カテゴリ:うれしかったこと( 254 )

「同じ釜の飯」同期会の感慨

 
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こちら、1969年の夏の合宿の時の記念写真です。場所は当時合宿を受け入れてくれていた牛窓の本蓮寺の庭です。真ん中の若い男性は、現在ニューヨークシンフォニックアンサンブルでご活躍中の指揮者となられている高原守氏。当時はグリークラブの顧問でした。
 ちなみに私はというと、最前列右から2人目の黄緑色のショートパンツ姿。
現在のメンバーはとても少ないと聞いていますが、当時は部員80人ほどの大所帯でした。
そんなわけで、同期生が20人ほど。
 ありがたいことに、このところ毎年幹事をしてもよいと言ってくれている人がいて、今年は泊りがけでこの写真を撮った地でもある牛窓へ出かけました。
 岡山駅から赤穂線に乗って、邑久駅で降りる、・・・はずが、おしゃべりに夢中になりあれ、とおもったら乗り過ごし、終点長船まで。長船で降りて次の列車は?と聞くとなんと、同じ列車がそこで折り返し運転になるとのことでよかった、また乗車して邑久駅で下車。
 ところがバスにあとちょっとの所で乗り遅れ、牛窓まではタクシー乗り合わせて3,140円でした。
 宿は、3連休ということもありホテルリマ―ニは一杯ということと、ツインとシングルではみんなでワイワイできないということで、古い旅館「とみ川」。新鮮獲れたてのお魚料理が自慢。お風呂は沸かし湯でしたがまずまず。設備面では洗面所が廊下一角にあることと、特にトイレが汲み取り式というのが今時少しテンション↓…。

今回の目玉は、大潮の干潮の時にだけ渡れるという「ヴィーナスロード」。
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 渡船が出るまで暑いのでホテルリマーニのラウンジで待たせてもらいました。果物を凍らせた氷を削って作ったかき氷、1,200円+税。お高めではありましたが、全部果物からできている氷で、ふわーっとして美味しかったです。待っている間に目の前のテラスで結婚式があり、見物させてもらいました。

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 午後4時頃、この時期、この時間帯だけしか現れないというヴィーナスロード。貴重な体験でした。グループの女性を撮ってあげる代わりにこちらも撮ってもらいました。迎えの船に乗って帰り、しばらくしてみるともう、見当たりませんでした。


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 夜は新鮮なお魚料理でささやかな宴会。私たち一行のほかにはシニア男性一人だけの宿泊でしたのでほぼ貸し切り状態。ワイワイと食べ、少し飲み、部屋へ帰るとサッカーの3位決定戦を12時ごろまで見ながら就寝。ベルギーが勝ってよかったね。

 翌朝は暑いので10時のチェックアウトギリギリまで宿にいてから、朝鮮通信使の歴史などがみられるという牛窓海遊文化館へ。舟型のだんじりの横で説明をしていただき、お祭りでその船形だんじりの練り歩きや唐子踊りのビデオを見せて頂いたり、朝鮮通信使を描いた絵を見ながらの説明を受けたりした後、朝鮮の衣装をみんなで着せてもらって記念撮影。

それから柄本明さん主演の「カンゾー先生」のロケ地にもなった古い町並み「しおまち唐琴通り」を散策した後、ホテルリマーニで昼食。

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ヨットやクルーザーを目の前に見ながらのギリシャ風?海鮮料理。この日は地元では「ゲタ」と呼んでいる舌平目か鯛かを選び、オリーブを練りこんだパンなどと一緒にいただきました。
 ここでも帰りのバスが3時25分でその直前までしっかりおしゃべり。
非常に暑い日でしたが楽しい同期会でした。



みんな元気でバイタリティある人人
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by kurashiki-keiko | 2018-07-16 03:21 | うれしかったこと | Comments(0)

臨機応変、友愛セール

 この大雨災害に至る前日、実は倉敷友の会は友愛セールを予定していました。
その日、大雨・洪水警報が出て、子供が家にいる人はもしかしたら早退があるかもしれず、係になっていても出てこられない事態に。
それでも準備した商品をなんとか売らないと、という使命感と責任感で集まったシニア会員。
食堂は当初無理と判断されて、そのスペースで軒下でするはずだった贈答品を広げたり、野菜売り場を玄関に持って来たり。
係の人が電車が不通になり来られないでいると、お迎えに車を出す人がいて、遅れて到着。その時点ではもうすっかり店開きする体制が整っていて、係の彼女も感激していました。
 そんなこんなでてんやわんやではありましたが、友の会メンバーの危機管理能力と言いますか、応用力というのか、を示されてとても感動した半日でした。写真は友の会ホームページに載せていますのでこちらをご覧ください。

