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鞆の浦を歩いて

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 私は家事と庭の木の剪定やら家庭菜園やらしたいことが山積みなのですが、夫は家にいるとなーんにもしてくれず、どこかへ出かけたい人なので、お付き合いして広島県福山市の鞆の浦へ出かけました。以前にボランティアガイドの主婦の方について回ったことがあり、気に入りの場所です。
 鞆鉄のバスの売店の駐車場に残り1台分だけのスペースが開いていたので車を止めると、駐車料金は500円ですが、1000円支払わされ、売店で何か買うと500円キャッシュバックすると言われました。
 そこから2ブロック先の所を山側に曲がり、歩き始めました。
 上の写真は沼名前(ぬなくま)神社です。鳥居の奥の右手には戦場に持って行ったとかいう移動式の能舞台というのがありました。今回は奥には入りませんでしたが。


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 日蓮宗のお寺です。この辺りには非常にお寺が多いなと思います。古い街だからでしょうか。


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手前の小さな石橋が「ささやき橋」という史跡です。この道幅で車が向こうからやってくるので気をつけないといけないのですけれど、ガイドさんによると恋のささやきを交わしたところだとか言っていたような。誰がというのを忘れてしまいました。

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ささやき橋のすぐ近くに、山中鹿之助の首塚があります。山中鹿之助、と言われても私にはよくわからないのですけれど。胴体の方は岡山県の総社だったかの方に葬られていると聞きました。

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 少し歩く間にお寺が次々にあります。

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街並みに入ると、こちら、元銭湯。脱衣所の折りあげ天上がそのまま残っていて、往時をしのばせます。

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こちらは銭湯のお隣、もと散髪屋さん。建物が風情があっていいですね。以前はバーバー何とかというのが壁にあったのを取った跡があります。
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こちらは保命酒のお店。中に立派な龍のレリーフのある大きな看板があります。今の養命酒の元みたいです。

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 アルコール分は飛ばしてあるそうで、ちょうど休憩がてらアイスキャンデーをいただきました。

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 ひなびた感じの食堂。以前ここで定食をいただいたことがありました。

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港も近いので、こちらは漁具を売るお店で、のぞいて見るのが楽しみだったのですが、この日は閉まっていました。

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 こちらは喫茶店です。スタジオジブリの宮崎駿さんのお気に入りだったと聞いています。ちなみに鞆の浦は「崖の上のポニョ」の舞台のモデルになったそうですね。
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こちらは名物おばあちゃんのいるいりこやさん。時々地元巡りなどのテレビ番組の取材をよく受けていらっしゃいます。



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こちらも保命酒の大田家住宅。奥の酒蔵には多くの備前焼の大きなかめが並んでいました。私の父方の実家にも子供の背丈ほどの大甕がありますので、備前の甕が懐かしい感じでした。


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こちらが一番鞆の浦で有名な風景です。右手に坂本竜馬の写真を飾ったいろは丸の記念館があります。この港の向こうに龍馬ゆかりのいろは丸が沈んでいるそうで。
また、映画のロケ地になったと言うので、主演の玉木宏さんの等身大パネルがありました。




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港の周囲には雁木(がんぎ)とよばれる荷揚げのための石段がぐるりと取り囲んでいて、往時をしのばせるものがあります。
ぶらり散歩、およそ5000歩(中のお寺や神社などを見るともっと多くなります)、時候もよくてよかったです。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-30 06:17 | おでかけ | Comments(0)

