カテゴリ:しみじみしたこと( 322 )

菩提寺を替える

 お盆の棚経、というそうですが、お寺のご住職さんが家ごとに訪問してお経をあげてくださる事です。
 我が家は夫の父が平成9年に、母が平成23年に亡くなり、以来お寺とのお付き合いが始まりました。
 とてもお人柄のいい和尚さんで、お寺は遠かったけれど親族が迎えに行ってくれると法事の時にも会食につき合ってくださり、みんな大好きでした。後継ぎがいないのを心配しておられましたが、娘婿さんがお坊さんになってくれたので一安心でした。
 でも、今年、80を越えることになって今年限りで引退されるとの事。そして娘婿さんが言われるには、2人体制だったからこれまで法事にも我が家に来ていただけたけれど、土日の法事の時にも葬儀が入るかもしれないからか、お寺での法事しか受けられないこと、お墓まではとてもつき合えないとの事。
 それでは将来的にお葬式だとか納骨だとかの仏事に、車で1時間の距離の我が家は困る、と思い、お寺を替わることを考えることにしました。
 我が家はこの辺りには少ない天台宗。探すと、ようやく1軒、というのか1寺というのか、見つかりました。歴史は割合新しくて明治になってできたお寺だそうでしたが、同じ天台宗で、我が家の元の菩提寺のことももちろんご存じで、引き受けて頂けることになりました。
一番予想される近いお葬式と言うとわが夫ということになるのですが、ちゃんと面倒を見てくださるお寺さんがあるというのは我が家、わが息子たちにとっても安心、というわけです。
 とても心配しましたが、ソフトランディング、で一安心しました。
 私は個人的にはカトリックなのにもかかわらず、家の宗教は仏教というわけで、いわば隠れキリシタン的な矛盾を抱えつつも、我が家の安泰の為に動きました。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-31 22:47 | しみじみしたこと | Comments(0)

不断の努力を教えられて

 以前、私の中学時代の恩師のお宅を5,6人の同級生と訪ねた時の事。
 もう80才を過ぎていた恩師なのに、お庭には草が一つも生えていなかったのに驚きました。その時の話題には登らなかったものの、我が家の庭と比べてなんてきれいなんだろう、と不思議に思ったり、ヘルパーさんかシルバー人材センターをでも頼んで取ってもらっているのかしら、と思っていました。
 それがつい先日、同じ先生に習ったという合唱団のメンバーから、それは先生自ら、毎日毎日すこしずつ、庭に出るたびに草取りをしていらしたことを教えてもらいました。感動。
 暑さにかまけてこの夏は殆ど草取りから遠ざかっていました。
 もうきゅうりもトマトも取れなくなり、そろそろ畑の整理をして次の作物を植えるための元肥えを入れる準備が待っています。その話を聞いて、毎朝10分でも少しずつ手入れをしなければ、と重い腰を上げた私です。
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by kurashiki-keiko | 2018-08-27 22:54 | しみじみしたこと | Comments(0)

野分

 心配した台風20号は、近畿地方へ向かったためこちら岡山県では大した被害もなく、雨量も大したことなく通過し、真備町の被災家屋にこの上の被害がなくて何よりでした。

 それはともかく、腰痛で療養中という友達に、お見舞いがてら、彼女は源氏物語が好きだったので、手持ちの源氏物語絵巻の「野分」の場面の絵はがきを選んで送りました。
 すると、たまたまその時彼女が読んでいたのがその「野分」の段だったのでびっくりしたとの返事がありました。あの長編の物語のその個所、なんていう偶然がある物だろうかとこちらもびっくり。たまたま台風の来る季節だからでもあり選んだ絵はがきだったのですが。
お返事も絵はがきで、水引き草のスケッチ画でした。
 大切なお友達です。
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by kurashiki-keiko | 2018-08-24 20:45 | しみじみしたこと | Comments(2)