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by kurashiki-keiko | 2018-07-08 14:53 | うれしかったこと | Comments(0)

大勢のご来場に感謝

 6月22日(金)の樋口恵子氏講演会、願っていた倉敷市民会館の1階会場を埋めるいっぱいのお客様をお迎えすることが出来て感謝です。
 準備は前の日がコンサートのため使えず、朝8時40分集合でステージや受付などそれぞれの持ち場で出来るだけ能率よくテキパキと働くことから始まりました。私は婦人之友社の書籍や雑誌の入った段ボール6箱を搬入。売り場担当の仲間たちと机を出して本を並べ、後ろにボードを配置して、前日婦人之友社のホームページの画像から拝借してプリントしたポップ?を少しでもお客様の目を引くようにと掲示しました。
 雑誌「明日の友」編集部の人も来てくださり手伝ってくださいました。客席に通じるドアは締め切ったままで受付を始め、本を見て頂けるように配慮した結果、高年向けの雑誌「明日の友」のバックナンバーの特集記事に目が行く人もぼつぼつといらっしゃり、お買い上げいただけたのはありがたかったです。
 樋口先生のエッセイが連載されていることや、特集記事の見出しに興味を惹かれてよかったです。
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 特に229号の特集記事は「してよかった30のこと」というタイトルで評判がよかったようで、婦人之友社には残っていないとの事。取次店にあったのをようやく10部出してきてくれていましたが、「希少価値がある」といったおかげかその号は売切れました。

 先生のお話が始まり、売り場のメンバーもこっそりと後ろの方へ行かせてもらい、私も途中から階段の後ろで拝聴することが出来ました。本当に先生の頭の中には話したいことがぎっしりと詰まっているのだなと実感させられ、私のような狭い視野ではなく全世界的に、また日本の政治経済人口問題などなど様々な視野からのお話、目からうろこのお話ばかりでした。終盤私が退出した後に、羽仁もと子の事などを話されたと聞き、残念でした。
 最後の締めはいつ来るの?と時間を気にしつつ書籍売り場で待つことしばし、熱弁を振るわれ20分オーバーで心配しました。
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お疲れでしょうにサイン会もきちんとなさり、昼食会場の友の家へと向かわれたのでした。この日のお話は婦人之友社の人が許可を得て録音されたそうで、いずれ「明日の友」に連載中のエッセイと一緒にまとめられて本になるとの事、楽しみです

 来場されたお客様の中には、最初に私のチケットを買ってくださった中学時代の恩師やら、同級生、それに思いがけずパソコン講座のご縁のあった人などなど、それに高松友の会、豊中友の会ですと言われて書籍売り場に立ち寄られた人など、ほんとうに遠路からはるばるありがとうございました。御礼申し上げます。
 


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by kurashiki-keiko | 2018-06-23 23:25 | うれしかったこと | Comments(0)

広報くらしきに掲載

 講習会係が申し込んでいた講演会のお知らせが、このほど市内全域に配布された「広報くらしき」に掲載されました。

友の会員が一生懸命つてを頼ってお客様をお誘いしています。マスコミ各社には後援をいただいたとはいえまだまだご存じない人も多いだろうと思います。どうかこの広報を見た人は市民会館まで足を運んでもらえたらな、と思います。
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by kurashiki-keiko | 2018-06-08 21:59 | うれしかったこと | Comments(0)

寝たきり防止には運動よりも「つながり」だって!

 6月6日放送の「ためしてガッテン」を見て。
日頃1万歩を歩くというご主人と、文科系で運動は苦手、ピアノをたしなみ英語の詩を読む奥様の80歳代のご夫婦。寝たきり予防のテストを受けてみたらあらら、奥様よりもご主人の方が危ない、ということが分かったとの事。
 調べてみたら奥様はいろんなサークルで人とのつながりがいろいろとあったのに対して、ご主人は一人歩いたり体力をつけることには熱心だったのに仲間がいなかったということです。
 かくいう私、運動は苦手で、もともとは友達を作るのが下手で、話も下手なのですが、友の会という団体にいるおかげで、気の置けない友達がたくさん、それも上は80代から下は30代までいるということがとてもありがたいことです。それに合唱団やら、町内会やら、たまにしか会えないけれども同窓のお友達。学生時代の部活動・サークル仲間・寮生の仲間。確かに、それらの団体の中で私の居場所があるのがありがたいことです。
 TVの中のご主人様と同じで、うちの夫も退職後は人とのつながりがとてもとても薄いことが気がかりです。世の男性諸氏、似たり寄ったりの人が多いと感じます。仲間に入るのに垣根を作らず、出て行ってつながりを見つけてもらいたいな、と強く思いました。


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by kurashiki-keiko | 2018-06-06 20:40 | うれしかったこと | Comments(2)