西田敏行さんの泣かせる話 衣笠祥雄さんの謙虚さ―「ラジオ深夜便」より

 昨夜、というか28日(土)から29日早朝になったNHKラジオ深夜便の放送を聞いて思ったこと。
西田敏行さんに桜井洋子アナウンサーが聞いていたお話です。西田敏行さんは5歳で養子になったその両親は、とても深い愛情で育ててくれたこと、映画好きなお父さんが彼を自転車に乗せて町の映画館に行き、6本立て!の映画に丸半日いた事、そこで町の食堂でご飯を食べさせてくれた時の話。田舎から出てきて初めての外食らしい女の子2人連れが、メニューの中で一番安い盛り蕎麦を頼んだはいいけれど、食べ方がよくわからない様子で、つゆをお箸でそばにつんつんとつついて食べかけているのを見て、彼は(そうじゃないんだけどなあ)、と思っていたそうです。すると、お父さんは盛り蕎麦を頼み、その女の子たちに見えるように食べ始めたそうです。それを見て女の子たち、食べ方が分かった風で、後から食べ始めたとの事。西田さんはその思い出話をしながら突然こみ上げるものがあったようで、「ごめんなさい、つい…」と涙しておられたようです。やさしい親父でした、としみじみ語っておられました。
 それからもう一つのエピソードは、町の映画館に「七人の侍」がかかった時、どうしても見たくて、お母さんに連れて行ってもらったそうです。いざ館内への扉を開けてみると、ぎっしり満員で立ち見の大人のお尻しか見えませんでした。音しか聞こえず、見えない見えないと言っていると、お母さんが肩車をしてくれたそうです。約2時間、お母さんはずっと彼を肩車して見せてくれ、おかげで彼は封切りの「七人の侍」を見られたそうです。
 ずっと後になって、テレビでやっていたのを見て、初めてお母さんは、「やっと七人の侍の筋が分かった」と言われたそうで、それを聞いて申し訳なさでいっぱいになったとの事。
 養子ではあったけれども、ご両親は愛情いっぱいに育ててくれたのだということ。
 この事を番組で聞きながら、この事実はあったにせよ、それを子供として感じる心を持っていることが大切だと、深く感動しました。
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 続いて、先日亡くなられた衣笠祥雄さんの話。宿舎を抜け出して遊んで帰ったら夜中にちゃんと監督?が待っていて、「さあ、始めようか」とバッティング練習を促されたということ。一言も叱られず、ただ、やるべきことをやれ、と言われたことが、叱られることよりもよほどこたえた、との事。そして、自分があれだけの出場回数を重ねられたのも、機会を与えてくれた監督のおかげだったことなど、彼自身の努力のたまものでもあったはずだったけれども、あくまでも謙虚な語り口で静かに語っていたのがとても印象に残りました。野球にはほとんど興味のない私ですが、一芸に秀でた人というのは、それなりの物をもっているというのを改めて感じた語りでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-28 11:35 | パソコン講座 | Comments(2)

包丁で爪を切って

 25日(水)は買い物に行って、エンドウ豆、を見つけ、今日は青豆ごはんにしましょうと思い、ついでにお汁はしじみにしましょう、と思って買ってきました。夕方に保険屋さんが住宅の保険の更新の話で来訪することがわかっていたので、少し早めにご飯を作っておこうと、サバの味噌煮と、冷蔵庫に忘れかけていたカボチャを使って甘煮にしようと包丁を使っていた所、なんということか、左手中指の爪にかかって少し爪を切ってしまいました。たまたまそこへ4歳の孫が来て、「おばあちゃん、猫の手しなかったの?」とばかりに言われて全くかっこ悪いこと。そのうち血が出てきたので慌てて夫にカットバンを巻いてもらいました。
 
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ささやかな夕食です。青豆ごはんは息子の所へ分けてやりました。そういえば芋も菜っ葉もありません。豆と言っても青豆は大豆ではないので栄養価もそれほどではないと思われます。このところご飯がもち米ではないのにずいぶん粘っこいのはどうしてかよくわからず。孫の入園式の日、お赤飯ではなくもち米を使わない小豆ご飯のつもりだったのに結構粘り気のあるご飯になったり。
しじみのお汁もずいぶん久しぶりでした。

 で、夕食後パソコンをいじって友の会のホームページを更新したのでしたが、中指の爪が半分ないと、Cの文字を打つ時にちょっと勇気がいるというか、不便。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-26 00:10 | 反省したこと | Comments(6)

袖振り合うも他生の縁

 このところ6月22日(金)に開催する樋口恵子氏講演会のことをあちこちに宣伝しています。はがきも60通くらい個人的に出しました。
たまたま今日は、そのうち昔子供たちが数学を習わせていただいていた先生からのお知り合いということで、その講演会に行ってみたいという人から電話をいただきました。
 「お名前は何と言われますか?」と聞いたところ、Kという珍しい苗字でした。その苗字の人は亡くなった実父の同僚にもいらっしゃいました、と言うと、なんと、その同僚の弟さんの奥さんに当たる人でした。
 場所と時間を指定してさっそく講演会のチケットを持参してお会いすることが出来ました。
すると、細身の上品な感じの80歳代の奥さんでした。実父の両親が暮らしていた田舎の家のすぐ南にその人のご主人の育った家があったので、お子さんの名前は私の祖父に付けてもらったのだとか。びっくりでした。ひとしきりその田舎の話やら、父の同僚だった、ご主人のお兄さんの話だとかの昔話やら近況やらいろいろと話が出来ました。田舎を遠く離れた倉敷の地でそんなご縁のある人につながりが出来るとは思ってもみませんでした。全くどこにご縁があるやら、です。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-25 23:37 | 興奮したこと | Comments(0)

