カテゴリ:元気が出たこと( 26 )

孫のハッパでお片付け

 土日の夕食は二世帯住宅の長男一家がこちらへやってきて食べることになっています。
で、9月29日(土)、いつものように夕食を食べ、お嫁さんが食器を洗い、私はデザートのぶどうを洗うなどしていて、いずれ二世帯をチェンジするのに片付けないといけないのになかなかできないね、という話をしていました。
 お嫁さんは先日幼稚園で片付けの話を聞き、ちょうど友の会の井田典子さんがよくお話されている「だ・わ・へ・し」と同じことを言われたのだそうです。つまり、片付けたい物全部「だす」。出して並べてみて、いるものといらないものとを区別して「分ける」。そして「減らす」、最後に「しまう」。理屈はわかるけれどお嫁さんも私も大の片付け下手。
 そして台所と食事室を分けるカウンターが、引っ越し直後は子どもの宿題コーナーのつもりだったけれど、今は物置になっていることを離すと、もうすぐ5才になる孫娘が、まだ幼稚園年少なのに「私、ここで宿題をしたい。おばあちゃん、お片付けして!」と言い出しました。
 私「では、ほこりは下の方へ落ちるから上の段からね」と、カウンターの上段から片付けを始めました。使わないのになぜか3台もある防災用含む小型ラジオ。1台残してリサイクルショップへ持ち込みの箱へ。
 孫のハッパは続きます。洋服についていた予備のボタンが数個。孫のおもちゃを兼ねたボタン入れの缶へ。多数の廃棄書類。その当時はちょっと取っておきたかったけれど、時間がたつといらなくなったもの。小さなものでもきちんとそれなりの巣て場へ持って行くのが面倒でつい置き去りになっていたもの多数。孫は興味津々で、それらの置き場、つまり資源ごみの金属、ガラス、乾電池などの置き場を知りたがり、その都度教えました。リサイクルショップへ持って行くための箱が玄関に置いてあったのでそこまで何往復もしてくれました。

 結果、この半年くらい片付いていなかったカウンターが、片付きました。まだ4才の孫がこんなにも粘り強く付き合って片付けてくれるなんて、感激でした。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2018-09-29 22:48 | 元気が出たこと | Comments(0)

大先輩の「ぶりがついて」に影響されて。

 6日(月)の最寄会では、例によって持ち寄りで材料を調達し、夏休み中の子供たちを交えてのカレー、甘酢漬け、ミルクゼリーづくりをしました。神戸から転入のSさんにデザートをお任せしたところ、スモモのジャムのかかったレアチーズケーキが出てきておいしかったこと。
 その時の話題で、大先輩86才の人が、セールに出していた鍋つかみを買われた人から、消耗したのであればまたほしいとの注文を受けたとの事で、「ぶりがついて」すでに裁っていた布でいくつも作り、さらにエプロンを縫おうと思うので、と、送迎をしていた私が帰りに手芸屋さんにお付き合いしてエプロンの端切れを基に糸を買うのに同行しました。私は糸の売り場でいろいろ見るのかと思ったら、見本帳みたいなのを出してもらい、それと端切れを見比べて買われていたので勉強になりました。

 それはともかく、その「ぶりがついて」というのを聞き、私も頑張らねば、と「ぶりがついて」、怠け心にはっぱをかけて、火曜日、買っておいたスモックエプロンの布を出して裁断と、ポケットとダーツ、紐を縫うところまでしました。
 また、10日(金)は夫が講座でバス旅行に出かけたのでしめしめ、と、縫い物に当てることに。
 火曜日に縫っていた紐がなんと幅が太すぎて、ほどいて縫いなおしたら11時過ぎまでかかって大失敗。しかし、夫がいたらお昼で片付けて食事の支度にかからないといけないところ、1人の気楽さで縫物は広げたまま、冷凍保存していたラタトゥイユや昨日の残りの和え物などで済ませ、午後の作業へ。
 3時半からは孫の見守りがあったので、紐通しの穴かがり2か所と袖付けの袋縫いまでで終了。袖と身ごろがつながっただけでなんだかスモックエプロンぽくなってきました。
 せっかちな私、一気に仕上げてしまわないと途中で飽きてしまいそうですが、そこをなんとか辛抱して最後の完成まで少しずつ、少しずつ、というのがこの洋裁仕事ですこしだけ成長できたところかなと思います。
d0031853_23325092.jpg