しそジュース

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婦人之友6月号に出ていたしそジュース、赤紫蘇をスーパーで見つけ、早速作りました。お水2リットルからだったので大量にできてビックリ。常温で1年もつとのことなので、少しずつ楽しみます。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-06 19:02 | うれしかったこと | Comments(0)

息子の生産した「ちしゃ」(サニーレタス)を使って

 次男のお嫁さんが、「リーフレタスが沢山とれたから持って行きます」と言って、昨日4時ごろ届けにきてくれました。もちろん2歳の孫も一緒だったので、こちらの長男のところの4歳の孫も大喜びでしばらく室内を走り回って遊びました。
 その「リーフレタス」、昔からのこちらの呼び名では「ちしゃ」、畑ではなめくじだのダンゴムシだのがいっぱいついていただろうに、きれいに洗ってジップロックに入れてくれていました。洗うの大変だっただろうに。
 というわけで、昨日はキュウリやトマト、ツナ缶と一緒にサラダ。
 今夜はこちら。
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ちりめんじゃこと酢味噌和えにしました。いわゆる「ちしゃもみ」。酢味噌はかねて買ってあったお手軽のスティックタイプの物で少々手抜きカモ。
献立はこちら。
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メインは鰆の西京漬けをホイル焼きにしたもの。自分でテキトーに白みそとみりんとお酒を練り合わせて買った水曜日にガーゼに包んでおいたのでしたが、塩気が足りなかった。薄塩をしてから味噌でくるめばよかった。
煮物は、やはり水曜日に買い出しをした後に作った鶏もも肉のはちみつ醤油煮の煮汁と、椎茸のつけ汁を利用したもの。ゴボウ、こんにゃく、椎茸、人参と彩りのエンドウ。お昼に煮て鍋帽子®に入れておいたのでじっくり味が染みていておいしかった。それにわかめとお豆腐の味噌汁。
納豆もあったけれど出すのを忘れていました。
このところ割と料理がテキトーになりがちだったので、今日も手抜きと言えば手抜きかもしれませんが(酢味噌が既製品だったこと)、あらかじめ練り味噌に漬けておいた鰆の切れとか、鶏のはちみつ醤油煮の煮汁を利用とか、4日単位での計画性のある献立に自画自賛しております。

 そういえば、昨日だったかおとといだったかの新聞の広告に、実は怖いカップ麺だとかハムだとか加工食品の添加物についてのことが掲載されていましたけれど、よく見たら私、それらの加工食品、たまにハムをピザの時に乗せるくらいで、ほぼ食べたことがなかったのでほっとしました。素材を買って自分で調理するに限るなあとあらためて思いました。
 ちなみに明日の土曜日は、たまたまあった豚ロースの塊を紅茶豚に自分で加工したものをスライスするつもりです。偏食の孫、食べてくれるかな。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-01 23:22 | うれしかったこと | Comments(0)

映画「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」を見にいきました

 話題作、山田洋二監督作品「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」が封切りになり、昨日は孫の運動会だったので27日(日)、MOVIX倉敷へ出かけました。開店前で9時半に入り口があくため、駐車場側の入り口には20人ぐらいが待っていました。ドアが開くとどっと入店。私たちは3階から階段を下りて、1階からもどっと上がってくる人達。お店が開いてないということは、皆さん映画が目当て。
 券売り場に並ぶ人、私はネットで手に入れていたので券売機へ。とはいえ、駐車スペースの確保のため1時間ほど待ち。
 
 予告編もしっかりネットで見ていたのと、これまで前作を見てきているので、おなじみの平田家の皆さん。お母さんが高校時代にフラメンコをやっていたとは知らなかったなあ。夢の場面なかなかかっこよかった。泥棒役にあの釣りのスーさんの運転手役だった笹野高史さんが出てきたり、笑福亭鶴瓶さんがチョイ役で出てきたりと意外なところもありつつ、期待していた主婦の役割をしっかりと男性たちに認識していただけたかしら、と思うけれども、隣にいた夫、さほどの思うところもないと思うのは予想通り。

 家事労働は年収にして720万円くらいの価値があるのだとか。
ほんとうに、妻が家出してみると、靴下のありかもわからず洗濯機の使い方もわからない。ご飯は作れない、子どものお弁当も。
お昼にと中高生に1万円渡すお父さん。そんなだとたちまち給料は無くなってしまいそう。ちまちまと安い食材を工夫して手作りしてこそお金も貯まるというもの。そうして節約してお金を余らせてひそかにへそくりにしていてどこが悪い、ということですね。

 主婦のへそくりのこともあったけれども、この場合は40万ちょいだったけれど、皆さんどうなのだろう。

 

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by kurashiki-keiko | 2018-05-27 18:00 | うれしかったこと | Comments(0)