縫い物 洋裁グループにて

 毎月第4月曜日は基本的の会の洋裁グループの日で、これまで十何年も出たい出たいと思っていたのに翌日の委員会の準備が忙しい役目だったのでなかなか時間的に無理だとあきらめていたのです。ようやく昨年あたり、「白いスモックエプロンを縫いましょう」という呼びかけに答えて、子どもが生活団に入って以来もう40年ぶりくらいに白のスモックエプロンを縫い上げました。続いて孫の子供用エプロンを縫い、そして今回は、うまく縫えたらセールに出来るかと、胸当てエプロンを裁ちました。
 何しろ折り紙がきちっと折れないという性格なので、最後までうまくできるかはわかりません。が、何度も縫ううちに手が覚えるかと思って、縫ってみることにします。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-23 22:16 | うれしかったこと | Comments(0)

家族新聞「あじさい通信」252号が出来ました

  今月号のトップはなんといっても孫mioとkaoriの入園・入学です。
kaoriにとっては生まれて初めての団体生活。これまでに未就園児の遊び体験などで慣らしてきたこともあり、
割合すんなりと大喜びで幼稚園に行っているようです。よかったよかった。
一方花の「JK」女子高生になったmioも、その母親の時よりは少し近い距離を自転車通学することになったようです。
そして通学初日、こちらがまだ寝ている時刻に家族のLINEに何やら入ってきた、と思ったら彼女自作のお弁当の写真でした。
偉いね。私なんて、自慢じゃないけど高校時代はずうっと母の作でしたもの。
お母さんが働いていると子供はやっぱり自立が早いのでしょうか。春休み中にはヨシケイで配達された食材で晩ごはん作りもやっていたそうです。何度か失敗もしながらだったようですが、それもまたよかったのではと思います。
 そのほかには、次男たちが瀬戸大橋架橋三十周年記念イベントでのブルーインパルスの飛行を楽しみに、児島まで見物に行ったのに1往復で機体に不具合がでたそうでちょっと物足りなかったよう、という記事。
 また、長男夫婦は結婚10年目には旅行をしようと、積み立てていたそうで、家族でグアムへ行ったこと。
ちゃんと計画していてよかったね。
 それから私たち夫婦が伊勢志摩へ旅行したこと。
 私の投稿が山陽新聞に掲載されたことと、大腸ポリープ除去のことは一番下の「一か月の我が家の動き」のところに書くに留めました。
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by kurashiki-keiko | 2018-04-21 03:05 | 家族新聞 | Comments(0)

映画「ペンタゴン・ペーパーズ」を観て

 以前から見たかった「ペンタゴン・ペーパーズ」。MOVIX倉敷の上映スケジュールでは週末は夕方から夜にかけてしかやってなくてあきらめていたら、水曜・木曜は朝10時過ぎからのがあったので、喜んで出かけました。駐車場が混むかと早めに出かけたらなんと、店内に入れるのは9時半からとの掲示あり。週末だと8時には入れてもらえるのに。10分くらい待ってようやく自動ドアが開いて店内に。
 さらにMOVIXのロビーで待ち、ようやくシアター10へ。たまたま水曜日はレディースデーだし、ウイークデーだし、男性は夫くらいか。