[PR]

by kurashiki-keiko | 2018-08-10 23:33 | 元気が出たこと | Comments(0)

民生委員制度創設100周年記念大会、星野仙一氏講演

 11月13日(月)、倉敷市民会館で、民生委員制度創設100周年の記念行事がありました。先般岡山市でも県の方の行事が、知事さんなど来賓のもとで行われたと、テレビのニュースでありましたが、こちらは倉敷市の方です。
 
d0031853_22380037.jpg
緞帳が上がると、来賓の市長、市議会議長、県の民生委員委員長(津山市、女性)などなどの並ぶ中、会長表彰があり、第2部ではプロジェクターにより民生委員制度の成り立ちの映像を見せてもらいました。民生委員制度は岡山県で100年前に始まったそうです。
1917年(大正6年)、当時の岡山県知事笠井信一が天皇陛下から県下の貧しい人々の状況を尋ねられたことから、調査したところ県民の約1割が貧困に苦しんでいることが分かり、ドイツの制度を参考にして「済世顧問制度」を開始、これがもとになったそうです。

 第3部は記念講演会。講師は楽天球団取締役副会長の、地元倉敷出身の星野仙一氏。
d0031853_23001707.jpg
ちょうど前日に岡山市で、野球殿堂入りのお祝いの会があったと、帰宅後のテレビで知りました。この日も倉敷商業時代の同級生たちと飲み会があるとの事でした。ステージに現れると、父親の顔も知らないくらいに早く亡くなったこと、頼まれるとついよい返事をしてしまう習性があるために、甲子園出場していた倉敷工業ではなく倉敷商業へ来てくれといわれてつい倉敷商業へ進学したばっかりに甲子園へ出る機会がなかったこと。そして進学先の大学(明治?)では野球部員が200人くらいいて、グラウンドに入れるのは甲子園経験者ばかりだったこと。自分はバッティング練習要員のピッチャーだったけれど、監督の目を引くように力を込めて打たせない球を投げていたところ、監督に認められたこと。「ここぞというチャンスをとらえるのが大切」という星野さんの教訓。
 お母さんは阪神ファンだったので阪神に行きたかったのだけれども、阪神が指名したのはイケメンで同世代の田淵幸一だったこと。その後田淵をグーンと追い越したけどね、との話。
その当時、テレビ中継といえば巨人戦ばかり。しかも試合開始は6時20分ごろでテレビ中継が始まるのは7時。それまで約2イニングをなんとか投げて、テレビに映れば故郷のみんなが見てくれている、何とかテレビに映りたいという一心でがんばったのだとか。
 ところどころに笑いを盛り込み、行きつ戻りつ、ちゃんとした流れとは言えませんでしたが、とにかく人を引き付けるお話で、満席の場内が沸きました。阪神を野村監督に頼まれて引き受けリーグ優勝へ、また弱小球団だった?楽天を3年目にリーグ優勝など、選手への声掛けの話。選手をうまく「乗せる」やり方に感心。
 あっという間の1時間の講演でした。
 一芸に秀でる人の話は本当に味わい深いものだなと思いつつ、4時過ぎ家路につきました。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-11-13 23:14 | 元気が出たこと | Comments(0)