お盆の行事を終えて

 お盆の行事の最中に豪雨・洪水被害の子らのための袋物作りの伝達が飛び込んできて慌てましたが、なんとか無事に仏様を送り祭壇を片付け、いつものお仏壇へご本尊・お位牌を収めて日常が戻ってきました。

 若いころはお仏壇のない家に育ったものですから、祖父母の家にお盆頃行くと、床の間に立派な祭壇が出ていていつもと違う雰囲気だけ味わって「ふーん」くらいに思っておりました。
 けれども夫の父の介護をするようになるのとほぼ同時期にお盆の行事も自然に私がすることになり、またその父が亡くなると初七日、四十九日、一周忌、三回忌と法事の準備やらも加わり、そして初盆を迎え、様々な仏事の準備と後片付けを経験してきました。
 そろそろ隣に暮らす長男夫婦にそのやり方を継承しておかねば、と思う年になり、今年は祭壇の準備、片付けを一緒にしてもらいました。台風の影響による雨で、迎え火と送り火が出来なかったことは残念でしたが、例年バタバタと時間がかかる後片付けが、息子夫婦の手によってずいぶん早くできて感謝するとともに、譲りということが少しできてうれしく思いました。

 お仏壇のない家庭ではこんな風に祭壇の準備やら丸1日がかりの墓参りだとか、関係なく遊べる三連休、くらいに思われているのかもしれませんが、先祖まつりの時間なのです。そして終戦記念日もちょうどこの時期、死者を偲び今の幸せをより深く感じられる時だと思います。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-16 21:35 | しみじみしたこと | Comments(0)

夫の恩師の転居通知に

 夫の小学校時代の恩師から転居通知のはがきが来ました。
 夫が出来の悪いやんちゃ坊主だったころに担任をしてくださり、さんざん手を焼いて?臨海学校では一緒に寝てくださったこともあったとか。
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大変頼りになるしっかりした先生で、義母も時々教育相談に行ったり、また友の会で習い覚えたケーキを焼いてお遣い物にしたりしたこともあったのだと聞かされています。

 ご主人を亡くされて、関東地方に住むお子さんを頼って倉敷を去って何年か。さらに転居とは、とよく見ると、どうやら老人ホームに入居されたらしいことがわかりました。
 「遊びにおいでください」とあるのを真に受けて夫、「会いに行きたい」とのたまう。埼玉県ですぞ。
 電話番号があったので、まずは先生がどんなご様子か本人と話したら?と言い、そこへかけてみると、どうやら生活指導員みたいな男性の携帯でした。本人の電話はたぶんわかっていても教えるわけにいかないのでしょう、手紙でも書いて教えてもらうしかないみたいです。
夫、書くのは苦手なので、そこは文才のある??しかもパソコン得意の私が代筆(いや、代キーボードか?)して、小学校時代の先生と子供たちの古い写真と、10年くらい前の同窓会の時の記念写真、そして私たち夫婦と孫の写真を入れ込み、お電話番号をお教え願えませんか、と書いてお手紙にしました。
 先生、要介護だとか認知症だとかになっていなければいいのだけれどと案じています。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-07-28 23:22 | しみじみしたこと | Comments(0)

児童虐待を防止するには

 6月14日(木)、倉敷健康福祉プラザのプラザホールにて、倉敷市の倉敷地区民生委員児童委員の研修がありました。
 型どおりの収支報告などの後の講演では、倉敷成人病センターの小児科主任部長であり、専門が小児神経学、障碍児医学という御牧 信義(みまき のぶよし)先生の「子どもの虐待と貧困」についての話をうかがいました。

 つい先日も東京都目黒区で5歳女児が非常に悲しい状態の虐待死の事件があったばかりとあって、興味深々でお聞きしました。
以下、私の備忘録として。

まずは虐待の定義。
  ・身体的虐待
     ・乳幼児期の頭蓋内出欠や骨折、窒息、火傷、栄養障害
     ・低身長・低体重等発育不良
     ・不自然なけが、やけど、顔面の傷
     ・鍼灸混在する傷跡、繰り返すけが  
     ・発達遅滞(認知、言語、運動)
     ・自尊感情の低さ
     ・大人の顔色をうかがう、警戒
     ・無表情、凍り付くような凝視
     ・人間関係不良、攻撃性、動物虐待
     ・脱衣の拒否、夏に長袖
  ・性的虐待
  ・ネグレクト
  ・心理的虐待

