カテゴリ:しみじみしたこと( 317 )

児童虐待を防止するには

 6月14日(木)、倉敷健康福祉プラザのプラザホールにて、倉敷市の倉敷地区民生委員児童委員の研修がありました。
 型どおりの収支報告などの後の講演では、倉敷成人病センターの小児科主任部長であり、専門が小児神経学、障碍児医学という御牧 信義(みまき のぶよし)先生の「子どもの虐待と貧困」についての話をうかがいました。

 つい先日も東京都目黒区で5歳女児が非常に悲しい状態の虐待死の事件があったばかりとあって、興味深々でお聞きしました。
以下、私の備忘録として。

まずは虐待の定義。
  ・身体的虐待
     ・乳幼児期の頭蓋内出欠や骨折、窒息、火傷、栄養障害
     ・低身長・低体重等発育不良
     ・不自然なけが、やけど、顔面の傷
     ・鍼灸混在する傷跡、繰り返すけが  
     ・発達遅滞(認知、言語、運動)
     ・自尊感情の低さ
     ・大人の顔色をうかがう、警戒
     ・無表情、凍り付くような凝視
     ・人間関係不良、攻撃性、動物虐待
     ・脱衣の拒否、夏に長袖
  ・性的虐待
  ・ネグレクト
  ・心理的虐待

・・・先日の虐待死の子の様子もこの身体的虐待にはまるところが多いようです。虐待の定義は「親はいくら一生懸命であっても、その子をかわいいと思っていても、子ども側にとって有害な行為であれば虐待なのです。我々がその行為を親の意図で判断するのではなく、子どもにとって有害かどうかで判断するように視点を変えなければなりません」

・・・「虐待と認識することは「子どもと家族への援助のきっかけ」だと認識する。

医療関係者へのかかわり方はここでは置いて、民生委員児童委員のかかわり方は

  地域作り
  良いお節介
  声かけ運動

虐待をする親をどうしたら救えるか、その時期というのは、出産直後にもあるということから、周産期、いや母子手帳を受ける時期から、困ったことのあるおかあさんへの相談窓口をたくさん用意する事。

 虐待の主な原因は「貧困」であること。
 貧困には、食べるものにも困り、外見からも明らかに貧困と分かる「絶対的貧困」と、貧困ラインに満たない生活を余儀なくされるという「相対的貧困」がある。
 「貧困ライン」とは、国民の可処分所得を順番に並べた時にちょうど真ん中に来る所得額(中央値)の50%。2012年の日本の貧困ラインは1人当たり122万円。
3人世帯(親1人、子2人)の場合、207万円=月額17万円
これは最低限の衣食住は満たされるが、教育や未来への投資は困難。→これが貧困の連鎖の原因。

子どもの貧困の解決は未来への投資 (経済同友会)
・国連で採択され、加盟国が2030年に達成を目指す17の目標のうち、1番目が「貧困をなくそう」。

平成30年11月30日(金)倉敷市民会館
    12月1日(土)川崎医療福祉大学にて、「日本子ども虐待防止学会」
毎年1回開催、岡山県での開催は初めて。

 先生の児童虐待防止への真摯な取り組みが伝わり、とても感銘を受けました。
 と同時に、私たち一般の人間に出来ることは、身近に児童虐待を疑うような子どもを見かけた時、見過ごさないで少なくともほかの人に伝え、「変だね」ということを確認し合い、1人で抱え込まないで相談窓口、例えば市役所2階にある倉敷子ども相談センター(086-426-3330)へ連絡する事。FAX086-427-3335



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by kurashiki-keiko | 2018-06-15 02:10 | しみじみしたこと | Comments(0)