セール御礼

大勢のお客様に来ていただき感謝でいっぱいです。

これまでの1週間ばかりは目の回るような忙しさではありましたが、80代の高齢にもかかわらずドライカレーの材料を刻んだりグリッシーニを焼いたりして、当日はエプロン売り場にもたってくださった尊敬すべき大先輩会員も、「わくわくするわ」と言われていました。同じ最寄にこの人がいらっしゃるのはありがたいことです。
 これまでも毎回感じていることですが、一人の力は小さくても、一人一人の力を合わせると大きな行事が出来ていくことの感動を今回も感じました。平凡な主婦の団体でも、こうした行事をやり遂げることが出来るのは大きな自信であり喜びです。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-07-12 02:34 | 元気が出たこと | Comments(0)

小学校の運動会見物をして

d0031853_22023114.jpg
孫の小学校の運動会の見物(あえて見学とは言わない)に行ってきました。幸いお天気も良く、日差しはきつかったけれど無茶苦茶な暑さというわけでもなく、良いコンディションでした。
 息子が敷いてくれた敷物は前から2番目。なので後ろの人の迷惑にならないように、息子持参の椅子は使わず敷物にべったり。息子はというと、一眼レフデジカメに望遠レンズを取り付けて持参の脚立の上で孫を狙っていて、敷物に一緒にいることはほとんどありませんでした。孫の出番は全員参加の大玉転がしのほかには写真の「でかパンリレー」と、ダンスのような「表現」というジャンルのものと、コーンを回ってきてわっかをつなぐリレー形式のかけっこの3つ。さすがに脚立の上に立って望遠レンズで狙った息子の画像はなかなかのもの。何百枚の中からのセレクトで10枚ばかりをもらいました。
d0031853_22020403.jpg
昔の、私たちの子供時代の運動会と様変わりしたのは、リレーが色分けの鉢巻きではなくて色別のベストを着て走ったこと。見やすくて確かにわかりやすい。あと、入場門、退場門が写真のようなのに変わっていたこと。昔は紅白の布を巻いたものだったような気がします。またアウトドアに慣れた親が増えたからか豊かになったのか、運動場の外周にはテント村?が出現したこと。簡便な、人が2人も入ると一杯になるようなものから、本格的に3畳から四畳半くらいあり、中にテーブルのセットまで置けてネットで囲われたような本格的なものまで。その中でお弁当を食べるのでしょうが。あとはディレクターチェアみたいな折りたたみいすを持参する人も多いこと。
 学校の規模は児童数が500人ちょっとだそうで、運動場に親たちがギューギューというわけでもなくて程よいにぎわいでよかったのではないかと思いました。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2017-05-27 22:36 | 元気が出たこと | Comments(0)

孫も覚えたカープ応援歌

 先日長男夫婦と孫、次男たちが広島マツダスタジアムに、すでに優勝が決まって消化試合になってしまった時期でしたが、観戦に出かけてきました。そこで、時々2歳の孫を預かるときにたまたま思いついてスマホでカープ応援歌を見せたらすっかり気に入り、何度も何度も見せて、とせがみました。
私は若いころに大阪にいたことがあるせいか、「六甲おろし」は歌えるのにカープ応援歌は知らなかったので、一緒に歌っていて、気が付けば口ずさむようになっています。知らなかったなあ、小林克也さんも秋野煬子さんも広島出身だったなんて。風見しんごさんはNHKラジオの番組でカープのこととなると熱が入るようですが。
 孫も日曜日に一緒にご飯を食べるときに、食後そのあたりでごろごろしながら回らぬ口で歌っているではありませんか。
いよいよ日本シリーズに参戦。
応援歌にも熱が入るようです。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2016-10-17 01:38 | 元気が出たこと | Comments(0)

吹奏楽部のコンサート

 私たち夫婦の一番上の孫、mioもはや中学2年生。吹奏楽部でホルンを吹いていますが、昨年はこちらの用事で発表会に行けなかったので、今年は喜んで出かけました。
 会場にはどうせ親たちが行くだろうから駐車場がいっぱいにならないうちに、と早めに。おかげでそのホールで倉敷の地元出身のピアニスト松本和将トリオのコンサートがあるのを見つけ、クラシックにしては安いので迷った末にチケット購入。
 娘はほかの親たちと一緒に受付で世話係をしていました。
 プログラムは1部から3部まであり、ものすごく上手、とは言えないけれど、日頃の練習の成果を存分に見せてくれ、また客席に出てきての盛り上げのダンスなどもあり、最後に3年生の引退セレモニーありで涙もあり、でいろいろと青春前期を精一杯楽しんでいる様子が見えました。d0031853_785188.jpg
d0031853_79743.jpg

d0031853_792252.jpg
[PR]

by kurashiki-keiko | 2016-09-21 07:09 | 元気が出たこと | Comments(0)