・・・先日の虐待死の子の様子もこの身体的虐待にはまるところが多いようです。虐待の定義は「親はいくら一生懸命であっても、その子をかわいいと思っていても、子ども側にとって有害な行為であれば虐待なのです。我々がその行為を親の意図で判断するのではなく、子どもにとって有害かどうかで判断するように視点を変えなければなりません」

・・・「虐待と認識することは「子どもと家族への援助のきっかけ」だと認識する。

医療関係者へのかかわり方はここでは置いて、民生委員児童委員のかかわり方は

  地域作り
  良いお節介
  声かけ運動

虐待をする親をどうしたら救えるか、その時期というのは、出産直後にもあるということから、周産期、いや母子手帳を受ける時期から、困ったことのあるおかあさんへの相談窓口をたくさん用意する事。

 虐待の主な原因は「貧困」であること。
 貧困には、食べるものにも困り、外見からも明らかに貧困と分かる「絶対的貧困」と、貧困ラインに満たない生活を余儀なくされるという「相対的貧困」がある。
 「貧困ライン」とは、国民の可処分所得を順番に並べた時にちょうど真ん中に来る所得額(中央値)の50%。2012年の日本の貧困ラインは1人当たり122万円。
3人世帯(親1人、子2人)の場合、207万円=月額17万円
これは最低限の衣食住は満たされるが、教育や未来への投資は困難。→これが貧困の連鎖の原因。

子どもの貧困の解決は未来への投資 (経済同友会)
・国連で採択され、加盟国が2030年に達成を目指す17の目標のうち、1番目が「貧困をなくそう」。

平成30年11月30日(金)倉敷市民会館
    12月1日(土)川崎医療福祉大学にて、「日本子ども虐待防止学会」
毎年1回開催、岡山県での開催は初めて。

 先生の児童虐待防止への真摯な取り組みが伝わり、とても感銘を受けました。
 と同時に、私たち一般の人間に出来ることは、身近に児童虐待を疑うような子どもを見かけた時、見過ごさないで少なくともほかの人に伝え、「変だね」ということを確認し合い、1人で抱え込まないで相談窓口、例えば市役所2階にある倉敷子ども相談センター(086-426-3330)へ連絡する事。FAX086-427-3335



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by kurashiki-keiko | 2018-06-15 02:10 | しみじみしたこと | Comments(0)

映画「万引き家族」を見て

封切り間もない話題作とあって、広いシアターがほぼ満席でした。
テレビなどでカンヌ映画祭で最高賞を受賞したとの評判と、予告編でいくらかの予備知識はあったものの、大変考えさせられる映画でした。私も民生委員ですけれども、民生委員が訪ねてくる一場面もあり、役割の重さ、大切さもまた考えさせられました。
 先日見た山田洋二監督作品の「家族はつらいよⅢ」の、色々あるけれども幸せなごく普通の市民生活を送る家族の在り方とは全く違う、一見「家族」として暮らしている家族の、実は、という驚きの真相。
 だけれども、家族とは血のつながりだけか?という疑問。子のない夫婦が特別養子縁組で子供を迎えるという事例もある様に、わが子として育てられた子供は、血はつながらなくてもたっぷりの親の愛情を受けて育つに違いありません。お金はなくても、血はつながっていなくても、「家族もどき」であっても、何気ない日常の会話やふれあいが、人として暮らしていくためにどれほど大切な事なのかと考えさせられます。
 先日のNHK「ためしてガッテン」でも、認知症を防ぐための手立てとして最も大切なのは、「つながり」であったことが分かったとの事。運動よりも何よりも人と人とのつながりがいかに大切であるか。幼児であっても年寄りであってもそれは同じことだと思います。
 つい最近あった5歳児の痛ましい虐待死。頼るべき親に虐待される幼児がここにも。実の親にひどい仕打ちを受けてきた子供が、ニセの家族に水着を買ってもらうシーンの更衣室内でそれまで受けてきた仕打ちがわかることがありました。私の身近に愛情を注いでいるちょうど同じくらいの孫がいるだけに、その子供の哀れさに胸が締め付けられるようでした。
 子どもはどんな子供であっても、温かな大人の庇護のもとに育ってほしいと心から願います。
 また、最後のあたりで、お互いに他人であっても、それぞれがかばい合うシーン、むちゃくちゃな暮らしをしてきた彼らですが、強いつながりがあったのだなと、それだけは救いだった気がします。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-10 12:55 | しみじみしたこと | Comments(0)