映画「万引き家族」を見て

封切り間もない話題作とあって、広いシアターがほぼ満席でした。
テレビなどでカンヌ映画祭で最高賞を受賞したとの評判と、予告編でいくらかの予備知識はあったものの、大変考えさせられる映画でした。私も民生委員ですけれども、民生委員が訪ねてくる一場面もあり、役割の重さ、大切さもまた考えさせられました。
 先日見た山田洋二監督作品の「家族はつらいよⅢ」の、色々あるけれども幸せなごく普通の市民生活を送る家族の在り方とは全く違う、一見「家族」として暮らしている家族の、実は、という驚きの真相。
 だけれども、家族とは血のつながりだけか?という疑問。子のない夫婦が特別養子縁組で子供を迎えるという事例もある様に、わが子として育てられた子供は、血はつながらなくてもたっぷりの親の愛情を受けて育つに違いありません。お金はなくても、血はつながっていなくても、「家族もどき」であっても、何気ない日常の会話やふれあいが、人として暮らしていくためにどれほど大切な事なのかと考えさせられます。
 先日のNHK「ためしてガッテン」でも、認知症を防ぐための手立てとして最も大切なのは、「つながり」であったことが分かったとの事。運動よりも何よりも人と人とのつながりがいかに大切であるか。幼児であっても年寄りであってもそれは同じことだと思います。
 つい最近あった5歳児の痛ましい虐待死。頼るべき親に虐待される幼児がここにも。実の親にひどい仕打ちを受けてきた子供が、ニセの家族に水着を買ってもらうシーンの更衣室内でそれまで受けてきた仕打ちがわかることがありました。私の身近に愛情を注いでいるちょうど同じくらいの孫がいるだけに、その子供の哀れさに胸が締め付けられるようでした。
 子どもはどんな子供であっても、温かな大人の庇護のもとに育ってほしいと心から願います。
 また、最後のあたりで、お互いに他人であっても、それぞれがかばい合うシーン、むちゃくちゃな暮らしをしてきた彼らですが、強いつながりがあったのだなと、それだけは救いだった気がします。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-10 12:55 | しみじみしたこと | Comments(0)

夫の手書き「おさらいノート」

 本棚の整理の続き。先日あらかた値の張りそうなハードカバーの本を古書店へ持参し、残りはアルバムやら子供の卒業アルバムやら同窓会名簿、日記の類になりました。それらの間にあった古いノートの束を取り出してみれば、それは夫が子供たち3人の小学校低学年時代に課していた漢字と算数の手書きの課題でした。それぞれに毎日2ページ分ずつ、よくまあ。私も少しだけは出題したことがありましたが、とても続かず、夫がずっと手書きで問題をこしらえてやらせていました。長女のノートが一番多くて7冊、少ない子は4冊。元はもっとあったかもしれません。私がノートをまとめて紐で合本にしていました。こちらに新築し引っ越した時代からずっとそこにあったのを捨てられずに今まで来たのです。
 長女の所の孫はもう高校生になりましたが、母親の小学校低学年のこんなノートを見てどう思うでしょう。長男のところの孫は3年生だからちょうど父親がこのノートの課題をしていた時代になります。いずれにしても、子どもたち本人に一応見せてから、それぞれに処分してもらおうかと思います。

 19日(土)、昼間、たまたま旧知の近所の人に「樋口恵子氏講演会」のチラシをお見せしに行き、チケットを買っていただきました。その時に亡くなった奥様の蔵書を、つい先日資源ごみとして(たぶん)出してしまったということを聞き、古書店にもコミックの新しいものしか買い取ってもらえないところや、ほんとうの意味の古書を取り扱うお店があること、資源ごみにしてしまうのはもったいないと思われる著書ならそういう古書店に引き取ってもらったら全国の古書店ネットワークから探してお客様が来られることもあるようだ、と私の思いを話しました。
 その人は、書籍以外にも奥様のつけていた家計簿も資源ごみに出そうかと思うが、娘に見せてからお母さんがこんなに細かく熱心につけていたことを知ってもらったうえで処分したい、と言われていました。
 
 夫の手書きノートといい、ご近所さんの家計簿といい、手間をかけて丁寧に記したものは捨てがたいものですね。

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by kurashiki-keiko | 2018-05-20 01:02 | しみじみしたこと | Comments(0)

片付けに伴うお宝発見!?

 居間の本棚を片付けて、思わぬものも出てきました。
剣道の賞品メダル。低学年の部の3位と書いてありました。どうやら次男が何かの大会で珍しくいただいたもののようで、ケースがすっかり埃だらけになっていましたが、きれいに拭いて、次男に渡すことにしました。
 それから、同じくほこりだらけになっていたメキシコみやげのアステカの模様の石板を模したもの。これは紛れもなく長男の卒業旅行のおみやげ。ところが、土曜日の会食の時に長男にそういうと、「え?」と、すっかり忘れていた模様。だって、メキシコに行ったのはほかにいないもの。と言うと、アメリカから数時間行っただけなのになあ、との答え。でも間違いなく長男のおみやげなんですけどね。
 それから、長男が高校時代に怪しげな?文芸部に所属していて、文化祭に作って売っていたという小冊子の漫画やらエッセイ?小説?などが入った物。渡すと、「えー、これ、どこにあった?懐かしい」と言って持って行きました。
 それから、私の卒論原本。何年か前、保存していた大学図書館がもう満杯になったのか、本人に返すか処分するかを選択してくれとのことで、返してもらったものです。それと、学生時代の、当時はもちろん原稿用紙に手書きしたレポートも。曾祖母が撚ってくれた和紙のこよりで綴じてあります。中身は読み返していませんが、こちらは宝物です。
 レポートの原稿もさることながら、それを綴じている「こより」が私には大切なのです。ゼミの先生が、ホチキスで止めたものよりも穴をあけてこよりで綴じたのが好きだと言われ、自分でこよりを撚ることが出来なかったので、たまたま体が弱って寝た切りに近かった曾祖母の手すさびにと、頼んだのです。祖母が用意してくれたらしい真っ白な和紙で、それはそれは見事にぴんと撚ってくれたこよりが、薄いハンカチか何かの空き箱に整然とたぶん100本くらい入って届けられました。まさかそんなに数は必要なかったのですが、以来私のレポートは原稿用紙に4つの穴をあけてこよりで綴じたものになったのでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-05-12 22:54 | しみじみしたこと | Comments(0)