味野小学校の同窓会の準備会

  前回から6年目、小学校の同窓会の準備会が、偶然ですがわが家のすぐ近くの市民交流センターの会議室をお借りして開かれました。集まった世話人は10人。
 しかし、当日孫娘さんの発表会が東京であるとかで、1人は当日都合が悪くなった由で、お詫びにとミスドのドーナッツを持参。
 それはともかく、前回4月18日期限で案内の往復はがきを出していたところ、出席は50人ほど、恩師は2人から出席の返事をいただいていました。
 恩師お1人と、女性の同級生お1人の逝去が返信に書かれていて残念なことでした。恩師と言うのは私の6年1組の担任だったM先生。昨年11月に亡くなられたそうです。6年前には学年全体の同窓会の時には用事で欠席されたのが残念だったので、私が発起人になってクラス会をして、その時は元気なお姿を見せてくださっていました。その時お会いしたのが最後になってしまいました。しておいてよかったです。
 欠席の返事の人の近況報告は最初のころと違ってほとんど書かれていなかったのが淋しいところ。書いている人は健康のこと、介護のこと等。
  さらにもっとさみしいのは、うんともすんとも、返事がない人が80人?ほどもいたとの事。せっかく労を取って案内状を出している世話役に対してなんと失礼な。(と思うのは世話役の一人だからでもあるのでしょうが) 
 もしも迷っているのならば、わたしならそのはがきをカレンダーとかに貼り付けてなくさないようにしつつ、考える所です。多分、はがきをぞんざいに扱ってどこかへ失くしたとかいう人もいるのでしょうし、返事なんて出さなければ欠席扱いになるさ、と簡単に考えている人もいるのかもしれません。
 私が小学校時代に文通していた遠隔地の2人はさいたまと九州、どちらの人も欠席とのこと、大変残念。
  しかし、大分在住の人が、朝4時のフェリーに乗って四国経由で出席するとお返事があったとの事。要は「行きたい、みんなに会いたい」という熱意があれば、距離・時間・経済は克服できるものだと思いました。
  また、近場の人で当日その日だという事を(もう年なので)うっかり忘れる人がいるかもしれないので、お互いに電話作戦で呼び出そう、とも。
  
 世話人で集まるこうしたミニ同窓会?もなかなか楽しいものです。

 最終打ち合わせは1週間前に現地で、と約束が出来て分かれました。初回ほどの盛り上がりには欠けるのは致し方ないとしても、出来るだけ大勢の人に来てもらいたいものです。
d0031853_20242380.jpg
こちらの記事は前回2010年6月6日の記念写真を山陽新聞の「つどい」欄に投稿、掲載していただいたものです。(クリックで大きくなります)
今回は少しでも料金をおさえようと、これまでと趣を変えてスパリゾートに設定しています。入浴も楽しめます。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2016-04-24 16:39 | 元気が出たこと | Comments(0)