 というわけで、ようやく見られた「ペンタゴン・ペーパーズ」でしたが。感想から言えば、さすがの名優、メリル・ストリープとトム・ハンクス出演に期待していただけの濃い内容でした。しかし、あらかじめ公式ホームページなどで人物相関図やストーリーの予習をしておかないと、それぞれの名前とか立場がつかみにくく、テレビドラマみたいにこの人は誰、とかの説明書きが画面に出てきたらうれしかったのに、と思いました。久しぶりの字幕スーパーで、英語のヒヤリングにはかなりよかったです。隣の夫はグーグー寝ていましたけれどね。
 映画のテーマにかかわることでは、政府のマル秘公文書が持ち出されてコピーされ、それをニューヨークタイムズとワシントンポストが公開するのですが、報道の自由か政府の情報漏洩に関する法律違反に問われるのかという裁判にまで発展しながら、アメリカの最高裁は、報道は政府のためにあるのではなく民主主義の、自由の為にあるということで6対3で勝訴するということで、しかも最後の落ちでウオーターゲート事件の発端が示されていました。
 父が創業しそれを引き継いだ夫が事故死し、45歳で専業主婦から社主になったキャサリン(愛称ケイ)は、女性経営者がまだ周囲にいなかった時代に、ワシントン・ポストの株式公開により経営の安定を図り、さらに下手すると社員全員が犯罪者になりかねないという秘密文書の公開記事を掲載するか否かという究極の決断を迫られる、という場面が山場でした。トップとしての孤独と、女性経営者が立った1人という孤独と。しかしその決断は他の新聞社にも支持されて、どの新聞もそのことを報道した記事が出たことが、トム・ハンクス演じる編集主幹ベンが買い集めた各紙を並べる場面があって「よかったー」、と感動しました。
 この映画を撮るにあたって女性たちがずいぶん力を入れてかかわったようです。女だからと軽く見られていたり、パーティーで男性たちが政治の話を始めると女性たちが一斉に別室に行く、という時代のキャサリンの存在はとても尊敬に値する事だったと思います。

また、当時のセットにスピルバーグ監督はとてもこだわったという話ですが、新聞社の内部の様子や当時使っていた型式のタイプライターだとか、車の年式、キャサリンの衣装に時代が出ていて、さらに驚いたのは新聞発行に関して活字を組んでいく様子だとか、輪転機が動いていく様子。編集部の様子ならともかく、鉛の活字を組む仕組みだとか巨大な輪転機などは当時の物が残っているのか?と疑問と共にとても驚いた事でした。
 また、スピルバーグ監督がほかの予定の作品に優先してこちらの作品を撮らなくては、と思った背景には、「フェイクニュースだ」などと連発して報道を規制しようとする現在のトランプ大統領の時代に危機感を感じていたから、という理由に納得しました。

 公式サイトより抜粋↓
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by kurashiki-keiko | 2018-04-19 00:49 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

高畑勲監督作品 「火垂るの墓」を見て

 金曜ロードショー、めったに見ないのですけれど、先日亡くなった岡山県ゆかりの高畑勲監督、スタジオジブリ作品の「火垂るの墓」を見ました。結末はわかっていて、悲しい悲しい物語なんで苦手ではあるのですけれども。
 ちょうど4歳の孫娘が今日幼稚園の入園式を終えたばかり、主人公の妹の女の子も4歳。その子とだぶって、お兄ちゃんに甘えるしぐさだとか、お人形や折り紙、切り紙で遊ぶさま、かわいらしさがよく描けていて一層悲しさが募りました。
 お兄ちゃんの中学生も、妹を負ぶって空襲の焼夷弾による火災をかいくぐって逃げたり、大やけどの母親の死を乗り越え、親類の意地悪に耐え、妹を守る、守ろうと必死に盗みまで働いて食べ物を得てくるのですが、とうとう幼い妹は栄養失調で死んでしまい、自分で行李に妹のお人形や防空頭巾を詰めて火葬にし、お骨を拾ってドロップの缶に入れる、栄養失調だった妹のお骨はたぶん本当に小さなものだったのでしょう。サクマドロップの缶入りのは私も幼いころに時々買ってもらっていました。きれいな赤や紫のドロップ、どれだけその女の子の楽しみ、生きる糧だったことでしょう。
 4歳と言うと言葉が大体出るしトイレのことも自分で出来るぎりぎりの幼児。そして遊びも本当に子供らしい。そんな小さい子供の命も奪っていく戦争。静かに、悲劇的な結末を迎えるこの映画は静かな反戦映画なのでしょう。岡山空襲の中を逃げて生き延びたという高畑監督の実体験に基づいた空襲の描き方を見ながら、戦争を憎む気持ちがわいてきます。
 先日のシリアの戦火の中世界にSNSで訴えた二人の少女の映像と重なるところがあります。
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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 23:11 | 感動したこと | Comments(3)