本棚の片付け

 居間の作り付け本棚には、入居以来ほとんど動かしていないものも含めかなり古い本があります。
昨年は私の大学時代の資料本ともいえる岩波の古典文学大系の一部やら、母からもらっていた瀬戸内寂聴訳の源氏物語全10巻だったか、などを古書店に持って行き、1万円ちょっとになったのでした。
 で、残っていた岩波の古典文学大系、これはいよいよというか私の卒論であった平家物語上下巻やら、平家関連の図録だの、第4版広辞苑だの国語辞典、それから夫と私の同窓会名簿の古い版何冊か、それになぜか玉野市史やらの郷土史みたいな本、大学関連の資料集みたいなの、昔行った文楽だののパンフレット類、などなど、その当時は大切だったけれどもここ何十年かは触っていない本の数々。片付け、断捨離とは過去の自分との決別を意味するのかなと思いました。2,3年くらいでは捨てられない大切な物でも何十年もたつと、ようやく思いきれるようになるのでしょうか。
 残すものはアルバムと日記。
 後悩ましいのは40冊になる家計簿。かつては「家事家計講習会」の選手(発表者)になった時などにその家計簿をずらーりと並べるのがあこがれであり目標でもあった時期がありましたし、昨年はお客様とのフリートークの時間に若い時代の家計簿を持参して見せたりしたのも説得力?になってそれはそれで面白かったのでしたが、その置き場を確保することがこの先出来るのか?
 とりあえず今回はまだゴミには出しません。
 本棚から出した上記の本は紐で縛って裏の自転車置き場兼物置へ置いてあります。折を見て古書店やら市の環境センターへ持ち込む予定。
 あと、2階納戸にある和ダンス。子どもたちの結婚式も終わったので留袖はもう着ないし、着物を着るようなお茶だとか観劇などの趣味もないし、外国へ行って盛装するような機会もさらさらないし。母は自分の着物はほぼ売り払ったけれどこれは高価ないい着物だからと最後にとっときの着物、というのをくれたけれど、それもまた和ダンスにぎゅー詰めにしただけで着る機会は今のところありません。私の成人式は大学の寮から参加したので黒のスーツで行ったし、卒業謝恩会に来て出た中振袖は、結婚披露宴に着たくらいで、娘も成人式に着物はいらないから旅行代をだしてくれ、と外国旅行に行ってしまいました。何年か前に友の会のお友達の娘さんに貸して、と頼まれて喜んで何枚かお貸ししたのがあるくらいで、ほんとうに出番のない着物たち。娘にも喪服だけ作ってやったけれど、もう身内のお葬式にも喪服を着る人は本当に少なくなってしまっているようです。
 悩みに悩むけれども、この際リサイクルに出そうかしら。


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by kurashiki-keiko | 2018-05-12 22:05 | しみじみしたこと | Comments(0)