夫の手書き「おさらいノート」

 本棚の整理の続き。先日あらかた値の張りそうなハードカバーの本を古書店へ持参し、残りはアルバムやら子供の卒業アルバムやら同窓会名簿、日記の類になりました。それらの間にあった古いノートの束を取り出してみれば、それは夫が子供たち3人の小学校低学年時代に課していた漢字と算数の手書きの課題でした。それぞれに毎日2ページ分ずつ、よくまあ。私も少しだけは出題したことがありましたが、とても続かず、夫がずっと手書きで問題をこしらえてやらせていました。長女のノートが一番多くて7冊、少ない子は4冊。元はもっとあったかもしれません。私がノートをまとめて紐で合本にしていました。こちらに新築し引っ越した時代からずっとそこにあったのを捨てられずに今まで来たのです。
 長女の所の孫はもう高校生になりましたが、母親の小学校低学年のこんなノートを見てどう思うでしょう。長男のところの孫は3年生だからちょうど父親がこのノートの課題をしていた時代になります。いずれにしても、子どもたち本人に一応見せてから、それぞれに処分してもらおうかと思います。

 19日(土)、昼間、たまたま旧知の近所の人に「樋口恵子氏講演会」のチラシをお見せしに行き、チケットを買っていただきました。その時に亡くなった奥様の蔵書を、つい先日資源ごみとして(たぶん)出してしまったということを聞き、古書店にもコミックの新しいものしか買い取ってもらえないところや、ほんとうの意味の古書を取り扱うお店があること、資源ごみにしてしまうのはもったいないと思われる著書ならそういう古書店に引き取ってもらったら全国の古書店ネットワークから探してお客様が来られることもあるようだ、と私の思いを話しました。
 その人は、書籍以外にも奥様のつけていた家計簿も資源ごみに出そうかと思うが、娘に見せてからお母さんがこんなに細かく熱心につけていたことを知ってもらったうえで処分したい、と言われていました。
 
 夫の手書きノートといい、ご近所さんの家計簿といい、手間をかけて丁寧に記したものは捨てがたいものですね。

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by kurashiki-keiko | 2018-05-20 01:02 | しみじみしたこと | Comments(0)

片付けに伴うお宝発見!?