苦手な縫い物に挑戦

 3月に月に一度の洋裁グループに参加し型紙をもらったり布を裁ったりと、時間の許す限り1回2時間程度縫い物に当ててきて、この25日の製作品の衣の勉強会を迎えました。前日までにウエストを絞らないスモックを縫い上げ、夜にボタンホールとボタン付けをしてようやく完成。
 当日はエプロン類のテーブル、子ども・小物のテーブル、鍋帽子のテーブルと別れて席を取り、まずは全体で出来た作品を見合いました。ドキドキ。胸当てエプロンから、出来上がった作品を身につけてみてもらいます。続いてスモックエプロン。私のはMさんが横浜でもらったという型紙を写してもらったものでした。私流に、ポケットは両方にほしいので二つ。本家のMさんは一つ。自作のエプロンを身につけて皆の前に立つと、「誰が縫ったの?」。不器用で、これまで縫い物の方の製作品にはほぼ出すことがなかったものだからそう思われるのも無理はない。「私です。」
 全体でどんな作品が出ているかを見合った後、いよいよテーブルごとにこまごまとした部分の点検です。ベテランの縫い手でも、エプロンの裾の角の所に折った縫いしろがほんのちょっと出ている、と指摘があり、頼まれてそれを持参した人が、「言いにくい」と言うと「メモにして渡すのよ」とアドバイスする場面も。思わず私も胸当てエプロンの裾を見ましたら、斜めに折りあげてあったので問題なさそうで、ほっ。
 私のは胸当てエプロンのDかんの取り付け方について指摘がありましたが、縫い直しというほどでもなかったみたい。
 別の人の古いエプロンが、洗濯によって紐通しの部分が取れたということがあり、3回往復して縫い付けるところがうまくできていなくて、使っているうちに取れたらしいということでした。ぞんざいな仕上げだとそういうこともあるという例。
 ウエストの紐のないスモックエプロンに関しては、首周りの見返しのところが縫うときに伸びているのでは、と最初指摘されていましたが、着てみるとそうでもないようで、よかった。ボタンホールの手縫いの部分はきれいに仕上がっているとお褒めいただきとてもうれしかったです。前夜の夜なべ仕事に、2つほど練習してから本番の手かがりをしたのがよかったのでしょう。
 ただし、ボタン付けの方は、ボタンホールをしたのと同じ、布の色の穴糸でつけていて、「白いボタンには白いボタン付け糸を使う」とのご指摘。それはそうだと納得。結局はっきり駄目だと指摘されたのはそのボタン付けの糸の事だけだったので、私としては上出来の方でした。やれやれ。
 苦労して縫った工賃は胸当てで500円?時給にしたらずいぶんと安いものですけれど、スーパーあたりではものすごく安いエプロンが出回ってもいて、反対にデパートではびっくりするようなお高いものも売られています。一体適正価格とは、と思うこと。東南アジアあたりの安い労働力を使ってお粗末な布を材料にしたらお安いのもできるかもしれず、反対にビックリするくらいお高いデパートのは場所代とデザイン料が上乗せされているのかなと思います。
 しかし私のいる団体では働き着として洋服を汚さずに済むシンプルなエプロンを、丁寧な縫製の仕方で適正な価格で売ることを目指しています。こんな不器用な私にとってなかなか難しい縫い物です。しかしこの冬のセールに提出したスモックエプロンは売れたのがうれしく、柄選びがよかったのかなと思いました。この頃はエプロンをしない若い人が多いらしく、エプロンの売れ行きはなかなか厳しいものがあります。
 私にとっては、到底無理と思っていた縫い物が少しずつでも上手になっていくのがうれしいと思っています。また、縫うための時間をとるには「この日のこの時間は縫い物に当てよう」と決める計画性や実行力、時間を生み出す工夫が必要で、そういう意味での生活勉強にもなっています。
 
 
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by kurashiki-keiko | 2018-05-26 02:19 | うれしかったこと | Comments(0)

縫い物 洋裁グループにて

 毎月第4月曜日は基本的の会の洋裁グループの日で、これまで十何年も出たい出たいと思っていたのに翌日の委員会の準備が忙しい役目だったのでなかなか時間的に無理だとあきらめていたのです。ようやく昨年あたり、「白いスモックエプロンを縫いましょう」という呼びかけに答えて、子どもが生活団に入って以来もう40年ぶりくらいに白のスモックエプロンを縫い上げました。続いて孫の子供用エプロンを縫い、そして今回は、うまく縫えたらセールに出来るかと、胸当てエプロンを裁ちました。
 何しろ折り紙がきちっと折れないという性格なので、最後までうまくできるかはわかりません。が、何度も縫ううちに手が覚えるかと思って、縫ってみることにします。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-23 22:16 | うれしかったこと | Comments(0)