縫い物は計画的に

 連休明けの5月7日(月)は大雨でした。かねてこの日なら買い物もしなくていいし外出予定もないので、「縫い物をしよう」と決めていて、9時過ぎから11時半過ぎまで、食卓に洋裁用のベニヤ板を置いてミシンを置き、前回裁っておいたスモックエプロン(簡単スモック)のための下糸を巻くところから開始しました。ポケット口を縫い、前身ごろにポケットを付け、身頃を合わせて肩を縫い合わせ、折り伏せ縫いにしました。そして首の見返しを裁ち、仕付け糸で止めるところまでで時間切れ。
 何しろ私一人なら、食卓の端っこの方でひっそりと昼ごはんにして続けて午後も作業するところを、夫の為に昼ご飯を作って一緒に食べなくてはいけないので、欲張らずに1日につきせいぜい2時間まで、と、決めています。お嫁さんの為に入園バッグを縫うのを教えた時もそうでした。
 しかしそれにしても、1回につき2時間しかしない、と決めてかかれば、どの日なら縫い物が出来るかを見計らい、この日、と目星をつけてえいやっと思い切って始めることが出来ます。
 人生の長い間、子育て中のパジャマなどを除くと縫い物に縁遠くなってきましたが、ここにきてようやく、少しずつでも縫い物もできるゆとりを見つけることが出来ています。とはいえ腕はまだまだ。縫いしろの折り方一つにしてもどっちだったかと迷うことばかりですが、回数を重ねて一つ一つが勉強です。

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by kurashiki-keiko | 2018-05-07 22:30 | しみじみしたこと | Comments(2)

入園式に出席して

 13日(金)孫娘にとっては待ちに待った初めての経験。息子も半日休んで出席するらしく、9時過ぎ、夫婦とも盛装し、孫娘はピカピカの制服に身を包んでのお出かけ。私は少し遅れていくことになっていたので、門の前での記念撮影。
 私はスマホで、息子は自慢の?デジタル一眼レフで写してくれ、と言うので慣れないカメラを構えてみたものの、重いしレンズの調整やらシャッターの位置が慣れないもので四苦八苦、構図が悪いのなんのと文句を言われました。結局は私がスマホで撮った記念写真を子供たちとのLINEにUP。
 9時40分、と思って招待状を確認したら「までに」だったので慌てて家を出ました。
 最後から2番目の到着で来賓の控室である園長室で桜茶をいただきました。市会議員さん以下小学校の校長先生やら町内会長さんやらで来賓は15人。
 席の前に置いてあった園児の名簿を見ると、お兄ちゃんの時にはすれすれで2クラスだったものが、今年は17名。半分になっていました。幼稚園より保育園へ行くこの方が増えていたり、私立へ行く子が多かったりする影響でしょうか。

 式は2階のお遊戯室で、あくまでも子供主体で、園長先生のご挨拶も半分はペープサートで、これからの幼稚園生活を楽しんでねという風な内容。担任の先生紹介もその続きといった感じ。これまでは来賓が1人ずつ立って紹介してもらい「おめでとうございます」の一言くらいは言わせてもらう機会があったのでしたが、今年は名簿を見てください、で終わり、挨拶は例年通り代表して隣接する小学校の校長先生がなさいました。
 その式の間中、式場の部屋を立って歩き回る女の子がいました。いわゆる発達障害の一種、注意欠陥多動性障害、の子なのかなと推察されました。上靴の底が固いものだから結構足音を立てて部屋中を動き回っていました。この場がどういうものかがうまくわかっていない様でした。その子と、その子のご両親のことを思うと胸が痛みました。

 終わって控室に戻り、そのことを話すと、たまたまごいっしょだった民生委員の人のお孫さんも発達障害で、音に対して敏感だったり、こだわりが強くて食べものでも好き嫌いが理由があってはっきりしていたり、人と同じ行動が出来なかったりしていて住まいの近くの病院に療育に通っており、小学3年になってだいぶ良くなってきたのだそうです。
 昔だったら「変な子」「変わった子」というだけで何の処方もされなかったであろう子供、結構な比率でいることがわかり、最近では療育という場が与えられて小さいうちから対処されていることはとてもありがたいことだと思います。今は子どもたちの中で「変わった子」であったとしても、子どものうちにその特性を知る人に対処法を踏まえて指導を受ける事が大事かなと思われます。
 大人になって職場になじめなかったり、それまで生きにくいと感じていて初めて発達障害だったと知る、という話をよく聞きます。その人その人の好さが生かされて働ける職業に巡り合うことが、その人の人生にとってどれほど大切な事かと思います。
 どうか今日出会ったお子さんもよい療育の機会を得て、良い方向に育って行ってほしいと願います。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 14:21 | しみじみしたこと | Comments(0)