 居間の本棚を片付けて、思わぬものも出てきました。
剣道の賞品メダル。低学年の部の3位と書いてありました。どうやら次男が何かの大会で珍しくいただいたもののようで、ケースがすっかり埃だらけになっていましたが、きれいに拭いて、次男に渡すことにしました。
 それから、同じくほこりだらけになっていたメキシコみやげのアステカの模様の石板を模したもの。これは紛れもなく長男の卒業旅行のおみやげ。ところが、土曜日の会食の時に長男にそういうと、「え?」と、すっかり忘れていた模様。だって、メキシコに行ったのはほかにいないもの。と言うと、アメリカから数時間行っただけなのになあ、との答え。でも間違いなく長男のおみやげなんですけどね。
 それから、長男が高校時代に怪しげな?文芸部に所属していて、文化祭に作って売っていたという小冊子の漫画やらエッセイ?小説?などが入った物。渡すと、「えー、これ、どこにあった?懐かしい」と言って持って行きました。
 それから、私の卒論原本。何年か前、保存していた大学図書館がもう満杯になったのか、本人に返すか処分するかを選択してくれとのことで、返してもらったものです。それと、学生時代の、当時はもちろん原稿用紙に手書きしたレポートも。曾祖母が撚ってくれた和紙のこよりで綴じてあります。中身は読み返していませんが、こちらは宝物です。
 レポートの原稿もさることながら、それを綴じている「こより」が私には大切なのです。ゼミの先生が、ホチキスで止めたものよりも穴をあけてこよりで綴じたのが好きだと言われ、自分でこよりを撚ることが出来なかったので、たまたま体が弱って寝た切りに近かった曾祖母の手すさびにと、頼んだのです。祖母が用意してくれたらしい真っ白な和紙で、それはそれは見事にぴんと撚ってくれたこよりが、薄いハンカチか何かの空き箱に整然とたぶん100本くらい入って届けられました。まさかそんなに数は必要なかったのですが、以来私のレポートは原稿用紙に4つの穴をあけてこよりで綴じたものになったのでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-05-12 22:54 | しみじみしたこと | Comments(0)

本棚の片付け

 居間の作り付け本棚には、入居以来ほとんど動かしていないものも含めかなり古い本があります。
昨年は私の大学時代の資料本ともいえる岩波の古典文学大系の一部やら、母からもらっていた瀬戸内寂聴訳の源氏物語全10巻だったか、などを古書店に持って行き、1万円ちょっとになったのでした。
 で、残っていた岩波の古典文学大系、これはいよいよというか私の卒論であった平家物語上下巻やら、平家関連の図録だの、第4版広辞苑だの国語辞典、それから夫と私の同窓会名簿の古い版何冊か、それになぜか玉野市史やらの郷土史みたいな本、大学関連の資料集みたいなの、昔行った文楽だののパンフレット類、などなど、その当時は大切だったけれどもここ何十年かは触っていない本の数々。片付け、断捨離とは過去の自分との決別を意味するのかなと思いました。2,3年くらいでは捨てられない大切な物でも何十年もたつと、ようやく思いきれるようになるのでしょうか。
 残すものはアルバムと日記。
 後悩ましいのは40冊になる家計簿。かつては「家事家計講習会」の選手(発表者)になった時などにその家計簿をずらーりと並べるのがあこがれであり目標でもあった時期がありましたし、昨年はお客様とのフリートークの時間に若い時代の家計簿を持参して見せたりしたのも説得力?になってそれはそれで面白かったのでしたが、その置き場を確保することがこの先出来るのか?
 とりあえず今回はまだゴミには出しません。
 本棚から出した上記の本は紐で縛って裏の自転車置き場兼物置へ置いてあります。折を見て古書店やら市の環境センターへ持ち込む予定。
 あと、2階納戸にある和ダンス。子どもたちの結婚式も終わったので留袖はもう着ないし、着物を着るようなお茶だとか観劇などの趣味もないし、外国へ行って盛装するような機会もさらさらないし。母は自分の着物はほぼ売り払ったけれどこれは高価ないい着物だからと最後にとっときの着物、というのをくれたけれど、それもまた和ダンスにぎゅー詰めにしただけで着る機会は今のところありません。私の成人式は大学の寮から参加したので黒のスーツで行ったし、卒業謝恩会に来て出た中振袖は、結婚披露宴に着たくらいで、娘も成人式に着物はいらないから旅行代をだしてくれ、と外国旅行に行ってしまいました。何年か前に友の会のお友達の娘さんに貸して、と頼まれて喜んで何枚かお貸ししたのがあるくらいで、ほんとうに出番のない着物たち。娘にも喪服だけ作ってやったけれど、もう身内のお葬式にも喪服を着る人は本当に少なくなってしまっているようです。
 悩みに悩むけれども、この際リサイクルに出そうかしら。


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by kurashiki-keiko | 2018-05-12 22:05 | しみじみしたこと | Comments(0)