入園式に出席して

 13日(金)孫娘にとっては待ちに待った初めての経験。息子も半日休んで出席するらしく、9時過ぎ、夫婦とも盛装し、孫娘はピカピカの制服に身を包んでのお出かけ。私は少し遅れていくことになっていたので、門の前での記念撮影。
 私はスマホで、息子は自慢の?デジタル一眼レフで写してくれ、と言うので慣れないカメラを構えてみたものの、重いしレンズの調整やらシャッターの位置が慣れないもので四苦八苦、構図が悪いのなんのと文句を言われました。結局は私がスマホで撮った記念写真を子供たちとのLINEにUP。
 9時40分、と思って招待状を確認したら「までに」だったので慌てて家を出ました。
 最後から2番目の到着で来賓の控室である園長室で桜茶をいただきました。市会議員さん以下小学校の校長先生やら町内会長さんやらで来賓は15人。
 席の前に置いてあった園児の名簿を見ると、お兄ちゃんの時にはすれすれで2クラスだったものが、今年は17名。半分になっていました。幼稚園より保育園へ行くこの方が増えていたり、私立へ行く子が多かったりする影響でしょうか。

 式は2階のお遊戯室で、あくまでも子供主体で、園長先生のご挨拶も半分はペープサートで、これからの幼稚園生活を楽しんでねという風な内容。担任の先生紹介もその続きといった感じ。これまでは来賓が1人ずつ立って紹介してもらい「おめでとうございます」の一言くらいは言わせてもらう機会があったのでしたが、今年は名簿を見てください、で終わり、挨拶は例年通り代表して隣接する小学校の校長先生がなさいました。
 その式の間中、式場の部屋を立って歩き回る女の子がいました。いわゆる発達障害の一種、注意欠陥多動性障害、の子なのかなと推察されました。上靴の底が固いものだから結構足音を立てて部屋中を動き回っていました。この場がどういうものかがうまくわかっていない様でした。その子と、その子のご両親のことを思うと胸が痛みました。

 終わって控室に戻り、そのことを話すと、たまたまごいっしょだった民生委員の人のお孫さんも発達障害で、音に対して敏感だったり、こだわりが強くて食べものでも好き嫌いが理由があってはっきりしていたり、人と同じ行動が出来なかったりしていて住まいの近くの病院に療育に通っており、小学3年になってだいぶ良くなってきたのだそうです。
 昔だったら「変な子」「変わった子」というだけで何の処方もされなかったであろう子供、結構な比率でいることがわかり、最近では療育という場が与えられて小さいうちから対処されていることはとてもありがたいことだと思います。今は子どもたちの中で「変わった子」であったとしても、子どものうちにその特性を知る人に対処法を踏まえて指導を受ける事が大事かなと思われます。
 大人になって職場になじめなかったり、それまで生きにくいと感じていて初めて発達障害だったと知る、という話をよく聞きます。その人その人の好さが生かされて働ける職業に巡り合うことが、その人の人生にとってどれほど大切な事かと思います。
 どうか今日出会ったお子さんもよい療育の機会を得て、良い方向に育って行ってほしいと願います。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 14:21 | しみじみしたこと | Comments(0)

祝・入園・入学

 先日、用事で市内を運転していると、ピンクのスーツを着た女性と背広の男性、それに真新しいランドセルを背負った子供が歩いているのを見かけました。11日(水)の事です。(そうだった、今日は小学校の入学式だった)。ちょうど朝9時ごろでそういう時間帯だったのでしょう。
 いくつかの小学校区を走り抜けたので、そういった親子連れを何組も見かけました。帰りには赤ちゃんを抱っこしたお母さんとお父さんと入学する子供という組み合わせも。
 みんな子供が新しい環境にうまく適応してくれるだろうかと期待と緊張の入り混じった思いで行っているんだろうな、と自分の経験を思いだしつつその人たちを見送りました。
 月曜日には公立高校の入学式、水曜日が小学校、木曜日が中学校、金曜日が幼稚園と、入園、入学が続きます。家のすぐ横が通学路なので、それらしい親子を時々見かけています。
 そして月曜日は孫のうち一番大きなmioが高校の入学式、続いて翌日早くにLINEにお弁当の映像が送られてきて、何かと思えば本人がお弁当を自作したのだとか。共働きの母親を頼らず自力でお弁当を作ってえらいね。
 明日は、隣に住む4歳の孫も入園を迎えます。私も、幸いというか民生委員なので当番制で2人ずつどこかへ出席することになっていて、孫に合わせて当番を組んでもらい、式に出ることになりました。
おしゃまさんの孫娘、どんな幼稚園生活を送ることになるのやら。そして、今後はしょっちゅうじーじに会いに来て遊んでもらうということも少なくなっていくのかなあ、という一抹の淋しさもあります。
 みんな、新しい環境に早くなじんでよい生活を送ってほしいものです。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-12 23:41 | しみじみしたこと | Comments(0)