏がどのように絡みあっているのかということが、全体の美醜におおきく関わる。
 だから、ミュージシャンは個人練習だけでなく、合奏のリハーサルも頻繁に行って、集合した演奏のクオリティーを高めている。(中略)正しい場所に音符を置くためには、周囲との調和を聴き取る技術が必要だ。(中略)全体のズレや揺らぎに合わせられなければ、演奏の良さにはつながらないのだ。
 さらに言えば、音の良しあしを聴き取れなければ、自分の演奏の良しあしも判断できない。つまり、演奏力とは『聴く技術』だ。」
 
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毎週練習に行っていますが、お互いのパートの音、隣の人の音を聞き分けたりその音と同じ調子で歌ったり、メロディーのパートを立てたりと、周囲との調和が本当に必要で大切だと毎回感じますので、なるほど、と思いました。

by kurashiki-keiko | 2017-07-05 15:16 | 老いということ | Comments(0)

眼鏡が、ない!

 昨日の朝のこと、いつものように枕もとの巾着袋の眼鏡を探すと・・・

あれ?   ない。
眼鏡ケースが、入ってない。

そんな・・・・

いつぞや地震情報が携帯から発信されたらしいのに、2階で寝ていて携帯は1階に置いてあったことがありました。
それをきっかけに、最低限の物は枕もとに常備しようと、赤い巾着袋を自由学園明日館のショップで見つけて購入。
中身は
携帯電話・携帯充電器・首から下げるLEDの懐中電灯・飴玉少々・手ぬぐい(包帯・マフラー替わりなどいろいろに)・濡れティッシュ・車のキー
など、最小限思いつく限りの物を入れて寝るようにしていました。

それで、近頃は気温に合わせて下着などを調節するので、目覚めると携帯のお天気情報を見て気温を確かめているのですが、眼鏡がないとよく見えない・・・

ベッドの周りを探して見たけれど。ない。
1階の昨夜の仕事していたあたりを探したけれど、ケースも眼鏡も、ない。

仕方がないので一つ古いのを現在かけていて、大差はないものの、
せっかく作った最新の、軽くて周囲も見やすい気に入りの眼鏡が、いまだに見つかりません。
え?という自分のうっかりと、ついにここまで老化したかというがっかり。
まさか異次元空間に落ち込んだなんてことはないだろうし。

いつかは絶対に我が家のどこかから出てくるはずなのですが。
ここはその時に「なーんだ」となることを期待しています。

by kurashiki-keiko | 2017-02-05 09:18 | 老いということ | Comments(0)

ケアされ上手

 婦人之友社の雑誌「明日の友」の225 冬号を読んでいたら、樋口恵子さんの「人生百年学のすすめ」というシリーズ記事の今号の記事の「ケアされ上手でありたい」という文章が目に留まりました。
 全国から公募した介護体験記を選者として読む機会があって、つくづく「創ってよかった介護保険」ということを思ったことと、読むほどに樋口先生は現在84歳になられて、介護される方の立場を思ったとのこと。その体験記の最優秀賞を取られた人は、106歳で亡くなった母上を介護された86歳の長女の方の話だったそうです。同居してからの15年間、「命令しない」「反対しない」「不足言わない」「小言言わない」「怒らない」という、娘の目から見ても「予想外」の母、それでいて自尊心は高く、周りの人にも一目置かれる存在で、院長先生からも「素晴らしいご高齢の方にご縁を頂き有難うございました」と言われたとのこと。
 「ありがとう」という感謝の言葉と、どこかにユーモアがあることが全体に共通しているとのこと。高齢者の側が外部サービス利用を嫌がらないことが「ケアされ上手」の基本だと書かれていました。
 私も長い間義父母の介護をして経験はありますが、夫と私の両親を送り、そろそろ自分の番が近づいてきていることを思うと、なるほど、ケアされ上手になることも考えていなければ、ということを教えられた一文でした。

by kurashiki-keiko | 2017-01-16 22:06 | 老いということ | Comments(2)