尾道で元気なお年寄りに出会って

 1月9日(土)久々に尾道へ出かけました。いつもの小ぢんまりとした和食やさんでいつもの刺身定食、それにナマコの一鉢を追加して。
商店街を抜けて土堂小学校へと向かう歩道橋の上からの写真です。
d0031853_04012988.jpg
d0031853_04035359.jpg
歩道橋の階段のところで、高齢女性が出会ってご挨拶をされているのを追い越し、土堂小学校の下の所を抜けて細い石畳の道を行きました。すると、先ほど挨拶を交わしていた白髪の女性が玄関へ入るところで、夫が階段でつまずいて転びかけ、その人が振り向いて長話が始まりました。
長いこと尾道に何度も足を運んでいますが、土地の人と長い話を交わしたのは2度目くらい。瀬戸物屋の「もめんく」の90代ご夫婦と、今回。
 その人は、なんと両ひざに人工関節が入っていて、腰のあたりにはボルトが4本入っているけど、元気元気、毎日階段の道を上り下りしているのだもの、と、屈伸運動やら上半身をぺたりと曲げて見せるやら。75歳過ぎだそうでしたが、元気じゃないとここらあたりでは暮らしていけないから、まあ足なんか見てよ、筋肉でパンパンだから、と太ももの当たりをさわらせてもらいました。引き締まった筋肉がふれました。また、分厚い防寒用スパッツやレッグウオーマーを両足の膝までめくって傷跡を見せてくださいましたが、両ひざに深く長い手術跡がありました。
 「手術の頃は歩けなくておつらかったでしょう」、というと、「そりゃ辛かったけど、車椅子が2日、杖が1日(だったか)、入院中に朝晩1番にリハビリに行って、ほかの人がしない、出来ない事でもどんどんしたからこうして元気に歩き回れるまでに回復したのよ」、と話されました。お1人暮らしのようにお見受けしましたが、外出して人とあってこそ元気が出るとのお言葉、近頃運動不足気味の夫も私も大変励まされる思いでした。
d0031853_04140958.jpg
その人のお宅のすぐ脇にある二階井戸。下まで降りなくても水が汲めるようにと高い所からも井戸が見えます。
d0031853_04152591.jpg
人が2人ならんで通るのもやっとの路地が続きます。
d0031853_04162560.jpg
暖かいのか、アロエの花が咲いていました。


d0031853_04171262.jpg
山門から海岸が見える、多分小津安二郎監督の「東京物語」の法事のシーンで出てきた山門ではないでしょうか。


d0031853_04182450.jpg
しばらくお寺のつづく細道を歩いてから、線路下をくぐって帰りました。
坂道脇の家に暮らすしゃっきりした女性に出会って話を聞けて良かったお出かけでした。

[PR]

by kurashiki-keiko | 2016-01-10 04:20 | 元気が出たこと | Comments(0)

ステンシルの会にて

 3日(月)、矢掛町から北へ山坂登って行った先のほう、美星町のHさんの別宅にて、今年はステンシルの原画をスケッチする会がありました。
 私は日帰り参加でしたが、6人は前の日から泊まったそうで、近くの天文台・プラネタリウム?に行くと自分たちだけかと思ったら駐車場がいっぱいになっていてびっくりだったそうです。
 猛暑の中を行ったのですが、標高が320m位、吹く風がさらさらと涼しく、遠くでウグイスが何度も鳴き、セミも遠くでなくのは近くでうるさくなくのと違って涼しげ。
 それぞれに気に入った植物を手に、スケッチしました。

d0031853_33905.jpg
d0031853_3391197.jpg
私は深い軒の下のウッドデッキでこちらを写生しました。日頃こんな風に植物を観察したり写生したりする機会はないので、どう描いたらよいものやら、どの角度から描くか、どの部分を描くか、苦心し、この絵を元にして強調したり省略したりして少しデザイン化し、渋紙に移してカットして穴をあけ、その穴に刷毛で染料を刷り込んでステンシルが出来るのです。
 私は結局はこの2枚は使わず、ヘクソカズラ(名前がかわいそう)のツル草を図案にして試し刷りまでをしました。

d0031853_423130.jpg
こちらは帰宅後。庭のほおずきのさや?がきれいに透かし模様になっていたのでちょっと添えてみました。
24日(月)に2度目がありますが、その時までにそのステンシルを染めるもの、ブックカバーとかはがき、エプロンなどは布を用意することが必要です。
[PR]

by kurashiki-keiko | 2015-08-05 03:46 | 元気が出たこと | Comments(0)