祝・入園・入学

 先日、用事で市内を運転していると、ピンクのスーツを着た女性と背広の男性、それに真新しいランドセルを背負った子供が歩いているのを見かけました。11日(水)の事です。(そうだった、今日は小学校の入学式だった)。ちょうど朝9時ごろでそういう時間帯だったのでしょう。
 いくつかの小学校区を走り抜けたので、そういった親子連れを何組も見かけました。帰りには赤ちゃんを抱っこしたお母さんとお父さんと入学する子供という組み合わせも。
 みんな子供が新しい環境にうまく適応してくれるだろうかと期待と緊張の入り混じった思いで行っているんだろうな、と自分の経験を思いだしつつその人たちを見送りました。
 月曜日には公立高校の入学式、水曜日が小学校、木曜日が中学校、金曜日が幼稚園と、入園、入学が続きます。家のすぐ横が通学路なので、それらしい親子を時々見かけています。
 そして月曜日は孫のうち一番大きなmioが高校の入学式、続いて翌日早くにLINEにお弁当の映像が送られてきて、何かと思えば本人がお弁当を自作したのだとか。共働きの母親を頼らず自力でお弁当を作ってえらいね。
 明日は、隣に住む4歳の孫も入園を迎えます。私も、幸いというか民生委員なので当番制で2人ずつどこかへ出席することになっていて、孫に合わせて当番を組んでもらい、式に出ることになりました。
おしゃまさんの孫娘、どんな幼稚園生活を送ることになるのやら。そして、今後はしょっちゅうじーじに会いに来て遊んでもらうということも少なくなっていくのかなあ、という一抹の淋しさもあります。
 みんな、新しい環境に早くなじんでよい生活を送ってほしいものです。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-12 23:41 | しみじみしたこと | Comments(0)

人類の祖先の進化に学んだこと

 8日夜9時からのNHKの番組で、人類の祖先がサルからヒトになるまでの進化の過程を見せてもらいました。
二足歩行をするようになり、環境がジャングルから草原へと変化していくにつけ、か弱い牙も持たない存在がいかに生き延びてきたかという奇跡のような物語でした。
 草原になると、肉食獣たちから身を守るには圧倒的に弱いこと。
最初に身を守る手立てとしたのは群れを作ること。仲間を作って怖い肉食獣から身を守る手立てにしたこと。
次に、死肉をあさるようになり、骨に着いた身を食べるうちに、骨の内部の骨髄を食べるために石器を発見。石器で骨を割って骨髄を食べられるようになります。
それから、この時期かどうか忘れましたが、ある時代の骨から、その時代の人類に心が目覚めたことがわかる、ということでした。半信半疑で見ていくと、それはこういうことでした。

 ある時代の骨を見ると、歯がほとんどないのに長く生きた様子が分かったそうです。それはつまり、歯がなくても柔らかい食べ物を提供されていた証拠であり、そういう人に対する思いやりの心が見てとれる、という研究者の話でした。
そうか、老人介護だとかいう話は、ヒトとしての思いやりから出てくることなのか、とあらためて学んだようなことでした。
NHKスペシャル 人類誕生 こうしてヒトは生まれた

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by kurashiki-keiko | 2018-04-09 23:19 | しみじみしたこと | Comments(0)

瀬戸大橋架橋30周年記念イベント

 先日合唱団の練習の休憩時間に聞いたところでは、瀬戸大橋架橋イベントに児島の競艇場の上空に、あの航空自衛隊のブルーインパルスの曲芸飛行?があるらしいです。(そうそう、昔は「児島競艇、丸亀ボート」だったものが最近では「児島ボート」に改称されているようです。)

なに?すごいではありませんか。調べてみると20周年にもブルーインパルスのショーはあったらしいです。
早速家族用のLINEに情報を入れると、息子2人が反応。何しろそれぞれ岩国まで行ってみるくらい好きなので。次男の方は電車で行く心づもりになっているらしいです。
 私の知るのは、1964年の東京オリンピックの開会式の時に東京の青空に五輪マークを描いた、というその時の物。(んー、なんて古い)きっとすごい訓練をこなしている優秀なパイロットたちなのでしょうね。

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私的にはLittle Glee Monsterが気になります。・・・まだ女子中学・高校生なのに舞台度胸のよさとハーモニーのすばらしさ、それにスタイルのよさで。
合唱団では「クルーズ船運航」というのが話題になりました。
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合唱団で聞いたのはびっくりするくらい高額だったのでしたが、こちらのホームページの情報は無料。へ。どうしてかしら。
だいぶ前に義母と義兄も一緒に瀬戸大橋の下を夕方から夜にかけて船で観光したことがありました。「御座船」という江戸時代風の船でお弁当付きで、橋を下から見上げるのもなかなかの迫力があったものです。遠くから見るのもいいですが、真下を通る時にはその質量というのか重量感に圧倒される思いがしたものです。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-04 22:46 | しみじみしたこと | Comments(0)